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リベンジマッチ

 《ある委員長の遠影》


 竜の暴威は激しさを増し、戦場に迷いこんだ少女たちを狩るべく、温度を上げていく。


 地球出身、18歳の元学生。平穏無事な世界から追い出され、血生臭い異世界に飛ばされた、私の友人たち。


 水空(みずから)調(しらべ)

 私の常識に含まれていない、異端の天才。

 熊殺しや暴走族壊滅などの、数々の武勇伝。学生時代は一笑に付していたけれど、この場所に来てから、ようやく本当にあった出来事だと認識できるようになりました。


 願者丸(がんじゃまる)サスケ。

 不良生徒の枠組みに押し込んで、私の方も理解を拒んでいた存在。

 だというのに、一皮剥けば新しい顔が見えてきて、今では動向を興味深く見守るようになっています。まだ苦手ですけれど、昔ほど距離感の壁は感じません。


 2人は現在、私の遥か前方で竜と戦っています。

 私は戦いの経験が少ないため、優勢か劣勢かもわかりません。ただ、もはや戦争より狩りに近い状態だということはわかります。お互いの軍が引いていき、竜と私たちだけが暴れている状態です。


 神の加護を持つ私たち。それを祭り上げたヴェルメル王国の軍隊。血肉を活力に変えるペール軍の戦法。

 それらが噛み合って、竜と使徒の代理戦争で勝敗を決める流れになりつつあるのでしょう。


 私……工藤愛流変(めるへん)は、バズーカ砲を担いで遠方に待機しています。

 お二人ほどの鮮烈な美技狂乱は演じられそうにありませんから、援護射撃を入れて、狙われる前に撤退するのが堰の山です。


 これでもグリルボウルやエンマギアの街では英雄として名が通っていました。そして、未来の積田くんを守るため、英雄としての名声を高めていくと誓った身でもあります。

 故に、私は狙われる危険性を加味しても、火薬という援護の華を咲かせる覚悟でいるわけです。


 ——閑話休題。

 私は戦場の2人と1匹を観察します。


「グギャアアアン!!」


 竜は鋼のような硬さを感じさせる声で喚き散らし、願者丸くんを踏み潰そうと地団駄を踏んでいます。


 願者丸くんは忍者だそうですので、簡単には捕まらないでしょう。事実、頭上からの攻撃を全てかわしています。

 優雅でありながら、鋭く無駄のない動き。竜の体重を受け止めた荒野は砂が舞い散っているというのに、願者丸くんには埃ひとつついていません。


 彼……いえ、彼女は水空さんに向けて、協力を呼びかけます。


「オイラの技とオマエの力、合わせてぶつけて蹴散らすぞ!」

「あいあい。具体案は任せた」


 お互いを信頼し合っているように見えます。普段は喧嘩することも多いようですが……。


 戦いの中でしか見られない一面というのも、確かにあるのでしょう。今の私は、両の目で、その面をしかと見届けています。


 赤熱した竜の鱗を、願者丸くんはすれ違いざまに斬っていきます。


「よし。鱗の斬り方はわかった。オイラがざっくり剥がすから、剥き出しの肉に全力を叩き込め」

「それやると、ウチ……肉に埋まるんですけど?」

「画面でいいだろ」

「それもそっか」


 2人は軽い口調で竜を倒す算段をつけ、火炎の息を回避します。


 竜の炎は、この世界の一部の村においては、天災として恐れられています。山火事に遭ったようなものと思い、諦めるしかないのだと。


 しかし、歴戦であるあの2人にとっては、暴れるだけの竜の技など、児戯に等しいのでしょう。まったく緊張している様子が見られません。


「よし。狙いは頭でいい?」

「よく動く部位だが……大穴だな。やってみよう」


 願者丸くんが剣を持って接近していく。ついにあの竜に引導を渡すのでしょう。


 水空さんは竜の注意を惹きつけつつ、頭に飛び乗る準備。目で追いきれないほど素早く、正確なステップを踏んでいます。

 綺麗な反復横跳びです。見事……!


「おっと」


 竜は先ほどの攻防で、接近してくる人間に敏感になっているのでしょう。水空さんの努力も虚しく、願者丸くんは竜のしなる首に狙われてしまいました。


 願者丸くんはステータス画面を足場にして、空中で数回ジャンプ。振り抜かれた首に追いついて、頭頂部に剣を振ります。


「『願者流・羽振り』」


 切り口に魔力を流し込む、優美なれど残酷な技。

 それで鱗と表皮をズタズタにして、願者丸くんは離脱します。


「頭蓋骨、分厚いぞ。思いっきりいけ」

「言われなくても、そうしますとも」


 首を振り回して抵抗する竜に、何の苦もなく飛び乗る水空さん。

 石を投げて目潰しと牽制をしつつ、願者丸くんが傷をつけた箇所にまたがります。


「よし。マウント取った。おしまい!」


 水空さんのステータス画面が、機械でなければあり得ないほどの速度で連続的に叩きつけられ、竜の頭部が粉砕されていきます。

 赤。白。黄色。あれは体液でしょうか。それとも皮下組織でしょうか。わかりません。全て細切れですから。


 竜は頭蓋骨とその中身を失い、倒れていきます。

 塔の崩落のように、傾いていく首。頂点にいた水空さんは、ひと足先に着地しています。


「ふー。ひやひやしたよ」


 少し遅れて、ぐすぐずになった頭部が着地。地面に激突した衝撃で、中身が私のところに飛ぶほど力強く爆散してしまいました。


 ……しかし、不気味です。

 ペール国は逃げる素振りを見せません。

 最大戦力も指揮官も失った今となっては、もはや勝ち目などないというのに。


「グンダリ神殿は……神が降り立った地である!」


 何やら演説が始まりました。ペール国の偉い人でしょうか。鎖やピアスなど、装飾がたくさん身に付けられています。


「神がお選びになったのだ! 我ら神の子、その地を守る使命を果たさん!」


 まだ戦うつもりのようですね。ぶつかり合いなら、もう我々の圧勝以外の道はないはずです。まだ何か奥の手があるのでしょうか。


「我ら、神に与えられし肉体を……奇跡に変えて返納すべし!」

「神の血、神の肉、神の愛する殿を守るため、我らの全てを贄とせん!」


 ああ、これは。まさか。

 ペール国の血肉魔法が……最悪の形で火を吹こうとしているのでは?


 急速に青ざめていく私の顔。その前で、ペール国の人たちは刃物を手に、自らの首を掻き切ります。


「『大いなる神よ・神の子たる我ら・神の従僕としてここに在らん』」


 彼らが流した血は、血を吸収する魔道具や高官の衣服を媒介にして、竜に集まっていきます。


 蘇生させるつもりでしょう。

 ここは、私がやるしかありません。

 正しい判断かは分かりませんが、とにかく止めようと足掻いてみます。


「『ポップコーン・ドール』!」


 身長2メートルの私。それを上回る巨大なバズーカ砲。

 素早く狙いをつけて、威力を調整。砲手は状況把握と計算が命。


 適切な量の魔力を込めて、発射。


「(お願い。当たって……!)」


 鈍い駆動音と共に解き放たれた人形は、内部に多層構造の魔道具を仕込んであります。

 あらかじめ私のスキルを仕込んでおき、着弾と同時に発動させるのです。


 それがどんな威力を発揮するかというと……。


「(やった)」


 起きあがろうとしている竜の骸。そのぐちゃぐちゃになった頭部に、人形が炸裂しました。

 弾の損傷によって、封じ込めらたスキルが起動。人形が人形を生産し、更にその人形が人形を作り始めます。

 増殖。増殖。増殖。増殖。込められた魔力が尽きるまで繰り返されます。


 竜の体は人形の山に埋め尽くされました。

 ですが、これが有効打になるとは思えません。人間相手ならともかく、竜には心許ない威力です。


「(今のうちに、もっと高威力の弾を……)」


 私は連絡役のクリファに頼んで、念のために用意しておいた巨大砲弾を運んでもらいます。

 対魔物用の超高威力弾。大きすぎて持ち運びできませんし、弾がバズーカ内部に収まらず、オプションパーツと共に砲口にくっつける形になります。


「おーい、工藤さーん」


 いつのまにか、水空さんが側に来ていました。


「例の弾、撃たないの?」

「クリファちゃんが運んでます」


 水空さんは願者丸くんの方を見て、力強く親指を立てます。


「ウチが担いだ方が早いね。ここは任せた!」

「えっ」


 彼女は木枯らしのように音もなく走り去ってしまいました。


 ……あの恐ろしい竜を、私と願者丸くんで抑えなければならないのですか。

 私とて、英雄になることを決意した身です。いつかは前線で体を張る日が来ると覚悟していましたが……まさか竜が相手だなんて。


「(あの日を思い出しますね)」


 私は皆さんに助けていただいた日の出来事を回想します。


 放り出された森の中、人形の山を作って魔物から逃げ隠れする日々。サバイバルとは縁遠かった私は、日に日に精神を削られていって。

 それでも、積田くんたちがヘリに乗って迎えに来てくれました。馬場くんと共に救助されたあの日のことを、私は決して忘れません。


 ……その後、馬場くんの不運に引き寄せられて、竜が襲ってきたことも。


「あの日のリベンジ、させていただきます……!」


 人形のバリケードを破壊して、溶けかけた体を晒す骸の竜。

 私は死にかけの彼に、砲口を向けます。


「食らえ!」


 まずは火魔法の燃焼砲。

 可愛らしい人形を燃やしてしまうのは、人形愛好家として心苦しいのですが……命あっての物種ですから。


 火の手が上がり、竜は巨大な熱波に包まれます。

 少し動きが鈍ったようですが、余裕を持って耐えているようにも見えます。


 念のため、炎を広げる弾も撃ち込んでみます。

 動物のぬいぐるみですが、中に油を染み込ませたロープが入っています。記憶にあった犬用おもちゃを、少し改造したものです。


 撃ち出すとロープがばっと広がり、竜の巨躯をも丸ごと包み込んで燃え盛ります。

 ですが、竜が少し腕を振ると、あっさり千切れ落ちてしまいました。

 人間の軍隊が相手なら効果的な弾ですが、竜の動きを封じるには力不足ですね……。


「委員長。奴に炎は効かない」


 間近で戦っている願者丸くんが、盗聴石越しに進言してくれます。


「ゾンビ化した今でも、耐火性は健在らしい。風なら足止めできそうだ。撃ってみろ」


 彼の言葉に従い、私は次の弾を装填します。


「『緑の仙子』」


 中華風のドレスを纏った、深緑色の人形。

 破壊はしません。撃ち出すと飛んでいき、風魔法で空中に留まって、突風を撒き散らし続けます。


 風に煽られて勢いを増す炎。竜の体も僅かに傾きますが、地面にしっかりと踏ん張って耐えています。

 人形の魔力が切れれば、私に向けて襲いかかってくるでしょう。その前に、早く次の弾を……。


「いいんちょー。持って来たよ」

「早っ」


 気がつくと、水空さんが巨大な弾を両手で掲げています。

 音もなく忍び寄り、背後をとる。願者丸くんより水空さんの方が忍者っぽいような気が……。


「……けっ」


 願者丸くんは水空さんを呪い殺しそうな目で睨んでいます。指摘するのはやめておきましょう。


 竜の相手を水空さんと願者丸くんに任せて、巨大な弾を組み立てます。

 超巨大ロケットモーターを砲身に突っ込み、同じく目が飛び出るほど巨大な弾を合体。放熱用の魔道具をセット。ヘルメットを被り、連絡用盗聴石を耳元に当てて、安全装置を抜く。


「(神の加護がなければ撃てない、破滅的で凶悪な弾です。流石の竜も、これなら一撃で……)」


 竜の足を崩したところで、願者丸くんが合図を送ってきます。


「やれ」


 私は2人の友人たちの努力に報いるべく、照準を合わせます。

 目標、竜のゾンビ。胴を狙い、確実に当ててやる。

 奥歯を噛み締め、重さを増した引き金を引く。


 火魔法が炸裂し、ロケット弾が飛び出す。

 風魔法の誘導を受けて、目標に向けて飛んでいく。

 目が眩むような量の煙の先に、竜のまなこが。


「よし」


 着弾。

 この世の終わりのような大爆音と共に、竜の体は木っ端微塵に吹き飛びました。


 ああ。

 やっと、強くなれた……。

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