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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人形を抱く女

作者: 杉野高生

    

 中学になり部活が始まったある日の帰路、僕と友人の翔は家の近くにある公園で遊んでいた。

 そこまで広くはないので誰かが来たらすぐ分かる公園……、僕らが着いたときはもう辺りは暗く誰もいなかった。

 しかし十分程経った頃、僕らがブランコに座って話していると一人の女が何かを抱きながら公園に入って来たのだ。

「あぁ泣かないで……もう少しだからね……」

 女が子供をあやすような発言をしていたので僕は初め赤ん坊を抱いているのだと思ってそれを見ていた。

 ……が、よく見ると女が抱いていたのはおくるみで包まれた人形、思わず僕と翔は目を合わせた。

「なぁ、あの人ヤバくない?イッちゃってるよ」

 翔は僕にしか聞こえないくらいの声で囁いたのだが、どうやら女の耳に翔の声が届いてしまったらしい、女はこちらをギラリと睨みゆっくり僕らに近づくと口を開いた。

「私のこと見て笑ってるの?ねぇ……、何がおかしいの?」

 女は充血した目で僕らを見下ろしている、その空気に耐えきれず僕がブランコから降りようとした……その時。


 ガン!ガン!ガン!ガン!


 女がブランコの支柱に持っていた人形を叩きつけ始めたのだ。

 人形は見た目より硬かったのか激しい衝撃音を立てていた。

「なにがおかしいのよぉおおお!」

 ガン!ガン!ガン!何度も……何度も……女は叫びながら人形を支柱に叩きつけている。

 するとついに耐えきれなくなったのか人形の頭は吹き飛び僕の足にぶつかった。

 ……その瞬間辺りは静寂に包まれた、女も叫ぶのをやめ、誰の声も聞こえない。風の音すらその瞬間だけは止まったようだった。


 ザッ……ザッ……ザッ……、しばらくすると女は満足したのか何も言わず公園の出口へと歩いていく、僕たちはそれを黙って見ることしかできなかった。

「なんだったんだ、あれ」

 翔が呆然としながら呟く、そんなの僕が聞きたいくらいだ。

 ……足元を見ると人形の頭が転がっている、僕はそれを拾い上げるとブランコに乗せ帰宅することにした。


 翌日、僕たちはクラスの友人達に昨日あったことを話すことにした。

「昨日さ………………」

 すると、連中は僕たちを小馬鹿にしたように笑いながらも、その女に興味を持ったようで今夜もう一度あの公園に行って確かめてみようという話になった。

 

 部活が終わると僕と翔は公園へと向かった、着いたのは昨日とほぼ同じ時刻、友人の三人は既に到着して街路灯の下で待っていた。

「お待たせ」

「おう、俺達も今来たとこだよ……それで?その女っていつ現れんの?」

 友人の一人が辺りを見回しながら言うとこちらを、……というより僕の後ろを見て目を見開いた。

「泣かないで……もう少しだからね……」

 急に後方から声が聞こえ、ぎょっとし思わず後ろを振り返ると昨日と同じ女がまた人形を抱きながら公園に入ってきていた。

「あ、あいつだよ。昨日と違う人形抱いてるけど間違いない」

 翔は女に聞こえないように小声でみんなに話した。すると一人の友人が突然女に向かって叫びだしたのだ。

「おい!ヒスババア!人形が泣くわけないだろ!」

 突然なんてことを言うんだこいつ……、僕は嫌な予感がして友人たちから離れようとしたが……遅かった。

 少し目を離した隙に女はこちらに向かって全力で走って来ていたのだ。

「……危な!」

 女は鬼のような形相で人形を右へ左へと振り回し始めた。僕らがなんとかそれを避けると人形は街路灯にぶつかりゴゥウウンという音を響かせた。

 辺りに緊張が走り誰も動けなくなる、今動いたら獣のように狙われ殺される、そんな雰囲気が辺りを包んでいた。

「私の赤ちゃん、もう泣かなくなっちゃった」

 女はぼそりとそう言い、人形を投げ捨てると僕らに背を向けフラフラと去っていった。

「……な?ヤバくてイカれた女だったろ?」

 翔は引きつった笑顔を見せながら女が投げ捨てた人形を拾いに行った。

 そしてそれを拾い上げると同時に……悲鳴を上げた。

「これ……人形じゃない……本物の……、人間の赤ちゃんだ」

 翔は青ざめた顔で赤ん坊の亡骸を僕らに見せた。

 それは確かに人形ではなく本物の赤ん坊だった、その姿は街路灯にぶつかった衝撃で頭が変形し、首が折れあらぬ方向に曲がっており二目と見れるものではなくなっていた。

「これさ……俺たちのせいだよな……?」

 翔が死にそうな顔でそう言うと一人の友人が、

「俺は悪くないよ、お前たちがあんな女見つけてきたのが悪いんだろ」

 と言葉を吐き捨てる。すると別の友人が、

「誰のせいでもない、あの女が悪いんだよ。それより警察に通報した方がいいんじゃないの」

「冗談言うなよ、警察なんて呼んだら俺たちのせいにされるかもしれないだろ。放置でいいよ」

 ああだこうだと僕たちは言い争った、そしてその結果……〝放置する〟という決断をすることになった。

 理由は一つ、怖かったから。

 色々理由は言いあったが一つにまとめると結局怖かった、これなのだ。

 それはきっと今回の事件は自分たちにも非があるということを認めていたからなのだと思う。

 あそこで友人が叫ばなければ、興味本位で集まったりしなければ、そもそも僕と翔がこの事を皆に話さなければ……あの女の赤ん坊は死なずに済んだのかもしれない。

 たらればを言ってもしょうがないのだがどうしてもそう考えてしまうのだ。

「なぁ、もしかしたら最初から死んでた可能性もあるんじゃないか?」

 友人の一人がぼそりと呟く。

「考えても無駄なことだよ、今日はもう帰ろう」

 僕たちは赤ん坊を公園の滑り台に置くと帰路に就いた。


 帰宅した僕は風呂に入り晩御飯を食べるためにキッチンへと向かった。

 正直食欲はないのだがいつも通り行動しないと変に思われる、気にしすぎかもしれないがあんなことがあっただけに神経質になってしまう。

 キッチンに着くと既に両親と妹は食事を済ませたようでリビングでテレビを見ていた。

「あ、これうちの近所じゃん、コワ」

 妹が何やら騒いでるのを聞き僕もテレビを見るとどうやらニュース番組を見ていたようだった。

「何かあったの?」

 テレビがタイミングよくCMに行ってしまったため僕は妹に聞いてみた。

「そこの商店街で赤ちゃんをベビーカーに乗せて買い物してた親子がいたらしいんだけどさぁ、いきなり見知らぬ女に刃物で刺されて赤ちゃん誘拐されちゃったんだって」

 妹の話を聞いた瞬間僕の背筋が凍りついた。

 確証はないが間違いない、あの女だ……そしてあの赤ん坊は……。

 僕は動揺で倒れそうになるのをなんとか堪えていた、そうだ……みんなに連絡を取ってみよう、そう思いスマホをポケットから取りだそうしたその時CMが明けた。

 テレビには被害者と赤ちゃんが一緒に写った幸せそうな写真が映し出された、そしてその写真をバックに事件のあらましと被害者が亡くなったことを伝えている。

 そして最後には被害者の夫が現れ泣き崩れながらカメラに向かって妻と子供を返せと叫ぶシーンが映し出されたのだ。

 ……僕はその姿を直視できずに立ち尽くすとスマホを取り出し起動した。

 

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