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灰被りの王国

 ある日の夜。

 俺は夜風を浴びに出かけることにした。


 監視されていた頃は、勝手に出歩くことは許されなかった。きっと戦場に出た後も、こんな自由は無くなるのだろう。

 俺は儚い解放感を噛み締めながら、駐屯地の外に歩いていく。


 すると、暗がりに何やら人の気配がある。

 建物も何もない、訓練用の開けた場所。願者丸の盗聴石は、あの辺りには無い。


「(気になる。近づいてみるか)」


 俺はなんとなく後ろめたさを感じつつ、こっそりと接近してみる。

 掃除用具入れを横切り、防火用の魔道具を横目に歩き……そして。


「!」


 願者流の技を活かし、闇に紛れて物陰に隠れる。

 人影の片方が、こちらを見たからだ。


「(この距離この光量で、気づいたのか!?)」


 ただ者ではない。そう感じて、俺はうるさい心臓が落ち着くのを待ち、耳を澄ませる。


「ハイバラは……」

「ああ、奴はあの地から動く気配がなく……」


 男と女の声。親しげだ。

 片方は聞き覚えがある。隊長だ。各地を渡り歩く遠征部隊を率いる者。

 もう片方は……記憶に残っているはずだが、忘れかけているのか、いまひとつピンとこない。


「では、当分は無いと……」

「むしろ、更に働くでしょう」

「戦争を終わらせるしか……」


 密談のような雰囲気だが、内容はあまり犯罪の香りがしない。戦争のことなら、団員がいる前で話せばいいだろうに。


「(こんな夜中に2人だけ。個人的な話にしては、内容が壮大すぎる。かなりの地位を持つ者同士で、下々の耳に入れたくない会談ということか?)」


 それにしても、ハイバラと言ったか。クラスメイトに、そんな名字の奴がいた。戦場にいるのか?

 噂程度だが、戦場にクラスメイトがいるという情報は入っていた。入れ替わりで徴兵された奴がいるらしいと、末田が言っていたからだ。


 ……本当にいるとなると、少し憂鬱だ。役人も騎士団も、俺たちに情報を隠していたことになる。


「(ステータス……神の加護の検証なんて、そいつでやればいいだろうに)」


 末田に逃げられたことや、篠原のように犯罪に走る奴もいることを加味すれば、俺たちが信用できないのは理解できるが、それにしても……。


「(これから命を預ける身なのに……)」


 俺が戦うのは仲間のためだが、遠回しに国のためにもなるのだ。嫌な相手の利益になると思うと、あまり良い気分にはならない。


 俺は再び、耳を澄ませる。


 ……足音。


「えっ」

「侮られたのは久しぶりです」


 見上げると、そこには黄金の輝きが。

 派手な服装。派手な容姿。自信と威圧感に満ち溢れた態度。


 第三王女……リージュ・ヴェルメルだ。


 〜〜〜〜〜


 掃除用具入れのそばにて。


 黄金の髪。赤くギラギラとした瞳。

 それらを生まれ持つ王女が、俺の前に座る。

 魔道具の椅子だ。自在に大きさを変えられる。小さくして持ち歩いているのか。


「わたくしは、そこのミクトランと旧知なのです」


 ミクトラン。俺たちを送り届けようとしている部隊の、隊長の名だ。


「(地位にも年齢にもずいぶんと差があるように見えるが、どんな縁で知り合ったのだろう)」


 俺の疑問を嗅ぎ取ったのか、王女はすぐさま付け加える。


「彼は、わたくしの護衛をしていた時期がありまして。なんということもない過去でしょう?」


 さらりと関係性を明らかにした後、王女はまた元の話題に戻ってくる。


「あなたの同類……願者丸と言いましたか。()による軍事演習の際、ミクトランに頼んで、盗聴石を会議に忍び込ませたのです」


 なるほど。あの行動の裏には、王女が絡んでいたのか。

 役人の中に隊長の知り合いがいて、協力してくれたと言っていたが……実際には、その役人も王女の命令で動いていたのかもしれない。


「わたくしがいない場で、どんな会議が行われているのか、知る必要がありますから」


 理に適っている。

 この皇女は威圧感が凄まじい。会議の場にいられたら、まともな話し合いなどできないだろう。

 その上で、気になるという気持ちも理解できる。


「(いやいや。わかった気になるのは厳禁だ。相手は王女だからな)」


 王女はつるりとした首を少しだけ傾けて、俺の表情を確認する。


「何故黙っているのですか」


 ……それは威圧されているからだ。

 最上級の上司。目上の中の目上。日本でも天皇陛下や内閣総理大臣様に会ったことはない。大企業の社長や県知事や町長とも間近で2人きりになって話をしたことなどない。


 異世界の王女。それも、真夜中でありながら遠方にいた俺の存在に気づく猛者。

 気圧されないはずがない。


「畏れ多いからです」


 しかし、王女はほんの一瞬だけ硬直し、すぐさま空を見上げる。


「何か、気配が……」

「ちっ。鋭いな」


 すると、願者丸が屋根から降ってくる。

 俺を追ってきていたのか。気づかなかった。流石は忍者だ。


「よう、王女」


 願者丸は誰に対しても無礼な態度を貫く、生粋のアウトローだ。この王女に対しても、何ひとつ遠慮しようとしていない。


「オイラはコイツの師匠であり、部下であり、奴隷でもある。故に、危害を加えるつもりなら、容赦はしない」


 願者丸は力強く啖呵を切って、俺と王女の間に割って入る。

 頼もしいが、命知らずが過ぎる。ここには隊長もいるのだから、対応を間違えれば立場が危ういぞ。


 王女は寄ってきた隊長を横目で見つつ、願者丸に対して脅迫的な笑みをぶつける。


「良い。実に良い戦士ですね。とても好感が持てますよ。その心意気を、ぜひ護国のために奮ってくださいね」

「本心じゃねえだろ、それ。今は大人しく受け取ってやるけどよ」


 王女は願者丸の挑発に乗らず、睨みにも動じない。


「(温室育ちでも、強くはなれる……。この王女こそ、その典型だ)」


 王女は少しだけ姿勢を崩し、椅子に肘をついて笑みを浮かべる。


「折角ですし、情報交換をしましょうか。わたくしは、戦場の話を少しだけ。あなた方は……ハイバラという男とマツダという女について、教えてください」


 マツダは末田(まつだ)(あかり)だろう。

 ハイバラは……どんな奴だったか。


 俺が思い出そうとしていると、願者丸が代わりに答えてくれる。


灰原(はいばら)総兵(そうへい)。熱血漢で暑苦しい奴だった。体育祭の応援団長がよく似合う、オイラと気が合わない男だった」


 なるほど。確かに、そんな人物だった気がする。

 運動神経がよく、体育の授業ではだいたい彼が中心となっていた。きっとステータスを活かし、戦場でも強者として振る舞っているのだろう。


 願者丸の発言に、王女は喜ぶ。


「ほう。血の気の多い男だったのですね」


 すると、隊長が静かに付け加える。


「ハイバラは戦いのみを求める性格であり、実験や話し合いに参加しようとしないそうです」

「神の掟の分析が遅くなったのも、彼が強情だからということですか。なかなか面倒な男のようですね」


 何故王女が灰原の情報を求めているのかわからないが、少なくとも演技ではなく、本心から欲しくてたまらないようだ。


「では、こちらからも見返りを。現在の戦場についてですが……」


 王女はなんともない様子で、重大な事実を口走る。


「あなた方がいなくとも、勝てます」

「そうなのか」


 思わず、敬語が抜け落ちてしまった。


 では、何故俺たちを。……いや、なんとなく想像はつくのだが、聞いて確かめたい。


 そんな俺の想いをまたしても見透かしたのか、王女は話を続ける。


「我々だけでは、金と命と魔力と食物をすり潰しての勝利しか得られません。しかしあなた方は違う。圧倒的な力を持つ存在であり、それでいて他の兵と同じ方法で管理が可能。安上がりで手入れが楽な決戦兵器なのですよ」


 俺たちの手で、戦争を終わらせてほしいのか。

 ただの勝利ではなく、余力を残した圧勝へ。そうすれば、戦後の動きもスムーズになる。人や物資を復興のために割くことができる。

 なるほど。合理的だ。


 王女は何ひとつ顔色を変えないまま、指をほんの僅かに動かして、催促する。


「わたくしは話せる限り話しますよ。もっと情報をください」


 ふむ。さっきのやりとりで、この取引の有益さについて示したわけか。

 ……とはいえ、俺から話せることは多くない。願者丸に喋ってもらおう。


「願者丸。クラスでの灰原について、話してくれ」

「そうだな」


 ——それから願者丸と王女は、いくらか情報を交換し合う。


 願者丸。

 灰原は人気と人望があった。反面、学業に関しては優秀ではなかった。


 王女。

 戦場における人間関係は、上下が厳しい。徴兵された魔法使いたちに対し、現地の騎士団が指揮を取っているため、必ず従うこと。騎士団以外は俺たちの方が上の扱いになるため、強者として振る舞うと良い。


 願者丸。

 灰原は向こう見ずであり、平気で危険な場所に飛び込んで、武勇を誇る子供だった。それが原因で、怪我をしたことも多い。


 王女。

 戦争に勝利した場合、俺たちに特別な褒美が出される予定だ。既に一部地域で英雄視されていることは知っているため、その風潮を全国に広めたい。各地で特権的な扱いを受けられるだろう。


 願者丸。

 灰原は手先も性格も不器用であり、よく教師と衝突していた。


 王女。

 敵国は他に戦線を抱えていないが、この戦争にかなりの労力を注ぎ込んでいるため、他国が背後を取る可能性が考えられる。


 願者丸。

 願者丸は灰原に喧嘩を挑んだことがある。当たり前だが、願者丸の勝ちだった。


 王女。

 捕虜が皆自害してしまうため、敵軍の情報がなかなか入ってこない。


「……わたくしから、聞きたいことがあります」


 第三王女は、ごく僅かに——注意深く聞いていなければわからないほど微細な変化ではあるが——声を高くする。


「ハイバラの家族は、この世界にいるのですか?」


 わざわざ指定してまで聞きたいことが、それ?

 何が目的なんだ、この王女は。


 願者丸は毎日接している俺でギリギリわかる程度にうろたえつつ、答える。


「アイツの家族は、日本にいる」

「兄弟は?」

「ここにはいねえよ。幼い弟が数人いるらしいが、巻き込まれてはいないだろう」


 願者丸は灰原の家庭の事情を知っていたのか。

 喧嘩した時にでも聞いたのだろうか。


 王女は目を閉じて少し考える。


「それは気の毒に」


 態度は崩れず、まぶた以外が揺らぐ気配もない。

 本当に気の毒だと思っているのか、疑問に思う。


 王女は願者丸……ではなく、俺に向けて告げる。


()はずいぶん素直に話してくださいますね。助かりますよ」


 俺からも何か言えということか?

 そろそろ白状したほうがよさそうだ。


「残念ながら、俺と彼の間に交友関係はありません」

「でしょうね。正直でよろしい」


 見透かされていたようだ。当然か。


 王女は団長の様子を横目で窺いつつ、唐突に話題を変える。


「これを話してしまうと、戦場に行く決意が揺らぐかもしれないと思っていましたが……そうはならないでしょうね」

「何のことですか?」

「あなたと同じ、異界の少年少女たち。35人いるようですね」


 まさか、既に居場所を掴んでいるのか?

 灰原についてだけ聞き出し、他の……日本やクラスメイトのことを尋ねなかったのは……。


 俺は身を乗り出す。

 クラスメイトを全員見つけて、なるべく多く救う。それを目標にしている身としては、絶対に聞いておかなくては。


「誰が、何処にいるのですか!?」

「大した情報はありませんよ。手元に誰もいませんから。あなた方を除いて」


 王女は興味のなさそうな素振りで、脳内にある書類を淡々と読み上げる。


「4番の『エンラク』と5番の『オオカマモリ』は、北の大地より南下中。周囲一帯を祭りにする加護を持つ」


 宴楽(えんらく)大釜盛(おおかまもり)か。素駆からも聞いた情報だ。

 祭り。立ち寄った街で、夏祭りのような催しを強制的に開かせるということか?


「10番『コウガサキ』は外国にいる。詳細不明」


 香ヶ咲(こうがさき)ララ。ハーフで金髪。俺は詳しくない。


「11番『サバトリ』も外国で確認されている。鳥になる加護を持つ。それ以上は不明」


 鯖取(さばとり)隼人(はやと)。鳥類観察でテレビに出たことがあったはずだ。それしか知らない。


「13番『スズキ』は……昔、地方の騎士団にいました」

「えっ」

「現在、失踪中。加護により、槍を操るそうです」


 鈴木パイルソン。日系アメリカ人の親を持つクォーター。少しだけ話したことがある。気さくな奴だ。


 詳しく聞き出したいところだが、話を腰を折ってはいけない。続きを聞こう。


「14番『ソウダ』。西方の田舎町に滞在中。戦場から遠いため、徴兵は保留中。天秤を操る加護を持つそうですが、詳細不明」


 左右田(そうだ)天平(てんぺい)。親が弁護士だったか。詳しくはないが、成績上位だったはずだ。


「15番『タルミナト』……は、ご存じですね」


 樽港とは、結局会えないままだ。ハモンドの町の近くにいるはずだったのに。何をしているだあの男は。


「16番『チタハコ』と18番『テンシヨリ』は、北の大地で交戦中。2名のみで現地の騎士団を全滅させています」

「えっ」


 その2人は、素駆が見つけたと聞いていたが。


「積極的に攻撃を仕掛けてくる兆候がないため、今は静観していますが……第二の戦線です。わたくしが抱えている最大の機密事項ですから、ご内密に」


 知多箱(ちたはこ)(まこと)。背が低い割に異様に胸が大きい、メガネの少女。

 天使寄(てんしより)雪刃(ゆきは)。長身で冷たい雰囲気の少女。

 2人とはそれなりに話したことがあった。なにせ、俺の出席番号は17番。彼女たちに挟まれている。


 実は2人が同性愛者で、愛し合っていることも知っている。言ってはいけないことになっているが。


「あの2人が、殺人。それも、その土地の騎士団を皆殺しに」

「はい」


 なんということだ。


「おい。そいつらのスキルはなんだ」


 相当気になるようで、願者丸が催促する。

 そういえば、交戦したはずなのに、スキルに関する情報をまだ話していない。


 王女は軽く首を横に振る。


「目撃者はいません。残っていないのです」

「あ……」


 ……たった2人だけで、それほどまでに強くなれるものなのか。

 間違いなく、あの味差に匹敵するだろう。


 王女は話し疲れたようで、ようやく人間らしい弱さを顔に出す。


「そろそろ、時間ですね。……まあ、残りは戦争に勝利した後ということでよろしいですね?」


 切り上げるつもりのようだ。彼女は王族であり、忙しい身分だ。俺たちが引き留められる道理はない。


 ……そもそも俺としては、彼女に徹底的に絞り上げられて、何も得られないかと思っていたのだ。対等な話し合いになっているどころか、彼女の方から秘密を打ち明けられてしまった。


「ありがとうございました」


 俺は頭を下げて、王女の退出を待つ。

 願者丸は特に何もしない。まあ、今更か。


「こちらこそ、有意義な時間をどうもありがとう」


 王女は何の情もなさそうな声で建前を述べて、夜の暗がりに消えていく。

 団長も一緒だ。護衛代わりなのか。


「……積田くん」


 団長は王女を待たせないように、短く告げる。


「灰原を()()()()()


 ……長く消息を把握できていない割に、何か確信めいたものがある言い方だ。


「(困ったな。知らない土地の、何をしているかわからない奴を死なせるなと言われても)」


 そして、彼もまた、消えていく。


 灰原は一体、何を握っているのだろう。王女とはどんな関係性なのだろう。

 もし会えたなら、真っ先に聞かなくては。

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