105. 緊急会議
あり得ない。
金額が大きすぎて想像がつかないけど、1000万WCというのは大金だ。
1000万WCあれば、私のコマが100万個……ジャジのコマが10万個……チョウチョの髪留めが大体1万個……絶対そんなにいらないけど!
とにかく、好きなものを好きなだけ買えるにちがいない。
すなわち、とてつもない大金持ちってことだ。
それなのに、その金額をドングリの笛一つで稼げるなんて……ほんの少しも信じられない話だ。冗談だよね? 私のことからかっているの? あのライオネルが?
過去最大級に理解できない。
ドングリの工作に、そんな高値がつくわけないのに。
「それ、買う人いるの?」
半信半疑で聞いてみると、
「いたんだよ。ところが、買った笛を吹いても魔法使いにはなれなくて、それで前代未聞の大事件になったんだ。1000万WCで魔法使いになれるというのも、それを売り買いする人がいるというのも、詐欺だったというのも、教会も貴族も見過ごせない事態だから」
「へぇ……」
「ルーナは、ドングリの笛を売ったことがある?」
「あるよ」
それを聞きたかったんだなって納得しながら、私は正直にうなずいた。
「この前王都に来たとき――もちろんここに来る前の話なんだけど、ナイフを取り戻すためのお金が欲しくて、ドングリのコマと笛を売っていたんだ。でもコマしか売れなくて、笛はどうしようって困っていたら、大きなおじさんが全部買っていってくれたの。ちょっと変だなとは思ったけど……」
「それはこの人物ですか?」
と、話している途中でマシューが口を挟んできた。
首を回すと、マシューの右上あたりに、ずんぐりむっくりの黒い男の人が映し出されている。何か悪いことを考えていそうな暗い目をした、上も下も黒い服を着た男の人。
「分かんない」
ウパーダーナでも使っていた不思議な魔法だなって思いながら、私は映し出された男の人をじっくり観察して、でもよく分からなくてちょっと困った。
怖い感じの男の人、コマで遊びそうにない男の人だったってことは覚えているけど、細かい特徴はぜんぜん覚えていなくて、同じ人なのかどうかは自信がない。
「雰囲気はそんな感じだけど、ちょっと会っただけだから分かんないよ」
「そうですか。まぁいいでしょう」
少し残念そうにしゃべると、マシューは不思議な魔法をすっと消した。
あ、消しちゃうんだ。もったいない。
もっと見ていたかったなって思いながら、私はその魔法についてマシューに聞くかどうか迷った。いま聞いたら、話の腰を折ることになっちゃうけど……。
実は、前から気になっていたんだよね。
どういう魔法なんだろう?
どうやってこの場にいない人の姿を映しているんだろう?
好奇心がうずいて、尋ねようかどうか迷っていると、
「コマと笛は作り方がちがうの?」
ライオネルが質問してきた。
私はさっと隣に視線を戻して、
「うん、ちがうよ。コマは爪楊枝を刺して、笛はドングリを掘って作るの」
「あ、そういうことじゃなくて……」
間違ったなっていうふうな顔をして、ライオネルが言葉を変える。
「ドングリの笛は、コマとちがって、遊んでも誰も魔法使いになれなかったようだから。何か作り方がちがうのかなと思ったんだけど、心当たりはない?」
「うーん……」
そういうことね。聞きたいことは理解した。
だけど私は、もともと誰かを魔法使いにしたくてコマを作っていたわけじゃないし、コマを作る時と笛を作る時とで、何か意識して変えたことなんてないはずなんだよね。
もちろん、自覚がないだけって可能性はあるけど。
「分かんない。でも私、笛はほとんど作っていないかも」
「え?」
「知り合いに手伝ってもらったんだ。ドングリが割れないように掘るのって、結構難しいんだよ。なかなか上手にできなくて、上手い人にほとんど作ってもらった気がする」
懐かしいなって、そのときのことを思い出しながら私はそう答えた。
私もシャックスも下手くそで、笛は言い出しっぺの器用なナユタが黙々とたくさん作ってくれたんだよね。笛で魔法使いになれないのは、もしかしてそのせいかも?
だけど……、あれ?
よく考えてみたら、以前、王都で起きていた問題は、魔法使いになれるらしい私のコマだけじゃない。ナユタが研いだナイフに魔法が宿っていて、それも騒ぎになっていた。
……あれれ? うーん?
実は私より、ナユタが笛を作っているほうがまずいんじゃないの?
ふとそう気付いて、私はわけが分からなくなった。
なんで今回はそれが問題になっていないんだろう? ナユタが作ったドングリの工作なら、魔法が宿っている可能性があるのに。魔法使いになれなかっただけなの? 本当に普通のドングリの笛だったの? 守護魔法で守られたりしていない?
……って、私に分かるわけないじゃん!
「なるほど」
謎すぎて爆発しそうになっていると、マシューが納得したような声を出した。
「作り手と売り手が別だったのですね。上手いだまし方だ」
「え? 私、別にだましてなんかいないよ?」
「こちらの話です。お気になさらず」
「えぇ……」
なんか含みのある言い方だ。
気にするなって言われると、余計気になるって知らないの?
じとーっと不満な視線を向けると、マシューは常に浮かべているかすかな笑みを深くして、その言葉に悪意がないことをアピールしてきた。
すごくやりづらい人……。
やっぱりなんかうさんくさいんだよなって思いながら、
「その笛を売っていた人って、まだ王都にいるの?」
と、聞いてみる。
マシューが見せてくれた人とはちがうけど、今日、ジャジのコマを全部買っていった変な男の人がいたんだよね。ドングリの笛を1000万WCで売っていたっていう人の仲間っぽい感じがするけど、どうなんだろう? また詐欺をするつもりなのかな?
「いますが、教会で拘束されていますよ」
そう答えながら、マシューはにこりと笑った。
「黒髪赤目の少女にだまされたと騒いでいるそうです」
「ふぅん」
「何か気になることがあるの?」
心配そうな顔をして、ライオネルが聞いてくる。
気になること……うん。あのね、
「今日、サンガ村の子供たちとドングリのコマを売っていたんだけど……」
「はい?」
話し出して間もなく、マシューが急に変な声を上げた。
どうしたんだろうと思って、いったん話すのをやめたら、
「あなたはアホですか。いえ、アホでしたね」
流れるように私をアホ呼ばわりしてきて、びっくりした。……え?
ちょっと? 何なの⁉ すっごくむかつくんだけど⁉
あまりにも自然にけなされて、言われたことを理解するまで少し時間がかかったけど、理解するなり見下さないでよって怒りがわきあがってくる。
ひどい! アホって言った人がアホなんだよ!
私、やっぱりマシューのこと嫌い!
「アホじゃないよ!」
「では他になんと呼ぶのです?」
きわめて冷静な口調で、マシューが私に問いかけてくる。
「王都でドングリのコマを売れば、間もなくその情報が神官の耳に入り、あなたの捜索が始まる。あなたはその程度のことも理解できず、愚行を繰り返していたのでしょう? 正真正銘の阿呆者ではありませんか」
「ちがうよ! 私が商売していたわけじゃないもん!」
「誰だろうと神官に注目されるのは同じことです。自分が表に出なければ問題は起こらないと、本気でそう信じていたのですか? 笑止千万ですね」
「……頼まれたんだから、仕方ないじゃん!」
「ほう? それは非常に興味深い」
嫌な薄笑いを浮かべながら、マシューは体を少し前に傾けた。
「あなたは頼まれたことをすべて引き受けるということですか? では私からも頼みごとを……」
「嫌だよ! マシューの頼みは絶対に拒否する!」
なんでも頼みを引き受けるって、そんなことあるわけないんじゃん!
分かっているくせに!
「おや、それは残念です」
性格悪いよってにらみつけると、マシューはつまらなそうに眉を落として、ソファーの背もたれに背中を付けた。そして不思議そうに少し首をかしげ、
「しかし断れるのであれば、なぜ此度の商売の件は断らなかったのです? 危険性を理解しているのなら、断るのが最善の選択だったでしょう?」
「そうだけど! 期待に応えたかったの!」
嫌な質問を続けてくるなって思いながら、私は先手を打って答えた。
「マシューの期待には、絶対応えないけどね!」
「そうですか。やはりあなたは危険な子供だ」
足を組みなおして、つぶやくようにマシューが言う。
「そのような理由でみずから危険な道を選ぶとは。ひどく傾いた天秤をお持ちのようで」
「何? 皮肉? 意味わかんないよ!」
「ほう? お子様には難しい話でしたか?」
「そうじゃない! 結局、私のことアホって言いたいだけでしょ! まどろっこしい話はやめてよ! それと、私のこと子供扱いするのもダメ!」
いらいらして、ウーッってグリームみたいにうなって、威嚇したくなる。
もうマシューとしゃべるのやだ! すごく面倒くさい!
「ていうか、なんでマシューがここにいるの?」
「おや。いてはいけませんでしたか?」
「うん! いないほうがよかった!」
「……。これだからお子様は」
「なんでため息つくの⁉ はぁ~って気分なのはこっちだよ! それと、子供扱いしないでってさっき言ったでしょ! 耳が悪いの? 頭が悪いの?」
「失礼な物言いですね。レディー失格では?」
「何それ。都合が悪いからって、話を変えようとしているでしょ! そういうの、論点のすり替えって言うんだよ! 悪い人がよくやることなんだよ!」
「……あなたは本当によく分からない」
落ち着き払った態度で、マシューは考察するようにつぶやいた。
「物分かりの悪い子供のようで、理性的な行動ができているとは言いがたい。しかし時に察しがよく、機転も悪くない。身近に言い返しを得意とする大人がいるのか、はたまた子供の振る舞いのほうが演技なのか。判断に困りますね」
「勝手に困っていれば?」
まじめな雰囲気でしゃべっているけど、私にはどうでもいい話だ。
結局、ぜんぜんちがう話になっているし!
「マシュー嫌い!」
「奇遇ですね。私も同意見です」
「……」
「……」
「そろそろ終わりにしない?」
じっとにらみ合っていると――にらんでいるのは私だけで、マシューは裏がありそうなほほ笑みをずっと浮かべているだけだったけど――途中でライオネルが、困ったような声を出して私たちを見比べた。
「もう起きたことについて、あれこれ言っても仕方ないよ。それで、王都でドングリのコマを売っていて、どうなったの? また何か問題が起きたの?」
「えーっと」
元の話を促されて、私はさっと気持ちを入れ替えた。
ライオネルを困らせるのはよくないね。
このまま話を続けて、マシューを言い負かしたいって気持ちはあるけど、ライオネルを蚊帳の外にしちゃうのはダメだ。うん、マシューのことはもう無視しよう。そうしよう。
ところが。
「遊ぶためにほしいんじゃないだろうなって感じの男の人が、売っているコマを全部買っていったの。私が笛を売っていたときと同じ状況で、変だなって思ったんだけど……」
「詐欺グループの一員ですかね」
私が話し出すと、すかさずマシューが口を挟んでくる。
「まだ残っていたとは。それはどのような男でしたか?」
「マシューには話していない! 黙っていて!」
「おや」
邪魔しないでよってちょっと怒ると、マシューは不快そうに眉をひそめて、
「どうやら私は、お嬢様の機嫌を損ねてしまったようだ」
「そのとおり! もうしゃべらないで!」
「……難しい相手ですね」
そうつぶやくなり、肩をすくめてようやく口を閉じてくれた。
うん、それでよし! 嫌な人だけど、素直なのはいいことだね!
満足してうなずくと、私はにこにこしながら改めてライオネルを見た。
邪魔者は黙ってくれたことだし!
これでやっと、ライオネルとゆっくり話せる!




