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敵陣、腹中

 ペール王国。尖った技術に尖った文化を併せ持つ、単一民族の国家。

 気候は温暖かつ乾燥している。厚着をする習慣が無いようで、遠征する軍隊だろうと基本的には一枚だ。


 そんなペールの最大の特徴であり、俺たちの理解を拒む最大の障壁は、彼らが用いる魔法と……それを核に歪んだ倫理観だ。

 血を流し、肉を捧げ、骨を祀ることで生まれる、爆発的な量の魔力。それを利用した、特異な異説魔法。通称、裏儀式。


 彼らは裏儀式を常用するために、国ぐるみで赤子を産んでは育て、そして殺している。

 ……許しがたい。そんな伝統を続け、その中で生きている事実を容認できない。


「そういうわけで、俺が立てた作戦はこうだ」


 飯田は奴らが巣食う闘技場に攻め込む方法を、俺たちと共有する。


「そうか……」


 なかなか危険な作戦だが、悪くない案に思える。

 俺は飯田の案に更なる展開を盛り込み、煮詰めていく。


「それは……危険じゃないか?」

「逃げに徹すればどうとでもなる」

「あたし、全力で急ぐよ。無茶はしないでね?」


 こうして、俺たちは敵を壊滅させるために動き始める。


 〜〜〜〜〜


 俺は物資輸送用の荷車に紛れ、闘技場付近まで接近する。

 敵が魔道具のキャンバスを運んできた、あの荷車である。大型なので、俺一人くらい余裕で乗れる。


「今だ」


 敵兵に扮した飯田が合図した瞬間、俺は荷台から盗聴石を投げ込む。作戦の下準備である。


「聞こえるか?」

「大丈夫だ」


 願者丸ほどではないが、ある程度盗聴石の調整はできる。オリバーの店で特訓した甲斐があった。

 俺が魔力の量と密度を調節していると、内部でのやり取りが聞こえてくる。


 どうやらペール王国の兵たちが、連れてきた奴隷たちに檄を飛ばしているようだ。


「お前たちの命……国のために使う時が来た」


 ペール王国は階級社会だ。裏儀式を発動させるための血肉を用意する奴隷階級の者が多く存在する。つまり、生贄だ。

 魔法の才能が有る者は成り上がり、無い者は沈んでいく。強者は国を動かす権利を得られるが、弱者は国の燃料になるしかない。


 高位の兵らしき声が、厳格に告げる。


「肉番1から10まで、()()とする」

「ま、待ってください!」


 疲れ果てた女が、それでも力を振り絞って足掻いているような声。


「まだ……まだ、お役に立てますから……!」

「黙れ。これは決定だ」

「やめて! せめて、子供達に会わせて!」


 子供がいるというのに、前線に駆り出されているのか。まさしく物扱いだ。


 ペール国の子供は、ある程度の年齢になると1ヶ所に集められて、教育と足切りが行われるという。親であるという彼女も、子供に会ったことはほとんど無いはずだ。

 そんな状態でも、親としての愛情は保ち続けられるものなのだろうか。俺にはわからない。

 わからないが、俺の価値観では……ペール国のやり方は、非道だ。


 俺は胸糞悪い気分になり、一度石を耳から離す。


「人がいる。軍人ではない」

「あー……。捕虜か?」


 おそらく、この国の民間人も捕えられて、使われているだろう。俺は捕虜という言葉に肯定を返す。


「じゃ、巻き込まないように気をつけるか」


 飯田は荷車を引き、再び闘技場の外周に沿って移動を開始する。


 〜〜〜〜〜


 俺と飯田は闘技場の内部に忍び込む。

 狂咲は外で待機中だ。


 ペール国は兵士を番号で管理している。疑われたらごまかせない。

 そのうえ、ここは侵略の拠点だ。普段からかなりの人が出歩いており、隠れ続けるのは容易ではない。


 そこで、俺たちは開き直ることにした。

 侵入者を疑う暇がないほど、ド派手な陽動を起こせばいい。


「そろそろいいか?」


 飯田の催促に、俺は手のひらで待ったをかける。


「まだだ。会議が始まってからにしよう」


 都合よく、会議室に盗聴石を投げ込むことができたのだ。部屋の都合かは知らないが、外壁に近い場所で秘密の会議をするとは不用心だ。咎めてやろう。


 建物の死角に土魔法で作ったシェルターの中。俺は耳を済ませて、ペール国の様子を窺う。


「軍番203の部隊が全滅……」

「敵影は遠く、街の内部には確認できず……」

「至急、大規模儀式の設営をすれば間に合い……」


 やはり先程処分が決定した人々は、大規模な魔法を使うための生贄にされるらしい。

 ……連れて行かれてからでは、助けられないか。


「10カウントでやる」

「よし」


 飯田の合図を見届けて、俺は10を数える。


「ヴォータルドラゴンの召喚を承認……」

「燃料が減ってきたな。産ませるのも楽じゃねえのになあ」

「管理するのも面倒だし、今くらいで十分だろ。人ほど家畜に向かない生き物はない」


 心の中に生まれる赤黒い殺意を抑えながら、俺は0を告げる。


「ゼロ」


 俺と飯田は、盗聴石に全力の魔力を込める。

 石から石へ。伝播した魔力は暴走し、あらかじめ込められた魔法を解放する。


 この闘技場は太古の土魔法で出来ている。ペール国は魔法体系が異なるため、満足に修理することができていない。そのくせ軍人たちが大勢で利用し続けているため、ところどころにガタが来ているのだ。

 日常生活を営む上では問題にならない、小さな隙。しかし、魔力量が桁外れの俺たちが、全力で崩そうとしたら……。


「お」


 地揺れが起こる。

 効率的に破壊するため、地盤に呼びかけるタイプの土魔法を混ぜたのだ。

 今頃はあちらこちらでヒビが入り、大変な騒ぎになっているだろう。


 俺と飯田がステータス画面を傘にすると、ちょうどよく真上に石ころが落ちてくる。


「……ここもまずいか?」

「抑えたから……まだ崩れはしない」

「万が一、くらいか」


 一応、敵の配置を偏らせるため、倒壊させる場所は絞ってある。ここは平気なはずだ。巻き込まれる可能性がないわけではないが。


 俺は盗聴石の大半が爆発したことを確認し、気を引き締める。


「これで飯田に複製してもらった分は、全部消えた」

「本当にやるのか?」


 飯田は不安そうに俺を見つめる。


 爆破までが、飯田による提案。

 ここから先は、俺の仕事だ。


「大丈夫。俺のスキルなら……」

「推測だろ? 絶対じゃない」


 飯田は俺の身を案じているようだ。

 確かに、今の俺は危険な賭けに挑もうとしている。戦争を早く終わらせたいと焦る気持ちが強いからだ。自覚はある。


 それでも、半分までやってしまったのだ。残りもやり遂げたい。


「俺はやる」

「……すぐに狂咲連れてくるからな」


 そう言って、飯田は敵の注意を引きつけるため、外に出る。

 前もって内部構造は把握してある。壁や扉を複製できる飯田なら、容易く撹乱できるだろう。


「さて」


 足音が消えたところで、俺は土魔法で穴を掘る。

 願者丸が騎士団支部に抜け道を作ったやり方を、見よう見まねで試す。

 ……彼女ほど大胆な掘り方はできないが、隣の部屋に移るくらいの距離ならできそうだ。


「慎重に行こう……」


 俺は音を立てないように、ゆっくりと侵入口を拡張していく。


 〜〜〜〜〜


 俺は闘技場の中心部付近にたどり着く。

 壁に穴を開けて覗いてみると、選手の控え室に使われていたのだろう、狭く古臭い部屋がある。


「よし」


 俺は壁越しに数人の雑兵を片付けてから、その部屋に踏み込む。


 野球場のベンチのような、開けた部屋。すぐ目の前に、巨大な魔法陣が広がっている。


「(一応、物陰に身を潜めた方がいいか)」


 足元を見ると、儀式の調整でもしていたのか、図面や魔導書が転がっている。ペール国の魔法にも、魔導書を必要とするものがあるのか。


「(奴らは詠唱も魔導書も無しに、高度な魔法を駆使している。血肉を使う理由は、その辺りにあるのだろうな)」


 自傷という重いデメリットを飲み込めるほどのメリットがなければ、ここまで栄えてはいない。やはり奴らの魔法は強力なのだ。


 俺はそんなペール国の大規模魔法を解読するため、図面を見る。


「魔物の召喚……。いや、これは……」


 案の定、裏儀式の魔物化に近いものらしい。

 生贄の肉と骨を繋ぎ、変化させ、強大な魔物に変える。今回は10人を犠牲にしてドラゴンを呼ぼうとしていたようだ。


 確かに、ドラゴンなら並の軍隊くらい蹴散らせる。たった10人の命で大国の部隊に立ち向かえるなら、数字の上では安いものだ。


 ——そんなものは、許容できない。


「(大のために小を殺す。それがまかり通るのは、小が納得している時だけだ)」


 悲鳴を上げる少数に、俺という1人が涙した。そのたった1人のせいで瓦解するなら、因果応報というものである。


 俺は『呪い』のスキルを、儀式の魔法陣に向ける。


「(経験上、俺の呪いは生き物以外には効き目が薄い。だが血肉が使われた魔道具になら、多少は通るはずだ)」


 図面によると、生贄以外にも、指揮官の数滴の血液を垂らすことで制御するらしい。それを狙おう。


 俺は右腕に渾身の魔力を溜めて、呪いを放つ。


「人を殺して得た力で、更に人を殺す。そんな悪行、見逃してなるものか」


 俺の呪いは、相変わらずのんびりとした速度で飛んでいき、魔法陣の端に付着する。

 禍々しい魔力が煙を上げ、魔力を封じ込める役割を持つ円が、僅かに欠ける。


 魔法陣の調整をしていたのだろう、血液のタンクを背負ったペール国の兵士が声を上げる。


「おい。あそこの担当は誰だ?」


 彼が駆け寄ったのも束の間、魔法陣は欠けた部分から呪いに侵され、消滅していく。


 事態が深刻であることを瞬時に理解して、兵士たちは蜂の子を突いたように動き出す。


「誰のミスだ!?」

「試験通力は完了していた。製図の問題ではない。悪いのは精血班だ」

「はあ!? 貴様は指揮官殿が直々に精製した魔力に文句をつけるのか!?」

「手を止めるな、精血班! 線を引き直せ! 製図班も、一度切り離して侵食を止めろ!」


 彼らは魔法陣をわざと掻き消して、呪いを受けた部分と分離する。

 あのまま慌てふためいてくれればよかったのだが、流石にそうはいかないか。


 呪いは行き場を失い、消える。巨大な魔法陣は機能を失ったものの、半分ほど残ったままだ。

 もっと被害を出す予定だったが……侮りすぎた。


 彼らは呪いの着弾点を分析し、警戒を強める。


「まさか、既に敵が侵入しているのか!?」

「ここを狙える位置……。観客席か?」

「おい、観測班はどうした?」


 ペール軍たちは、ついに俺の居場所に目をつける。

 設計図持ちを全員葬ったのは、まずかったか?


「(人質でも取ればよかった……)」


 軽率に敵を排除しすぎた。相手は軍隊なのだから、欠ければ疑われる。


 俺は覚悟を決めて、呪いを再充填する。


「(奴らは悪党……。人の命を弄ぶ鬼畜だ……)」


 呪いの源は、負の感情。味差と戦った時も、こうやって弾を補充していた。

 ペール国の所業を見てきた今なら、敵意を抱くには十分だ。


「やってやる」


 俺は身の毛もよだつような魔力を手に、数え切れないほどの敵と戦う覚悟を決める。

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