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束の間の安息

 国からの使者との会話が終わり。

 俺たちはグリルボウルの町長であるキャメロンに慰められている。


「町長という立場にありながら、君たちを守ることができなかった。無力を痛感しているよ……。本当にすまない……」


 彼は恰幅の良い体を丁寧に折り畳み、深く深く頭を下げる。


 俺たちを今までずっと支援してくれていた町長。今の家を持つまでは宿を貸し、飯田を通じて職を与え、宿を離れてからもあれこれ融通を利かせてくれた。

 彼に感謝こそあれど、恨みなどない。国を相手にどうにか抵抗しようとしてくれた、その気持ちだけでありがたい。


「また帰ってきます」


 俺は強く決意して告げると、狂咲は笑顔で続ける。


「家を空けることになるので、たまにでいいので、見てあげてください」


 罪悪感のある相手には、程よい義務を与えるのが、精神的苦痛を和らげるために役立つのだという。

 狂咲のこの提案も、彼女なりの優しさなのだろう。


 町長は自分にもできることがあるとわかったのか、顔を上げて気を引き締める。


「わかった。君たちが帰ってくる場所を、当家の誇りに誓って守り抜こう」


 その後しばらく会話を交わした後、彼は町長としての仕事に戻っていく。

 彼は多忙だ。俺たちのためだけに時間を割くことは難しい。ここで会話できただけでも、幸運なのだ。


 ——続いて、山葵山が話しかけてくる。


「ごめんなさい」


 彼女も謝ってくる。町長以上の青白い顔だ。


「クラスメイトであり、この世界の先輩でもあるのに、打つ手がなかった。……騎士団なのに。地位も力も持っているのに」

「小金ちゃん」


 狂咲は両腕を大きく広げ、彼女をふわりと抱きしめる。

 慈愛に満ちた仕草だ。心を許し、相手の全てを受け入れる証。


「あたしたちなら、大丈夫。末田さんもいるし」

「あの人、すっかり様変わりしてたけど……」

「頼りになるよ。信じてあげて」


 末田には傭兵としての実績がある。それは山葵山も承知しているはずだ。

 人格面だけが問題だが、それは今、狂咲が太鼓判を押した。


 山葵山の中で、不安と信頼が天秤で揺れ、信頼の方に傾いたようだ。


「わかった。()()()()()()()信じて、待ってる」


 俺たちより大人びた笑顔と共に、山葵山は狂咲を抱き返す。

 体重を預けるような、力強いハグだ。想いの強さが見て取れる。


 ——3番目にやってきたのは、オリバーだ。

 彼は中央の役人以上に胡散臭い足取りで俺に歩み寄り、細い目の奥に光を灯す。


「あなたなら、私の跡を継いで店を維持……いえ、更に大きくすることさえできたはずです」

「未成年一人に何を期待しているんだ」


 彼の企みに乗る気はないため、俺はそっけない返事を意識して返す。

 すると彼は、不遜だが寂しげな笑みと共に、俺を見下ろす。


「ククク……。あなた方は、魔法に愛されていますから。数年もすれば、我々くらいあっさり超えてしまうでしょう。期待するのが当然ですよ。手放すのが惜しいですねえ……」


 彼は悪の誘惑をもたらす手先のような表情で、肩をすくめる。


「代わりは見つかりそうにないので、事業縮小もやむなし、ですかね」


 戦争がいつまで続くか知らないが、オリバーは長期戦になると見ているようだ。

 彼は情報通だ。きっとその見立ては、国や賢人たちの考えでもあるのだろう。


「また雇ってくださいね」


 俺が願望を口にすると、オリバーは敵のスパイではないかと疑いたくなるほど胡散臭い顔で一笑に付す。


「あはたはずっと、うちの従業員ですよ」


 そうか。……ありがたい。

 給料は出ないが、それでも……居場所がそこにあるというだけでも、今の俺にとっては救いだ。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは騎士団の駐屯地を後にして、得た情報をもう一度確認する。


「出発は来年の冬明け。毎年隣国が大掛かりな攻撃を仕掛けてくる時期だ」


 俺の発言に、飯田が頷く。


「戦況次第で、早くなる可能性もあるんだよな?」

「まあな。いつでも行けるよう、準備と覚悟をしておこう」

「覚悟、かあ」


 馬場は飯田の隣で泣きそうな顔をしている。


「行くと決めたのに、また震えてきたよ」

「にゃ。馬場は情けないにゃ」


 猫魔は猫の姿で馬場の肩に飛び乗る。

 姿が見えないと思ったら……こいつ、役人たちの前でスキルを使って隠密をしていたのか。図太い上に抜け目のない奴だ。


「あの役人、末田のスキルを信じてないにゃ。だいぶキレ気味で恨みつらみを言ってたにゃ」

「まあ、そうだろうな」


 俺たちを連行するという手柄を立てた直後に、お前は出世できないなどと言われても、捨て台詞としか思えないだろう。

 実際には、末田の勝利宣言なのだが。


 猫魔は人間に戻り、馬場に寄りかかる。


「部下は部下でクソだるそうだったにゃ。ありゃ相当こき使われてるにゃ」

「人を大事にしない奴は、出世できないよな」


 飯田がやってきて、猫魔の胴を掴んで引き剥がす。


「戦場で俺らの頭をやる奴は、あれよりマシだといいな」

「……そうだね」


 馬場は猫魔を猫じゃらしで弄びつつ、気のない返事をする。


「僕たちで、身を守るんだよね……」

「今までと変わらない」


 俺は彼を安心させるため、肩を叩く。


「俺たちは俺たちの力で、魔物がいる世界で生きてきた。今後も同じだ。きっとな」

「そう信じたいね……」


 俺たちはなんとなく近めの距離感で歩く。

 離れたくない。命ある限り。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは家に魔法をかけている。

 保温、耐久、防犯などの元ある魔法に加えて、内部の人間による汚れや火災への……。

 まあ、色々だ。


 俺と狂咲と、飯田と馬場と、工藤。魔力を分け合って、隅から隅まで。

 願者丸は盗聴石の回収と新調。彼女にしかできないことだ。


 アネットとアマテラスも来ている。別れの挨拶だ。


「アネットのパパとママは、戦争行かなくていい。ご飯作る仕事があるから」

「この町の農家は、そういう役割なんだな」


 あの役人にそう言われたのだろうか。

 グリルボウルは食糧生産に長けている町だ。国や軍に尽くせということだろう。


 アマテラスはいつも通りのホワホワした声で、自らの境遇を語る。


「魔法使い、最優先。たぶん、そのうちいくよ」

「……そうか」

「おやくにんさん、嘘ばっかりだし。アネットのことも、嘘にすること、ありえる」


 魔法使いは知識と技術を併せ持つ。国の総力をかけて戦うべき場面で、軍に重用されないはずがない。

 アマテラスもアネットもまだ子供だ。親が欠ければ、子にも……。


「すまない。君が大変な時に、俺たちは力になれない」

「そちらこそ、おだいじにー」


 アマテラスはあまり堪えていないようだ。戦争の辛さをわかっていないのだろうか。

 いや、そうではあるまい。魔物が多くいる森に隣接しているのだから、戦う危険性くらいは承知しているはずだ。彼女は賢い。


 ——俺は担当の魔法をかけ終えて、休憩する。


「しばらく暮らしてみて、異常が無いようなら……このまま維持だ」


 戦場に行く直前になって、慌てて魔法をかけるよりは……この方が良いはずだ。アマテラスも同意してくれている。


「魔法、不思議で万能。確かめは、だいじ」


 魔法学校で習ったことだ。


 ……そういえば、オメルタは元気にしているだろうか。騎士団の見習いをしているはずだが、戦争に巻き込まれていないだろうか。心配だ。


「積田くん」


 アネットは掃除しても埃ひとつつかないドレスを振りながら、こちらに近づいてくる。


「行っちゃうまでに、たくさんお話ししようね」

「……ああ」


 別れてから惜しんでも遅い。

 俺はアネットたちと、なるべく悔いの無いよう交流を深めることにする。


 〜〜〜〜〜


 修業や身辺整理に明け暮れて、月日は過ぎる。


 アネットの鍛錬に付き合い、アマテラスの銭湯をしっかり堪能し、飯田と美味い飯を食い、馬場と下手くそな漫画を描き、猫魔と並んで昼寝をし……。


 そうこうしているうちに、秋になる。

 2回目の秋。実りの季節だ。収穫祭が催され、この町は1年で最も賑わう。


 そして。

 俺は今、襲撃に遭っている。


「積田くん……」

「つーみだくぅーん」

「積田」

「積田くん」

「にゃ」


 俺の寝室にて。

 俺は5人の少女……いや、4人と1匹に囲まれて、ベッドに押し倒されている。

 狂咲。水空。願者丸。工藤。もう1匹は、猫魔。


 これだけの人数……しかも水空と願者丸が混じっていては、抵抗も虚しいだけだ。

 俺は大人しく、彼女たちの言い争いを眺めている。


「キョウちゃんって、収穫祭で積田くんに告白してもらったんでしょー? すごいねー。とっても、とーってもうらやましいねー」


 水空は親友の狂咲に詰め寄り、圧をかけている。


「いいなー。ウチもそんなロマンチックな体験してみたいなー」

「私もです」


 工藤が眼鏡を持ち上げながら同意する。


「私は見ての通り、大柄なくせに地味な顔つきですから……まったくモテません」

「そもそも、モテたいと思ってたんだ……。ちょっと意外かも」

「正確には『容姿を褒められたい』でしょうか」

「そっか。積田くん、褒めてあげなよ。『おっぱいでかいね!』とか」


 水空はデリカシーのかけらもない発言と共に、恋敵を排除しようと試みる。

 俺は相変わらずだんまりだ。相手にすると疲れる。


「真面目で堅物な積田くんに品のない言葉を言わせないでください」

「おお。工藤さん、意外と押しが強いね。末田さんに習ったのかな。将来が心配だなー」

「どういう意味ですか!? あの人の悪口は……」


 喧嘩を始めかねない2人を、願者丸が制する。


「待て。あるじの部屋で怪力やバズーカを放つのはやめておけ」

「そんな真面目な顔して……。願者丸くんこそ、積田くんに愛の言葉、囁いてほしくない?」


 収穫祭を共に過ごして、最後に愛を誓い合いたい。狂咲の体験をなぞることで、俺と関係を深めたいのだろう。


「(たかが俺の発言ひとつをめぐって、喧嘩なんかするなよ)」


 ここで宣言しなければなるまい。


「俺の妻は、狂咲だけだ。他に愛を捧げることはない」

「えー?」


 水空はニヤリと笑い、悪戯好きな内面を隠すことなく露わにしている。


「末田さん、他に妻を作るのが確定みたいな言い方してたけど?」


 あの占いのせいで活気付いているのか。自分にもチャンスがあると思って。

 俺は狂咲のために断言する。


「それは願者丸のことだろう。俺にとっての彼女は、武術と人生の師匠であり、打ち解けあった親友であり、俺のために尽くしてくれる部下ということになっている」


 主従関係についてはまだ納得がいかないので、多少濁しておく。


「だが、あくまで妻は狂咲だ。願者丸は限りなく近い位置にいる隣人であり、それをあいつは妻と受け取ったのだろうが、実際には異なるものだ」

「そうだ。オイラはあるじ様の駒であり、指南役の任に就いている。忍びとして、完璧に夢が叶った状態なんだ。妻にはなりたいが、オイラはあくまで、従者。妾の役割が来ることを信じて、今は満足しよう」


 妾にもするつもりはないが……今否定すると敵を増やしかねない。沈黙しよう。


 俺は寝返りを打ち、猫魔がいる方を見る。


「お前はなんで、この争いに参加しているんだ」

「愉快だにゃ」

「つまり、単なる野次馬か……」


 彼の気まぐれな行動が、今は救いだ。

 俺は彼に抱きつき、猫形態になるように頼む。


「お前らが喧嘩する限り、俺は猫にしか構わないからな」

「あっ、ずるい」

「猫魔くんがタイプなの!?」


 違う。そういう意味じゃない。

 俺は狂咲の誤解を解くため、叫ぶ。


「違う。俺のスタンスは既に示した通り、狂咲が妻で他は友人だ。猫魔も友人だ」

「にゃ」


 猫魔は猫になって、俺に抱きしめられる。

 ふさふさの黒い毛。心地よい体温。柔らかいお腹。


「おなかはだめにゃー」

「悪い」


 俺は触る位置を変える。顎の下あたりだ。


「そ、そこは……まあいいにゃ」

「そうか」


 ……視線を感じる。狂咲を含む少女たちが、嫉妬に燃える目で猫魔を見つめている。


「顎の下……なでなで……」

「ぎゅってしながら……ごろごろ……」

「猫魔くん、気持ちよさそうですね……」


 猫に嫉妬するなよ。飢えた獣のようだ。

 ……それにしても、猫を撫でたくらいでここまで恐ろしい反応をするとは。どうしてこうも、俺の周りの女性たちは……。


 狂咲は俺の背中側から手を回し、肩甲骨に頬を擦り寄せている。

 水空は恐ろしい無表情で俺を見下ろしている。

 工藤は俺の視界に入り、甘えた顔で見つめてくる。

 願者丸は静かに控えている。俺を害する者が現れないよう、警戒しているようだ。


 ……騒がしい寝室だ。眠れない。


「いつまでそうしているつもりだ?」

「積田くんが手を出してくれるまで」

「無理だと言ったろう」

「……そうですね」


 工藤は急速に萎れていく。理屈で説けばわかってくれるだけありがたい。

 反面、水空はまだ諦めていない様子だ。据わった目でこちらを見下ろし続けている。


「襲っちゃおうかなー……。精も魂も、搾り取っちゃおうかなー……」

「ダメですよ、水空さん!」

「じゃあ目の前で腰振りながら……」

「それもダメです!」


 俺は水空の対応を他の面々に任せ、押し寄せてきた眠気に身を預けることにする。

 今日は家中でいつになく魔法を連発したので、もう限界だ。羊か猫でも数えて、さっさと寝てしまおう。


「ふかー」


 猫魔の大あくびを見届けつつ、俺は意識を手放す。

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