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ルーナの冒険 白黒の世界  作者: 北野玄冬
102/176

102. 橙翼の君主

夢を見ていた。


ふわふわのパステルカラーの雲に包まれて、すやすや幸せに眠っている夢。


あったかくて、やわらかくて、すごく気持ちがいい。雲をくぐって遊んだら楽しいだろうなとも思うけど、とろんとろんに眠たくて、まぶたはちっとも持ち上がってくれない。


ここは眠るための世界なのかな。

だから起きられないのかな。


寝ているだけでも幸せだから、別にいいけど……。


と、そんなことを考えていると不意に、


「変わるのはまだ早いですよ。今はそのままでいてください」


アースの優しい声が聞こえてきた。


あれ? ……どこにいるの?


探してみたけど、ふわふわの雲と眠っている私以外、目に映るものは存在しない。


雲の中に埋もれているのかな?


カラフルな雲をかき分けて、アースを探したい衝動に駆られる。だけど眠っているから、私は自分の体を動かせない。声が届くってことは、近くにいると思うんだけど……。


「急な刺激に、体がついていけなかったんでしょうね」


あ、今度はシャックスの声。


珍しく優しい声だ。からかっている雰囲気も、呆れている感じもしない。


どこにいるの?

優しくしてくれるなら、隠れていないで出てきてよ。


それとも、私に見つからないところから優しい声をかけるっていう、新手の意地悪を思いついて実行しているの? シャックスならやりかねない。結局、これも意地悪なの?


ぬか喜びしないようにって、疑ってかかっていると、


「ついにこの時が来ましたねぇ」


「ええ。分かっていましたが、こうも早く変化の兆しが現れるとは驚きです」


「あの接近がまずかったんでしょうね。しかしお嬢様が王都を訪れるタイミングで、あの鼻高きんぴか野郎が人前に姿をさらしているとは。これって偶然なんですかね?」


「分かりかねますが、どちらにせよ、お嬢様が変わられるのは時間の問題です。私たちはこのまま、静かに見守っているほかありません」


そんなアースとシャックスの会話が聞こえてきて、どうも意地悪で隠れているわけじゃないらしいってことが判明した。アースが私に意地悪してくることはないからね。


二人で一緒にいるなら、変な疑いをかける必要はない。


でもそれなら、どうして隠れているの?

二人からは私が見えているらしいのに、どうして私からは二人が見えないの?


すごく不思議だ。


見られているなら、私からも見えなくちゃおかしいのに。もしかして、私が眠っているから見えないとか? 寝ている、イコール、目を閉じているってことだからね。


……あれ?


でも私、寝ているはずなのに今、視界がはっきりしている……。


うーん? どうして?


なんかちょっとおかしいね。

私、なんで眠っている私の姿を見ているんだろう?


私は私を見られないはずなのに。


魂が抜けちゃっている? いつの間にか私じゃない私になっている? これは夢だって割り切れば、おかしなことも別におかしくはないけれど……。


寝ている自分を見下ろしているなんて、変な夢。


ていうか、夢の中なら、私の思いどおりになったっていいはずなのに。


なんで声が聞こえるだけで、姿を見せてくれないの?

これが夢なら、アースもシャックスも私の前に出てきてよ!


……。


ダメかぁ。


たとえ夢の中でも、三柱を思いどおりに動かすのは無理らしい。


思い込みが足りないのかな?


三柱は『ダメ、ダメ』マシーンだっていう過去の印象が強すぎて、思い込みだけじゃ『よし、よし』マシーンになってくれないのかもしれない。


私の夢の世界なのに。ぶーっ。


と、ちょっとむかむかしていたら、


バンッ。



不意にドアを叩き開けるような音――ふわふわした優しい夢の世界に似つかわしくない音が聞こえてきて、


「またお前か」


淡々としたダリオンの声が響いた。


あ、ダリオンもいたんだね。


ぜんぜん声が聞こえてこないから、ダリオンだけいないのかと思っていたよ。私が病気になっても様子を見にこない薄情者だから、こういう時にいなくても変ではないし。


でもいるってことは、夢の中ではダリオンも優しいの?


この前の休みの日みたいな、優しいダリオンかもって期待していたら、


「寝ていろ」


続く言葉は、ぶっきらぼう。


うーっ。


ちょっとショックだ。ダリオンはいつものダリオンなんだね。まぁめちゃくちゃ優しいダリオンなんて想像できないから、これは私の想像力の限界のせいかもしれないけど。


ざんねーん。


落胆して、ちょっと悲しい気持ちになる。


……でもね。


実はそばにいてくれるなら、それだけでもよかったりする。


ダリオンはすごく強い人だから。あんまり優しくなくても、近くにいてくれるなら危険はないってこと。無表情でも冷たくても、ダリオンはいるだけで価値がある。


まぁ要するに!


姿は見えないけど、三柱がみんなそばにいてくれるこの夢の世界は、最高に安心できるふわふわな世界だってこと! 我ながら素敵な夢だね! ……ふわーぁ。


絶対安全だし、もうちょっと寝ていようかな。



   * * *



夢から覚めると、私は知らない部屋にいた。


体の下にはふかふかのベッド。

上にかかっているのは、レースがついたちょっと高級そうな掛け布団。


ここはどこだろう?


起き上がって周囲を見回すと、目に映るのは薄緑の壁、結ばれて下のほうだけ窓が見えるようになっているカーテン、やわらかそうな深緑の絨毯……、貴族の屋敷かな?


そんな雰囲気のある部屋だった。


ベッドから下りて窓の外を見てみると、大小さまざまな建物、整備されたきれいな道、豪華な馬車、行き交う多くの人々。


見覚えのない景色だけど、ここはきっと王都だろうって想像がついた。


てことは、ここはマーコール邸?

パレードが終わったあと、ダクトベアが運んでくれたのかな?


気を失う前のことを思い出しながら、そう予想する。


にぎやかなパレードが近付いてきた途端、嫌な感じがして、ぞっと体が冷たくなって、意識が飛んじゃったんだよね。


ほんと見つからなくてよかった。

ちゃんとマーコール邸に到着できてよかった。


あのときのことを思い出して、ほっと胸をなでおろしていると、


「起きたのね」


不意に静かな声がした。


この部屋には私以外、誰もいないと思っていたからびっくりだ。


ぎょっとして振り向くと、ベッドの陰からのそのそ顔をのぞかせるグリームがいる。


なーんだ。驚くことなかったね。


グリームが私のそばにいるのは、ごくごく普通のことだ。

ベッドのすぐ脇に寝そべっていたせいで、気付けなかったらしい。


「おはよう。私、どのくらい寝ていた?」


「二時間程度よ」


挨拶がてら尋ねると、求めていた回答がすぐに戻ってきた。


あれ? 変なの。


てっきり小言を挟まれると思っていたのに、怒っている感じはぜんぜんなくて、グリームはすごく冷静だった。いつもは私が怪我したり倒れたりすると、過剰なくらい心配して取り乱して、『もっと気を付けなさい』ってヒステリックに叱ってくるのに。


どうしちゃったんだろう?

事情を知っているから落ち着いているのかな?


グリームの態度にちょっと疑問を抱いていると、


「気分はどう? 体に違和感はない?」


「平気だよ。すっごく元気」


体調を心配された。


うーん? まぁ普通な気もするけど……。


「ここってマーコール邸?」


「そうよ」


「ダクトベアが運んでくれたの?」


「そうよ」


「あのオレンジの翼の人って何? 白の王とか言っていたよね?」


「あら。聞こえていたのね」


次々質問をぶつけていくと、グリームは答えを返しながら何か確かめるように私のにおいをくんくん嗅ぎ、足に頭を押し付けてきた。……何? 甘えたい気分なの?


「そうよ。あれがトルシュナーの白の王」


「そうなんだ。白の王って、教会のガラスに描いてある天使みたいな人なんだね」


「私は知らないわ」


「あ、そっか。グリームは教会に入っていないんだっけ」


しゃがんで、やたら頭突きを繰り返してくるグリームをわしゃわしゃ撫でる。


そうして、そういえばグリームが教会に入ったのは、最初の一回だけだったんだよなって思い出す。しかもその最初の一回も、入ってすぐに出た感じなんだよね。


だからグリームは教会の奥がどうなっているのか知らないんだ。

仕方ない。あとでダクトベアに聞こうっと。


「なんで白の王が近くにきたら、急に気分が悪くなったんだろう?」


「分からないわ」


のんびりした、優しい口調でグリームは答えた。


「けれどおそらく、白の王の魔法の影響を受けたせいでしょうね」


「魔法の影響?」


「ええ。あの白の王は、自分の周囲に特殊な魔法を展開していたわ」


「そうなの?」


何それ。


あたりに変な魔法が漂っているなんて気付かなかったし、私だけがその魔法の影響を受けているってどういうこと? その説明じゃ何も納得できないよ!


「意味わかんない」


「私もよく分かっていないわ」


不満げにつぶやくと、グリームは静かに同意してきた。そして、


「とにかく、白の王には近付かないことね」


話をまとめるようにそう言った。


……うーん?

この話を早く終わりにしたいような雰囲気を感じる。


それは秘密にしたいことがあるから?

それとも、本当に何も知らないから?


……私の観察力じゃ、グリームの秘密を見抜くのは難しい。


「彼の魔法はルーナと相性が悪いわ。気を付けなさい」


「はーい」


注意を促されて、私は素直な返事をした。


なんとなく怖いから、白の王にはもう会いたくない。絶対に会いたくない。


でも正直、気を付ける必要はあんまりないと思うんだよね。


だってダクトベアは、今日のあのパレードを『教会のトップの顔見せイベント』と呼んでいた。イベントってことは毎日やっているわけじゃないし、言い方からして、白の王が表に出てくるのはパレードのときだけってことだ。


つまり、パレードがなければ白の王都には遭遇しない。


気を付けなくても、回避するのはすごく簡単だ。


……よし!


結局よく分からないけど、無事に切り抜けられたから問題なしってことにして、私はそのことについて考えるのをやめた。


反省は大事だけど、私は現在(いま)を生きているんだから、過去のことばっかり気にしていても仕方がないんだよ。過ぎたことはもうおしまい! ジ・エンド!


それじゃ、そろそろダクトベアを探しにいこうかな。

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