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敬意に欠ける思慕

 目の前にいるのは、敵国の兵士……だったもの。今はスライムだが。


 軟弱者の俺にとっては、人の形をした相手の方が、命を奪いにくく、戦いにくい。

 故に、魔物に変化するのは悪手としか言い表しようがない。それが彼らの戦法なのだから、仕方がないことではあるが。


 俺は山のようなスライムに向けて、火の魔法を構える。


「『火の脚:マツ・バ』」


 燃え広がる火柱。周囲一帯を焦がし尽くす魔法だ。

 ただし、今は近くにいる狂咲への影響も考慮し、俺がいる公園を焼く程度に留める。


 スライムは器用に流動し、火の手から逃れている。


「ボコッ。ボコッ。ごぼぼ……」


 噴き出る泡。おそらく、攻撃に転じようとしているのだろう。

 俺は別の魔法に切り替える。


「『土の脚:ストゥーパ』」


 土の柱が隆起し、俺とスライムの間に割って入る。

 即席の壁だ。破れまい。


 スライムは突進してくるものの、柱に阻まれて体を強打し、液状の体を分裂させる。

 ……分裂を促してしまったのは失策か。


「使ってしまおうか」


 俺は使い捨ての魔道具をここで切ることにする。

 土魔法と風魔法の応用で作り上げた、世にも奇妙な魔道具。その名も『デッドカーペット』。


 展開すると辺り一面が黒い魔力に覆われる。そこに俺が『呪い』を放つと、範囲内に立っている全ての生き物が即死してしまうのだ。


 その気になれば大量殺戮が可能になる危険な魔道具だが……戦争状態にあるのだから、致し方あるまい。


「死んでくれ」


 正方形の魔道具と共に俺が『呪い』を落とすと、瞬く間に黒い霧が立ち込める。

 範囲はだいたい半径10メートル。高さは30センチ程度。


 スライムがもがく気配がする。分裂して、どうにか逃げ出そうとしている。

 しかし、もう無駄だ。全身に呪いが浸透してしまっている。さっきの呪い弾とはレベルが違うのだ。


 5秒ほど経過し、完全に霧が晴れる頃には、スライムは活動を停止した。


「えげつないな……」


 俺が作った魔道具ではあるが、あまりにも容赦のない効果をしているため、血の気が引いてしまう。

 俺自身には効かないが、微生物や雑草が死に絶えるのは確認済みだ。魔物に限らず、今後数年は生物が寄りつかないだろう。


「(使いたくなかった)」


 しかし、怯んでいる場合ではない。狂咲は今も戦っているのだ。


 俺は霧の消えた地面を踏み荒らし、狂咲を探す。

 戦っている間に、場所を移動したようだ。かなり激しい攻防が繰り広げられているものと見える。


「あっちか」


 どうやら飯田がいる西の方まで追い詰められているようだ。

 俺はすぐさま、痕跡を追って救援に駆けつける。


「ああ、痛い! 苦しい! しかし、これこそが救いです! わたくしの痛みよ! 天に届いているのでしょうか!?」


 敵の狂った叫びが聞こえてくる。まだ健在なのか。


 俺は通りに飾られたカーテンをいくつか引き裂き、川沿いの通りに出る。


「あ、積田くん」


 狂咲は驚いた様子でこちらを見ている。

 飯田も一緒だ。2人ともまだ無傷である。


「よかった。じゃあ、勝てるね」


 狂咲は何やら策があるようで、安堵した様子で敵に向き直る。

 男は裸になり、全身に装備された魔道具のピアスに魔力を込め始める。


「おおおっ! 見てくださいよ、この輝きを!」

「おえっ」


 露出狂を前に、本心から吐き気を覚える飯田。

 小太り男の裸なんてものを見せられたら、気分が悪くなるのも当然だ。俺だってなるべく視界に入れたくはない。


 男は恍惚としながら、光るピアスたちにくまなく手を当てて、体をくねらせている。


「魔力が、神の高みが、わたくしを呼んでいる! 痛みは避けられぬ試練であり、神が我らを受け入れている証なのです!」


 狂った論理を撒き散らしながら、彼はピアスの魔道具を一斉に発動する。

 おそらく、飛び出すのは異説魔法の数々。火だろうか。それとも風だろうか。


 ……しかし、いくら待っても魔法が飛んでこない。


「うん?」


 男はキョトンとした様子で、胸のピアスを人差し指で弾く。

 ピン、と軽い音がするばかり。魔力の反応は確かに感じられるのだが……。


 すると、狂咲が策を解説してくれる。


「あなたたちの裏儀式は、体を傷つけることが条件になっている。裏を返せば、傷をつけられなければ発動できないという欠陥を抱えているの」


 中年の男は自らの肌をパシンと叩く。

 丈夫そうな音がする。簡単に傷つきそうにない弾力と硬さが感じられる。


「あたしのスキル……防御力の向上と自動回復を、あなたにかけました。これでもう、あなたは傷をつけられません」


 そうか。狂咲のスキルには防御力向上とリジェネの効果がある。それらにより、ピアスに込められた魔力程度では肌を傷つけることができなくなったのだ。


 中年男性は必死の形相で爪を立てて、もちもちとした脂肪分の多い肌を引っ掻く。


「傷を! 痛みを! 祝福を! 我に下され!」


 ぷにぷにと贅肉が揺れるばかりで、傷どころかアザさえ付かない。哀れである。


 狂咲はステータス画面を構え、ゆったりと男に近づいていく。


「神様はあなたを救えるほど有能じゃないし、手が余ってるわけでもないよ」


 そして、いつも通りの一撃。

 迷いのない唐竹割りが、男の頭頂部から股間までを引き裂いた。


 裏儀式は発動しない。この死に方は、魔道具の想定外のようだ。


「はあ。……一件落着だね」


 清々しい声で笑う狂咲。

 いくら生理的不快感を催させる敵とはいえ、あんな惨たらしい殺し方をしておいて、よく笑えるものだ。


 俺はそっと飯田の顔色を窺う。


「うげー……」


 青白い。二度とあの死体を見たくないと言わんばかりに目を覆い、道端にうずくまっている。


 やはり、狂咲が異常なのだろう。恋人として、一言口を挟ませてもらおう。


「狂咲。人殺しに慣れてはいけないと思う」

「うん。わかってる。……その方がいいことは、わかってるんだ」


 狂咲は自分が殺した男の方を見て、顎を引く。


「でもね。あたしはもう、なっちゃったから」

「何になったんだ?」

「ひとでなし」


 ……殺しを含めた己の過去を肯定してしまったが故に、今の日常の中にも殺しが含まれてしまっている。そういうことだろう。


 人の体を捨てて戦うペールの民。人の心を捨てて戦う狂咲。

 どちらの方が醜い存在なのだろうか。そんな問いが俺の脳内に現れて、警鐘を鳴らす。


 しかし、答えはとうに決まっている。


「殺さなくても済む世界で暮らそう」


 狂咲に殺させているのは、世界の方だ。戦場という場所があり、テロリストがいる世界の方だ。


「俺が狂咲を人に留めるよ」


 狂咲は黒く乾いた笑顔で、首を縦に振る。


 〜〜〜〜〜


 俺たちはギンヌンガに報告し、指示を待つ。

 なかなか敵が向かってこないので、一旦斥候に頼んで探ってもらおうと考えたのだ。


「無策で突っ込んでもいいと思うけどな」


 一番楽な仕事をしていた飯田が、呑気なことを口走る。


 彼は俺たちより遥かに弱い雑兵しか相手にしていない。ステータス画面どころか素の防御力で無効化できる程度の攻撃しかできない相手を、ひたすら蹂躙していただけだ。


 俺はとりあえず、自分の経験をもとに否定する。


「即死スキルを避けたり対処したり……そういう応用力を持った敵が多かった。油断は禁物だ」

「マジ? 篠原みたいじゃん」


 篠原。この世界に来たばかりの時に戦った画家。

 彼は俺の即死スキルを筆先に集め、切り離すことで無効化した。飯田に言われるまで、俺も忘れていた。


 そうだ。俺のスキルは強力だが、万能ではない。いざという時に頼りにならない代物なのだ。


「俺たちの力でも敵わない強敵が出る可能性は、十分に考えられる。突撃は無謀だ」

「楽して勝つのは、無理な話か」


 飯田は飯田なりに、この戦争を早く終わらせたがっている。

 しかし、敵国も文字通り命懸けでこの戦争に臨んでいる。そう易々と終わらせてはくれないだろう。


 俺たちが待機していると、ギンヌンガから通信が入る。


「お待たせしました。通信兵が旅人広場まで到着しました」


 さっきまで俺とスライムが戦っていた場所だ。


 ギンヌンガは音質の悪い盗聴石でもはっきり聞こえる丁寧な口調で、情報を提供する。


「敵影なし。偵察部隊によると、町から出た敵兵が数名いるようです。連絡要員でしょう。既に捕縛を命じてあります」


 だいぶ遠くにいるだろうに、捕まえられるのだろうか。無理はしないでほしいものだ。


「敵の残存兵力は残り80%ほどと思われます。またまだここからですよ」

「そっか……。強化合宿よりきついぜ」


 飯田はがっくりと肩を落としている。


「通信兵には、ペール国の魔道具を回収しつつ、撤退するように命じます」

「俺が伝えた、キャンバスのことだな? ありがとう。解析を頼む」


 俺は通信を切り、気合いを入れ直す。

 傷も疲労も溜まってはいない。むしろいい感じにスイッチが入ったところだ。


「やるとしようか」

「綺麗な町だから、頑張って取り戻してあげたいね」

「灰原ぁ……こっち来てくれぇ……」


 俺たちはこの町の最も大きな道路を堂々と歩き、敵が集まっているという中央闘技場へと向かう。


 そこさえ潰せば、町は取り返したも同然だ。


 〜〜〜〜〜


 闘技場。大勢の観客を収容できる娯楽施設として、太古に栄えた国によって建設された。

 祭りなどのイベント用に魔法で維持されていたようだが、ペール国はそれを駐屯地として活用しているらしい。


「大勢が集まれる広場で、あらかじめ建造物保護用の魔法がかけられているからだな」

「おそらくは」


 ギンヌンガと通信しつつ、俺はその闘技場を遠くから偵察している。


「大雑把な土魔法でできたドーム……。周辺に見えるのは、飲食店か……」

「他国からの観光客が訪れる名所だったそうです」


 それが今では、侵略の足がかりか。酷い話だ。


 俺は繁華街の中にある銭湯に目を奪われつつ、拳に怒りを込める。


「取り返そう。絶対に」

「よろしくお願いします」


 ギンヌンガは通信を切る。そろそろ魔力が足りなくなるそうなので、節約気味だ。


 俺は他の2人と共に、作戦を練る。


「ギンヌンガによると、残存兵力のほとんどが闘技場内にいるらしい」

「一箇所に引きこもってるの?」

「嫌な予感がするな……」


 飯田は丘に生えた木の上から監視しつつ、意見を述べる。


「広いとこで、血肉を使うような危ない連中が集まってるとなると……でかい儀式でもやるつもりなんじゃね?」

「その可能性はあるな」


 俺も飯田の考えに同意する。

 闘技場の中央に巨大な魔法陣を描き、観客席から魔力を注いで、大怪獣を召喚する。そんな光景が目に浮かぶようだ。


 飯田は木から降りて、しなやかに着地する。


「提案がある。力、貸してくれるか?」

「言ってみてくれ」


 俺と狂咲は、珍しい飯田の案に耳を傾ける。

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