デートの
昼食を終えた後は、腹ごなしに散歩だ。
この町の外縁部は、背の高い木が多い。ざわざわと葉の擦れる音が、心地よく響くだろう。
俺たちは雑談をしながら、木々の間を通り、次なる目的地へと向かう。
「甲斐性って言葉、あるじゃん?」
「俺には縁がないな。狂咲向きだ」
「うーん。どうだろう。あたしも別に、あると思ってないんだよね……」
「甲斐性は口ではなく行動で示すもんだ。オイラはそう思う。その点、あるじさまも狂咲もなかなかだ」
そんなことを話していると、木陰に隠れる形で、ひっそりと立てられた家が姿を表す。
あれぞ、この町の隠れた名所。魔道具博物館だ。
その名の通り、太古の昔から最新の今に至るまで、この国のあらゆる魔道具を蒐集し、展示している。
こんな僻地に建っているのは、町で行われる魔法実験や騒動に巻き込まれないためらしい。
「雰囲気あるねー」
「ある種の美学を感じる。オイラ好みだ」
「ごめんくださーい」
俺が先頭に立ってドアを開けると、中からひとりの男が現れる。
長身で髭面の男性。猫背気味だが、体格は良い。
彼は俺たちの姿を認めた直後、疲れたような笑みを浮かべて手招きをする。
「ああ、騎士団の。噂に聞いていますよ。どうぞ、中にお入りください」
いつのまにか有名人になっていたようだ。騎士団の監視により、俺たちに入ってくる情報が制限されていたため、まったく気づけなかった。
俺たちはどことなく緊張を覚えつつ、博物館に足を踏み入れる。
「おわっ」
靴の裏に、魔力の気配。
玄関マットが魔道具になっている。土を吸い取ったのか。
「面白いでしょう?」
男はふにゃふにゃとした態度で、人の良さそうな笑みを見せる。
「魔道具博物館ですから。魔道具の面白さを体感していただくために、こういう仕掛けを用意してあるのですよ」
館内が汚れないようにする実益。客を喜ばせる遊び心。素晴らしい取り組みだ。
俺は魔道具に関わる職人として、テンションが爆上がりしている。……が、他の面々を放置してひとりで楽しむわけにはいかない。
俺は狂咲の方を振り向き、話を振る。
「びっくりしたな。楽しみだな。来てよかったな」
「ふふふ……。そうだね」
狂咲は俺を見て笑っている。
水空は困り眉だ。
「わかりやすいなあ、積田くん……」
「あるじさま、かわいい」
可愛いとは何事だ。俺は大の男だぞ。まるで少年を見守る保護者のような顔をするんじゃない。
〜〜〜〜〜〜
魔道具博物館は、国の支援を受けている。
魔道具本体とそれらに纏わる文化・歴史を保管する倉庫であり、子供たちに魔道具の素晴らしさを伝える知育施設でもある。有益な場所だ。
俺は「1分だけ味覚を変える魔道具」で甘いレモンを楽しみながら、そんなことを考える。
この世界は文明が進んでいる。
赤子は守られて生まれてくる。子供は教育を受ける機会がある。魔法の才能による格差はあるが、誰もが食っていける。騎士団による警察機構もある。福祉の概念もある。
そして、この場所のように、次の世代に文明を伝える施設もある。
俺は「水の色を変える魔道具」で壁に絵を描きながら、そんなことを考える。
しかしながら、戦争はある。理由はまだ知らない。国境の防衛だけをしているような状況のため、相手の国に非があるような気がするが……俺たちがいるヴェルメル王国が圧をかけた結果かもしれないし、何とも言えない。
俺は「言葉を繰り返す魔道具」に「愛してるぞ」と呟きながら、そんなことを考える。
——俺にできることは、戦うことだけ。俺たちの命を守ることだけ。
変わった味に驚く水空を。渋い絵を描く願者丸を。愛の言葉に火照る狂咲を。
ただ、守ることしかできない。
せめてそれだけは、完遂しなければ。
〜〜〜〜〜
俺たちは博物館を出る。
気がついたらずいぶん時間が経っている。帰る頃には夕飯前だ。騎士団に今日の報告をしなければならない。
「ねえ、積田くん。肩に力、入ってるよ?」
狂咲は心配そうに俺を見つめる。
俺は考えていることが顔に出やすいらしい。それなら、俺が戦争という未来を気にしていたことも、伝わっているのだろう。
俺は今回のデートが失敗に終わったことを予感し、謝ることにする。
「すまない。俺は自分の不安に飲み込まれてしまっていた。狂咲たちを楽しませることができなかった」
「あたしはそれでいいよ」
狂咲は俺の隣で歩幅を合わせ、のんびりと歩いている。
「心も体も、生きているうちにコロコロ変わる。あたしと積田くんが噛み合わない時だってある。それでも嫌いになれないくらい愛しているから、平気」
つまり、今この瞬間も、狂咲は俺を愛しているということか。
やはり彼女は情熱的で、懐が深い。たまに暴走することもあるが、それだって俺への愛が理由のことが多い。
俺には勿体無い。これまで何度もそう思ってきた。
職も地位も、そこそこ身に付いてきたが……狂咲は俺の努力を追い抜いて、更に飛躍していく。永遠に追いつけないのではないかと、よく不安になる。
彼女に相応しい俺に、なれる日が来るのだろうか。
「矢羽」
俺は彼女と手を繋ぎ、抱き寄せる。
未来への不安。守りたいという想い。それらが胸の内から溢れ出て、たまらなくなった。
「この戦争が終わったら、結婚しよう」
ベタなセリフ。死の予感。創作物で聞き飽きた言葉だが、だからこそ、心に余裕がない今の俺の口から、すっと出てくる。
狂咲は俺の胸に頬擦りをして、答える。
「うん」
水空と願者丸が、視界の隅を動く。
ベンチに座り、黙って待っている。茶化すわけでも加わるわけでもなく。
狂咲はそれに気づいたのか、視線をほんの僅かに後ろに傾けて、続ける。
「子供は何人欲しい?」
「考えていない。2人くらいか……?」
「あたしはたくさん欲しい。10人は欲しい」
「……ちょっと、大家族だな」
家計はもちろん、狂咲の体への負担が大きすぎる。面倒を見られる自信がない。いくらなんでも現実的ではない。
そう思ったところで、狂咲の意図に気づく。
「まさか」
「ふふ」
後ろの2人。狂咲が今、気にしている2人。
彼女たちがいれば。そう言いたいのか。
「みっちゃんも願者丸くんも、もうあたしの一部だから、気にしなくていいよ」
ギョッとした様子で、飛び上がる水空。赤くなって内股になる願者丸。
俺は即座に否定する。
「俺が愛せるのは、狂咲ただひとりだ」
「その愛情を2人にも向けてくれたら、あたしは嬉しい」
価値観の違い。狂咲矢羽の、狂っているように見える部分。
そこも含めて、俺は愛さなければならない。狂咲がそうしてくれたように。
俺はため息を吐きつつ、2人の方に向かう。
「結婚はできない。だから、社会的に責任を負うこともできない。それでいいなら……隣にいることくらいはできる」
願者丸は立ち上がり、片膝をつく。
「この先何があろうと、あるじさまに従います」
水空は不満そうに、唇を尖らせる。
「重婚しちゃえよ。ウチ、良い妻になるよ?」
「そこまではできない」
「ちぇー」
……とりあえず、今日言えるのはここまでだ。
この先どうなるかは、俺にはわからない。命が奪い奪われる戦場を経験して、同じ気持ちでいられるとは思えない。
ともあれ、未来を憂いて今を楽しめないのは、単純に損であり、空気を悪くしてしまう。
俺は狂咲と肩をぴったり合わせて、帰路に着く。
デートとしては落第だが、前に進めた気がする。
フォローしてくれた皆への埋め合わせは……きっと夜にすることになるだろう。夜の暴走を避けるためにこうしたはずなのだが……まあ、いいか。
〜〜〜〜〜
数日間、俺たちはこの町を楽しんだ。
飯田はこの町の市場を観察し、需要と供給の違いを掴み取った。
キャベリーとの結婚を目指しているだけあり、勉強熱心で感心する。
グリルボウルより食文化が貧しいため、狂咲のキッチン用品は売れないだろうとのことだ。
俺がデートで行った店などのプロは買うだろうが、きっと一般家庭で調理する習慣が無いのだろう。
反面、馬場のボードゲームは売れると確信しているようだ。
……というより、何処から情報を仕入れたのか、既に存在が知られているようだ。一部のルールしか伝わっていないため、馬場の手を離れた商品が売れているわけではないようだが、需要があるのは明白だ。
この話を受けて、馬場は地団駄を踏んだ。腰を据えて売り込むことができれば、自らの手で盛り上げていくことができた。金と名声を手にできた。そう叫び、泣いていた。
しかし、馬場は商機を逃すことを覚悟で、ルールの普及を優先した。「この手の娯楽は開発者の手を離れるほど拡めてこそ」だそうだ。彼なりのが美学が垣間見える。
工藤は涙する馬場の側で、愚痴を聞き続けた。
彼女は特に大きな動きをせず、騎士団内で情報収集に努めていた。主に戦争についてだ。
結果、相手の国や戦争の発端を知ることができた。
『ペール王国』。俺たちがいるヴェルメルより小さく、それでいて尖っている。人の性格も、出回っている技術も、楽しまれている文化も。
大国を嫌悪することで国が成り立っている。騎士団の面々はそう言っていたらしい。そんな調子では貿易や経済が成り立たないはずだが、一体どうなっているのだろうか。
戦争の発端は、ペール王国の遺跡をヴェルメル王国の民が破壊した事件。ヴェルメルは謝罪して罪人を裁いたものの、修繕費を負担しなかった。それ以降関係が悪化し、いざこざが増え、ついには戦争に。
……俺の立場から言えることはない。人と人とのコミュニケーションさえ覚束ない男が、国と国のやりとりに口を挟めるものか。
そんなことのために人の命が消えていくのは馬鹿らしいとは思うが、きっとそれ以前から嫌悪の種はあったのだろう。なにせ、隣り合っているのだから。
歴史に関しては、工藤の土俵だ。ペール王国をどう思うかは、彼女が意見を持つのを待とう。俺は頭が悪いから……。
——嫌な気分になってきたので、クラスメイトのことを考えよう。
猫魔は最近、この町の魚にハマっている。海に面しているため、海産物が豊富なのだ。
とはいえ、この町は比較的料理に無頓着だ。日本やハモンドの町ほどバリエーションが豊富ではない。魚に思い入れがない俺としては、それほど魅力を感じない。
水空は町の周辺にいる魔物を狩り、修業している。俺たちを守るためだそうだ。
目ぼしい魔物は狩り尽くし、今は騎士団の任務にも参加している。正式な騎士団員なら勲章ものの功績だと、ギンヌンガは言っていた。
それでも、レベルはなかなか上がらない。各地を旅して強い魔物がいる場所を巡らなければ、大幅な成長は見込めないのだろう。
——俺は目を開ける。
ベッドの上の段。俺の寝床だ。
下の段では、狂咲と願者丸がピロートークをしている。最近の2人は仲が良く、俺抜きで楽しそうにしている姿をたまに見かける。俺に依存していないのは、良い傾向だと思う。
俺は起き上がり、窓の外を見る。
月が明るく輝いている。地球のものと、少し模様が違う。
「この世界でも、月が綺麗だ」
俺がわざとそう言うと、狂咲と願者丸は俺に注目する。
「あたしの方が綺麗でしょ?」
ああ、その通りだ。
俺はベッドの下に行き、返事を耳元で囁くことにする。