第1話 犬の仕事
「おいでポチ」
「ワンワン」
俺は美しいご主人様の前に両手をついて座る。
白髪の長い髪に美しい容姿。赤いドレスが彼女の肌をより一層白く見せる。
「良くできました」
ご主人様の綺麗でしなやかな手が俺の黒髪を撫でてくれる。
「さて、今日もお使いを頼もうかしら」
ご主人様は胸元から一枚の紙を俺に差し出す。
「とうとう伯爵を始末するんですか?」
俺はご主人様の意図を答える。
「そうよ。泥棒の仕業にでも見せかけておいて」
耳元で物騒な事を囁かれるが、それもいつものこと。
「お呼びでしょうか、アイリーン様」
後ろの重たい扉が開き、銀髪の女が入ってくる。彼女の名はサーシャ。
「今回は二人でお使いに行って欲しいの」
アイリーン王女は手を叩いて名案を思いついたことをアピールしてくる。
「私とコイツがですか……」
サーシャはすごく嫌な顔をする。
「お願いねサーシャ」
「おい、アイリーン様の命令を聞け、このビッチ」
「アンタにだけは言われたくないわ……」
サーシャは俺の顔を蹴り、引きずって外に出される。
「よくやるわね……」
同僚にドン引きされるが、俺は別に気にしない。
「そうか? それより俺とアイリーン様の大切な時間を奪いやがって……」
「なにが大切な時間よ。ただのペットじゃない」
「なにか問題があるのか?」
「はぁーー」
サーシャはため息をつき、呆れる。
「遊びは終わりよ」
彼女が両手を三回叩くと、なにもなかった広い庭に10人近くの黒いマントに身を包んだ傭兵が現れる。
俺も服に付いた砂を払い落とし、立ち上がる。
「さて、仕事にとりかかろうか」
俺はサーシャの前に立って傭兵を率い、暗闇に姿を消す。
「ちょっと! 何、美味しいとこだけ持ってこうとしてんのよ」
サーシャも慌てて俺たちの後を追って暗闇に消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「本当に置いてくとかマジであり得ないんだけど!」
サーシャは怒りながら文句をずっと言ってくる。
鬱陶しいが口を挟むと小言が長くなるため何も言わない話さない。
俺たちは目的地であるメイザー伯爵家の前までたどり着く。
アイリーン様から渡された紙を開くと『暗殺』の2文字だけが書かれている。
「何してんの……?」
「この紙からアイリーン様のシャンプーの匂いがするんだ」
俺は一気に紙の匂いを吸い込む。
「この仕事が終わったら病院連れて行ってあげる」
「遠慮させてもらう」
俺は伯爵家の構造をある程度把握し、後ろにいる傭兵に命令する。
「10人の内、半分は俺とともに正面から。残りはサーシャと裏口から行け」
「相変わらず、指示だけは適切なのが本当にムカつく」
サーシャは文句を言いつつ、裏口に周り始める。
さて、俺はゆっくり見物させてもらうか。
流石は伯爵家の庭。広いし、綺麗な花が沢山咲いている。
「1本もらちゃおう」
俺は腰の剣で赤い花の根本を斬る。
今頃サーシャたちは中で斬りあっている頃だろう。
後ろにいる傭兵はそんな俺の様子をただ見ている。もう何年も俺と一緒に戦っていると俺の思考が分かるのだろう。
「助けてくれーーーー」
豪邸の玄関の扉から伯爵が逃げてくる。
「お前は、ギドレー! いい所にいた。後ろの暗殺者を倒してくれ」
伯爵は俺の足に縋り付き助けを請う。俺が自分を殺しにきた暗殺者だとは知らずに。
「その名は捨てたんですよ伯爵。今の俺のコードネームはポチなんで」
俺は伯爵のもじゃもじゃの頭を斬り落とす。
きれいな庭に血が滴るが暗闇のおかげで見なくてすむ。
「任務完了」
俺は剣に付いた血を丁寧に拭き落とす。
「美味しいとこだけいつも持っていくんだから……」
サーシャは少し不満そうだが、結果的にチームのため二人の手柄になる。
「王国最強の魔剣士も今やただのペットとはね……」
サーシャがそんな事をつぶやく。
「俺は今の日常が好きなんだ」
「はいはい変態。早く戻って報告に行くわよ」
俺とサーシャは再び暗闇に姿を消した。