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相談

 俺たちは末田が占った結果を受けて、どこか血の気の失せた顔で話し合う。


 最も取り乱しているのは、馬場だ。


「僕は反対だ。ただの学生だった僕らが戦争に出るなんて、自殺行為だ。全員死んでしまう」


 既にステータスの加護を受け、多くの修羅場をくぐってきたはずの彼が、怯えている。


 戦争。それは以前の地球にもある概念だった。末田の口ぶりから察するに、地球の戦争とそう大差ない、死屍累々の様相を呈しているのだろう。


「僕の不運と合わさったら、僕たちが休んでいるところに、強力な……核か何かが落とされて……」

「ないない。大丈夫だよ、馬場くん」


 そう言って、水空は楽観的な態度を取っている。

 既に戦場に赴く覚悟を決めていたからだろうか。この場で最も落ち着いている。


「ただ、ウチも全員で行くって案は反対かな。帰るべき家を誰が守るのって話になるし。誰かは残った方がいい」

「誰が残るにゃ?」


 猫魔は残酷な問いかけを、平然とする。


 戦争になんか行きたくないと、この場にいる誰もが思っている。今すぐにでも、残る人員として立候補したいだろう。

 しかし、それをやったら……他の者が戦地に行くことになる。間接的に皆を殺すことになるのだ。


 猫魔は黙り込む馬場に向けて、問い詰める。


「馬場。なんで手、あげないにゃ。戦争、行きたくないんにゃろ?」

「でも……僕なんかよりも、残るべき人が……」

「どっちつかずはやめた方がいいにゃ。行く? 行かない?」

「う、うぐううう……!」


 追い詰められた馬場は、頭を抱えてうずくまる。


 俺だって、そうしたい気分だ。泣きながら地に体を投げ出したい。

 しかし、目の前に弱った人間がいると、つい背筋が伸びてしまう。他人の弱さを見て、自分に鞭を打ってしまう。


「馬場。お前の迷いも、俺にはわかる。俺だって、この地に残らなければ……大勢を巻き込むことになるんだから」

「積田くん……」


 馬場は雨上がりの猿のようになった顔を上げ、俺と目を合わせて、また項垂れる。

 彼には時間が必要だろう。今日中には方針を決めなければならないが、まだ数時間は悩める。


 俺は狂咲の意見を聞くことにする。


「狂咲。どう思う?」

「末田さんの言うことが本当なら、私は戦う」


 狂咲は死をも恐れない強い口調で、そう告げる。


 彼女はこの世界に来てから、ずっとずっと戦い続けてきた。飛田を殺し、篠原の飛ぶ斬撃に立ち向かい、教団本部にも突入し、エンマギアでは瀕死になった。

 故に、戦うことを恐れていない。戦争はただ、規模が大きくなっただけの日常なのだ。


「末田さん、クラスにいた頃と全然違うけど……さっき見た感じ、やっぱり真面目で誠実だよ。嘘は言ってない」

「だろうな。誠実さは俺も感じていた」


 俺は、末田の占いと……彼女の誠実さを信じることにする。

 狂咲の人を見る目は確かだ。俺だけでは判断できなかったが、これでようやく覚悟を決められる。


「俺も戦争に行く派だ。馬場については、上にスキルを開示して、適切な配置に付けてくれるよう打診したい」

「うう……不幸だって知れたら、差別される……」


 日本でも、似たようなことがあったのだろう。彼は有名だった。良くも悪くも。


 飯田は馬場の背中を摩りながら、いつもより落ち込んだ声で意見を言う。


「俺は反対だ。戦いに出る以外にも、貢献する方法はあるはずだ。俺のスキルは商売にも使えるし」

「それは使者の人に却下されたよ」


 狂咲が答えると、飯田は反論する。


「今は無理でも、将来は違うだろ。俺たちは国でもシカトできないくらいビッグになる。絶対なる」

「確実性が無いし、ステータスほど魅力的でもないよ。少なくとも、あいつにとっては……」


 狂咲はあの使者を嫌っているようだ。彼女にしては珍しく、他人に対して当たりが強い。


 飯田はうろうろと部屋を歩き回る。


「他に、何か手は無いか? 俺たち以外に、もっと確実で役に立つ戦力がいれば……」

「山葵山先生を戦場に出すとか、そういうやり方になるね」 


 水空の指摘に、飯田は足を止める。

 軽率な発言をしてしまったと気付いたのだ。


「山葵山……。あいつが行ったら、学校は……」

「しばらく休校。その後、違う先生で補うことになるだろうけど……評判は落ちるだろうね」


 山葵山は優秀だ。教師としても、戦力としても、指揮官としても。地方担当とはいえ、中央からも目をかけられている騎士団員なのだから、当然だ。


 飯田は首の後ろを掻く。


「あいつが行くのも、嫌だな」

「皺寄せは俺たちの周りで行われるだろう」

「くそ……。どうにもなんねえのかよ……」


 ここで、工藤が目立つようにバズーカ砲を背負い直す。


「英雄としての名声が、待遇を良くしてくれるかもしれませんね。私も行きます」

「工藤が行くなら、いよいよ家に人が……」

「ええ。私は全員で行くのに賛成です」


 工藤は床に体育座りをする。馬場の隣で、慰めたいのだろう。


「馬場くん。私はあなたを信じています」

「信じるって、どこを? 僕には勇気も力も、何も無いよ?」

「勇気はありますよ。積田くんが襲われた時、真っ先に飛び出したり……エンマギアでヘリに乗って駆けつけたり……」


 馬場はちゃんと、体を張って頑張ってきた。それは俺も知っている。彼によって飛ぶ斬撃から守られた身としては、いくらだって肯定したい。


「馬場。お前は強い。お前が思っているより、お前は立派な人間なんだ」

「それは買い被りすぎだよ……」

「にゃ。馬場は不幸なだけにゃ。ちゃんとやる時はやるやつにゃ」


 猫魔は前脚で顔を洗いながら、馬場を元気づける。


「お前が死ぬ未来、にゃーには見えないにゃ」

「猫魔くんは占い師じゃないでしょ」

「数日寝食を共にしていれば、簡単に気付けることにゃ。数々の不幸を生き延びてきたバイタリティが、おめゃーにはあるにゃ」


 誰よりも野生に近い猫魔が言うからには、きっとそうなのだろう。馬場はおそらく、生存能力が高い。


 馬場は皆の励ましを受けて、涙を服の袖で拭く。


「みんなが死ぬかもしれないんだよ?」

「仮に隕石で死んだとしても、馬場くんの不幸が発動したからか、それとも自前の運が悪かったのか、判別つかないよ」

「そうだねー。馬場くんはなんでもかんでも自分のせいにしすぎだよ」


 女性陣からのエールを受けて、馬場は立ち上がる。

 覚悟が決まったようだ。まだどこか頼りないが、背中を預けるには足る表情になった。


「わかった。わかったよ。できる限りのことはやる。前に出るのは本気で向いてないから、軍の裏方で掃除でもやるよ」


 彼が立ち直ったことで、戦争行き反対派は飯田だけになった。

 飯田は旗色の悪さを察して、首を振る。


「勘弁してくれよ。俺だけか? 命大事派は」

「みんな大事だよ。だからこそ、守り合う道を選ぶんだ」


 狂咲の言葉に、飯田は不恰好な笑みを漏らす。


「へへ……。なら、上等だ。俺も行くしかねえ。うっかりドジらねえといいな……」

「ありがとう」


 考える間も無く、自然と感謝が口から溢れる。

 自分の安全と皆の安全を天秤にかけて、後者を選べる飯田という男を、俺は尊敬したい。


 さて。

 一応、願者丸と猫魔の意見も聞くか。


「願者丸」

「積田に従う。オイラは忍びとして、あるじの道具になろう」

「史実の忍者らしくなったな。……すまない」


 彼に対しては、謝罪の言葉が口をついて出る。

 この違いはなんなのだろう。願者丸を尊敬していないわけではないのだが……考えても答えは出そうにないので、これ以上の思索はやめておこう。


 猫魔は少女の姿で目ヤニを取っている。


「どうせ家でお留守番だろう?」

「にゃ。みんなと行くにゃ」

「……そうか」


 俺たちが発見するまで、ずっとあの家に引きこもっていたというのに。

 猫魔。彼もまた、俺たちに絆されてくれているのだろうか。不思議な男だが、好かれているとなると、悪い気はしない。


 猫魔は工藤にすり寄り、猫撫で声をあげる。


「工藤が作る上質なエサに、胃袋を掴まれたにゃ」

「本当にそれだけ?」

「……ほんとは、寂しいからにゃ」


 やはり、絆されている。少女の姿でしおらしくされると、可愛らしいとさえ思えてきてしまう。

 中身は柔道部の猫魔なのだが。


 水空はやや複雑そうな顔で、猫魔の頭頂部をわしゃわしゃと撫でる。


「猫魔くんが残ると思ってたんだけどなー。そしたら、ほんとに全員いなくなっちゃうじゃん。おうちの維持、どうするよ?」

「私の会社の事務所にするよ」


 狂咲が皆に視線を送る。


「個室はそのまま残してもらうとして……一階に空いてる部屋がいくつかあるから、そこに会社の物を置けたら安心かな」

「あっ。じゃあ僕のゲーム仲間も、冬に集まれる溜まり場欲しがってたし、いいかな?」

「にゃーの群れの猫も……」


 猫はともかく、人が出入りするなら、魔道具などの機能は保たれそうだ。帰る頃には俺たちの家というより中小企業の仕事場のようになっているだろうが、構うまい。


 話し合いはまとまった。

 俺たちは、意志を一つにする。


「行くぞ。戦場に」

「怖い」

「ああ。怖いな」


 それでも、行かなければならない。国ではなく、俺たちの周りにいる皆を守るために。


「末田を呼ぶぞ」


 俺はすっかり暑くなった部屋から出て、末田を呼びに行く。


 〜〜〜〜〜


 末田は俺たちの顔を見て、まだ驚いている。

 部屋に入ってからというものの、ずっと戸惑いっぱなしだ。


「戦争をナメてるのかと思いんしたが、そうでもないようで。日本にいた頃の面影が残ってるから、ちょいと勘違いしてたねえ」


 末田は少し切なそうに、召喚したサイコロに腰かける。


「流石は血の雨をくぐった猛者たち。とっくに怖気は消え失せていたかい。馬場くんあたり、もう少し迷うかと思ったけんど……」

「迷ってるよ。でも、背中押されてもまだ迷うようじゃ、みんなを巻き込んで転んじゃうから……」

「漢気だ。その心意気、忘れなさんな」


 末田は疲れの見える顔で嬉しそうに笑い、サイコロの側面を掌で叩く。


「さーて。そんじゃ、使者とやらに会いに行きますかね」

「今から!?」


 狂咲が驚いた声を上げると、末田は得意げに口角を持ち上げる。


「そうともさ。オリバーや山葵山とも、既にナシつけてあんのさ」


 そうだったのか。先に言ってくれれば……。

 いや、俺たちが怖気付いたら、彼らが代わりに行くことになっていたのだろう。


 末田は酒瓶を解禁し、景気良く蓋を開けながら先導する。


「あの役人、わっちに散々でかい顔しやがった。大事な同胞の足下見やがって。どう落とし前つけてやろうか……」


 なにやら不穏な発言だが……彼女なりに恨みがあるのだろう。前科をつけられた身なのだから、察するにあまりある。


 俺たちは大人しく彼女に連れられて、エンマギアの役所に向かうことにする。


 〜〜〜〜〜


 騎士団の詰所にて起きた出来事は、あまりにも混沌としていたため、あまり記憶に残っていない。


 例の羽根飾りの役人。山葵山とオリバー。グリルボウルの町長。皆が揃った会合に、突入した酒飲み。

 開口一番、役人に告げる。


「おい、木端役人。土下座しろ」


 土下座すれば、俺たちを全員送ってやる。そんな条件を出したのだ。

 役人は渋い顔をしつつ、俺たち全員を戦場に送れるという最高の成果を前にして、承諾。土下座をした。


 次の瞬間、振り下ろされるサイコロ。

 役人の頭に打撃。

 更に、スキルが起動。


「『星の巡りは?』」


 山葵山に取り押さえられる末田。その腕の中で、酒臭い息と共に笑う。


「ヒャハハ! 2だってよ! 出世は無理。下手したら左遷だなぁ! ぶっざまー!」


 どんな条件でスキルを使用したのかわからないが、一回振るだけで相当な情報を手に入れられるようだ。


 怒り狂う役人に対し、末田は満足そうな笑みで中指を立てる。


「どうせ戦地に行くなら、これくらいの役得はあって然るべきだ。せいぜいわっちを繋ぎ止めてみせろよ、三下ァ!」


 末田が退場し、代わりに狂咲が意向を伝え、会議は進んだ。

 山葵山とオリバーの徴兵は中止。町長は俺たちの旅支度を支援することに。

 ……まあ、そんなところだ。


 末田に言いそびれたが、俺は内心、彼女に感謝している。

 俺では絶対に、あの上から目線の役人にやり返すことはできなかった。

 あの瞬間だけは、ほんの少し、スカッとした。

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