〜呼び出し〜
夏。
俺たちは順調に成長を遂げ、知名度と影響力を高めつつある。
俺はオリバーの取引先にも顔が効くようになり、港町の漁業組合にも信頼されている。魔道具への知識も深まり、扱える種類が増えた。
狂咲は販路をエンマギアに拡大。個人経営だった魔道具職人や金物屋を傘下に引き入れるなどして、従業員も獲得。富裕層向けの凝った調理器具も作り、町長をつてに多方面に進出する予定だ。
飯田と馬場と工藤は、魔法学校に通いながらそれぞれの道を行く。飯田は商人たちとの付き合いを続けて狂咲をサポート。馬場はエンマギアのカジノ亡き後に娯楽施設を設立。工藤は俺たち日本人の知名度向上と英雄的イメージの確立のため、広告塔となっている。
願者丸は山葵山の計らいで、今年の生徒に混ざって儀式を受けられることになった。最近はサビを落とすため、魔法の猛特訓中だ。
猫魔は野良猫たちをまとめ上げ、野良犬や野生動物と縄張り争いをしている。おかげで獣害が減り、近所からは好評だ。
水空は……まあ、今は置いておこう。
とにかく、俺たちは躍進し、地元の名士となりつつある。
人間関係は上々。金回りもまあまあ。能力もある。
となると、俺たち以上の有力者も……俺たちに目をつけ始める。
——俺たちの家に、使者が来た。
〜〜〜〜〜
この国の名は『ヴェルメル』。世界でも屈指の規模を誇る大国だ。
広大な国土。平地が多く、食糧生産に長けており、人口も多い。
進んだ文明。歴史が長く、識字率も高い。技術力もある。
そして……それらに裏打ちされた、武力。大国たる所以。
俺は使者を前にして、工藤が注いだ茶をすすめる。
「どうぞ」
「ふむ」
使者は3人。羽根飾りを付けた、偉そうな男。その両脇に、立ったままの青年2人。
我が家に入ったのがこの3人というだけで、きっと他にも連れがいるだろう。なんとなくだが。
男は帽子を脱がないまま、わざとらしく頭を傾けて茶の匂いを確かめる。
「ふむふむ」
品定めしている。茶ではなく、俺たちを。
このような行動はそれとなくやるべきであって、面と向かって態度に出されると気色悪い。
「流石は食のグリルボウル」
男は一口飲み、頷いて茶器を下ろす。
「良い茶ですな。もてなしに感謝しますよ」
男はあらかじめ用意しておいたらしい褒め言葉をさらりと述べて、本題に入る。
「さて。ニホンからの移民に、国王陛下からのありがたい勅命を告げましょう」
俺はざわつく胸とひりつく手足を必死に抑え、彼の言葉を聞く。
「『この国の一員と認められたくば、悪しき他国を否定してみせよ。戦場にて力を示し、護国を成せ』」
……ああ。来やがった。
戦線を抱えていると聞いた時点で、嫌な予感はしていたのだが……。
俺はまず、反対の意思を示す。
「極めて失礼な言動であると承知しておりますが……主張します。行きたくありません」
「無礼ですね」
男は目を細める。
まあ、当然だ。俺だって予想できた。
国王の発言だと理解した上で、否定したのだ。
それでも俺は、食ってかかる。
俺自身と、俺以外のみんなのために。
「我々は既に、この国のために働いております」
「戦場に立つ以上の役割があると言うのですな?」
俺は今の俺たちの立場を伝える。
が、彼は聞く耳を持たない。
「たかが台所の小物業者が、国王に楯突こうなどと」
「軍に役立つ魔道具も開発できますよ」
「ほう?」
俺は少しずつ、軌道修正を試みる。
人を殺したくないわけではない。篠原の飛ぶ斬撃を防いだあたりで、そのラインは飛び越えた。
俺という個人の目標は、あくまで生きること。自分とその周りさえ死ななければ、別にいい。薄情で無責任だが、それくらいが俺の限界だ。
「現在、香辛料を挽く小物を開発しております。これを魔道具にして、魔道具の砂を大量生産する魔道具に変えることもできます」
「ほう。炎の砂を、手軽に……。これはいいものだ」
土魔法と火魔法を応用すれば、爆薬のような何かが出来上がる。しかし高度な魔法が必要になるため、量産が難しい。
俺の構想が正しければ、仕損じた火魔法混じりの土を、専用の機能を持った魔道具で挽けば、精錬して使い物になる火薬にできる。
俺は試作品のペッパーミルを見せながら、この理論を語り、冷や汗を工藤に拭いてもらう。
「これだけでも有用でしょう? ですが我々の能力はこれだけではありません。日本という異界由来の発想は、我々にしかありません」
「なるほど。他の方法で国に貢献したいという意思は伝わってきました。本当に実用化できるなら、この国のためになるでしょう」
それでも男は、ペースを崩さない。譲歩する様子などカケラもない。
「しかし、不確実。原材料の確保、工場を建設して製造。……神の加護に及ぶものではありませんね」
俺は言葉に詰まる。
神の加護。ステータス。俺たちを今日まで生かしてきた力。
これを引き合いに出されては、否定できない。
……俺は慣れない舌戦で劣勢を感じ、額からだらだらと汗を流す。
「国王陛下は……降って湧いた我々抜きでは国を維持できないとお考えなのですか?」
「君たちは加護の運び手にすぎない」
運び手?
つまり、俺たちは添え物だと?
まさかとは思うが、この男は……いや、この国は。
神の加護のことを、神からヴェルメル王国へのへの加護だと考えているのか?
……そんなはずはない。俺は神に会っている。あの絶妙に頼りにならない幼女神を知っている。このステータスは、俺たちのものだ。
「その加護は、神が王に与えたもうた奇跡だ。でなければ、この国にばかり加護持ちが集中するはずがあるまい」
違う。幼女神は俺たちが生きている間に合流できるように配慮して、近場にしてくれただけだ。
「違う。神は……」
「違わないっ!」
男は半ば笑いながら……しかし、鼓膜が破れるかと思うほど威圧感に満ちた声で、叫ぶ。
「きみは! 神のお告げが聞こえるそうだな!」
「はい。夢枕に立ってきます」
「だというのに! 君は政治的に正しくない!」
「は?」
こいつ、何を言っている?
「私は高官! きみは国に住み着いたダニ! たとえきみの発言こそが神の真意であったとしても、正しくなければ……それは破棄されるべき!」
つまり、俺が国に従わないなら、神がどんな意図で加護を授けたのか、その意思さえも無視するというのか?
この男……狂っている。
俺が何を答えようが、関係ない。国王の発言を尊重するために、神さえねじ曲げようとしている。
「きみの発言は信頼ならない! 国という圧倒的多数の強者に従っていればいいのだ!」
彼だって、わかっているはずだ。神が国のことなど気にしていないということくらい。加護は俺たち個人のためにあるものだということくらい。
それでも彼は、突き通す。押し通し、王国が神の後押しを受けたことにしようとしている。
狂気。
ヴェルメル王国は、こんな話が通じない奴を、俺たちへの交渉役に据えた。……国としての考えも、彼と同じなのだろう。加護を持つ俺たちに、戦えと言っているのだ。
俺は焦る。
妙案はない。時間の猶予を得ることはできるかもしれないが、代わりに戦場行きが確定してしまう。戦場に出ないための方策は、尽きた。
すると、俺の代わりに工藤が口を開く。
「発言をお許しください」
「給仕女の発言など、却下する」
「日本人です」
工藤がステータス画面を取り出すと、護衛の青年2人が前に出て、男はその間で守られる形になる。
「なるほど。日本人。それも、血の気が多いようだ。その有り余る若い闘志を、ぜひ国のために使ってみてはいかがかな?」
工藤はどこから取り出したのか、背中に担いだバズーカ砲をそれとなくチラつかせながら、俺から交渉を引き継ぐ。
「末田という傭兵をご存知ですか?」
「護国の神兵にして、恥知らずの逃亡者。軍の関係者で知らぬ者はいませんよ」
この男、単なる伝令ではなく、軍の関係者か。そうだろうとは思っていたが。
工藤は非情な顔つきで、唇を噛む。
「そのたったひとりさえ、あなた方は扱いきれなかったのでしょう?」
「……何が言いたい?」
「今の私たちを戦地に送り込んだら……どうなると思いますか?」
……そうだ。俺たちは、末田とは違う。
訳もわからず戦場に放り出されたわけではない。既にこの世界の常識と、立場を手に入れている。
嫌になったら、暴れて逃げて、町に帰ればいい。
羽根飾りの男は、派手な白い羽を少しだけ弄る。
「……ふむ。狼に首輪は似合わんか」
居場所のある俺たちを飼い慣らすのは、一筋縄ではいかない。飼い犬に手を噛まれたことがある彼なら知っているだろう。
——その後、俺たちは静かな睨み合いを続けつつ、互いの腹を探り合う。
工藤が口を挟み、帰宅した水空たちが心配そうに見つめ、狂咲が怒り……。
そして、使者は帰っていく。
「国が戦争に負ければ、この町も無事では済みませんよ」
そんな言葉を残して。
〜〜〜〜〜
俺たちは広間に集い、今後のことを話し合う。
「戦争……。本格的に他人事じゃなくなってきたな」
飯田が呟くと、馬場が震え始める。
「嫌だ嫌だ。絶対に嫌だ。平和な町でも怪我ばっかりなのに、殺し合いなんかしたら……僕は……」
その恐怖は、馬場だけのものではない。俺も狂咲も抱えている、人間なら当たり前のものだ。
しかし、水空はいつになく淡白な無表情で告げる。
「アイツ、まだ納得してないよね?」
「うん……」
工藤と俺は頷く。
彼はまた来るだろう。王都とこの町を何度も往復することはできない。故に、限界まで粘るはずだ。この町から戦力をかき集めるために。
すると、水空は能面のような顔で宣言する。
「ウチが行く。この町にいても、やることないし」
「えっ」
「戦いなら、ウチの出番でしょ。何日もあいつに居座られたら面倒だし」
それは許容できない。許容したくない。
しかし、戦場で生き残る可能性が一番高いのは水空だ。それは間違いない。
妥協点として、何人かを寄越せと言ってくる可能性が高い。その時、水空が手を挙げれば……俺たちは助かる。
しかし、俺はそんなやり方を許せない。
「水空。やめておけ」
「ウチの身を案じるなんて、積田くんは本当にものを知らないねー」
水空は額に手のひらを当てて、前髪を持ち上げる。
「ここ、銃で撃たれたの。前頭葉もちょっと吹っ飛んだ。でも生きてる」
「脳が!?」
馬場は立ち上がる。おそらく、俺と似たような内心だ。
脳。人間を操る器官。それが欠けて、何の不自由もなく生きている?
いよいよ、人間じゃない。
「ウチなら生き残れる。なんなら、ウチひとりで全員ぶちのめして来ようか?」
確かに、水空なら不可能ではないだろう。そう思わせるほど、彼女は頑丈だ。
だが、水空は……俺たちの仲間だ。
「大事な仲間を、死地に送るわけないだろ」
「仲間……。恋人じゃなくて?」
俺は言葉に窮する。
水空の自暴自棄は、それが下地にあるのか。
しかし、彼女を認めるわけにはいかない。俺はあくまで、狂咲の……。
飯田が水空の肩を叩く。手のひらで、押すように。
「おい。馬鹿なこと言うな。痴情のもつれか何か知らねえけど、あんなカスに従う理由なんかねえだろ」
「違う。どうせ誰かが行くなら、ウチがってだけ」
「誰も行かねえよ。行かせねえ」
飯田はバスケ部の中では平均的な長身で、水空を上から見下ろす。
しかし、水空は視線を背中で受ける。
「仲間だと思うなら……仕事任せるのも、アリってもんでしょ?」
「仕事ってレベルじゃねえだろ。そもそも給料出んのかも怪しいぞ。労働ナメんな」
「あいつは相当、ウチらを欲していた。交渉すればいくらでも出してくれるはず」
水空は交渉が苦手だろうに。
そして、交渉が得意な面々は……お前の参戦に否定的だ。
猫魔が前脚で顔を洗う。
「戦争に巻き込まれないためには、逃げるか、立ち向かうか。前に聞いた理屈にゃ」
「……末田か」
「どうするか決める前に、あいつと相談するべきじゃないかにゃ?」
……猫魔にしては、ずいぶんまともな案だ。
いや、猫魔は猫になりたいという夢以外は、割と真っ当な奴だ。最近になってわかってきたが、こいつは賢い。狂っているのが不思議なほどに。
俺は水空から目を背けながら、同意する。
「戦場を知る末田なら……より良い判断を下せるはずだ」
俺たちは全員で、末田を頼ることにする。