忍者と化物が見た戦場
《ある忍者の観戦》
オイラは願者丸。忍者であることを志し、忍者として生きる者。あるじである積田立志郎のために、命を賭して仕えている。
戦いと諜報が得意で、それ以外はイマイチだ。人付き合いや勉強は苦手。故に、オイラとしては戦うことを生業としたい。
……なのだが。
あるじさまがドラゴンや辻斬りや味差と戦っている時、オイラはサポートしかしていなかった。
オイラが作る盗聴石が便利すぎるせいもあるだろうが、正直不本意だ。
だからこそ、騎士団と協力してペール国と戦うことになった時、オイラは内心ワクワクしていた。
そりゃ、みんなの身が危ないとは思ったけど……ようやくオイラが活躍できる場が来ると思うと、胸の内にほのかな喜びが湧き出るくらい、許してほしいもんだ。
鍛え上げた武術。磨き上げた魔法。それらを十全に活かして、敵をバッタバッタと薙ぎ倒す。そんな妄想をしたことが、オイラにもあった。それを実践できるとなると、心が躍るってもんだ。
水空や狂咲だって、邪教徒相手に大立ち回りを演じたようだから……オイラだって……。
「おい」
オイラは今、戦場に立っている。
ペール国の最大部隊がいる、グンダリ神殿。かつての国境線に近く、敵兵は推定2万に達する。
当然、血で血を洗う激しい乱戦になることが予想されていたのだが……。
オイラは今、神殿内部で呆然としている。
敵はいる。血肉を魔法に変えるペール国の兵隊たちだ。オイラも何人かは仕留めた。
しかし、そいつら以上に……味方が強すぎる。
水空調。
人間の枠を超えた怪物。
オイラでさえ遠く及ばない、生きた異次元。
アイツが、全部……。
「おい」
空虚で間抜けな声を漏らすことしかできないオイラの頬を、軽い風が撫でる。
すると次の瞬間には、水空が左に立っている。
「ボスキャラ、何処にいる?」
オイラの盗聴石をアテにしているのだろう。彼女も探知スキルを持っているのだが、面倒くさがって使っていない。
オイラは左に視線を向けて、呟く。
「指揮官は、逃げ出してる……」
「はー。腰抜けかよ」
水空はオイラの右側から血飛沫を撒き散らす。
半狂乱になって襲ってきた敵兵を、バラバラに引き裂いたのだろう。
オイラは右を向き、水空の姿を捉えようと試みる。
「雑兵はまだ、取り残されて……」
「りょーかい」
水空は背後からオイラの肩を叩く。
血まみれの手。敵兵の首を捻り、顔を潰し、喉を突き、腹を裂き、全身を折りたたみ……無数に殺してきた、血まみれの手。
オイラは肩にべっとりと付着した血を見て、恐怖と嫉妬を覚える。
もし水空が敵に回ったら、オイラはあるじさまを守りきれない。そんな恐怖。
その力が羨ましい。貰えるものなら、喉から手が出るほど欲しい。そんな嫉妬。
「おい」
オイラは再度、水空に呼びかける。
アイツのことだから、戦いながらでも会話くらいできるだろう。
「雑魚が統制を失って、散開しつつある。徴兵された雑魚どもに任せても勝てるだろうが、オイラが行けば早く済むだろう」
「それ、願者丸の仕事じゃないでしょ」
水空は天井から降りてきて、オイラの前に立つ。
ドロドロの血と肉片で、肌色が見えない。
「指揮官、追いかけなよ。暗殺、得意でしょ」
「……まあな」
別に得意ではない。
積田たちから逃げていた時、何度か教団を襲って金と飯を確保したことがあったが……その結果、捕まって娼館に売り飛ばされたのだから、むしろ苦手な方だろう。
それでも、コイツの前では強がりたい。対抗できる人間でありたい。
オイラは神殿内部から人が減りつつあることを察して、指揮官のところに向かう。
「首、とってくる」
ここにあるじさまはいない。ならば、間接的に役に立つ行動をするまでだ。
敵の大将首の討伐。水空がやった敵軍の殲滅ほどではないが、それなりの手柄にはなるだろう。
オイラは水空の暴虐を背に、振り返ることなく神殿の裏手へと抜ける。
「こっちは頼んだぞ」
あくまで対等であるために、それとなく相棒感を出しながら。
〜〜〜〜〜
《ある怪物の羨望》
ウチは、水空調は、怪物だ。
日本にいた頃から、人間離れした力を持っていた。
熊にも勝てた。銃で撃たれても死ななかった。百獣の王とは、ウチのことだと思っていた。
だけど……。
「はあ……」
神殿にいる雑魚どもをウチに任せて、願者丸サスケは敵のボスを倒しに行った。
これでいい。ウチはきっと、大物狩りをしない方がいいから。
「情けない……。自分が情けない……」
隣の部屋で魔法陣を描いていた30人くらいの兵隊を皆殺しにしながら、ウチはぼやく。
辻斬り、串高。あいつの剣技を前に、ウチは大いに苦戦した。
芸術家、篠原。あいつの戦闘技術とスキルによって、ウチは大苦戦した。
賭博師、難樫。あいつの魔法と裏儀式によって、ウチは実質相打ちまで追い込まれた。
次々に現れる強敵との、気が狂いそうな戦い。
それらを通して、ようやく気付かされた。
ウチは雑魚狩りが得意なだけの、間抜けな獣でしかない。
ウチに攻撃を通す手段なんか、山ほどある。ステータス画面はウチでも割れないし、裏儀式やスキルは力押しが通じにくくて厄介だ。特に篠原なんか、絵の具でウチの蹴りを止めやがったし。
つまり、この世界は……私にとって、脅威が多すぎる。
「日本に帰りたい」
神殿の壁を破壊しながら、思う。
神の加護なんか要らない。強さなんか要らない。
ウチはただ、あの世界が好きだった。親友のキョウちゃんと、面白い本と、美味しい食べ物がある、便利なあの世界を……愛していた。
ここはウチにとって、好きに暴れられる世界だ。生まれ持った力を活かせる世界だ。
……だからどうした。そんな機会、普通の女子高生には必要ないんだよ。
「積田くん。キョウちゃん。ウチの、日本……」
あの2人は、ウチを大事にしてくれる。ウチもあの2人に、日本の面影を感じられる。
だから、私は……2人のために……。
ウチは敵の魔法を腕で受けつつ、突進して全員まとめて殺す。
血のタンクが邪魔くさいから、両手で潰す。
奥にも敵が見えたから、近寄って指で殺す。
死んでいく。私の手で、人が死んでいく。
……どうだっていい。こっちの安全を脅かすバカに気配りできるほど、ウチは優しくも正しくもないんだ。
私は正義じゃない。ただひとりの、18歳だ。
「こんなの、もうやだ……」
敵が命懸けで召喚したらしい、神殿に収まりきらないほど巨大なドラゴン。
それの首を、ウチは飛び蹴りでへし折ろうとする。
「うっ」
流石はドラゴン。鱗と筋肉はひしゃげたものの、首の骨までは衝撃が届かなかったみたいだ。
ドラゴンは呻きながら大暴れして、空中にいるウチを平手打ちする。
「いっ!?」
咄嗟にステータス画面で防いだものの、画面はあくまで盾になるだけで、勢いは殺してくれない。
私は神殿の壁に叩きつけられ、倒壊した瓦礫の中に埋もれる。
「くっ」
怪我はない。ウチは丈夫だから、天井が頭に落ちてきても無傷だ。
ただ、裏儀式やスキルを含む、魔法どもは……ウチを傷つけてくる。あのドラゴンの爪を受けたら、もしかしたら……。
「(雑魚なら無傷で済むけど、ドラゴンが扱える魔力量次第では、ウチは負ける)」
ウチは瓦礫を腕の一振りで退かし、立ち上がる。
「カッコ悪いなあ、私」
自分を卑下しつつ、瓦礫を投げ飛ばす。
「願者丸くんみたいには、なれそうにない、ね!」
瓦礫はドラゴンのブレスによって溶け、溶岩のようにドロドロとした塊になって、落ちていく。
……あれ、ウチが食らったら大火傷だね。ステータスのおかげで消し炭にはならないけど、命と容姿にかかわるという意味では、似たようなものだ。
私は致命傷を負いたくない。ここには治せるキョウちゃんがいないから。
みっともなくても、消極的な戦い方をさせてもらおうかな。
「もういっちょ!」
私は神殿の柱だった部分を持ち上げて、槍投げのように飛ばす。
ドラゴンはひょいと身をよじって避ける。見上げるほどの図体なのに、ずいぶん身軽だ。
ウチはその辺に転がっている瓦礫や死体を、これでもかと飛ばし続ける。
「こなくそ!」
ドラゴンは翼を大きく動かし、突風であらゆる瓦礫を吹き飛ばす。
……強い。神々しさすら感じるほどに、生物としての格の違いを自覚させられてしまう。
嫌になっちゃうなあ。
こんなに戦うのが嫌なのに……悲鳴をあげる騎士団や民兵を見ると……「ウチがやるしかない」って気持ちになっちゃうんだよね。
そんな自分の性格が、嫌だなあ。不自由で。
嫌だけど……。
「(頑張らない言い訳には、ならない)」
とりあえず、ドラゴンは無視だ。やれることをやろう。
私は徴兵されて来たおっさん兵たちに加勢して、ペール国の軍人をさくっと皆殺しにする。
1000人くらいはいるかな。結構な大部隊だ。撫でれば死ぬ程度の武装だけど、ちょっと手間がかかりそうかも。
「(面倒臭い。でも、変なことをされる前に殺しておかないとね)」
ただ走り抜けて、頭と胴を切り離していくだけ。私はその単純作業を、ささっと駆け抜けて終わらせる。
「えっ」
何が起きたのかわからない様子のおっさんども。
彼らに向けて、ウチは血溜まりを踏み締めて叫ぶ。
「下がって!」
ウチの言葉に、騎士団たちは素直に従う。
先ほどの攻防を見て、ウチを信頼してくれたんだろう。怪力や神の加護があるんだから、勝てると信じてくれているんだろう。
雑魚を蹴散らして、残るはドラゴンのみ。勝てるかどうかはわからない。
でも、負けられない。
なら、やるしかない。
「たとえ化け物扱いされても……更なる化け物に立ち向かうためなら……!」
ウチは負けてきた数々の強敵たちを思い出し、震えながらも立ち向かう。
まずは、突進。
ウチの歩法は、願者丸でさえ目で追えない速度らしい。アイツは『幽歩』という技名を付けていたから、今後はそれで呼ぼうか。カッコつけみたいでダサいけど。
ウチは幽歩で接近して、ドラゴンの後ろ足に蹴りを入れる。
狙うは、爪。鱗よりは大事そうで、剥がれやすそうだから。
「おらっ!!」
ウチの狙い通り、ドラゴンの爪は蹴りであっさりと砕け散る。
ついでに指も折れたようだ。この程度なら、脚も頑張れば折れるんじゃないか?
ウチはブレスによるカウンターをかわし、反対側に回り込んでもう片方の脚を蹴る。今度は、脛狙いだ。
ウチの回し蹴りを受けたドラゴンの脚は、ミシリという重い音を発しつつ、赤黒く腫れていく。
「グルル……」
効いている。首への飛び蹴りが効かなかったのは、筋肉が分厚すぎたせいか。
ちゃんと弱点を見極めれば、勝てる……!
ウチは久しぶりに無傷で勝てそうな気配を感じ、ひっそりと安堵する。
もう大怪我をしてキョウちゃんに治してもらうのはごめんだ。私は一人でも戦えるんだ。
「よーし……。やっちゃうかあ!」
ウチが空元気で張り切ってドラゴンの上に登り、頭頂部に全力の拳を叩き込もうとした、その時。
戻ってきた願者丸が、ドラゴンの首に飛びかかる。
「あっ」
剣を振っている。まっすぐな刀身。オーソドックスな忍者刀だ。
間違いなく魔道具。ウチは魔法に詳しくないから、どんな効果があるかはわからないけど……。
「『願者流・羽振り』」
おそらく魔法と願者流の複合技術だ。鱗の隙間を縫って連続で振り、刃が肉に触れると同時に魔力を流し込んでいる。
振り袖で舞を踊るような、雅な動き。チビな願者丸の体躯だと、さながら牛若丸だ。
鱗が根本を失い、剥がれ落ちる。肉が削げて、痛そうに抉れている。
それでも、竜の首を落とすことはできない。手負いにする程度が精一杯みたいだ。
「グッギャオオオン!!」
爆発的な悲鳴。耳の奥がジンジンする。
ドラゴンを身を捩り、地面に転がりながらメチャクチャに暴れ回る。
おっさんたちを避難させておいてよかった。あの大暴れに巻き込まれていたら、無意味に大量死するところだった。
振り落とされたウチは、痛みで転げ回るドラゴンに向けて、とりあえず追撃をかます。
「じっとしてろ!」
新幹線を追い抜く走力から放つ、シンプルな飛び蹴り。これなら流石に効くと思う。
ドラゴンの背中に足の裏がつくと同時に、鈍く不快な音が体の奥に響く。
分厚い肉に、太ももまで埋まってしまった。
「やべっ」
ぬるま湯のような血液が噴き出し、視界が覆われていく。
目を見張るほど赤いのに、臭いはちょっと青臭い。
押し潰されたら面倒だから、慌てて引っこ抜く。
直後、何やらドラゴンの体が赤熱し始める。
「自爆?」
「いや……第二形態だな」
そばに着地した願者丸は、何かを放り投げる。
ペール国の指揮官の制服を、ぐしゃぐしゃに丸めたものだ。討ち取った証として持って来たのか。
首でも取ってくるかと思ったのに。なんとなく残念に思う私と、ホッとする私がいる。
「余裕そうだな、水空」
「まだノーダメだからね」
常にストイックな願者丸からすれば、ウチはふざけているように見えるんだろうね。
余裕なんか、無いのになあ……。