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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
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2. 最初の過ち

最近の大人たちは、どうも慌ただしい。


声をかければ、いつものように笑って応えてくれる。

だけどその後すぐ、何か思い出したようにふとまじめな顔になって、さっとどこかへ飛んでいってしまう。


それも一人だけではなく、二人、三人と。

私が声をかけた大人たちは、みんな同じような態度。

別の何かに気を取られているようで、まるで落ち着きがない。


気になって尋ねてみると、


「ご心配をおかけし、申し訳ございません、お嬢様。現在、少しばかり仕事が立て込んでいるのです」


「何かあったの?」


「ええ、まぁ。しかしそれは大人の事情ですので、お嬢様はお気になさらず、いつものようにお過ごしください」


笑顔ではぐらかされる。


すっごく気になるんだけど、大人の事情というのは厄介だ。

そう言われた時は、どれだけしつこく食い下がっても、それ以上のことは誰も何も教えてくれない。


それどころか、大人たちに何度も同じ質問をしているのがアースにばれると、『大人の仕事の邪魔をしてはいけません』と注意されて、勉強部屋に閉じ込められる可能性だってある。


知りたいからって、しつこく聞いて回るのはよくないのだ。

長年の経験から、私はそのことをよく知っている。


だから今日は、忙しそうにしている理由を大人たちに聞くのはやめて、外で遊ぶことにした。ひとりで城の外に出ると、すかさずグリーム――白いオオカミの姿をした、私のお目付け役が寄ってきて、


「ルーナ。どこへ行くの?」


そう聞いてくる。

庭でずっと、私が出てくるのを待ち構えていたのかな?

分からないけど、暇を持て余している今、グリームという話し相手に出会えたのは嬉しいことだ。


私は近寄ってきたグリームの白い毛並みをわしゃわしゃ撫でながら、


「レオのところに行くんだよ」


そう答えた。


レオというのは、城の周りの森で暮らしている大きなおじいちゃんライオンのこと。

のんびりしていてとっても優しい、私の友達だ。

城には私以外の子供がいないから、大人たちが忙しいってなると、森の動物たちと遊ぶしかないんだよね。今日は何しているのかな。


グリームを撫でるのをやめて、想像しながら城門に向かって歩き出すと、


「そう、レオのところに行くの」


隣に並んで歩きながら、グリームが確認するように私の言葉を繰り返す。


「最近ルーナは、外に出ることが多いわね」


「うん。だってみんな忙しそうなんだもん」


「忙しそう?」


不思議そうに聞き返して、グリームは首をひねるような動きをした。


「どうしてかしら」


「え? 知らないの?」


意外だ。驚いて、のぞき込むようにグリームの顔を見つめると、グリームは不思議そうにまばたきしていた。


とぼけているわけではないらしい。グリームは動物だけど、大人のくくりに入っているから、大人の事情を知らないわけがないと思っていたのに。


「グリームも知らないの?」


「ええ、知らないわ。私はあまり情報がもらえない立場だから」


「そうなんだ」


朝からずっと見かけていなかったから、てっきりグリームも大人の事情で忙しいのかと思っていた。

でも、そうじゃないんだ。みんなが忙しい理由、グリームも知らないんだ。


ふーん。

ちょっとだけ、仲間意識が芽生えてくる。


「聞いても誰も教えてくれないから、私も知らないの。大人の事情なんだって」


「あら。それじゃ、ルーナには教えてくれないでしょうね」


「そうなんだよ。本当にひどい」


「ふふっ」


むくれて不満を表現してみたら、グリームがおかしそうに笑った。

えぇ? 笑わせるつもりはなかったから、心外でちょっと嫌な気持ちになる。


笑い事じゃないよ。『大人の事情』で秘密にされるの、私は本気で嫌なんだよ。

前言撤回。やっぱりグリームとは分かり合えないかも!


「なんで笑うの?」


笑わないでよって気持ちを込めて、グリームをにらむと、


「ごめんなさい。急に笑いたい気分になったのよ」


「うそだ。私のこと、バカにして笑ったんでしょ」


「ちがうわ」


まだ少し笑いながら、グリームは落ち着いた口調でそう否定した。そして、


「つい、想像してしまったのよ。ルーナにそう言われた時の、ダリオンの百面相をね」


「ひゃくめんそう?」


思ってもみなかったことを突然言われて、私は面食らった。


ダリオンとは、三柱(みはしら)と呼ばれる私のお世話係の一人のことだ。

怒らせると怖いけど、からかうと面白い反応をしてくれる男の人。シャックスやグリームいわく、堅物というやつらしい。いつもまじめで、あんまり融通が利かない。


「表情をたくさん変えるってことよ」


戸惑っている私に向けて、グリームがぱちんとウインクしてくる。


「今度ダリオンが百面相しているのを見たら、ルーナにも教えてあげる」


「本当?」


うーん、ごまかされている気がしないでもないけど……。まぁいいや。

まじめなダリオンの百面相には、ちょっと興味があるからね。ごまかされてあげよう。


「約束だからね!」


「ええ、約束するわ」


楽しみな約束を交わすと、ダリオンがたくさん表情を変えたらどうなるんだろうと考えながら、私はグリームと一緒に城門へ向かった。


城門は城を出てまっすぐのところ、キノコみたいな家が向き合う道を、まっすぐ進んだ先にあって、その前にはいつも、いかめしい顔つきの門番が立っている。

怖いのは見た目だけなんだけどね。門番は四人いて、順番に見張りをしているらしいけど、そっくりな四兄弟だから、誰が誰なのか分かったことはない。


「いってきます」


前を通りながら、門番にそう声をかけると、


「いってらっしゃいませ、お嬢様」


ぴしっとした堅苦しい返事と敬礼がすぐさま返ってくる。


いつものことだ。

夕方だと敬礼する前に、どこへ何しに行くのか細かく聞いてくるけど、今はまだ昼過ぎだし、お目付け役のグリームが一緒にいるから、すんなり通してくれる。


城門を抜けると、その先に広がっているのは深い森だ。

いろんな種類の木が雑然と生えている、ほぼ自然のままの森。そこにはタヌキやシカ、クマ、ヘビ、ネズミなんかの動物たちがたくさん暮らしていて、私はなんとなくしか分からないけど、それぞれの縄張りがはっきり決まっているらしい。


レオがよくいるのは西のほうの森だ。

乾いた木の葉を踏み砕きながら、西に向かって適当に歩いていく。


するとレオは、意外とすぐに見つかった。

『陽だまりの丘』と呼ばれる日当たりのいい丘の上で、気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。ぐっすり眠っているのか、規則的に体が上下するほか動きはない。


見つけた瞬間、私は悟った。

これは、レオを驚かせるチャンス!

……ふふふっ。


思いがけない好機に、いたずら心がうずいた。


のんびりしていて、いつもいつでも優しいレオ。至近距離で急に私の声が聞こえたら、どんな反応をするんだろう? 想像しただけでわくわくが止まらない。


静かにしていてね、と身振りでグリームにそう伝えると、私はそろりそろりと、足音を立てないよう気を付けながら、ゆっくりレオに近付いた。


ところが、あと五メートというところで、


「……」


レオが急にまぶたを持ち上げた。


あれぇ?

熟睡しているわけではなかったらしい。ぱちっと完全に目が合って、驚かせようという計画はあっけなく失敗。あーあ。がっかりだ。


肩を落としていると、レオが眠たそうな目で私を見つめてくる。


なぁに? 


じっと見つめ返すと、レオは何も言わずに何度かまばたきして、ゆっくりまぶたを下ろした。


うん、ありがとう。


これは眠いから遊びには付き合えないけど、私が近くにいても気にしないよって意思表示だ。優しいとはいえ、レオはおじいちゃんだから。こういうのはよくあること。


ちょっと残念だけど、それなら私も日向ぼっこしようかな。


気持ちを切り替えて遠慮なくそばに寄ると、私はレオのふかふかした毛並みの中に埋もれた。日差しを浴びて、ほんのりあったかいレオ。お日様のいいにおいがする……。




うたた寝をしていたらしい。


気付くと、目の前の空が赤く染まりはじめていた。

もう夕方なんだ。驚きながら、目をこすってあくびをする。

そしてレオの顔があるほうを向くと、その瞬間にレオと目が合ってびっくりした。


「おはようございます」


優しくほほ笑んだレオが、のんびり挨拶してくる。

眠そうな雰囲気はかけらもない。もう完全に目覚めているようだ。自分の昼寝が終わったあとも、私が起きるまで待っていてくれたってことかな。


「うん。おはよう、レオ」


笑って挨拶を返すと、私はありがとうの気持ちを込めて、レオの首回りを指でかくように撫でた。レオは気持ちよさそうに目を細めながら、


「お疲れでしたか? ぐっすり眠っていらっしゃいましたね」


「うん。お日様がすごく気持ちよかったから。お昼寝って最高!」


「そうですね。私もお嬢様と一緒にお昼寝ができて、楽しかったです」


穏やかにそう言い、レオがふと夕焼け空に視線を向ける。


「ですが、そろそろ戻らないと。お城のみなさんが心配しますよ」


「……そうだね」


分かっていたことだけど、帰らなきゃって考えると気分が沈んだ。

時間が過ぎるのはあっという間だ。今からレオと遊びたいって気持ちもあるけど、日が暮れても城に戻らないでいると、三柱に怒られる。お説教されるのは好きじゃないから、レオの言うとおり、そろそろ城に戻らないといけない。……はぁ。


「ありがとう、レオ。また来るね」


名残惜しく思いながら顔を近付けると、私は目をつむってレオと鼻を合わせた。レオはお返しとばかりに、湿った鼻を私のほっぺたに押し付けてくる。そうして、


「いつでもお待ちしています。と、言いたいところですが、お嬢様とこうして一緒にまどろむのは、もうしばらくはできそうにありませんね」


「えっ。どうして?」


悲しそうな声で、急にそんなことを言ってきた。


これから何かあるの?

びっくりして顔を離し、私はじぃっとレオを見つめた。レオはこれまでとあまり変わらない、優しげなまなざしで私を見つめ返して、


「女王様から命を受けたのです。参戦するようにと」


「さんせん?」


初めて聞く話だ。

何かに参加するの? お母様の命令で?


なんでだろう、と不思議に思いながら聞き返すと、


「あら。戦争があるの?」


私が口を開くのとほとんど同時に、それまで私の足元でじっと丸くなっていたグリームが、むっくり起き上がってレオにそう聞いた。


戦争? え、これって、レオが戦争に参加する話なの?

驚いて、信じられなくて、私はちょっと混乱した。

なんで?

今までそんなこと、一度もなかったのに。


本当にそういうことなの?

確かめるために振り向くと、おもむろに顔の向きを変えたレオが、グリームを見てゆったりとうなずいている。


「そのようです。もちろん、ここを戦場にするわけではありませんよ。門が開いたら、攻め込まれる前に向こうの領域へ攻め込んで、敵を蹴散らすようです」


「なるほど。それで城の人間たちが忙しそうにしているのね」


納得したようにつぶやいて、グリームがちらっと私に目を向ける。


「万が一、ここまで攻め込まれたら大変だもの」


「どうして?」


グリームが納得しても、私は納得できないよ。

不満を顔に出して問いかけると、グリームは驚いたように振り向いて、


「あら、勉強していないの? ここは海に囲まれていて、狭くて、人が少ないからよ。強者ぞろいとはいえ、攻め込まれて数で押し切られたら、面倒なことになる」


ううん……。

それもあるけど、そういうことじゃないんだけど……。


「お母様がいるのに?」


「女王様は参戦しないのよ。大人の事情でね」


大人の事情……。その言葉に、私は思わずむっとした。


「グリームまでそんなこと言うの?」


「説明が難しいのよ。知りたければ女王様に聞いてちょうだい」


「けち。いじわる」


「何とでも言いなさい。それより、レオ。いったいどこと戦争をするの?」


レオのほうへ向き直り、グリームがまた尋ねる。

話を逸らさないでよって、私はちょっと不機嫌になった。これからどこと戦争をするのかなんて、私はぜんぜん興味ないのに。私の前で大人の話をするの、はんたーい。


もうグリームなんて嫌いだ!


仲間外れにしないでよって、むすっとして黙っていると、考えるような間を少し置いたあと、レオは静かに答えた。


「お隣の白の領域、トルシュナーですよ」

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