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覚悟がなくとも明日は来る

 ついに戦場に駆り出されることになった。


 騎士団たちと話し合った末にまとめた編成は、こうだ。

 俺、狂咲、飯田は灰原がいるというシセル川近辺の村に。

 水空、願者丸、工藤、末田は激しい戦闘が予想されるグンダリ神殿に。

 馬場と猫魔は後方で待機。不測の事態が起きた時、猫魔のスキルで潜伏しながら、援護に向かう。


「君たちは思いのほか実践経験が豊富みたいだ。むしろ俺たちが邪魔しないように気をつけるよ」


 ある隊長は、かなり恐縮した様子でそんなことを言っていた。

 途中で訓練所に出て、水空の実力を見せたのが効いたのだろう。


 ……さて。

 俺たちは訓練所で騎士団の鍛錬を見ながら、おもいおもいの雑談をしている。


 理解ある騎士団たちのおかげで、戦場においてもかなり自由に動き回れるようになった。

 戦闘が早期に終わったら、灰原を探す余裕も生まれるだろう。


 俺は青ざめている飯田に、強く言い聞かせる。


「灰原はきっと無事だ」

「……ああ」


 俺たちは騎士団から灰原の行方を聞いた。


 シセル川付近の村に滞在していた彼は、戦争の勃発と戦地の拡大により、否応なしに戦争に巻き込まれることになった。

 灰原は傭兵になって、世話になった村を守ろうとした。従順に働き、賃金の大半を村のために使っていたそうだ。


 しかしシセル川にて、何らかの事件が勃発。現地の騎士団も全滅。何が起きたのかわからないまま、灰原の安否は不明となった。

 灰原がいなくなったことで、神の加護の調査も白紙に。以降、末田の協力を得られるまで、ステータスの知識を得る機会に恵まれなかった。


「それからずっと沈黙を続けていたが、最近になってペール王国の兵が出入りしているのを、騎士団の観測部隊が目撃した」

「灰原がまだ生きてんだ」


 飯田は希望的観測を口から発する。


「倒したはずの灰原が生きてるとわかったから、慌てて追撃しに来たんだ。だからペールなんとかが動いたんだ。そうに決まってる」


 些か不安定な精神状態だ。飯田にとって、灰原はそれほど重い存在だったのだろう。

 今、俺は飯田の友達をしている。親友と称してもいいくらいだ。しかし、親友でありながら灰原という男のことは知らないままだ。それがなんともむず痒く、気が滅入る心地がする。


「(友達の友達……)」


 俺はせめてもの慰めとして、彼の考えを肯定する。


「噂を聞く限り、灰原は強かったのだろう。初日に俺たちが受けた期待の眼差しも、灰原という前例があったからこそだ」

「そうだな。……そうだ。あいつはすげえんだ。こんなところでくたばる男じゃねえ!」


 飯田はようやく前が見えるようになったようだ。俺の方を見て、少し申し訳なさそうな笑みで俺の額に拳を当てる。


「ありがとよ。明日の戦いでも、俺の手綱を任せる」

「わかった」


 きっと灰原ばかり気にして、周りが見えなくなるだろう。彼自身、それをよく理解しているのだ。


 俺は人の命を預かる身として、もう一度書類や地図に目を通し、理解を深めることにする。

 飯田が傷付いたら、それは俺の責任だ。戦争である以上、死ぬ可能性さえある。そうならないように、できる限りの努力を積み重ねなければ。


 〜〜〜〜〜


 騎士団たちは、俺より弱い。

 いや、この言い方では語弊があるか。

 騎士団たちは強いが、加護持ちの俺はもっと強い。

 これが正しい。


 加護は身体能力を飛躍的に向上させてくれる。元の体の体力も当然大事だが、ステータスという名の魔力による補正はそれ以上だ。


 俺の現在のステータスはこんな感じだ。


 積田立志郎    レベル22

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…25    呪い(3/3)

 魔力…34    黒魔法信仰

 防御…22

 魔防…21

 速度…24  


 ステータスが伸びるにつれて、俺はどんどんと人間離れしていった。

 今は拳で岩を砕き、弾丸さえも目視でき、羽のように軽く駆けていける。


 この力を、人々のために役立てなければならない。

 利己的に使った味差たちは、やがて力に溺れ、他者を食い物にする邪悪と化した。

 俺は……ああなりたくない。あくまで俺は、人間でありたい。


 ——そんな願いを胸の内に秘めたまま、俺はついに出陣する。

 各地から召集された5000の兵士。彼らを束ねる200の騎士団。

 その後ろに控えて、俺と狂咲と飯田……そして連絡役のギンヌンガは、シセル川の攻略に挑む。


「シセル川に沿うように広がる、シセルニアの町。敵国はそこを拠点に作り替えていると思われます」


 俺たちは進軍しながら、ギンヌンガから情報を聞かされる。

 神の加護に守られた俺たちに疲れはないが、彼女達は違う。だというのに、俺たちのサポートを熱心に続けてくれている。ありがたいことだ。


「かつては隣国との貿易の中継地点として有名で、ボートや馬車が絶え間なく出入りする豊かな町だったそうです」

「灰原がいるのは村じゃねえのか?」


 飯田の質問に、ギンヌンガはすぐさま答える。


「シセルニアの先……ペール国との国境付近に、その村はあります。オイデ村と言うそうですが、地図には載っていません」

「そこにいるのか」

「おそらくは」


 よほど小さな村なのだろう。本来なら、国が把握する必要さえないほどに。


 ギンヌンガは歩きながら、手元の分厚い紙束をめくる。


「地形の都合上、手前のシセルニア町を通過しなければ、その村の情報を得ることはできません。しかしながら、なにぶん敵軍が多く……」

「それで灰原を見失ったのか」


 今回の大規模攻撃で、ようやく会いに行けるようになったわけだ。

 しかし、それほどの敵に囲まれていては、灰原はもはや生きてはいまい。


「(骨も残っていないだろう。飯田が納得する遺品があればいいが)」


 そんなことを考えていると、前方の部隊から人がやってきて、ギンヌンガと会話する。

 かなり慌てた様子だが、話を聞いたギンヌンガが取り乱す様子はない。


「わかりました」


 ギンヌンガが下がってきて、話の内容を要約して俺たちに伝える。


「前線部隊がシセルニア近郊に到着。敵軍と接敵したそうです」

「早いな。……わかった。手筈通りにやろう」


 俺は箱を取り出す。中身は盗聴石。今回の作戦の要だ。


 俺は山ほどある盗聴石に魔力を込めて、ギンヌンガに複数個渡す。

 連絡役と指揮官たちに持たせることで、迅速な連携が可能になる。ただし普通の人間には負担が大きすぎることがわかったため、ギリギリまで俺たちが維持することにしたのだ。


 ……まさか町に入る前に襲ってくるとは思わなかったため、少し出遅れてしまったが。


 ギンヌンガはひとつだけ自分のポケットに仕舞い、残りを箱ごと彼に渡す。


「指揮官にのみ、使い方を共有してあります。不用意に触れないように」

「了解しました」


 前方から来た彼は、魔道具のブーツによる猛加速で去っていく。

 風と土の魔法を応用してあるようだ。


「(そういえば、俺も初日に魔力を込めたな)」


 俺は隣の狂咲と飯田に、注意を促す。


「いつでも出られるように、前に移動しよう」

「そうだね……」


 狂咲は既にステータス画面を構えている。

 飯田は伝令の男が走り去った方を見つめている。


「敵の数や配置を把握できたら、俺たちが突っ込むんだよな?」

「その予定だ」


 指揮官たちと打ち合わせをして、そう決めた。

 今の俺たちを死に至らしめるほどの兵器を、ペール国は有していない。ヘルモーズの意向も加味すると、兵士たちは情報収集に努めて、殲滅は俺たちがやることになるそうだ。


 ……大勢の人を、殺すことになる。

 神の加護を持つ俺たちが暴れた後に、どんな光景が広がるというのか。


「なあ、狂咲」


 俺は味差と交戦した時のことを思い出す。


「人を殺したくないか?」

「そんな今更……」


 狂咲はハッとした様子で、口をつぐむ。

 やはり狂咲は、自分の手を汚すことに何のためらいもないようだ。


 ……それもそうか。もう2年近くこの世界にいるのだから、価値観くらい変わるだろう。

 きっと俺がおかしいのだ。未だに見ず知らずの他人さえ傷つけられない俺こそが、考えの甘い世間知らずなのだ。


 俺は飯田の方を無言で見つめてみる。


「俺は……どうだろうな」


 彼は戦闘経験が少ない。魔物くらいしか相手にしたことがないはずだ。

 正確には、裏儀式に巻き込まれて魔物になったジュリアンと……。いや、あれも足止めだけか。


 飯田は口を開かない。答えたくないのではなく、答えが見つからないのだろう。


「飛び込んでみないと、わからないこともある」

「そうだな。飛び込むのは、決まってるもんな」

「ああ。……無理に悩むことはないんだ」


 俺はそう言って、彼の肩を叩く。

 まだ迷える人が隣にいることに、ほのかな安堵を覚えながら。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは少しずつ、前に進む。

 前にいる部隊をかき分けて、少人数で進んでいく。


「どうかご武運を」


 そんな言葉をかけられながら、俺たちは部隊の中に隠されて、少しずつ前線の地へと近づいていく。


 前の部隊から、更に前の部隊へ。敵の目から隠すように引き継がれていき、前線へ。

 フードで目立つ黒髪を隠し、長い外套で武装を隠し、とことんまで正体を隠して、人の死が舞う場所へ。


 数キロ進んだところで、俺たちはその部隊の指揮官に止められる。


「ここで待機をお願いします」


 この指揮官には見覚えがある。共に椅子を並べ、顔を合わせて話し合った騎士団員だ。

 彼は縦隊の頭に陣取ったまま、俺たちに告げる。


「現在、先行部隊が敵勢力との交戦を行っています。少数のため、神の使徒である皆様が出撃する必要はありません」


 少数。おそらくは、敵の偵察役……。いや、偶然出会しただけの可能性の方が高いか。


「逃したら面倒だな」

「撤退する素振りを見せているようですが……」


 ここで、指揮官は盗聴石に耳を傾ける。

 慣れていない様子だが、使い方は完璧だ。


「撃破したようです。見逃しなし。捕縛2、排除8」


 8人死んだか。捕虜は2人だけ。

 ……10人も捕虜を取っても、この隊では管理しきれない。逃して町に情報を持ち返られたら大変なことになるため、当然の判断だ。


 だが、当然と思う俺の理性の裏で、人間らしい感情が黒く揺らめいている。


「もっと……捕虜は必要か……?」

「いえ。皆様は強大な戦力として期待されているのですから、遠慮する必要はございませんよ」


 遠慮。武功を騎士団に譲りたがっているとでも思われたのだろうか。

 武功なんか、どうでもいい。これから死んでいく人々にとっては関係ないことだ。


 俺は指揮官の手にある盗聴石を凝視して、その時を待つ。


「(何かの間違いで降伏してくれないだろうか)」


 しかし、俺の祈りは儚くも潰える。


「斥候部隊が帰還しました。敵勢力を割り出します」


 盗聴石の向こう側で、慌ただしく人が動く気配がする。

 敵に俺たちの存在がバレている。1秒でも早い分析が、今後の戦況を左右する。


「重武装。連装砲が2台。……装甲魔獣!?」


 魔獣。

 俺は耳から脳へと冷たいものが流れ込むような心地に支配される。


 魔物の血や高濃度の魔石を普通の動物に混ぜ込むことで生まれるのが、魔獣だ。凶暴で、制御が難しい。

 裏儀式の塔でドラゴンとなったジュリアンも、それの応用を施されたものと推測されている。


 ここにいるペール国の駐屯部隊は……かなりの大勢力だ。

 しかも、裏儀式をかじっている可能性が高い。


 指揮官は敵の編成を聞き、早口で俺たちに指示を飛ばす。


「正面に2名、川沿いに1名、選出してください」


 正面は攻撃を受け止める役だろう。川沿いは囮であり、遊撃。

 それなら、すぐに決まる。


 俺は2人に向けて確認を取る。


「俺と狂咲を正面に。飯田は遊撃。いいな!?」

「おう」

「任せて」


 指揮官は頷き、盗聴石で通信を返す。

 返事はすぐに来た。


「出撃してください。我々も、後方から援護します!」


 予想を遥かに上回る戦力が待ち構えていたため、俺たちだけに任せるのは危険だと判断したのだろう。

 頼もしい限りだが、無茶はしてほしくない。もし魔獣とやらがドラゴンに匹敵する強敵なら、生身の人間ではあっさりと殺されてしまうだろう。


 俺は服の内側に忍ばせた魔導書の厚みを確かめ、フードの内側に盗聴石を仕込む。

 靴に内蔵された魔法を起動し、ステータス画面を取り出し、そして……。


「いってきます」


 俺たちは、敵地に向けて突撃する。

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