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頼ってくれよ

 ペール国の軍隊は、死を恐れない。

 自身の肉体を削って魔法を放つため、痛みに強い。戦いの中で命を落とす味方が多いため、恐怖に強い。


 強くなければ、軍にいられない。非情でなければ、国にいられない。

 そうやって、国ぐるみで優しさを捨てていったのだろう。故にこそ、俺たちが暮らす国に攻め込んできたのだ。


「(くそっ……数が多すぎる……!)」


 拠点の真ん中で見つかった俺は、次々に襲ってくる敵を倒し続けている。

 いちいち相手にしていたらキリがないため、常に動き回って撹乱しながらだ。


 風魔法を背に受けて加速し、土魔法で壁を作り、火魔法で放火し、水魔法で敵の魔法を逸らす。


 廊下を駆け回る俺の前に、新手が3人。当たり前のように血液のバックパックを背負っている。

 おぞましい量の鮮血。明らかに採取したてだ。何人殺せばあれほどの……。


「『回帰の咆哮』」


 敵たちは背負っているバックパックを連結させ、ひとりの詠唱で一斉に魔法を放つ。

 風魔法に近いが、乱暴で強大だ。廊下を埋め尽くすほど大量の魔力が、一気に駆けてくる。


 俺は走る足を止め、ステータス画面で防ぐ。


「くっ……」


 両脇から魔力が流れ込み、ビリビリと体の奥底に響く。

 経験上、わかる。この出力は異常だ。おそらく3人以上で詠唱した扱いになっている。


 3人のひとりが、次の詠唱を行う。


「『害意の継承』」


 足を止めた俺に向けて、骨の木が伸びてくる。

 バックパックが震えている。血液の消費が多いようだ。大技か。


「(撃つしか……!)」


 俺は『呪い』を構え、骨の木にぶつける。

 背骨のような幹が崩れ、枝が床に散っていく。


 ペール軍たちは驚いている。だが、既に3人目が詠唱を用意している。


「『脅威の錬成』!」


 凄まじい勢いで魔力が凝縮され、小さな弾丸が精製される。

 風で動きを止め、骨の木で絡め取り、銃弾で撃ち抜く。そういう連撃のようだ。あらかじめ訓練されているのだろう。


「(ひとりの強者に対する迎撃としては、確かに理にかなっている……)」


 しかし、俺たちのような加護持ちを相手にする場合は悪手だ。

 轟音と共に飛んでくる血の銃弾を、俺はステータス画面で防ぐ。


「なっ!?」


 流石にこれを防がれるとは思わなかったのだろう。軍人たちは唖然としている。

 ステータス画面は極めて頑丈だ。ドラゴンが踏み潰しても、水空のような怪物が振り回しても、欠けることのない聖なる板。


 画面の裏で、俺は小さく呟く。


「『火の指:カ・リュウ・カイ』」


 俺の指先に魔力が集まり、無数の火の玉となって飛んでいく。

 夏の川に集まる、蛍の群れのようだ。秘められた力は虫ケラの比ではないが。


 炎の群体は機関銃のように弾幕を張り、たった3人の軍人を撃ち抜いて通り過ぎる。


「ギッ!?」

「がふっ」


 蜂の巣になり、細切れになり、血煙となって消し飛んでいく。

 魔道具らしき軍服に包まれてはいるが、無力だ。


「よし」


 3人は背負ったタンクと混ざり合って、区別がつかない血の池に変わり果てる。……皮肉だ。


 しかし、俺が血溜まりを踏んで通り過ぎようとしたその時、次の軍人たちが物陰から顔を出す。


「無駄にするな!」

「『回帰の咆哮』!」


 再び吹き荒れる魔力。

 現れたペール国の軍人たちは、広がっていく血溜まりを魔道具で吸い上げて、タンクに詰めていく。


 ……敵だろうと味方だろうと、お構いなしに燃料扱いをするのか。


「(弔いもせずに……)」


 俺の中に悪感情が溜まっていく。呪いの力が再充填されていく。


「タンクを繋げろ! 大魔法を放つぞ!」


 奴らはまた魔道具のバックパックを繋げている。

 全員の血液ストックを使って、大規模魔法を放とうとしているのか。


 ならば、一網打尽にしてやろう。


 俺は足元の血溜まりに『呪い』を放つ。

 連鎖する呪いは吸い上げる機構の中に入り込み、背にあるタンクまで破壊し尽くす。


「毒か!?」

「撤退するぞ!」


 ペール軍は俺のスキルが血液に作用することを理解したようだ。

 このままでは情報を持ち帰られてしまう。逃すわけにはいかない。


 ちょうどよく、俺が潜入のために掘った穴が近くにある。まだ魔力が残っているはずだ。使おう。

 俺は魔力を壁に当て、遠くにある土魔法を発動させる。


「『土の脚:ストゥーパ』」


 床から小さな剣山が生え、軍人たちの足を貫いていく。


「くっ!」


 何人かは転び、何人かは我慢して走り続ける。この程度で止まるほど軟弱ではないか。

 俺は軍人たちの背中を火の魔法で燃やし、追い討ちを続ける。


「燃えろ!」


 しかし、長きに渡って俺たちの国と戦争を続けてきたためか、この手の魔法への対処法が確立されているらしい。

 軍人たちはダメになった血液や魔道具を盾にして、身軽になって逃げていく。


「くそ……!」


 大半は燃やせたが、何人かに逃げられた。

 ……俺たちが持つ神の加護について、本国に伝えられてしまうかもしれない。何としてでも、ここで仕留めなければ。


 しかし。


「うっ」


 背中に刺さる痛み。魔法攻撃か。神の加護が無ければ死んでいたかもしれない。


 俺の背後に現れる増援たち。廊下を埋める勢いだ。

 深追いは禁物だろう。予定通り、逃げなければ。


「(囲まれたらまずい……)」


 ステータス画面でも、守れるのは一面だけだ。

 俺は土魔法で壁を作り、床に穴を開け、敵を撒くことに専念する。


 〜〜〜〜〜


 数十分ほど戦い続けて、ようやく闘技場の外に出ることができた。

 何人殺したのか、もはや数え切れないほどだ。三桁に達しているだろう。


 敵の血。敵が持っていた血。俺の血。赤黒い染みが俺の全身を飾っている。

 汚れた床に擦れた跡。敵の魔法で破けた服。遠目で見たら、みすぼらしい浮浪者と思われそうな姿をしているだろう。


「はあ……はあ……ぜえ…………」


 いくら神の加護で守られているとはいえ、全力全開で動き続ければ、いずれ限界はくる。

 疲れ知らずでいられるのは、日常生活の範疇にいる間だけだ。


 俺は呼吸器を酷使させて、闘技場から脱出する。

 当然だが、正門から遠い物陰から、こっそりと抜け出した。

 敵組織を壊滅させて正門から堂々と帰るのがアクション映画の定番だが、現実はそう甘くはない。


「(狂咲と合流を……)」


 俺がへとへとの体に鞭打って駆け出すと、盗聴石に魔力の反応が届く。

 俺は小さな石に魔力を送り、物陰で耳元に当てる。


「もしもし」

「積田様。ご無事ですか?」


 ギンヌンガだ。心から俺の身を案じているのが伝わってくる。

 今の俺にとって、人の声はよく効く治療薬だ。ありがたい。


「大丈夫だ。打ち合わせ通り、敵軍の撹乱と大規模魔法設備の破壊を済ませた」

「ごくろうさまです。……後は、我々にお任せを」


 盗聴石の向こう側で、ほんの短いやり取りがあった後で……俺が待ち望んでいた声がする。


「積田くん!」


 狂咲だ。俺の恋人だ。


 彼女の声を聞いただけで、俺は……死地から脱したという安堵に包まれて、脱力してしまう。

 実際には、すぐそばに敵がいるというのに。


「狂咲。順調か?」

「いつでも行けるよ。それで、その……積田くんはどうするの? 『思慕』で治せるけど……」

「俺は……」


 俺は力の抜けた体に再度鞭を打ち、前を向く。

 軍靴の音が近づいている。俺たちの騎士団だ。


「決着がついたら、な。……後は任せる」

「わかった。任されたよ」


 その言葉で全てを察したのか、狂咲は盗聴石をギンヌンガに投げ、駆け出したようだ。


 ギンヌンガの声が、遠く聞こえる。


「これより、交戦します」


 続いて、空気が爆発したかと思えるほどの雄叫び。

 騎士団たちが、攻勢に打って出るつもりだ。


 俺は震える空気に導かれ、遠い丘の彼方に向かう。

 闘技場が見える位置。確か、あそこで作戦を立てたんだったか。


 俺は幽鬼のような足取りで、丘を登る。

 敵はいない。ペール国にとって、騎士団こそ最大の脅威であり、仮想敵。俺に構っている暇など無いのだろう。


 頂上まで来たところで、俺は倒れる。体力はまだまだあるはずなのだが、心の奥底が疲れ果てているようだ。


「(目を塞ぎたい……)」


 風に乗って、血の匂いが流れてくる。遠くで騎士団たちが戦っている。

 俺が拠点である闘技場を機能停止に追い込んだことで、騎士団は圧倒的勝利を確信したのだ。故に突撃を敢行し、一網打尽にしようとしている。

 大規模魔法も潰れているので、返り討ちにされる恐れもない。安心して全軍投入できる。


 俺は戦場に似つかわしくない穏やかな風を頬に浴びながら、ゆっくりと顔を横に向ける。

 丘の上から、無数の人影が見える。徴兵された兵士たちと、屈強な騎士団たち。彼らがペール国と激突している。


「(死人は出るだろう。だが、もはや万に一つも負けはない)」


 俺たちが魔力を供給したおかげで、木端の兵士たちにも魔道具の防具が行き渡っている。血を流すリスクが減れば、ペール国は弱体化する。


「(俺たちの力で、相性関係は逆転した。数でも上回っている。俺たちの勝ちだ……)」


 俺の耳が、足音を拾う。

 警戒する必要はない。彼の姿も、もう見えている。


「飯田」


 俺は先に離脱した飯田に向けて、強がりの笑顔を返す。


「やってやったぞ。作戦成功だ」

「ボロボロじゃねえか。お前が死にでもしたら、何が起きても失敗だからな? そこんとこ、自覚しとけ」


 飯田は俺のそばに胡座をかき、戦場を見下ろす。

 男前な瞳には、色のない虚無感が浮かんでいる。


「狂咲はまだ戦うってよ」

「そうか。後を頼んだのは俺だが、無茶はしてほしくない」

「あー、お前に頼まれちゃったら、あんなことにもなるか。でも、気にするなよ。あいつ、スキルに振り回されてやがるからな」


 そうか……。狂咲がそこにあることで、助かる命があるならば、彼女はきっと動くだろう。それが狂咲矢羽という人物だ。

 俺に頼まれなくとも、彼女はきっと最前線に出ていた。人を救うために。


 底抜けの善人というわけではない。俺への執着という汚点もある。だが、彼女には……死を嫌う行動力があるのだ。偽善だろうと、それは尊ぶべき性質だ。人として……あるいは一個の生命体として。


「俺は……心が弱い」


 親友である飯田に向けて、俺は懺悔する。


「敵陣に踏み込んで尚、殺すことに躊躇している。人の命を奪うことを恐れて、もっと多くの命を危険に晒してしまう。考えても精神をすり減らすだけだとわかっているのに、割り切れない」


 当然のように戦える狂咲。敵の返り血を被り、顔色を変えずにいる戦乙女。

 この場においては……戦場という非日常においては……圧倒的に、狂咲が正しい。


「やはり俺は、英雄でもリーダーでもない。狂咲こそが皆の先導者だ」


 狂咲は今も最前線でステータス画面を振っている。

 傷ついた軍人たちの間で『思慕』のスキルを梯子させ、前線の耐久力を飛躍的に高めている。

 勇気ある行動。衛生兵であり、突撃兵であり、旗手でもある。まさに、英雄だ。


 狂咲を羨む俺の目に、飯田の大きな手が被さる。


「疲れてんだろ? 俺が見てるから、寝ていいぞ」

「敵を前にして、隙を見せるわけには……」

「あいつらの視界に、俺たちはいねえよ。とっくにアウトオブ眼中だ」


 飯田の声色は、いつもよりトーンが低いが、穏やかだ。

 彼もまた、精神的疲労を抱えているのだろう。俺より早く離脱した分、マシなようではあるが……。


 俺は飯田の好意に甘え、瞼を閉じる。


「お前まで寝るなよ?」

「冴えちまってる」

「なら、よろしく……」

「おう。頼ってくれよ、リーダー」


 俺は身の安全を飯田に任せ、意識を深い安らぎに落とす。

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