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〜商売上手〜

 俺たちはワイバーンの死体を持ち帰った。


 重量のせいで予定より早くヘリの燃料が尽きたものの、町のそばまでたどり着くことができた。


「うおっほぉん!」


 町の外縁部で俺たちを出迎えたのは、胡散臭い町長である。


「ヘリとやらは、私の部下たちに守らせよう。一晩くらい野ざらしにしても、平気かね?」

「お願いします」


 狂咲が感謝の言葉を述べると、町長は数人の部下たちに寝ずの番をするよう伝える。


「人里に来たワイバーンを仕留めるとは、なんという英雄的行為! やはり私の見込んだ通り、キミたちは素晴らしい人材だ! これからも町のために尽力してくれたまえよ!」


 彼は野次馬たちに聞こえるほどの大声と共に、ワイバーンを丸ごと買い取り、同じく護衛に守らせる。

 ヘリを守ってもらう手前、買い叩かれていたとしても心情的に断りにくい。これはしてやられた。商売がうまい。


「では、私の宿でゆっくり休みたまえ!」


 俺たちは疲れた顔を見合わせつつ、ため息をつく。


「疲れてる時にあの声は、ちょっと効くね」

「あの人に悪気はないから……」


 げっそりした顔の狂咲。

 彼女のスキルである『思慕』は回復効果があるようだが……彼女自身にはかけられないらしい。


 狂咲に疲労がたまらないように、気をつけなければなるまい。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは大部屋で寝転んでいる。

 正確には、俺と馬場と工藤の3人だ。他は近所にある店に出かけている。


「ああは言ったけど、実際見ると『メイセカ』とは違うね」


 工藤を背負ってきた馬場は、うつ伏せのまま俺に話しかけてくる。


「あのゲームだと料理がもっと美味しそうだったし、宿に糸目のおばさんがいた」

「初代だな」

「続編だと違うんだね。この界隈、入りたてで……」


 信憑性が薄くなるため、水空との口論では黙ってくれていたという。

 気がきく男だ。話も合う。ぜひ友達になりたい。


 俺はゲームの話をしつつ、宿での注意事項を教え、起き上がる。


「そういえば、工藤はまだ起きないのか」


 俺は遠くで寝ている工藤愛流変(めるへん)を見る。

 彼女はワイバーン戦の直後に気絶して、今まで目が覚めていない。スキルの副作用だろうか。


 ところが、馬場は特に気にしていないようで、工藤を見ながら苦笑いする。


「血とか喧嘩が苦手なんだよ。前にもあった」

「そうか」


 馬場と工藤は幼馴染らしい。小学校に入学する前からの付き合いだそうだ。

 意外な組み合わせだが、幼少期はまた違った関係性だったのだろう。人の縁とはわからないものだ。


 俺は沈黙の間に、ステータスを眺める。

 レベルが1上がったのだ。


 積田立志郎    レベル2

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…6     呪い

 魔力…14

 防御…6

 魔防…7

 速度…8


 魔力と魔防と速度が1ずつ上昇した。

『迷宮世界』とは違う仕組みのようだ。こんなステータスの伸び方ではなかった。


「ずいぶん伸びが悪いな……」

「そうだね。全項目最低でも1ずつ上がるのがデフォだったのに。違うゲームのシステムが混ざってるのかな?」


 馬場は自分の発想に自信がありそうだが、そうではない可能性もある。指摘しよう。


「他にも神がいて、都合を擦り合わせた結果、数字の伸び方やスキルに関しては違う仕組みを採用するしかなかった。これもあり得るぞ」

「そっか。それもあるか」


 馬場は俺の意見を簡単に受け入れる。

 思考が柔らかく、性格が温和なのだろう。否定されてムッとするかと思ったが、彼は穏健派のオタクのようだ。


「じゃあ、神様に聞いてみないとわからないか」

「そうだな。俺たちの想像力では及びもつかない事実があるかもしれない」


 神を理解できるのは、神のみ。

 そしてきっと、神には人を理解できないだろう。


「(俺は人を理解できる人でありたいものだ)」


 俺はそう思い、新たな仲間たちと向き合うことを心に決める。


 同じクラスにいる間より、ずっと人間関係が充実している。その奇妙な事実を、案外快く思いながら。


 〜〜〜〜〜


 金策を終えた飯田と願者丸を迎え、食事をした後。

 俺は夜風を浴びるため、外出する。


「日本より民度悪いから、気をつけろよ」

「背が低いと絡まれる。胸を張るといい」


 飯田と願者丸の忠告を胸に、俺は町を見物する。


 できれば昼のうちに見て回りたいが、クラスメイトの捜索で忙しい。こんな機会でもなければ、異世界に触れることさえままならない。


 俺は石の通りを歩きながら、息を吐く。

 月がまぶしい。空気が澄んでいる。だというのに、町には文明が根付いている。


「理想的な夜だ……」


 よく整備されている。店も住宅も多い。街灯がずっと先まで並んでいる。

 日本とは似ていないが、地球の先進国にありそうな町だ。異世界も侮れないな。


「やっぱり中世よりは進んでるな……。あのゲームより格段に良い……」


 世界中がこうなのか、それともこの町だけなのか。

 ワイバーンのように巨大な怪物がいる世界で、ここまで発展するのは……なかなか難しいだろう。


「町長さんが凄いんだよ」


 突然の声に驚きながら振り返ると、そこに狂咲が立っている。

 ひとりごとを聞かれてしまった。恥ずかしいが、気にしていないような素振りをしよう。


 俺は努めて平静に、返事をする。


「なんだ。狂咲か」


 思ったより声が震えている。……俺は自分の声帯を信用しない方がいいのかもしれない。


 狂咲はくすりと笑い、俺の隣に立つ。


「襲われると思った?」

「飯田と願者丸から、気をつけるよう言われていた」

「大丈夫。ステータス画面を持ってたら、大抵逃げていくから」


 そう言って、狂咲は闇の中でも目立つ花柄の画面を見せてくる。

 レベルは上がっていないようだ。ワイバーンとの戦いで、ほとんど何もしなかったからだろう。


「これ、持ってる人は少ないけど、有名だから」

「勇者の証みたいなものか?」

「うーん。ちょっとだけ違うかも。オリンピックの金メダリストくらいじゃないかな?」


 なるほど。世界を見渡せば、結構いるのか。

 クラスメイトは総勢35名。あの事故の規模を考えれば、もっと多くの人々が転移していてもおかしくはない。


 俺は狂咲と並んで歩きながら、会話する。


「狂咲は町を見て回ったことがあるんだよな?」

「うん。実は、それなりに」


 狂咲はいつもより落ち着いた声で、そう答える。


「最初は本当に大変だったよ。何もかも、さっぱりわからなくて。魔物を見てからは、町の外に出るのも怖くて……」

「実際には、狂咲は森まで助けに来てくれた。そういう人だ。俺は知っている」


 素直に事実を言うと、狂咲は俯く。


「……うん」


 しばらく、会話が途絶える。

 沈黙を苦にする性格ではないが、狂咲は気にするのだろうか。何か話した方が良いのかもしれない。


 幸い、話題には事欠かない。まだまだ知るべき情報が多いのだ。


「折角だから、町を案内してくれ。役に立つ場所があれば、知っておきたい」

「いいよ。あたしも、行くところがあるから」


 狂咲は俺から顔を背けたまま、前を歩き始める。

 背中を見せられると、話しにくい。今度こそ、会話が続かなくなりそうだ。


「(こんな夜中に、何処に行くつもりだ?)」


 若い女性の夜歩きに不安を覚えながら、俺は彼女を守るべく周囲を見渡す。

 人をたまに見かける。特に酔っ払いが多い。気をつけて歩くとしよう。


 〜〜〜〜〜


 狂咲に案内された先の、風通しが良い扉を抜ける。

 一歩踏み込むと、湯気が顔に当たる。


「これは……」


 覚えのある感覚。これは風呂だ。

 そうか。どうやって身を清潔にしているのか疑問だったが、銭湯があるのか。遠出の帰りに、毎回寄って行きたいところだ。


 狂咲は慎重に扉を閉めつつ、解説してくれる。


「魔法が色々あって、お湯も出せるみたい。得意な人が、お風呂を売ってるの」

「そうか。毎日でも通いたいが、安くはなさそうだ」

「うん。そこそこするよ。魔法をたくさん使ったお店だからね」


 内装を眺める俺の横を、狂咲が通り過ぎる。

 すぐにでも風呂に入りたいのだろう。森で運動をした後なのだから、さっぱりしたくなる気持ちはよくわかる。俺も入りたい。


 俺は不慣れを晒さないように、この銭湯の利用方法を尋ねておくことにする。


「日本と同じと見ていいのか? タオルや洗剤を持ってきていないが、ちゃんと利用できるだろうか」

「……あたしのが、あるよ」

「新品か?」


 流石に私物のタオルを貸すことはないだろうが、念のために尋ねる。

 ……そして、嫌な予感がした俺は、返答が来る前に足を止める。


「待て。売店がある。買っていこう」

「あっ」


 俺は商売上手な店の策略に乗せられて、この世界の金を取り出す。

 ちょうどワイバーン狩りの報酬がある。食事の時、皆に配られたのだ。さっそく使うとしよう。


 俺は子供の店員に質問をしながら、この世界ではじめての買い物をする。


「小銅貨がこれで、大銅貨がこれか。両替は?」

「やってなーい」

「そうか。じゃあ、これでぴったり払おう」

「まいどー」


 店員の少女は慣れた手つきで金を受け取り、手元の紙に記録する。

 俺たちより歳下のようだが、利口な子だ。家族経営で、幼い頃からずっとやっているのだろう。


 俺は簡素なタオルと使い切りの石鹸を受け取り、待たせていた狂咲に声をかける。


「これでいいんだよな?」

「……子供、好き?」


 狂咲は質問に答えず、まるで違うことを話そうとしている。

 俺は面食らいつつ、それを表に出さないよう気をつけながら答える。


「まあ、嫌いではない。人として当たり前の範疇だ」

「当たり前って?」

「子供は未来の大人だ。つまり、老後の俺たちを守る存在だ。大切にするのが当然だろう?」

「論理的だね」

「……まあ、微笑ましいと思う気持ちもある」


 俺は『好き』という感情に、理由をつけたいと思う性格なのだ。照れ隠し……かもしれない。


 狂咲は何故か赤面しつつ、腕を背中で組む。


「いいパパになりそうだね」


 そうだろうか。理屈っぽい父親は嫌われそうだが。


 俺は狂咲と共に、銭湯の奥へと進む。

 会話も重要だが、そろそろ湯を浴びたい。銭湯に来たことで、恥ずかしながら胸が高鳴っているのだ。


「男湯はどっちだ? シャワーはあるか? 風呂上がりの牛乳は?」


 そんな俺の背中を、狂咲が押していく。


「混浴だよ」

「えっ」


 聞き間違いだろうか。


「混浴だよ」

「えっ」


 聞き間違いではないようだ。

町長も、銭湯の人も、狂咲矢羽も……みんな商売上手です。

策士なんです。


それはそれとして、町長はちゃんと適正価格でワイバーンを買い取りました。後でバレたら困るのは彼ですから。

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