〜呪いの力とワイバーン〜
町に帰る前に、厄介な竜を倒す。そう決めた俺たちは、作戦を立てる。
「みっちゃんと積田くんが頼りだね」
そう言って、狂咲は自分のステータス画面を皆に見せる。
狂咲 矢羽 レベル11
【ステータス】 【スキル】
攻撃…6 思慕
魔力…11
防御…7
魔防…13
速度…10
魔法が得意なようだ。まだ習得していないが、今後覚える機会があれば、心強い。
花柄の画面に、可愛いもの好きの工藤愛流変が目を見開いている。デザインが気に入ったのだろう。
ステータス画面の色は、各人ごとに異なる。俺は黒一色で、水空は水色だ。今のところ、柄が入っているのは珍しい。目を奪われる気持ちもわかる。
「レベル11に上げるまで、どれだけの苦労をしたんですか……!?」
違ったようだ。ステータスに驚いていたのか。
工藤のレベルは3らしい。サバイバル生活をする上で自然とレベルが上がったが、それでも11にはならなかったようだ。
とはいえ、狂咲と水空が強いのは当然だ。皆を救うため、各地で戦い続けていたのだから。
同じく11の水空が笑う。
「この世界って、強くなれるだけマシだよね。苦労して、苦労して、それでも何の成果も無いことだってあり得るんだから」
「強くなれば、もっとみんなを助けられる。レベルが上がるのは、いいことだよ。苦労なんかじゃない」
やはり狂咲は前向きだ。生物を殺めた罪を、重く受け止めすぎない。この探索班における、精神的な主柱になっている。
馬場は喉から声を漏らし、頷く。
「くぅ……。逃げてばっかりの自分が恥ずかしい」
「まったく、その通りですね。私も努力しなければ」
工藤も覚悟が決まったようだ。
全員の心がひとつになったところで、改めて狂咲が指揮をとる。
「じゃあ、残りのみんなが何をするか決めよう」
俺は遥か彼方にいる竜を視界に収めつつ、死と向き合う心構えをする。
〜〜〜〜〜
ヘリを着陸させ、俺たちは作戦通りの配置につく。
ヘリの近くに、狂咲と水空と俺。
ヘリから離れた森の中に、馬場と工藤。
「大丈夫だよ、積田くん。もし傷ついても、あたしが治してあげるから!」
そう言って、狂咲はガッツポーズをする。
戦闘慣れしていない俺を気遣い、的確に鼓舞してくれている。ありがたい。
俺はステータス画面を開き、構える。
武器や盾になる画面というのも妙な話だが、剣を持たない俺たちにとって、これは生命線だ。
「来るよ!」
水空の合図からすぐに、竜が着陸する。
俺がプレイしていたゲームでは、ワイバーンという強敵だった。しかし目の前にいる個体は、かなり小柄で弱々しい。おまけに手負いだ。
「(幼体か)」
ゲームではない、現実だからこその違い。
彼らも生きているのだ。赤子として生まれ、年月をかけて大きくなり、そして老いていく。個体差だってあるだろう。
弱い個体と当たれたことを、幸運と捉えるべきか。
「あ、まずい」
水空が声を上げる。
その原因は明白だ。
竜……ワイバーンは、馬場が隠れている方角を見つめている。
「ヘリ狙いじゃないのか!?」
不運のスキルの効果は、これか……?
俺の発言と同時に、水空が動く。
竜と馬場の間に割って入ろうとしている。
「こっちだバケモン!」
水空が叫ぶ。関係ない俺でもびくりと震えるほど、迫力のある声。
だが、竜の興味は馬場にあるままだ。
翼を動かし、水空を飛び越えて吠える。
「ギャァアア!!」
敵意以外の意味を持たない声。
野生的な咆哮を聞き、馬場はたまらず背を向ける。
「うわあああっ!!」
逃走。だが、気持ちはわかる。逃げられるなら、俺も逃げ出したい気分だ。ゲームなら、とっくにそうしている。
「(今はゲームじゃない!)」
馬場を助けるため、俺は呪いを構える。
禍々しい気配が右腕から伸び、手の先へと集中していく。
「いくぞ!」
発射。
しかし、速度は俺が全速力で走った程度。竜が立ち止まらなければ、追いつけない。
「(思ったより遅い!)」
呪いは1回限り。その上、威力が高すぎる。故に今まで、あまり練習できずにいた。
まさかここまで遅いとは。判断を誤ったか?
「やめてぇ!」
我を忘れた絶叫と共に、ワイバーンの目の前に大量のテディーベアが出現する。
工藤のスキルか。戦いに積極的ではなかったのに、よく勇気を振り絞ってくれた。
視界を遮られたワイバーンが、翼を振ってテディーを払う。
轟音。風と共に綿が散っていく。
だが、俺の呪いは風の影響を受けず、命中する。
「グオオオォン!?」
焼け焦げるワイバーン。
すかさず、水空がその足を蹴る。
「転べ!」
ワイバーンの太い爪が割れる。
悲鳴はない。効いていないのか?
そう思った直後。
ワイバーンが、前のめりに倒れる。
「えっ」
狂咲の、呆気に取られた声。予想外の事態が起きた証拠だ。
水空がワイバーンの顔面を蹴り、続けざまにステータス画面で殴り、そして止まる。
「は?」
蹴りで砕け散った前歯が、運動靴に刺さっている。
だが、水空は気に留めていない。それ以上に信じられないものが、目の前にあるのだ。
ワイバーンが死んでいる。呪いの一撃で。
さっきまであれほど暴力を振り撒いていた脅威が、もはやぴくりとも動かない。
「(死んだ。一撃で。あんな気色悪い紫色の塊で、死んだ。現実離れしている。いや、現実……現実のはずだ。この世界においては)」
俺は思わず、ステータスを確認する。
積田立志郎 レベル1
【ステータス】 【スキル】
攻撃…6 呪い
魔力…13
防御…6
魔防…6
速度…7
普通だ。魔力は高いが、別に突出しているわけではない。ゲームを考慮しても、魔法使いに向いているユニットなら、こんなものだろう。
ならば目の前の現象を引き起こしたのは、スキル。これが悪さをしたのだ。
……手負いとはいえ、竜が即死?
「積田くん。……えーと」
狂咲は目を泳がせ、明らかに言葉に迷いながら、それでも俺の肩を叩く。
「おつかれ。助かったよ」
……その言葉が、ようやく俺に安堵をもたらした。
勝ったのだ。とりあえず、喜んでいいのだろう。
〜〜〜〜〜
しばらく経って、集合した後。
水空がワイバーンの死体を調べ、俺は狂咲から質問攻めにされている。
「呪いって、どういう効果?」
「最初は鳥の死体に使った。肉と骨が溶けた」
俺には、それしかわからない。
ついでに、この情報も共有しておこう。
「俺が知っているワイバーンは、ボスキャラだ。毒は小ダメージに抑えるし、即死攻撃は効かない。呪いはどちらでもないのだろう」
「……やけに具体的だねえ」
死体に乗って解体していた水空が、明るいがどこか恐ろしげな声で尋ねる。
「もしかして、この世界について……何かご存じだったりする?」
「……確定はしていないから、混乱させると悪いと思って、話さなかった」
俺は自分の推測を話す。
「俺がプレイしていたゲームに似ている。ステータス画面やモンスターが」
「ふうん」
水空が俺を見下ろし、睨んでくる。
ほのかな敵意。ワイバーンに対して向けていたそれよりは、やや弱いが……それでも、恐ろしい。
「こんなクソみたいなところに来たの、君のせいって可能性、あるよね」
「みっちゃん。積田くんにそんなこと言わないで」
「……ごめん」
狂咲の厳しい声を受け、水空は目を背ける。
……俺も、幼女神が同じゲームを参考にした可能性はあると思っている。学生の印象にある『異世界』を参考にして、似た場所に送りつける。あの神ならやりかねない。
その場合、俺は……皆に責められることになるのだろうか。日本に劣るこんな世界に連れてこられた原因は、俺なのだから。
だが、ヘリに篭っていた馬場がやってきて、慌てた様子で叫ぶ。
「『メイセカ』だろう!?」
彼はゲームの略称を叫びながら、俺のところに駆け寄ってくる。
「『迷宮世界』! 僕もやってた!」
「ふーん。馬場も共犯?」
「そうじゃないって!」
水空の疑念に対し、馬場は必死で弁護する。
「一般への知名度はそんなにだけど、ゲーマーはみんな知ってる! コアなファンが多くて、今年で10周年! ……まあ、元の世界の暦だけど」
「割と有名なんだね」
水空はワイバーンから飛び降りる。話し合いに集中したいのだろう。
「ウチも思ったんだよね。スキルの一覧とかいうやつ見て、ゲームっぽいなって。……あの神がゲーマーなら、知ってたのかもね。ウチらとは関係なく」
「そうだよ! だから積田くんは悪くない!」
……馬場。今まで会話してこなかったのが悔やまれるほどに、いいやつだ。
やはり俺は、ちょろい。庇われた相手に、すぐ好感度が急上昇する。
「そっか……」
水空は俯く。さっきまでの威勢はどこにもない。泣き出しそうだ。
……泣かせるつもりはなかった。言いがかりをつけられたとはいえ、これからも円滑にやっていくなら、仲直りするべきだ。
「すまん。俺に責任は無いと思うが、お前を責め返す気もないんだ」
「いいよ。ウチが悪い。全部積田くんが悪いことにするなんて、最低だった」
すると、重くなった空気をかき消すように、狂咲が割って入る。
花のような笑顔を浮かべながら。
「ここ、誰も知らない世界じゃないんだね!」
……どういう意味だろうか。
俺が首を傾げると、狂咲は心から嬉しそうに笑ってみせる。
「みんなで迷子になって、世界の誰もあたしたちを知らなくて、このまま死んじゃうのかなって思ってたけど……えっと……」
迷子。
そうか。スケールが大きい迷子なのか、俺たちは。
「でもね。積田くんがいて、キョウちゃんがいて、クラスメイトのみんながいて……。それに世界のヒントが見つかって。あたし、なんだか感動してる」
「世界のヒント……。そんなに大層なものじゃない。本当に神が参考にしたかどうかも、確かではない」
「何もないよりマシ!」
狂咲は俺の手を取る。
呪いを放ったばかりの手を、何の躊躇もなく。
「これからもよろしくね!」
……ああ。そうか。やっとわかった。
俺はようやく、受け止めきれそうだ。
「ありがとう、狂咲」
俺は初対面で告白してきた狂咲に、精一杯の礼を返すことに決める。
迷宮世界。骨太のRPG。
10種類の『種族』と50種類の『職業』があり、装備の自由度も高い。
最大の特徴は、敵の強さ。攻略するマップに合わせてスキルやパーティの構成を変えていかないと、雑魚が相手でもあっさり即死する。
中ボスであるワイバーンを倒すために、推奨レベルかつ適切な編成でも30ターンは必要になる。多少手負いでも、一撃で倒してしまう事態は、本来起こり得ない。
この世界は、ゲームではない。
しかし、神の加護は世界を壊すバランスブレイカーだ。