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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
106/176

106. 緊急会議

「それで、えっとね」


どこまで話したんだっけ?


マシューに邪魔されたせいで、記憶がちょっとあやふやだ。どこからしゃべればいいのかなって、少し前の記憶を思い出しながら、私はライオネルに向かって話しかけた。


「子供たちとドングリのコマを売っていたら、それを全部買っていった人がいたの。ドングリの笛を1000万WCで売っていたっていう人の仲間かなって思ったんだけど、どうなんだろう? 悪いことを考えていそうな目をした人だったから、まずいなって気はしたんだけど、ようやくコマが売れたって子供たちが喜んでいたから、どうにもできなくて」


「そっか。また詐欺事件が起こりそうな予感がするね」


私の話をちゃんと最後まで聞いてから、ライオネルは穏やかにうなずいた。


……やっぱりライオネルはいいね。


他人の話をさえぎってこないし、遠回しに非難してくることもないし、マシューと話しているときとは安心感がぜんぜんちがう。


ライオネル最高って、私は心の中でこっそりつぶやいた。


優しくて大好き! これこそ大人の鏡だよ!


「教えてくれてありがとう」


ほほ笑みながら、ライオネルが話を続ける。


「確認だけど、今日売っていたっていうそのコマは、ルーナが作ったものじゃないよね?」


「そうだよ」


もちろん!

その約束は破っていないから、私は笑顔で肯定した。


「子供たちが作った普通のドングリのコマ」


「だよね。よかった」


ほっとしたように、ライオネルが表情をゆるめる。


「それなら大丈夫。大きな事件にはならないと思うよ。でもドングリのコマ売りがまた現れたってことで、神官たちが目を光らせていると思うから、王都にはもう来ないでね」


「うん! 分かった!」


と、そのとき、ガチャリとドアノブが回る音がした。


振り向くと、開きかけのドアの向こうにマーコールがいる。華奢なティーカップを三つ乗せた、銀のお盆を持っているマーコール。あ、おかえりなさい。


本当にマシューの指示どおり動いているんだね。


驚いて、なんとなく目で動きを追っていると、部屋に入ったマーコールは無言でテーブルに近付き、私たちの前に丁寧な仕草でカップを並べていった。


……あれ? なんだか慣れている?


すごく意外な光景に、私は思わず自分の目を疑った。


乱暴な人だから、きっとがさつだと思っていたのに。

マシューに頼まれたとき、嫌そうな反応をしていたのに。


やけに優雅で手慣れているね? 貴族だから?


ゆっくりと、ほとんど音を立てずにティーカップを並べると、マーコールは黙ったままマシューの後ろのほうの壁際に戻っていった。


不機嫌そうな顔……は、いつもの顔?


「ご苦労」


振り返らずに、マシューがねぎらいの言葉をかける。するとマーコールはちょっと顔をしかめて、その言葉を受け取りたくないような感じで横を向いた。


……何この二人。どういう関係?


謎で、疑問で、不可解だ。

ほんと気になるんだけど、尋ねてもいいのかな?


そわそわしながら、私はひっそり思考をめぐらせた。


ライオネルが私をマーコール邸に呼んだのって、ドングリの笛のことを聞きたかったからだよね? その話はもう終わっているから、私が聞きたいことを聞いても大丈夫? 話の腰を折ることにはならない? ……うん、きっと問題ないはずだよね!


「ねぇ。マシューとマーコールって……」


「シャド・アーヤタナをご存じですか?」


……もう! ほんと嫌になっちゃう!


意を決してライオネルに話しかけたら、ほぼ同じタイミングで、マシューが私に質問を投げかけてきてイラっとした。なんでこうもタイミングが悪いの⁉


ていうか、ついさっき黙っていてって言ったばかりのに!

なんで勝手にしゃべっているわけ⁉


「しゃべらないでよ」


しょっちゅうライオネルとの会話を邪魔されて、本当に不愉快だ。


じろりとにらむと、マシューはにこりと笑って、


「なぜあなたの言葉に従わなければいけないのです?」


「私がそうしてほしいから」


「社会をなめていますね。すべてが自分の思いどおりになるわけではないのですよ」


「そのくらい知っているよ。マシュー嫌い。だいっきらい!」


「おや、感情論で片づけようとするのはいかがなものかと。話し合いは論理的に展開していきましょう。お互いの今後のためにね」


「マシューとは話したくないって言っているの!」


「そうですか。しかし現に今、あなたは私と会話しているようですが」


「……っ」


それはそうだけど!


これは会話を拒否するための会話だから仕方ないんだよ!


ノーカンなの! もうっ! もうもうもうっ!

ああ言えばこう言ってきて、むーかーつくー!


むかむかしながら黙っていると、


「シャド・アーヤタナをご存じですか?」


何事もなかったかのように、マシューが同じ質問を繰り返してくる。


ふん! 答えるわけないじゃん!


答えたら負けな気がして、私はぎゅっと口を結んだ。


別に言い込められて降参したわけじゃないよ? そっちがその気なら、私にも考えがあるってこと。会話っていうのは、二人がお互いにしゃべらないと成立しないからね!


目を逸らして、絶対マシューの思いどおりにはさせないって固く決意して、だんまりを決め込む。


マシューが話しかけてくるなら、私はずっと黙っているんだから!

何を聞かれても、絶対に答えてあげないんだから!


「おや、だんまりですか? 何か都合の悪いことでも?」


「……」


「あるいはシャド・アーヤタナをご存じではない? あなたは十二の領域の名前を知らないということですか? 沈黙は無知を覆い隠してはくれませんよ」


「……」


「お前がそんな態度だから、意固地になっているだけだろ」


無言を貫いていると、やがて呆れたようにライオネルが口を開いた。


「マシュー。ルーナをいじめて遊ぶな」


「遊んでいませんよ。心外な言われようです」


「お前にその気がなくても、俺にはそう見える」


「……過保護ですね」


その言葉を最後に、マシューは黙っていることを選択したようだった。


嫌な声がぷっつり消えて、部屋の中が急に静かになる。


ちょっとは参ったのかな?


そう期待して、ちらっと様子をうかがってみると……。


目の前には、うさんくさい笑みをたたえながらゆったりと紅茶を飲んでいるマシュー。こたえている様子は微塵もない。……これはこれで、なんかむかつくね。


うるさい口出しをされるよりは大分マシだけど。


あーあ。つまんないのー。


マシューにだけ何か悪いことが起きないかな。誰かマシューを懲らしめて、あの余裕ぶった態度を崩してくれないかな。いつかぎゃふんと言わせてみたいな。


と、そんないじけたことを考えていると、


「ごめんね」


申し訳なさそうに、ライオネルが話しかけてきた。


「マシューが相手だと、どんな話でも答えにくいよね」


「……うん」


「俺と話そう。シャド・アーヤタナって知っている?」


「知っているよ」


ふぅん? ライオネルもそれを聞いてくるんだ?


どうしてだろうって疑問に思いながら、私は慎重に口を動かした。


マシューの質問に答えているわけじゃないのに、マシューにも聞かれちゃう状況だっていうのが嫌だけど……、まぁいいや。ライオネルの顔に免じて許してあげよう。


「トルシュナーの西側の領域のことでしょ?」


「うん。それ以外には何か知っている?」


「え?」


それ以外?

……海ばっかりで、島が一つしかないってこととか?


考えて、でもなぁって私は答えるのをためらった。


そう答えて、それを白の領域の人たちが知らなかったらまずいんだよね。


ていうか、なんでシャド・アーヤタナのことを聞いてくるんだろう? ウパーダーナとかジャーティのことだったら、少し関係する事件があったから分かるんだけど、なんで急にシャド・アーヤタナ? 今まで話題に出たことなかったよね?


「知らない。シャド・アーヤタナがどうしたの?」


「ううん。知らなければいいんだ」


尋ね返すと、ライオネルはごまかすように笑った。


えぇ? 何か隠しているなって、怪しさ満点なんだけど……。


「戦争でも起きるの?」


「まさか」


当てずっぽうに聞いてみたら、マシューが即座に否定してきた。


「シャド・アーヤタナは領域間の揉め事に干渉しませんよ。『神の楽園』ですから」


「……何それ」


また勝手にしゃべっている!


反射的にやめてよって嫌な気持ちになったけど、理解できない変なことを言われて、私の意識はすぐそっちのほうに向いた。


神の楽園?


私、生まれてからずっとシャド・アーヤタナで生活しているけど、そんな呼び方聞いたことないよ? あそこって楽園だったの? え……。


「そもそも、シャド・アーヤタナにつながる門は長らく閉ざされています」


ソーサーとティーカップを静かにテーブルへ戻すと、マシューは笑っていない目でじっと私を見て、嫌な笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「シャド・アーヤタナへの行き来は不可能です。戦争など起きようがない」


「そうなんだ」


なんか怪しまれている気がするなって思いながら、私は心の中で首をひねった。


私、何か変なこと言った?

領域の事件、イコール、戦争かなって思っただけなのに。


それに、シャド・アーヤタナへの行き来は不可能って、こっちの人はみんな知っていることなの? なんで? 門の跡地が使えないってことだよね、きっと。うーん?


……何を聞きたいのか理解できないよ!


「なんで急に、私にシャド・アーヤタナのことを聞いてきたの?」


「あなたがどこから来ているのか気になりましてね」


「えっ」


にこりと優しそうなふりをしたマシューが、不意に私の泣きどころを突いてくる。


「不老不死の楽園から来ているのではないかと考えたのです。そうであれば、これまでに起きたことの辻褄が合いますから。実際のところ、どうなのです?」


「どうって……」


聞かれたくないことを聞かれて、私は内心でびくびくしていた。


でも、辻褄が合うってどういうこと?


『神の楽園』の次は『不老不死の楽園』?

私、成長していないわけじゃないのに!


最初はまずい、バレたのかもって少し焦っていたけど……。


話を聞いているうちに、何を言っているんだろうなって疑問と不満のほうが大きくなっていく。


意味わかんないよ。私が唯一理解できるのは、マーコールが言っていた『もうほとんどバレている』が、このことを指していたんだなってことだけ。


私がシャド・アーヤタナから来ているのかもしれないって、疑っているけど、確信しているわけじゃないんでしょ? 揺さぶりをかけているだけなんでしょ?


問い詰めて私がボロを出すと思ったら、大間違い!

マシューの思いどおりにはさせないんだから!


あれはあれで結構ピンチだったけど、マシューと会う前にマーコールと話せて本当によかったなって思いながら、私は呆れた顔を作ってマシューを見つめ返した。


「何を言っているの?」

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