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〜欲深い無双少女とコンスクリプション〜

 俺たちは末田を見送る。

 しばらくはエンマギアに滞在するようだ。


「これでも金はあるんでね。我ながら良いスキルを選んだものだ」


 末田は巨大なサイコロをぽんと叩き、笑う。


 そういえば、以前見せてもらったステータス画面には『双六』と書いてあった。それにちなんだスキルなのだろう。

 一応、聞いてみるか。


「そのスキルは……」

「手の内は明かさない主義なもんで」


 末田は歯を剥き出してニカっと微笑み、俺の追及をかわす。

 やはり、単なるアルコール依存症のくたびれた女性ではない。目にも心にも理性がある。

 戦場で傭兵として生き抜いてきた時の経験が故か。


 彼女は丈夫そうな靴を鳴らし、歩き始める。

 ……俺はしぶとく、その背中に声をかける。


「待ってくれ」

「……おいおい。別れが惜しいのかい?」

「戦場にいるクラスメイトは、誰だ」


 末田は足を止める。

 ……機嫌を悪くしたいわけではない。だが、どうしても聞かなくてはならない。俺もそこに行く必要があるかもしれないからだ。


 言わない方が良かっただろうか。そう思い、後悔しかけた時。

 末田は哀愁の滲んだ顔で、俺に酒瓶を投げて渡す。


「誰かから聞いたか?」

「ああ。確かな筋だ」

「覚悟が見える。なら、言おうか。わっちも知らん。入れ替わりだからな」


 それだけ言って、末田は俺以外の面々を見る。

 皆、微妙な顔をしている。すっきりとした別れを、俺が邪魔したからだろう。

 ……今生の別れかもしれないという焦りに押されたのだ。あまり責めないでくれ。


「戦場は教団より強いぞ」

「行く気はない」

「賢明だ。地位という鎧を着るか、わっちみたいに身ひとつで逃げ続ければ、行かなくて済むぞ」


 末田は再度、俺たちに背を向ける。


「腕っぷしが欲しければ、エンマギアに来な。わっちが手を貸そう。金次第でな」


 ……傭兵だということを、明かしてくれたようだ。

 曲者だが、彼女は悪人ではない。真面目だった頃の地盤は、まだ残っている。


 俺は酒瓶をそっと拭き、大切に保管しておくことにする。


 〜〜〜〜〜


 俺は猫魔の毛繕いをしながら、工藤と馬場に戦場の話をする。


「オリバーから聞いた話だ。末田は昔、傭兵として戦っていたらしい。隣国との国境争いで」

「そんなことが……」


 工藤も知らなかったらしい。聞かされていなかったのか。

 ……やはり、あの場で呼び止めたのは失敗だったのだろう。正しい話し方があったはずだ。周りに秘密を明かさず、もっと早く、空気を乱さず……。

 ……後悔は次に活かそう。あの時が戻ってくるわけではない。


「戦争かあ。嫌だなあ」


 馬場はソファの上で膝を抱えている。


「僕、不運だからさ……。絶対生き残れないよ」

「私もです」


 工藤も猫の置物を指先でいじりながら、同意する。


「私、鈍臭いので……。銃剣突撃なんか、できませんし……」

「突撃……。銃がある以上、この世界の戦争も、地球と似たような光景になるだろうな……」


 そんなものに巻き込まれたら、俺たちは……。

 考えるだけで気が滅入る。


 俺は戦争に行くのを回避する方法を考える。

 偉くなるか、逃げ出すか。俺たちが歩んでいるルートは、きっと前者だ。

 だが、今の英雄としての名声は、武勇によるところが大きい。国に目をつけられたら、むしろ徴兵されるかもしれない。


「末田と入れ替わりで徴兵されたクラスメイトがいると言っていたな……」

「それ、気になったんだけど……末田さんの前には誰もいなかったんだよね?」


 ふむ。確かに、そう読み取れる。


「末田以降、加護を持った人間を探し出して、積極的に徴兵しているのかもしれない」

「絶対嫌だ!」


 馬場が震え上がると、猫魔は寝返りを打って腹を見せる。


「にゃ。人間は小さい生き物にゃ。なのに、国とか作ってでかい生き物になりたがるにゃ。だから、個人の身の丈に合わない戦いが起こる」

「猫魔くん!?」

「人間が無駄毛や垢みたいに使い捨てられる。嫌だにゃあ」


 ……急にどうした。


 猫魔は猫として生きたがる割に、頭は悪くない。故に世捨て人の哲学者じみた風格を漂わせることが稀にある。

 正しいかどうかはさておき、傷だらけの心と体に染みる言葉だ。


「猫はいいものにゃ。みんにゃで猫になって、ゴミ捨て場を漁るにゃ」


 直後にこのような世迷言をぶちまけるため、台無しになるが。


 ……俺は猫魔の腹を撫で、猫パンチを食らう。


「にゃ。腹はだめにゃ」

「ケチだな」


 俺は静かな広間で、猫魔と戯れ合う。

 難しいことを考えすぎて、頭が痛くなってきた。このままでは体調が悪くなりそうなので、猫魔と触れあって適度に発散しなければ。


 〜〜〜〜〜


 しばらく、俺は争いと無縁な日々を過ごす。


 オリバーのもとで就業。狂咲と共に経営。願者丸と共に修業。

 ……願者丸との時間は、半ば争いのためか。よくよく考えてみれば、無縁ではないな。


 ——そんなある日。

 俺の身に染みついた武を磨いていると、水空が声をかけてくる。


「なー、積田くん」


 普段通りを装っている。何か思うところがありそうな雰囲気だ。

 俺は近くを通りかかったアネットの組み手に付き合いながら、応答する。


「どうした。悩み事か?」

「よくわかったね」


 全速力で襲いかかるアネットを一瞥しつつ、水空は悩みを打ち明ける。


「委員長のこと、どう思う?」

「頑張っていると思う。最近は森で射撃訓練をしているらしい。レベルも10まで上がったそうだ」


 レベル8に達すると、小物を狩る程度ではレベルアップしなくなるのだが……それなりに強い魔物が相手でも、戦えるようになってきたらしい。

 たまに願者丸が付き添っているとはいえ、なかなか無茶をするものだ。


「工藤は努力家だ。方向性が定まったためか、メキメキ伸びている」


 アネットの鋭い拳を避けつつ、俺は答える。

 しかし、水空は納得してくれない。


「そうじゃなくて、恋愛の話」

「またかよ」


 俺は内心呆れつつ、アネットのキレのある蹴りを受け止める。


「狂咲以外を娶るつもりはない」

「願者丸は?」

「……うーむ」


 関係性を一言で表せる言葉が見つからない。

 彼女は武を習う師匠でありながら、使用人のような振る舞いも見せる。

 側室か? いや……それは俺が納得できない。


 俺はアネットのハイキックをかわし、胴にタックルを仕掛ける。


「妻ではないな」


 捻りこみながら押し倒し、関節技を仕掛ける。


 水空は呆れ顔で肩をすくめる。


「ウチと比べて、どっちが大事?」

「願者丸だ」

「だよねー。ショックがでかいわー」


 水空は頭を抱えて屈伸している。


「奥さんじゃない願者丸くんより、更に下。どんどんウチのヒエラルキーが落ち込んでいく……」


 本当につらそうだ。だが、俺にできることはない。人の男に手を出す女の価値観など、理解できない。


 俺はアネットの降参を受け入れる。


「工藤は仲間。お前も仲間。それでいいだろう?」

「良くないよ……。日本でさえ、認められる相手が見つからなかったのに……」


 工藤はこの世界を受け入れた。しかし、水空はまだのようだ。ストーキング対象だった俺に日本の面影を見出し、依存している。


 レベルが伸びず、心も落ち着かない。

 水空は良いやつだ。だからこそ、ここで一皮剥けてほしい。


 俺はアネットと拳を突き合わせつつ、水空の身を案じる。

 水空。生まれながらの怪物。日本でさえ、浮いていた者。

 彼女が日本に依存しているのは……何故だろう。


「思い出……安全……家族……」


 俺は失ったものを数えながら、うずくまったままの水空の隣に座る。

 彼女は強いはずだが、今の彼女からは、何故か脆さを感じる。そばにいなければ、崩れ去ってしまいそうなほどに。


「水空。お前にとって、日本とは何だ?」

「…………。」


 俺はアネットと共に、水空に寄り添う。

 水空は地面を見つめたまま、会話をせず……1時間以上、塞ぎ込んだ。


 〜〜〜〜〜


 夜。

 俺は狂咲と願者丸に挟まれ、ベッドに寝そべっている。


「狭いな……」


 左を向けば、願者丸。右を向けば、狂咲。

 密着されて息苦しい。寝返りさえ打てない。もう少し大きいサイズのベッドがほしい。


 俺の呟きに、狂咲がくすくすと笑う。


「みっちゃんが来るまでに、新調しておかないとね」


 ……俺は水空の様子を思い出す。

 彼女は弱りきっていた。この世界に貢献する理由を見つけられず、俺にも受け入れられず。

 狂咲が水空を受け止め、俺への横恋慕を許し続けているのも……水空の限界が近いことを理解しているからだろうか。


 俺は狂咲と手を繋ぎ、尋ねる。


「水空は恋敵だぞ。どうして俺を分譲できる?」

「違うよ。敵じゃない」


 狂咲は俺の肩に頬を寄せる。


「みっちゃんがいなかったら、今頃生きてないし……告白できてないし……。何より、あたしもみっちゃんの気持ち、わかるし……」

「俺が狂咲のために割く時間は……減るぞ。俺はきっと、水空に情が湧く」

「今だって、みんなのために頑張ってるじゃん。それにみっちゃんは、必ず積田くんを幸せにしてくれる」


 自分から俺への愛と、水空から俺への愛が、同等だと思っているのか。

 実際、似たような雰囲気は感じ取れるが……。


 願者丸も俺に頬を寄せてくる。


「オイラは気にしない。所詮、オイラはお情けで奉仕する権利を与えられているだけ。配慮されるべき立場ではない」


 ……誰も止めない。水空がここに加えることに同意している。いや、同意どころか賛成さえしている。


 水空は……この状況で呼ばれたところで、喜ぶのだろうか。

 俺なら怒る。あるいは、幻滅する。しかし、水空は一夫多妻賛成派だ。おそらくは側室制度にも。

 彼女がどのような反応をするのか、俺には判断できない。


「……水空の部屋に行く。無駄足かもしれないが」


 眠っていてもおかしくないだろうが、俺たちの情事を覗き見している可能性はある。なにせ水空だ。


 俺は狂咲がウキウキしながら送り出すのを背中で受け止めつつ、水空の部屋へと向かおうとする。

 だが、廊下に立っていた人影に阻まれる。


「水空」

「よっ。積田くん」


 水空は下着姿でそこに立っている。

 健康的で引き締まった体。色気より先に、芸術性や羨ましさが来る。


「ウチの悩み、聞いておくれよ」


 俺は自室に水空を通すことにする。


 〜〜〜〜〜


 俺と願者丸はベッドに寝そべっている。

 水空と狂咲は、ベッドのそばに体育座り。


「ご存知の通り、ウチは化け物だ」


 水空はいつも通りの軽い口調で喋り始める。


「日本じゃ敵なし。熊殺し、トラック潰しの、伝説の女。それがウチだった」

「うん……」


 俺は詳しく知らないが、水空は相当な有名人だったそうだ。エピソードひとつ取っても、その怪物じみた所業が窺える。


 隣でしかめっ面をする願者丸の手を握りながら、俺は続きを聞く。


「でもさあ……コッチ来てから、無双できなくなったんだよね。痛いし怖いし、戦いたくない」

「は……?」

「難樫と殴り合ってからかな……。その時はあんまり怖くなかったんだけど、時間が経つにつれて、足がすくんで……」


 願者丸の手に力が入る。


「ずるいぞ……!」

「願者丸」

「ふざけんじゃねえ。オイラはずっと、オマエを超えるために……」


 俺は指が軋む感触に恐怖しつつ、願者丸を宥める。


「そこまでにしろ」

「でも、コイツ……オイラの努力を、馬鹿にして……」

「守るための強さだろ? 水空は単なる仮想敵だ」


 願者丸はハッとして、手を離す。

 オロオロしながら俺の指を見て、折れていないことを確かめている。


「そうだった。あるじさま……すまねえ……」

「ウチは願者丸の方が羨ましいよ」


 水空は一気に野性を剥き出しにし、剣呑な空気を醸し出す。


「ウチも襲いかかって子供作ったら、大事にして貰えるかな……?」

「ダメだよ、みっちゃん」


 狂咲は水空に肩を寄せ、頬を撫でる。


「みっちゃんが欲しいのは、無双の気持ちよさと、あったかい平和。あとは、好きな異性かな……」

「好きな同性も……」

「ふふっ」


 そういえば、2人はそういう仲なのか。最近、狂咲が俺に構い切りで、水空だけが浮いてしまっていたことになる。


 狂咲は水空を抱き寄せる。単なる友情では収まらない微笑みと共に。


「この世界に来なければ、みっちゃんは強いままでいられたね。人を警戒する必要もないし、威張っていられた。その強さに、あたしはずっと救われてきた」


 何か言いたげな願者丸を、俺は制する。

 ここは狂咲に任せるべきだ。水空の安寧のために。


「でも、この世界に来て……飛田くんは怖いし、積田くんは強いし、それまでの自分が通用しなくて、嫌になっちゃったんだよね?」


 そうか。かつて飛田に脅されて、殺人に手を貸していた過去があった。

 水空は強者だ。しかし、ステータスとスキルと、訳の分からないこの世界への恐怖で、差を埋められてしまったのだ。

 俺のスキルを見たことも、その恐怖を後押しした。どんな相手だろうと殺せるスキル。それがもし、自分に向けられたら。


 ……強さにアイデンティティを置いていた彼女にとって、人が脅威になるという事実は、どれだけ恐ろしいものだったのだろう。


「ウチはダメなやつだよ。鼻っ柱折られたくらいで、卑屈になって……。やりたいことも見つからないし」

「情けないぞ」


 願者丸が俺の体を乗り越え、水空の頭頂部を叩く。


「オマエはずっと王者だった。それが挑戦者になった途端、落ちぶれやがって。下にいたオイラの気持ちにもなってみろよ」

「……挑戦者?」


 水空は天啓を得た信徒のような顔で、願者丸を見上げる。


「そうだ。オマエは打たれ弱い。体じゃなくて、内面が弱い」

「……言われっぱなしは癪だね」


 元気が出たようだ。

 折れた心は、簡単には戻らない。当分は観察が必要だろうが、ひとまずは乗り越えたようだ。大事に至らず、ひと安心といったところか。


 水空は俺の上に乗り、内腿をさする。


「じゃ、ウチもチャレンジしてみますか」

「方向性を間違えるな。まずは就職だ」

「専業主婦!」

「社会に出ろ!」


 その夜、俺はいつもの10倍はくたびれることになった。

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