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死地へ向かう旅

 馬場たちが魔法学校を卒業し、正式に魔法使いになった。努力して火、水、土、風の全属性を修めたとのことだ。

 これで職には困らない。どんな街に行っても、まともな職にありつけるはずだ。

 もちろん、戦争での生存率も……格段に跳ね上がる。


「いよいよだな」


 俺たちは長い時をかけて吟味したバックパックを背負い、自宅に魔法の鍵をかける。


「絶対に生きて帰るぞ」


 飯田はいつになく真剣な目で、遠くに控えている使者たちを見つめている。


 中央騎士団。王都を守護する騎士団であり、各地の騎士団支部を取りまとめる存在。そして俺たちにとっては、死地への案内人だ。


 俺は先導を任されている素駆に話しかける。


「よろしく頼む」

「すまん。戦争行きを止められなかった」


 素駆は軽く頭を下げる。

 昔は分からなかったが、今ならわかる。円卓騎士団は護国の要。それに所属している素駆は、かなり偉い立場だ。


 俺は逆に頭を下げ返しながら、周りに見えないようにこっそり小突く。


「頭を下げるな。しゃんとしてくれ。騎士団の中じゃ、かなり偉いんだろ?」

「……ああ。そうだな」


 素駆は頭を上げて、小声で呟く。


「疲れてんだ。ずっと前から働き詰めで」

「うっかり死なれたら、俺もどんな反応をしたらいいかわからないぞ」

「だよな。しゃきっとするわ」


 素駆はバイクを召喚するスキルを見込まれているのか、各地を忙しく飛び回り続けている。そのうえ本来の業務ではないクラスメイトの捜索まで行っているのだから、疲労して当然だ。


 その上、かつて親友だった飛田が死んでいるのだから……今の彼は、人生に希望を見出せない状態なのかもしれない。


「素駆」


 俺は彼の肩を叩く。

 今となっては俺より年上だが、かつてはクラスメイトとして肩を並べたのだ。言いたいことを言わせてほしい。


「背負いすぎるなよ」

「……はは。それは無理だ。だって、代わりがいないんだ。俺が頑張らなきゃ、どうしようもない」

「そうか?」

「そうだ。俺は()()()()()()()()()()()()()()。なるべく多く、なるべく早く……」


 確かに、移動能力に長けたスキルは替えが利かないが……自分が潰れては元も子もないだろうに。


「(俺と同じ信念を、俺より真面目に遂行している。この町から出たがらない俺の立場では、何も言えないが……それでも、働きすぎが良くないことはわかる。心配だ)」


 彼はしょぼくれた背中を向けて、整列した騎士団員たちの奥まで下げる。

 代わりに、素駆の部下と思われる下っ端たちが、俺たちに旅路の説明をする。


「海路で行きます」


 下っ端が鎧をガシャリガシャリと動かしながら、大きめの黒板を運んでくる。


「まず『ハモンド』の町に行き、船に乗ります。円卓騎士団が所有している、一等船です。雑務は我々が行いますので、皆様は船室でおくつろぎを」


 つまり、ただの船旅ができるということか。戦力として見込まれているだけのこはあり、かなりの高待遇と見える。雑用をする騎士団には悪いが。


「船は学問の集積地と呼ばれる、教育の町……『ヒューマスキン』で降ります。そこから戦場を抱えている目的地『ブラッドレッド』まで、徒歩です」


 徒歩。乗り物を手配してくれないのだろうか。急に扱いが雑になった気がしてしまう。


 俺の訝しむ視線を受けてか、下っ端の女性が目を合わせてくる。


「移動用の魔道具を用意できれば良かったのですが、いかんせんこの大人数ともなると、手配できず……」

「そうですか……」


 魔物がいるこの世界では、移動に難儀する。公共交通機関も作りにくく、維持しにくい。

 大所帯の、歩き詰め。平和な旅とはいくまい。


「はあ……」


 俺は騎士団員の苦労を察し、ため息をつく。

 俺たちだけでなく、誰もがままならない現状に苛ついている。

 それもこれも、戦争のせいだ。国を疲弊させる無意義なせめぎ合いさえ無ければ、みんな余裕を持って生きられるはずなのだ。


 俺は決意を固め、まだ家を名残惜しそうに見ている皆に向けて、宣言する。


「やるからには、さっさと終わらせよう。全力で役に立って、すぐ帰ってこよう」


 俺の発言に、願者丸が真っ先に同調する。


「あるじさまの命とあれば、進化した願者流を戦場にて奮いましょう」


 続いて、飯田が空元気を振り翳しながら、大声を上げる。


「そうだ。そうだな。やるぞ。生きて帰るぞ!」


 更に、狂咲が口元に手を当てて、くすりと笑う。


「帰ってからしたいこと、たくさんあるもんね」


 工藤は巨大な砲を担ぎ直し、そばにいる酔っ払った末田を介抱している。


「私ももう、死を恐れません。守りたい人がいますから、いつまでも怯えてはいられません」


 馬場は工藤を見上げ、どこかやけくそじみた顔で奮い立つ。


「あーもう、いいよ。やるよ。ステータスの補正抜きでも、魔法使いになれたんだ。不運でもやれるさ。なんだって、きっと!」


 ……水空と猫魔は何も言わない。何を今更と言わんばかりに、何処か呆れた顔をこちらに向けている。

 それもそうか。みんな覚悟なんてとっくに済ませているのだから、今のこれは、出発式以上の意味を持たない。


「騎士団の方々がお待ちだ。そろそろ行こう」


 俺は皆の心を騎士団へと向け、家から引き離す。

 俺だって、まだ名残惜しい。しかし……別れなければならないのだ。暖かい家を。馴染んだ町を。


 皆はさっきまで解説していた騎士団の人々について行き、彼らと共に質問や世間話を始める。

 狂咲は兵士の様子について。水空は敵の主力兵器について。飯田は向こうの生活環境について。馬場は船の設備について。


「俺も何か……」


 俺は側仕えになった騎士団の下っ端に声をかける。


「あなたが俺の監視ですか」

「ま、まあ、そういう感じです」


 素直な女性だ。話しやすいに越したことはない。


 俺は彼女と共に、魔道具の馬車へと歩き始める。

 まずは港町のハモンドまで、移動だ。その間、退屈しないといいが。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは馬車に乗り込む。

 オリバーの店で見た車体だ。魔法により、揺れや室温が調整されているのだったか。


「俺と馬場は、これに乗る。じゃ、行こうか」


 飯田は側仕えの騎士をからかいながら、近くにあった馬車に乗り込んでいく。

 馬車のサイズの問題で、4人までしか乗れない。側仕えの騎士たちもいるので、ペアで乗ることになる。


 俺は狂咲を探す。すると、狂咲は無駄のない動きで俺の前に近づいて、提案する。


「素駆くんのこと、心配なの」

「ああ。……そっちに行くのか?」

「そうしたい」


 やめておいた方が良いのではないか。彼は飛田を殺したのが狂咲と水空だと知らないが、もし気づいたらどんな行動に出るかわからない。


「飛田の件を言うつもりなら、やめた方がいい。弱っている彼には、追い討ちになる」

「……そう思う?」


 やはり、懺悔するつもりだったのか。戦争で死んだら謝る機会を失ってしまうから、精算しておこうと思ったのだろう。


 俺は狂咲の気持ちも汲みつつ、否定する。


「今のあいつに、それは毒だ。矢羽の気持ちはわかるが、落ち着いて話せる状況になってからの方がいい」

「ありがとう。考え直すよ。……それなら、あたしは積田くんと一緒の馬車にしようか」


 狂咲と俺は、同じ馬車に乗り込む。


 遠くで水空と願者丸が俺たちの方を見て文句を言っているのが見える。

 2人は同じ馬車になったようだ。きっとこちらに来たかったのだろう。


「悪いが、俺は一人しかいない。唯一の妻が狂咲である以上、諦めてくれ」


 〜〜〜〜〜〜


 馬車の中で、俺たちは側仕えの騎士たちから話を聞くことにする。

 戦争のことではなく、彼らの事情を。


「私、ギンヌンガって言います。これから積田立志郎さんの側で、色々やります」


 そう言って、俺の側仕えは頭を下げる。

 くすんだ灰色の髪。星のような金色の瞳。なかなか見ない色合いだ。

 彼女は穏やかなそうな顔つきで、握った手を膝の上に置いている。ふくよかな体型だが、鍛えているだけのことはあり、手は力強い。


「えっと、円卓騎士団の見習いではありますが、たぶん卒業後は田舎に配属されると思います。成績も要領も悪いので……」

「そうなの? 円卓に入れた時点で凄いって聞いたけど……」


 遠慮なく突っ込む狂咲。

 ギンヌンガは気弱そうな顔で、ぽりぽりと頭頂部を掻く。


「いっぱい頑張って、ぎりぎりで受かったんですけど……今思うと、背伸びしすぎました。入団してからは、全然ついていけなくて……」

「すごいよ。あたし、高い壁を見ると諦めちゃう癖があるから……チャレンジ精神も、努力できる根性も、すごく羨ましい」

「えっ。え、えへへ。そうですか?」


 ギンヌンガは素直に喜んでいる。なかなか人がよさそうだ。


「(初対面の相手でも、すぐにこの打ち解けよう。やっぱり狂咲はすごいな)」


 狂咲は褒め上手だ。明るい口調と美しい容姿で誉められれば、誰だって悪い気はしない。そのうえ彼女は人懐っこく、好意や興味を全身で表現する。

 そうなると、話し相手はつい釣られて口を滑らせてしまうのだ。


「私なんかより、こっちのクリファちゃんの方がすごいですよ。天才なんです」

「ギンヌンガ。黙ってて」


 狂咲の側仕えとなった、青髪の少女の声。

 トーンは低めだが、口調が幼い。


 狂咲はクリファという少女に、臆せず話しかける。


「クリファちゃん。魔法、どれくらい使えるの?」

「魔法使いとして一流を目指してる。今はまだ……恥ずかしくない程度」

「属性は4つ? 合成は? 異説はどうかな?」

「属性全て使えるようになるのは、当たり前。合成も使えて当然。異説は……まだ、少しだけ」

「そっか。異説魔法、教えてあげられるかも」


 狂咲の言葉を受け、クリファは弾かれたように顔を上げる。


「ま、まさか……そんなはず……」

「異説魔法は肉体を酷使するから、怪我しやすいよね。あたしはスキルのおかげで、無茶な練習ができてるから……そのおかげかな」


 クリファは鎧ごとわなわなと震え、ガチャガチャと金属音を立て始める。


「ずるい。……ずるい。ずるいずるい! 神の加護は不平等です。理不尽ですよ、こんなの!」

「でも、これからクリファちゃんも強くなれる。頑張り屋みたいだし、あたしくらい、さくっと追い越せると思うよ」

「当然です!」


 クリファは激情のままに睨みつける。

 紫と青の髪。緑色の瞳。癖の強い色合いだ。


「歳上だからって馬鹿にしないでください!」

「そう。じゃあ、あたしと競争だね」


 狂咲は敵視を受けても、怯むことなく相手の心に踏み入ることができる。

 そして、最終的に心を掴み取り、骨抜きにしてしまうのだ。恐ろしい。


 饒舌になったクリファは、狂咲と高度な魔法談義を始める。

 合成魔法のコツ。異説魔法の安全な制御。これまでに倒した魔物の数。


 俺は恐縮しているギンヌンガと共に、彼女たちのやりとりを聞く。

 俺より魔法が得意な狂咲と、現地の努力家による魔法談義。とても勉強になる。


 死地に向かう前に、有意義な時間を過ごせそうだ。


 〜〜〜〜〜


 ハモンドの町にたどり着く。

 揺れがほとんどなかったため、乗り物酔いは起こしていない。時間もまだ夕方だ。


 俺たちは素駆により、今日の予定を伝えられる。


樽港(たるみなと)が海竜を討伐した余波で海が荒れ気味だそうだ。今日はここで休んで、明日の朝に出よう。宿はもう取ってある」


 樽港。忙しいらしく、まだ会えていないが、彼もずいぶんと頑張っているようだ。好感が持てる。


 俺は騎士団の案内に従い、宿に向かう。

 良く言えば質素。悪く言うなら……粗末だ。

 部屋も俺と狂咲と側仕えたちで同室。


「せめて男女で分けるべきだろうに」


 くたびれた床に荷物を置き、俺はぼやく。

 すると、クリファはキリリと鋭い声で答える。


「戦場ではそんなこと、気にしていられない」


 彼女は戦場に出た経験があるのだろう。俺より先輩で、死地に慣れている。忠言を聞くべきだ。


 俺は頭を下げて、素直に受け止める。


「俺が浅慮だった。今のうちから、そういう状況に慣れておくべきだな」

「……積田は、女性に免疫が無いの?」


 クリファは少し動揺した顔で尋ねる。

 俺を取り巻く複雑な女性経験や、俺と狂咲の関係性については、伝えておいた方がいいだろう。


「ここにいる狂咲が、俺の妻だ」

「な!?」

「はい。妻です」


 狂咲は当たり前のように部屋着に着替えながら、こちらを見て嬉しそうにしている。

 クリファとギンヌンガは、俺と狂咲の間で視線を行ったり来たりさせている。


「婚約者……この歳で……」

「す、すごいですぅ!」


 賞賛してくれるギンヌンガ。一方で、クリファは幼い顔が軋むほど歯を食いしばっている。


「ボクだって、恋くらい……」

「好きな人、いるの?」

「いない。釣り合う相手がいない。……だけど、ボクの方から誘えば、みんな寄ってくるはず。それが普通だから。ボクはエリートだから」


 早口で自己防衛を続けるクリファ。必死だ。


「ボクはもう14。子供じゃない。狂咲に負けてはいないはず」

「焦る必要は無いんだよ? この人のためなら死んでもいいってくらい大切な人に、会えたらいいね」

「く……。余裕ぶらないで……!」


 なるほど。もはや関係性が出来上がってしまっている。一歩先を行く狂咲と、大人ぶってついていくクリファ。なかなかいいコンビに見える。


 俺とギンヌンガも、良い関係を築けるだろうか。

 俺はなんとなく、ぽやっとした彼女を見る。


「あ、私はいませんよ。恋は諦めてるので」

「魔法使いで騎士団員なら、そのうち求愛が来るだろう。容姿も悪くない」

「またまたぁ。私、鈍臭いですよ?」


 彼女は自己評価がかなり低いタイプのようだ。俺もたまに似たようなことを言われるため、案外似た物同士なのかもしれない。


 戦場でも、彼女たちは俺たちの監視役になる。ぜひ仲良くしたいものだ。

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