視野と口を広げる
騎士団支部に到着し、3日目。
間近で騎士団の仕事を見続けて、なんとなく彼らの仕事ぶりがわかってくる。
主な仕事は情報通信だ。常に団員の一部が出張に出ており、他の町や国の中央から情報を得ている。
その他、地元の自警団や有力者と連携しつつ、パトロール。自警団から凶悪犯の情報が騎士団に上がってくるため、捜査して逮捕。指名手配もする。末田はこれで何年も追われていたそうだ。
「経済を回す役割も担っているようですね。他の町から来て金を落とす人が多ければ多いほど、国全体が活気付きます」
「そういう視点でものを見たことはなかったな」
「それに、この世界は交通網が弱く、人と人との繋がりが弱いので、国が国としてまとまるためには、定期的に旅をして行き来する集団が必要です」
「知り合いの中に、グリルボウルの野菜や果物を中央まで運ぶ商人がいたな。魔物が怖いから騎士団にくっついて行くとか言ってたような気もする。頼れる武力って大事だな」
工藤と飯田がそんなことを話し合っていた。
——さて。
そんな組織によって監視されていたということは、俺たちは魔物に匹敵する犯罪者予備軍として見られていたというわけだ。
いつ暴れ出すかもわからないから、その時が来たら鎮圧しろ。それが彼らの任務だった。
しかし、これからは違う。
お偉方は帰る前に、会議の末に出た結論を告げてくれた。
「ニホンなる異国からの諸君を、正式にこの国の人間として受け入れる。準軍属として、中央騎士団の指示に従うこと」
国民として認められるということは、過剰な監視もなくなるということだ。
俺たちはもう、珍獣でも猛獣でもない。騎士団より弱い立場ではあるが、自由行動が認められたのだ。
騎士団の隊長も、優しげな眼差しで俺たちに言ってくれた。
「君たちの善性を信じている。しばらくはこの町でゆっくり過ごすといい」
「光栄です」
「ただ、こちらとしても連携は取りたいから、活動内容を把握するために、毎日夕食前にその日の行動を報告する義務を与えよう。受けてくれるね?」
「お安い御用です」
こうして、軍属でありながらも、騎士団の仕事からも浮いた立場となった。
つまり、俺たちは……町にデートに行くことだってできるようになった。
俺は昨日練ったデートプランを実行するべく、狂咲と願者丸を広場に呼び出す。
「デート! デートだよ、積田くん!」
「荷物持ちはオイラに任せろ」
「テンションあがるわー」
やってきたのは、狂咲と願者丸と……何故か水空。
水空。未だに俺を諦めていないストーカー。そして狂咲の無二の親友。関係性がややこしいが、俺がやるべきことは単純だ。
「狂咲。願者丸。行くぞ。まずは絵画展だ」
俺は水空の存在を徹底的に無視して、両手を狂咲と願者丸で埋める。
「ウチは?」
「座禅でもしていろ」
俺はこのデートで狂咲と願者丸に愛を示すと決めているのだ。俺を誘惑する部外者はいない方がいい。
しかし、狂咲は俺の肩をつつき、忠告する。
「みっちゃんと一緒の方が、賑やかでいいと思う」
「おいおい」
狂咲はまた、水空の横恋慕を許している。
どういう気持ちで水空のセクハラや誘惑を見過ごしているのだろう。嫉妬や独占欲は機能していないのだろうか。
「デートもしたいけど、あたしは……みんなと仲良くお出かけがしたいな」
そうか。デートであるという形式に拘っているのは、俺だけなのか。今は他に人がいるのだから、集まって楽しもう。そういう考えなのか。
確かに、それは納得できる。水空の誘惑は阻止したいが、かといって水空を除け者にしたいわけでもないのだ、俺は。
「水空。貸し一つだ」
「おっしゃ! 借りは返すぜアニキ!」
何を言っているのだコイツは。そうまでして俺に付き纏う執着心は、まったくもって理解不能だ。もう長いことそばにいるというのに、未だにわからない。
俺はこの町に存在する娯楽を楽しみ尽くすため、とりあえず先頭に立って狂咲たちをリードする。
〜〜〜〜〜
最初に訪れたのは、絵画展。
この国の著名な画家が描いた、大小様々な作品。それらを展示しているのだ。
今回の主催者は、町の金庫と呼ばれる大金持ちのラクーン・ヒューマスキンだ。名前の通り、この町の町長でもある。
「王都ほどではないにしろ、有名な作家による作品が目白押し……らしい」
俺が前もって仕入れておいた情報を口にすると、願者丸はチケットを懐にしまいながら、エントランスにある作品に感想を述べる。
「ずいぶん大掛かりなオブジェだな」
見ると、入り口からすぐのところに、巨大なオルガンのようなオブジェが立っている。
見上げるほど巨大な魔隕石から掘り出した、美しい芸術作品。芸術的な観点を抜きにしても、単純に希少鉱石として価値が高い。
ここを訪れた者が、必ず最初に見る作品。この町で生きたある芸術家のライフワークである『組曲』だ。
そばにある魔道具の石に、解説が刻まれている。読んでみよう。
「音楽を愛していた前国王『クロノ・ヴェルメル』のために制作された巨大彫刻。未完成のまま、この町に展示されている」
これの作者と前国王は、友人関係にあったようだ。
「前国王が亡くなり、王都に運び込む予定は白紙に。それからずっと、ここにあるとのことだ」
「なんだか、切ないね」
狂咲は魔道具の柵の外側から、オブジェを眺める。
美しい外見。用いられた精巧な技術。それらが依頼主に渡ることはなく、ただここにひっそりと在る。
狂咲は少し考え込み、自分なりの見解を口にする。
「作者や王族の方々のことを考えると……ここにあるのと、お城に運ばれるの、どちらが良かったんだろうね?」
どちらでもあるまい。見る人が変わるだけだ。
と、簡単に言ってしまえれば良いのだが……そうはいかない。
「俺たちにとっては、ここにあってくれたおかげで、見ることができた。幸せだ。なら、ここにあって良かったんだ。俺はそう思う」
「オイラはちょっと違うな。コイツは今ここにあるんだから、仮定の話をしても無駄だ。どちらが良いかなんて、考える意味がない」
「ウチは……」
水空は弾き手のいないオルガンの鍵盤を見て、寂しそうに答える。
「ウチは、城に運ばれるべきだったと思う。本来あるべき役目を果たせないのは、つらい」
「つらいって、水空が?」
願者丸の問いに、水空は頷く。
「ウチだって、キョウちゃんだって、本来地球で生きるべきだったのに。そう思うと、どうしても自分を重ねちゃって」
……まだ、引きずっているのか。
あの時から、もう2年近く経っている。俺たちはこの世界を受け入れ、もはや元の世界に帰ることなど頭の片隅にも浮かばない。あの工藤でさえも。
水空は……水空だけは、違う。今でも日本が焼き付いて離れないらしい。
……気持ちはわかる。俺だって、日本に帰りたいと思うことはよくある。日本の夢だってたまに見る。
それでも。
「俺たちは、このオルガンを見た。オルガンに役目を与えられるのは、俺たちだ」
俺は魔道具職人の見習いとして、オルガンを隅々まで観察する。
材料。加工方法。維持に使われている魔法。それらを理解し、頭に入れる。
「この経験を無駄にするな。今いる世界を、しっかりと見るんだ」
「はいはい。そうしないと、キョウちゃんたちを守れないもんねー」
水空はオルガンを見上げ、天井を見て、床を見る。
巨大なオルガンを部屋の一部として見ているのか。俺とは違う視点だ。面白い。
俺たちはしばらくオルガンの周りをうろつき、次の芸術作品に移る。
〜〜〜〜〜
素朴だが、楽しい展示会だった。
この町は昔から知識人が多く、書物や絵画が集まるらしい。そして、集まった書物によって更なる知識人が訪れ、彼らが新しい書物を残し……。好循環だ。
「さて。腹は減ったか?」
「ちょっとだけ」
「オイラはぺこぺこだ。昨夜があれだったからな」
「なら、いい店があるんだ。奢るよ。水空以外は」
あらかじめ予約しておいた店だ。
水空は頬を膨らませて不貞腐れているが、自業自得だ。押しかけてきたストーカーに振る舞うメシなど無い。
「持ち合わせはあるよな?」
「ありまーす。無職でも少しはもってまーす」
フリーターと無職を往復している水空は、財布を取り出して中身を見る。
……ぱっと見でわかるくらい薄い。が、言わないでおこう。
俺は狂咲と願者丸をエスコートし、大通りへと向かう。
「賑やかだね」
狂咲は楽しそうに微笑む。
彼女には人混みがよく似合う。愛想のない人の群れも、中心に彼女がいれば、まるで花畑だ。
俺は人の多い中を抜けていき、店にたどり着く。
少し奥まったところにある、雰囲気の良い店。独特な味わいの料理を提供しているとのこと。
俺たちはテーブル席に座り、大きく掲げられているメニュー表を見る。
「オススメはオイルサーディンの辛口炒めか……。辛いものはいけるか?」
「あたしは平気」
「オイラも」
「俺は無理だ」
「いやお前が無理なんかーい」
水空のツッコミをスルーしつつ、俺は他のメニューに目を通し、決める。
「牛肉のトマト煮込みで」
「ウチは鳥とチーズのパイで。……お値段、思ったより高え……」
この店は味付けに凝っているらしく、素朴な料理の割に値が張る。それでも無難さと恋人への見栄と店の雰囲気を考慮して、ここに決めた。
俺たちはしばらく雑談をして料理を待つ。
「願者丸くん、この町でも盗聴石仕掛けてんの?」
「当たり前だ。数は少ないがな」
「騎士団に睨まれるよ?」
「それは怖いな」
そんな話をしていると、まずは狂咲と願者丸に運ばれてくる。
オイルサーディンの辛口炒め。見たところ、パプリカや玉ねぎが使われているようだが……臭いがなかなか凄い。ニラやニンニクも入っているのだろう。
「口臭を消す魔法って、あるのかな……」
狂咲が気にしている。
……これは気まずい。尖った店を選んでしまった俺の責任だ。日替わりオススメメニューの内容までは、事前調査では把握しきれなかったのだ。失態だ。
「積田くん」
狂咲は俺の様子を見て、くすりと笑う。
「気にしすぎだよ。選んだの、あたしだし」
俺の内心を見透かしているかのようだ。
……彼女との付き合いも、もうそれなりに長い。きっと俺の考えていることなど、お見通しなのだろう。
「そうか。気を使わせて悪かった」
「もー。また謝ってる」
「あるじさまの悪い癖だ」
2人はまったく同時に匙を使い、料理を口に運ぶ。
そして。
「美味しい!」
「良いじゃねえか!」
とてつもない美味に出会えたのだろう。2人の手は止まらなくなってしまった。
「辛さがちょうどよくて気持ちいい!」
「このイワシ、骨までとろっとろだ!」
「油とスパイスの相性がいいんだ!」
「ああ、たまらねえ。もう一皿ほしい……」
俺は願者丸の分を追加注文しつつ、2人の笑顔を見守る。
「人がメシ食う姿を見るのは、幸せかい?」
水空が尋ねてくる。
何を当たり前のことを、わざわざ聞いているのか。
「見ればわかるだろう。あれが、幸せそのものだ」
「惚気てくれるねー。流石はハーレムマスター」
「誰だそれは。……誰であろうと、あれを見て不愉快にはなるまい」
俺は汗と涙を流しながら辛口の料理を食べ進める2人を見て、思わず笑みをこぼす。
「たんとお食べ」
「オカンか?」
俺と水空の料理も運ばれてきた。出来立てだ。
「ひとくち、交換し合うか」
「さんせーい」
俺たちは互いの皿に料理を乗せ合い、笑い合う。
牛肉のトマト煮込み。鳥とチーズのパイ。
いざ、実食。
まずは牛肉から。
少しつつくだけで、塊がぷるりと揺れる。これは頬がとろける予感がするぞ。
「はむっ」
俺はその予感さえ甘かったことを後悔する。
舌が喜びに震えている。唾液が止まらない。猛烈な味の奔流に脳が興奮し、視界が一瞬暗転する。
「(ほんの一瞬とはいえ、心の全てが『うまい』で埋め尽くされた!)」
視覚も聴覚も忘れ、うっかり味覚に全リソースを注ぎ込んでしまうほどの、圧倒的な味わい。これは暴力装置だ。味の大量破壊兵器だ。罪深い……!
俺はトマト汁に匙を突っ込み、肉以外の味を確かめる。
しかし、伏兵が潜んでいた。肉汁だ。肉から派遣された優秀なゲリラ兵が待ち構え、俺の舌を制圧してきたのだ。
「(油断した! 思わず立ち上がって小躍りしそうになった!)」
俺は椅子を引くガタリという音で我に帰り、もう一度深々と座り直す。
ジューシーな酸味と甘み。重厚なコクと旨味。これは強敵だ。日本でも、これほどの料理に合間見えたことはない。匹敵するのは、グリルボウルのサンドイッチくらいか。
俺は心を落ち着けるため、鳥とチーズのパイを口に入れる。
「むっ」
……うまい。いや、うまい。他の料理が皆美味かったのだから、当然うまいに決まっていた。予想できていた。
しかし、その予想を超えてはいなかった。俺はとり天が好物であり、パイもかなり好きだ。チーズも勿論嫌いではない。だからこそ、無意識のうちにハードルを高くしすぎたのだろう。
「(チーズ入りのパイというカテゴリーの中では暫定王者だが、パイカテゴリーという大きな枠組みでは、まだ上がいる)」
俺はなんとなく、水空の反応を見る。
彼女は……無表情だ。
「……おいしい」
美味しいものを食べた者の表情ではない。いつも朗らかで鬱陶しいくらいだというのに、何故こうも湿った顔をしているのか。
水空。やはり、俺とは感性が違うのか。
「積田くんって、リアクションが面白いよね」
「ああ。あるじさまは内面が態度に出過ぎる。腹芸はできないな」
そんなに顔に出ていたのか。まあ、あの料理が美味しかったせいだから、仕方あるまい。
俺たちは残りの料理を瞬く間に平らげ、次のデートスポットへと向かう。