未来はいずこに
俺たちは末田のサイコロと経験を頼るため、全員で彼女の元に押しかける。
森の中にある簡素な小屋だ。魔法を使い、突貫工事で設置したのだろう。
「教えてくれ。俺たちの未来を」
俺は代表として頭を下げる。
戦争に参加する可能性が出たとなると、不確実でもいいので、未来を先取りできる力に頼りたい。それが心情だ。
誰も戦う必要がない未来があるなら、それを選びたい。他の者たちが代わりに戦う羽目になるのかもしれないが……。
「(俺にとって大切なのは、クラスメイト。特に、周りにいるみんなだけだ)」
そのうちの一人である末田は、さも面倒くさそうな様子で首を傾ける。
「はあ。結局、ここでも占い稼業再開か。当たらなくとも、わっちを恨むんじゃあないよ?」
傭兵をやめて以来、占いで生計を立ててきたらしいが、今はあまりやりたくなさそうだ。
客である俺にとっては、便利なスキルに見えるのだが。
「前に占いをアテにしてミスったお客が、わっちに襲いかかってきてねえ。悪評が立ったら、その町では商売できねえ」
「苦労してきたんだな」
「まあね。おかげで老けこむのが早くて困ったもんだ。……じゃ、取り掛かりますか」
末田はほんのりと白髪の見える髪を掻きながら、いつもの巨大サイコロを取り出し、持ち上げる。
よく見ると、サイコロは足とつながっているようだ。まるで刑務所の足枷ではないか。
スキルを使いたがらない理由は、なかなか闇が深そうだ。
末田が席に着くと同時に、あらかじめ決めておいた通りに、狂咲が挙手する。
「まず、私からお願い」
「あいよ。時間かかるから、各々好きにしてな」
この場を離れるわけにはいかないので、俺たちはまとまって座り、静かに控えていることにする。
馬場がボードゲームを持ってきてくれたので、それで暇つぶしだ。
末田はサイコロを振ってメモを取りながら、雑談を始める。
「昔からみんなに慕われる良い子だったねえ。それで、今では社長さんか。偉くなったもんだ」
昔話をする老人のような口調だ。末田もまだまだ若いだろうに。
狂咲は苦笑しつつ、おかえしに末田を褒める。
「末田さんだって、学校にいた頃から強い人だったし、今でもちゃんと生きてくれてる」
「強さの意味が変わっちまってるけどね」
昔は芯が強かった。生真面目で、規律を乱す者を許さない雰囲気を醸し出していた。
今の末田は、心が折れている。属する社会集団から逃げ、代わりに身体的な強さを手に入れた。
正反対に見えるが、狂咲は一貫した「強さ」を見出しているらしい。
「私が末田さんの立場だったら、死んだような顔をしながら、ずーっと傭兵として戦場に立ってたと思う。周りに合わせるばっかりだから」
「逃げたわっちより、与えられた役目を果たせる方が、よっぽどまともだ」
「そんなことないよ。心がボロボロになっても頑張るなんて、間違ってる」
狂咲は末田の両肩を掴む。
サイコロを持つ手が止まり、震える。
「人として大事なものをすり減らしたら、そのうち人じゃなくなっちゃう。そんな人、私だってたくさん見てきたよ」
篠原や味差のことか?
あるいは、今の水空のことも頭の片隅にあるかもしれない。
「末田さんは、ああなっていない。考えることをやめないで、人として生きようとしたからだよ」
「……ふうん」
末田は乾いた笑みを浮かべつつ、そっと狂咲を押し退ける。
「賽を振らせてくれ」
「わかった」
末田はまた淡々とスキルを行使する。どこか痛々しく哀愁が漂う姿だ。
狂咲の言葉が癒しになってくれればよいのだが。
〜〜〜〜〜
「他の面々についても、振らせておくれ」
末田はやや深刻そうな顔で、俺を呼ぶ。
「どうも狂咲さんの未来には、君が重要なようだ」
「そうか。恋人として冥利に尽きる」
俺は用意された席に座り、末田と対面する。
彼女は特に質問や雑談をすることなく、サイコロを振り始める。
1回。2回。3回。振って、振って、振って。
末田は顔色を青くする。
「国に目をつけられたのが、運の尽きか……? いやいや、もっと前にも因果が見える……。わっちの知らない何かが……?」
運の尽き。そんな言葉が出ると、こっちまで不安になってしまうではないか。
沈黙したままの彼女を前に、俺は魔法の教本を読みながら結果を待つ。
「……積田くんよ」
サイコロを止めた末田は、俺をねっとりと睨みつけている。
「女運が強いな。何人侍らせる気だ」
「妻は狂咲だけだ」
「狂咲さんだけになる未来が見えない。愛人を囲うのは確定事項だ。いやはや、罪な男だことで」
そうか。薄々そんな気はしていた。全力で抵抗する覚悟だが。
次に、末田は先ほどより慎重な口調で、問いかけてくる。
「お前さん、クラスメイトを助けることに執着していると聞いたが……何故だ?」
「気になるのか?」
「クラスにいた頃は、あんまり交流がなかったじゃないか。その割に、やけに熱心だからね。気になったのさ」
俺の人助けの起源は、この世界に来てからだ。不思議に思うのも、無理はない。
「俺ひとりだけじゃ、どうにもならない。最初に落ちた森で、そう思っただけだ」
「ならば、自分のためかい」
「そうだ」
俺だけでは、町に行くことさえできなかった。
俺だけでは、辻斬りに殺されていた。
俺だけでは、魔法を覚えることもできなかった。
「自分が生き抜くための方策として、人助けを選んだ。奉仕のためじゃないんだ。利己的だろう?」
「今は、それだけではないように見えるけどね。わっちの見立て通りだったら、最悪の未来にはならないだろう」
照れくさいので、その先は聞かないことにする。
〜〜〜〜〜
俺は待っている皆のところに戻り、本の続きを読み始める。
すると、馬場の背中を見送りつつ、飯田が声をかけてくる。
「やっぱお前はハーレム王だ。現実にあるんだな、こんなこと」
「嬉しくはないけどな。負担が大きすぎる」
「実は俺も……いや、言わないことにしよう。未来を見てもらってから……へへへ」
飯田は照れ臭そうな顔でニヤリと笑う。
そうか。こいつ、好きなやつがいるのか。俺の周りではない場所に。
飯田はずっと金策に奔走していた。最近になってようやく時間ができて、魔法を学び始めた。商売も順調らしい。充実した人生だ。
戦争で壊したくない。友の未来を。
「(もし行くなら、俺が先か)」
〜〜〜〜〜
馬場と飯田と願者丸の占いが終わり、水空に続く。
「ウチの未来、どう?」
「まだまだ見えない。あと100回振って、ようやく入り口に立てる」
「大変だねー」
外野から散々見ていただろうに。
「そういえば、この世界のサイコロって……」
水空は黙ったままの末田に向けて、飽きもせず話しかけ続けている。
精神的に余裕がなさそうだ。不安を紛らわせるために口を動かしているに過ぎない。会話がしたいわけではないのだ。
——集計が終わり、末田はメモに向かい、呟く。
「恐ろしいね」
「ウチ、死ぬの?」
水空の容赦ない質問に、末田は首を横に振る。
「逆だね。死ぬ未来がほとんど見えない。これだけの死地を潜り抜けて、死なないなんて……ありえない。わっちがいた戦場でも、水空なら……」
なるほど。水空は死の未来こそ無いが、同時に危険な目に遭う未来も確定しているようだ。
……水空は戦場に出るしかないのか。
誰がどうやって止めても、国からの圧力や本人の望みで、出ていってしまうのだろう。
死ぬ可能性が無いなら……許容できるだろうか。詳しい話を聞きたいところだ。
——最後に猫魔のサイコロを振り終えて、末田は俺たちを集める。
「予防線を張らせてもらうけど、わっちの占いはあくまで占いだ。過信は禁物」
「わかってる」
俺たちは椅子を持ってきて、輪になって腰かける。
末田はまず、メモの束を手に取って開き、俺の方を見る。
「この集団の実質的な長は、君だ」
「そんなわけあるか」
俺はすぐさま否定する。
俺はリーダーではない。ただの構成員だ。
「資金を稼いでいるのは飯田で、精神的な主柱は狂咲。戦力的には水空が一番だ」
「データの上ではその通り。しかしねえ、直近の運命は君を中心に回っているんだよ」
末田は椅子をゴトリと引きずり、俺に近づく。
真剣な目つき。
そういえば、彼女は今日アルコールを口にしていない。俺たちを本気で案じているのだ。
「ウン十年先の話は知らないよ。ただ、ここから数年先までは、君がキーマンになる」
「何故だ」
「お前さんは……。まあいいや。自覚がないなら、サイコロにでも聞いてみろ」
乱暴な言い分だ。しかし、ここまで強く断言するからには、絶対の自信があるのだろう。
俺は渋々、その発言を受け入れることにする。
「そこまで言うなら……俺を始点として、話を続けてくれ」
「よしよし」
末田は次に、狂咲を指差す。
「積田くんと狂咲さんの未来は似通っている。ずっと隣り合わせで生きていくからだろうね」
「夫婦だからね。ふふん」
「ま、惚気は後で。今は……戦争の話だ」
皆の視線が、末田という一点で交わる。
「積田が戦場に行けば、狂咲さんもついていく。もちろん水空さんと願者丸くんもね」
「まあ、そうなるよな」
飯田が納得している。第三者の視点でも、彼女たちの愛は重く見えるのだろう。死地に赴くことにさえ、違和感を覚えないほどに。
水空が自慢げに微笑む横で、願者丸が当然と言わんばかりに腕を組む。
「オイラは積田の従者だから、当然だな」
いつのまにか従者のポジションをキープしている願者丸。断ってもいいが、突っぱねても離れたがらないだろう。
末田は独自のルールに基づくらしい複雑なメモを見て、話を続ける。
「この3人が欠けると、残りの面々の生活も成り立たなくなる。飯田と馬場は滅多に家に帰らなくなり、工藤は誰もいない家を守り続けることになる」
「冷え切ってしまうのか」
飯田は仕事があるからともかく、馬場が帰らないのはどういうことだろう。
そんな疑問に、末田は答える。
「馬場くんの運命に、多くの人が見える。狂咲さんとは違う、知り合い未満の人間関係だね。心当たりはあるかい?」
「学校かな? それともゲーム大会?」
「後者だろう。それが大きくなって、事業になる。馬場くんは振り回される立場で、ワンマン経営とはいかないようだけど」
そんな未来があるのか。馬場の動きは把握しきれてしなかったが、知らないところで大物になっているようだ。
馬場本人も面食らっているのが気になるが。
「僕が社長!? そんなつもりは……」
「無いだろうね。君はつくづく、周りに流され続ける星の元に生まれたらしい。そっちの関係が大きくなると、家に帰れなくなるわけだ」
不運にも本人の意図せず社長になってしまう、ということか。馬場らしい。きっと相応の苦労が待ち受けているのだろう。
「社長になってからは、どうなるの?」
「さあねえ。上手くいく未来といかない未来、半々だね」
「怖……」
馬場は社長という響きに喜びつつも、不安そうな顔をしている。
下手すると借金や責任だけを背負わされ、何ひとつ手に入らない可能性もあるのだ。恐ろしいだろう。
末田は馬場から目を離し、メモを一瞥した後、飯田に目を向ける。
「飯田くん。君は、この集団から出ていく未来が強い。戦争に行かなくてもね」
「えっ」
俺を含め、皆が飯田の方を見る。
まさか、この男が。しかし、何故。俺たちのことを嫌いになったのか?
彼は特に気まずそうな顔はしていない。むしろ何処か晴れやかな様子だ。
「実は、本格的に商売の勉強をしたくてな……」
真面目な理由だ。夢に向かっている男を引き止める方が野暮な気がしてくる。
「そうか。それがお前の夢か。寂しくなるな……」
「にゃ。そしたら、誰がエサくれるにゃ?」
「積田から貰えばいいだろ。……いや、戦争に行ったら無理なのか」
末田は頷く。
「最終的に、この町に帰ってこなくなる未来も、僅かながら見えたよ」
「飯田ァ。お前、ウチらを見捨てんのか?」
「それは……本当に俺が、そんなことを……?」
俺たちを見捨てる。その選択をする未来が思い浮かばないのか、飯田はショックを受けているようだ。
末田はわざとらしく大きめにため息をつく。
「積田くんたちが戦争に行った場合だよ。家に人がいるなら、たまには来るさ」
「そうか。なら、阻止すればいいんだな?」
「いいや、違うね」
……違うのか?
話の流れが読めない。俺は戦争に行くべきなのか?
あの使者に徴兵されるのを回避するためにここに来たのだが。
「ここからは、あくまでわっちの意見だということを念頭においてくれ」
末田はまた予防線を張りつつ、それでも自信がありそうな様子で提案する。
「水空さんの戦争行きは回避できそうにない。積田くんもたぶん、行くことになる」
「行かない未来は……」
「あるとも。国の使者を追い返し続け、騎士団を敵に回し、周りの人間たちと関係が悪化したり、果ては死んだり……」
末田は露悪的にさえ感じられる未来像を、淡々と口にする。
……わかっていたさ。俺だって、薄々そうなるのではないかと感じていた。
俺たちはステータス持ちだが、アネットたちはそうではない。俺たちは団結しているが、巫女名や山葵山はそうではない。
戦争行きを拒否すれば、俺たち以外の誰かが死ぬ。
「国に従わなければ、嫌がらせを受けるぞ。思いつく限りの、ありとあらゆる嫌がらせをな」
「末田さんは、その嫌がらせを受けてきたんだね」
水空がデリカシーのなさそうな顔で口に出す。
彼女は気遣いのできない人柄ではない。あえて皆の前で打ち明けさせ、共通認識にしたかったのだろう。
案の定、末田は背中を押されたような表情で喉を引き絞る。
「わっちは指名手配されている。本当は、ここにいるのもまずいんだ」
「どうしてそんな……」
「逃げたから。それだけさ」
勝手に押し付けられた責任だろうに。
俺の感情としては、逃げたいという気持ちの方に寄り添いたい。たとえ国が滅ぶとしても。
……しかし、俺の脳裏には使者の言葉がこびりついている。
「国が滅んだら、結局……」
「そう、それだよ。それを言いたかった」
末田は俺の言葉に飛びつく。待っていたと言わんばかりに。
「国から逃げるのは無理だ。かといって、中途半端に人を送ったら、家がなくなるし……言わずにいたが、たぶんみんな死ぬ」
「やっぱり、そうか」
戦争に行ったら、俺も狂咲も水空も願者丸も、みんな死ぬのか。
末田が青ざめた時から覚悟していたとはいえ、流石に衝撃が大きいな。
しかし、打ちひしがれる俺に向けて、彼女は言う。
「わっちからの提案だ。……全員で行こう」
「は?」
「全員で結束して、全戦力を投入する。義務を果たしつつ、生き残るには……これしかない」
ありえない。全員を巻き込むなんて、リスクが高すぎる。危険な目に遭うのは、少ない方が……。
そう言いたくなる。だが、そうではない。末田が示す未来は、そうではないと言っている。
俺だけではない。皆、呆気に取られている。
「俺に、死ねってのか?」
「違うね。話を聞いていたのかい?」
「で、でも……僕の不運じゃ……」
困惑する俺たちに、末田は背を向ける。
「……ま、あくまでわっちの意見さね。山葵山たちの考えも聞くといい」
末田は俺たちだけで話し合う場を設けるため、家を出る。
……俺たちは呆然と、お互いの顔を見合わせる。