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山も谷もあるようでないような旅

 10人程度の騎士団と共に、ヒューマスキンの町を出る。

 見送りはいない。結局、この町とは特に交流がなかったためだ。


 俺たちは道案内に従い、列を成して街道を進む。

 朝が来て。昼になり。夜が更け、眠る。


 やがて草木が生い茂り、人の手を離れた地を行くことになる。

 森を越え、山を越え。川を渡り、更に先へ。


 魔物が出た時は、ステータスの加護を持つ俺たちが積極的に相手をした。

 騎士団に任せてもいいが、少しでも経験値を得てレベルアップした方がいい。


 襲ってきた野犬の群れを蹴散らして、俺は水空に尋ねる。


「敵影は?」

「無いよー」


 水空のスキル『鳥籠』により、周囲一帯の斥候は楽に済む。

 魔物の死骸は火魔法で焼き、土魔法で埋める。主に俺の仕事だ。


 騎士団たちは暇を持て余しつつ、談笑している。


「こんなに楽な旅は久しぶりだな」

「日記を書くくらいしかやることがありませんね」


 ギンヌンガは、のほほんとした様子で使った魔法の数を記録している。

 いざという時に魔力切れが起こらないよう、各人の魔力量を管理しているそうだ。

 俺たちステータス組は通常の魔法では使い切れないほど多いため、特に記入していないようだが。


 俺が隊長への報告を終えると、馬場が話しかけてくる。


「最近、自分が怖くなってくるよ」


 俺もお前の不運が怖い。思わずそんな軽口を叩きたくなるが、馬場の心情を思って控える。


「僕はずっと周りが怖かった。日本にいた頃から怪我ばっかりで、全部が敵に見えた。だから屋内で過ごすようになって、ゲームを……」

「それなのに、今は自分の方が怖いのか?」


 俺が脱線しかけた話題を戻すと、馬場は頷く。


「ドラゴンが来ても殺人鬼が来ても、みんなと神さまのおかげで生き延びられた。だから、僕は……ちょっとだけ、調子に乗ってるんだ」

「そうは見えないが?」

「そうかな。……でも、いつか世界を怖いと思わなくなった日に、痛い目を見そうで怖いんだ」


 言わんとしていることはわかる。


 今の俺にとって、野犬は脅威ではない。噛みつかれても擦り傷さえ負わず、ちょっと痛いだけ。

 馬場も同じだ。ノーダメージでやり過ごせる。


 しかし、だからこそ……油断して足元を掬われる可能性が生じている。

 同じ見た目の強敵が現れたら。悠長に戦って被害が出たら。老いて自分の実力を見誤ったら。加護を無効化する手段が開発されたら。


 俺は馬場の危機感に寄り添い、肩を叩く。


「そう思っている限りは、大丈夫だろう。馬場の危機感は仕事をしている」

「本当にそうかな……?」


 馬場はまだ納得し切れていないようだ。


 この悩みは生きていくうちに少しずつ消化していくべきものだ。俺の助言くらいでは無理だろう。

 そう考えて、俺は黙って騎士団たちの指示を待つ。


「僕は本当に、僕でいられるのか……?」


 背中越しに、そんな言葉が聞こえる。


 ……俺には何もわからない。俺もまた、同じ不安に駆られている。

 今はただ、隣にいよう。それだけしかできない。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは旅路を行く。


 雨が降ったら、水魔法と風魔法でしのいだ。

 普通は足を止めて、雨具と土魔法の壁で遮るのだが、魔力をふんだんに使えば、快適に行軍できるのだ。山葵山から聞いた。

 騎士団員たちは何か言いたげであったが、だいたい喜んでいた。


 俺たちは旅路を行く。


 竜が現れたら、水空が倒した。3体ほど通りがかったが、俺たちの敵ではない。

 サイズ的に、父親と母親と子供だった。俺の良心が痛むのは、昨晩子供たちと触れ合ったからか?

 クリファは竜を見て白目を剥いていた。こんな様子では仕事になるまい。もう少ししっかりしてほしいものだ。


 俺たちは旅路を行く。


 予定されていた道に、巨大な蛇が寝転がっているらしい。魔物だ。それも、大物。

 とりあえず、俺たちは慎重に作戦を練って狩ることにする。経験値を得るためだ。

 困惑する騎士団をよそに、俺たちは着々と準備を進め、計画書を隊長に見せてみる。


「これでどうでしょう?」

「やってみる価値はありそうだ。ただ、丸呑みにされたら面倒だ。気をつけてくれ」


 水空のスキルで監視し、工藤の人形と願者丸の石で陽動し、蛇の背後を取って即死のスキルで狩った。

 頭と尻尾の距離が遠すぎて、呑み込まれる危険性は皆無だった。そもそも俺の位置からは頭が見えず終いだった。

 隊長は何か言いたげな様子だったが……これくらいできなければ、わざわざ遠方から徴兵される意味がないだろう。いちいち驚いてほしくない。


 俺たちは旅路を行く。


 食料が味気ないと感じてきたので、飯田のスキルで複製を頼んだ。

 今ではかなりの質量をコピーできるようになった彼は、砂糖と塩と香辛料をたっぷり生み出してくれた。

 旅路で空いた容器に、それらを詰め込む。この作業だけでも、なかなかの幸福度だ。

 ギンヌンガが目を輝かせてこちらを見つめていたので、砂糖ひと瓶を分け与えた。荷物が減ってちょうどいい。


 俺たちは旅路を行く。


 末田が発狂した。工藤に取り上げられた酒造魔道具を求めて、道のど真ん中に立ち塞がったのだ。


「酒を返してもらうまで、一歩も引かない!」


 水空と願者丸が倒し、魔道具の縄で巻き、工藤が引きずっていく。

 脱アルコールはまだ遠そうだ。


 俺たちは旅路を行く。


 戦地が近づくにつれて、すれ違う人が増えてくる。

 他領から食料を買い付けて、戦地に運ぶ商人。戦況を主人に伝える、どこかの国の使いっ走り。

 意外にも、戦地から逃げ出そうと考えている者はいないようだ。戦況が我々に有利だからか?


 隊長に尋ねると、彼は苦笑いとともに答える。


「国境付近の町は、ペール国に恨みがありますから。国家の力を借りて1発かませるチャンスだということで、逃げるどころか、むしろ乗り気ですよ」


 なるほど。

 町ではきっと、俺たちのような加護持ちは、高待遇で迎えられてしまうのだろう。


 隊長に礼を告げて、俺は今日の昼飯を片付ける。

 さあ、また行軍だ。旅路を行こう。


 〜〜〜〜〜


 戦場のある町……『ブラッドレッド』にたどり着いた。


 血や硝煙の匂いがするかと予想していたが、思ったより普通の町に見える。

 考えてみれば当たり前のことだ。ここまで戦火が及ぶようなら、もっと手前の町が拠点になる。轟音と炎の中で寝泊まりするわけがない。


 隊長はいつもより緊張した面持ちで、俺たちに命令を下す。


「ここの騎士団に向かう。指揮権は現地の隊長に委任される」


 つまり、この隊長とはお別れだ。

 第三王女との関係について、聞けないままだが……仕方あるまい。


 俺たちが町中を練り歩いていると、町民たちが出てきて噂話を始める。


「あ、あれは……神の使徒!」

「本当に黒い……髪も目も……。まるで宵闇……」

「まだ若いように見えるけど、全部任せていいのかしら?」


 まだ俺たちを疑っている様子だ。

 同じ地球の人間でもわだかまりがあるのだから、違う世界の人間を受け入れられないのは当たり前のことだ。

 俺も怖い。みんなもきっと、内心で怯えている。


 俺たちは寄り道をせず、騎士団支部へとまっすぐに向かう。


「おお……」


 飯田の感嘆が後ろから聞こえてくる。支部の外観に圧倒されたのだろう。


 特に凝った装飾がされているわけではない。荒れ果てているわけでも、豪華なわけでもない。

 しかし、増築に次ぐ増築の影響なのか、無骨な正方形がいくつも積まれたような外見になっている。単純に巨大で、圧力がある。


 俺たちは正門から通されて、堂々と胸を張った状態で歩かされる。


「傭兵団、到着いたしました!」


 最後尾の団員が門を通った時点で、隊長が叫ぶ。

 すると……。


 万雷の拍手。


「うおおおおっ!」


 粗野な雄叫び。


「やっと……やっと勝てる!」


 涙を堪える女性。


 視界を埋め尽くすほどの人。人。人。

 大人ばかり。それも、見た限りではかなりの強者たちだ。


「(ここではクリファさえ最低ライン……)」


 俺の前にいる願者丸でさえ、肩が強張っている。

 誰が相手だろうと自分のペースを崩さない彼女でさえ、圧倒されているのか。


 俺たちは列を乱さず、騎士団員たちの先導のもと、支部内を行進する。

 何処を見ても人。戦い疲れた人。薄汚れた人。


 そのうち、俺は気づく。


「(わざと遠回りしている……)」


 曲がりくねったルートを進み、俺たちの存在を見せびらかしているのだ。

 まるで遊園地のパレードのようだ。演者より観客の方がうるさいが。


「(早く着いてくれ)」


 広い基地内をたっぷり30分ほど歩かされた後、ようやく目的地にたどり着く。

 そこは宿舎ではなく……この支部の隊長がいると思わしき、最上階の一室だ。

 流石に見物人はいないが、代わって護衛らしき騎士団員が壁沿いに並んでいる。


「(これは当分休めないやつだな)」


 俺は心の底からげんなりしつつ、指示されるままに室内に入る。

 中は広く、兜や武器が飾られている。他には執務用のデスクの他、隅に傷のついたテーブルと椅子が置かれているくらいだ。


 俺たちは一列に並び、ここの隊長に顔見せをする。


「よくぞ来た」


 岩のように堅苦しい、男の声。老年に差し掛かっているのだろう。

 顔に無数の傷跡がある。火傷らしき変色もある。火の魔法でも受けたのだろうか。


「儂はヘルモーズ。お前たちの隊長だ」


 短くそう挨拶をすると、ヘルモーズは今まで俺たちを率いてきたミクトラン隊長に告げる。


「ミクトラン。下がれ」

「はい」


 明確な上下関係が見て取れる。もしかすると、このヘルモーズという老人は、騎士団全体でもかなり偉い立場にあるのかもしれない。

 他国との戦争を任されているのだから、当然か。


 彼は俺たちの顔をひと通り眺め回した後、爆発音のように叫ぶ。


「足りん!」


 馬場がびくりと震える。猫魔は飛び退く。

 俺も腰から上がロケットと化して宇宙まで吹き飛びそうな心地になった。


 動じていないのは、願者丸、水空、飯田、末田。

 狂咲は一見変わらない様子に見えるが、唇が歪んでいるため、内心は動揺している。俺にはわかる。

 工藤も微動だにしていないが、あれは失神しているだけだ。


 ヘルモーズは鬼のような顔で、更に声を張る。


「気合いが足りん!」


 気合い。

 死に直面する覚悟ということか?

 あるいは、軍の下で働く者としての帰属意識のことだろうか。


 俺は黙って様子を見る。

 彼の主張を理解しなくてはならない。この戦場で生き抜いてきた先達なのだから、きっと有意義なお説教が待っているはずだ。


「貧相な体! 軟弱な心! 神の加護だかなんだか知らないが、お前たちは所詮、くそったれなガキの集まりに過ぎない!」


 正論だ。俺たちは神に愛されただけで、特別な訓練を受けてきたわけではない。精神性と戦闘技術に不安な部分があることは否定できない。


 ヘルモーズは俺に狙いを定めて、睨みつける。


「何か文句でもあるのか?」

「ありません」


 俺が即答すると、ヘルモーズは皺のある頬をニヤリと緩ませて……直後に空気が割れるほどの音量で命令を下す。


「いい返事だ。腕立て100回で勘弁してやる!」

「はい」


 このくらいの理不尽は想定通りだ。むしろかなり甘いと言える。

 軍隊では平和な日常で甘ったれた精神を文字通り叩いて直し、運用しやすい「道具」に作り変える手法がある。

 地球の軍隊の方が、よっぽどきついに違いない。詳しくはないが。


 俺は黙って腕立て伏せを始める。

 顔が床につきかけるほど、深く。


 ヘルモーズは興味が失せたと言わんばかりに俺から離れ、残りの皆に告げる。


「いいかガキども! もうお前たちの頭はこいつではない! わかった奴から腕立てだ!」


 ん?

 この隊長、俺がクラスメイトのリーダーだと勘違いしているのか。

 理由は不明だが、無愛想な俺の顔が生意気に見えたからとか、そんなものだろう。


 飯田と末田は素早く腕立てに取り掛かる。体育会系で慣れている様子だ。

 水空は見るからにだるそうに床に腕をつく。狂咲は俺を一瞥し、気まずそうに続く。工藤も同じだ。

 馬場は泣きそうになりながら下手くそな腕立て伏せを始める。ヘルモーズに目をつけられたようで、睨まれている。


 猫魔は猫になってサボっている。スキルの効果で気づかれていない。ずるい。


 願者丸は……。

 黙って腕立て伏せを始めてくれた。喧嘩をふっかける可能性もあったが、一安心だ。

 隙を見て、床の隙間に盗聴石を捩じ込んではいたが。


「(願者丸め。後で倍返しにするつもりか?)」


 願者丸は骸骨のように静かで、無機質な表情をしている。煮えたぎる怒りをどうにか押し留めているのだろう。


 俺たちは新しい隊長に叱られたり蹴られたりしながら、腕立て伏せを終えて部屋を追い出される。

 初日のこれは序の口だろう。これから先が思いやられる。

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