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〜小心者のジャイアントガール〜

 家に帰り、工藤に末田のことを話す。


「末田という酒飲みが会いたがっていた。そのうち来るかもしれない」

「末田さん!?」


 工藤はガタリと音を立てて、立ち上がる。

 彼女らしくない、作法を忘れた仕草だ。どうしたのだろう。何か因縁があるのだろうか。


「末田さんは生徒会の一員だったんです。たまに学級委員と生徒会で集まって会議をするんですけど、その時にたまに話をして……」

「へえ……」


 あの末田とそれなりに交友があったのか。意外だ。工藤ともあろう者が、あんな人間と……。

 しかし、工藤は怪訝な顔をしている。


「でも、酒飲み……?」

「多量のアルコールを体に入れていた。旅の最中にもずいぶんと飲んでいたようだ」

「そんな……。末田さん、積田くんに近いタイプだったのに……」


 なんだと?

 それは聞き捨てならないな。


 俺は決して酒に溺れまいと固く戒めつつ、工藤に尋ねる。


末田(まつだ)(あかり)とは、どんな人物だ? うるさい人だとしか認識していなかったが……」


 工藤は俺と同じ長椅子に座り、腰を落ち着けて話し始める。


「真面目で正義感が強い人。ちょっとだけ頑固かもしれません。仕事熱心で、努力家で、見習うべきところが多い人です」


 そんな聖人君子が、俺に似ているのか? そうは思えないが。

 俺は工藤の色眼鏡が入っていることを考慮に入れつつ、更に詳しく尋ねる。


「俺が見た末田は、そうではなかった。気さくな一面や、酒に溺れる兆候はなかったのか?」

「まったく。そもそも、付き合い以外でお酒を飲みそうにない人だったので……」


 俺たちが話し込んでいると、盗聴石で聞きつけたらしい願者丸と馬場が下に降りてくる。


「末田か。オイラに注意してきたことがあったな」


 願者丸は身軽な動作で背もたれに飛び乗り、自身が見た末田の様子について語る。


「昔、暴力行為を咎められた」

「まさかとは思うが、生徒会を殴ったのか?」

「おい弟子。オイラがそんなことすると思うか?」


 するはずがない。わかっているとも。馬場は気まずそうに目を逸らしているが、俺はちゃんと理解している。


「武力は凶器だ。思慮を欠いたまま手に取れば、自分も他人も傷つける」

「うむ」


 不良の願者丸は、したり顔で頷く。


「プール場の陰でタバコを吸っていた奴がいてな。煙たいからやめさせた。末田はそっちをしょっぴいて……それっきりだな」


 不良の抗争ではないか。……とは言わないことにする。話の腰を折るだけだ。


 一方、馬場は夜食のビスケットを頬張る。


「末田さんも、工藤さんを尊敬してるらしいよ」

「えっ!?」


 工藤は振り返り、馬場の両肩を掴む。


「馬場くん。もう少し詳しくお願いします!」

「いや、噂で聞いただけで、これ以上は……」

「くっ。相変わらず頼りないですね、馬場くんは」

「ひどい」


 工藤はお預けを食らった犬のような顔をしている。

 このままだと、ひとりで末田に会いに行ってしまうかもしれない。俺が遭遇した彼女は、工藤の口で語られる品行方正な少女とはかけ離れている。危険だ。


 俺は念のため、注意を促す。


「ひとりでは会うなよ。この世界に来て、変貌している」

「……わかっています。優等生だったのは、日本でのこと。まるで違う環境で追い詰められても、罪を犯さないとは限りません」


 工藤は唇を固く結ぶ。

 篠原や味差のことを考えているのだろうか。それとも、自分自身の変化を実感しているのだろうか。


 工藤は変わった。日本と決別し、この世界を受け入れつつある。外出が増え、町と交流し、レベルも上げている。

 エンマギアでは、長身の砲術士として英雄視されているらしい。ヘリに乗って派手に活躍しただけのことはある。そんな風潮も、彼女の変化を後押ししているのだろう。


 〜〜〜〜〜


 数日後。

 帰宅すると、末田の姿が目に入る。


「やあ、積田くん。お邪魔しているよ」


 酒瓶を手に、くつろぐ不審者。せめて制服以外の服を着てほしいものだ。似合わない。


 俺は彼女の前にいる工藤と水空に、状況を尋ねる。


「どんな感じだ?」

「いやー。きつい!」


 水空は素直にそう答える。

 茶化す余裕があるなら、危険はなさそうだ。精神的な苦痛はともかく。


「あの末田さんが、こんなだらしない生き方してるとは思わなくてさ。ウチ、ちょっとショックだわ」

「あんたが言えたことじゃないだろう? わっちは他人の男に手を出したりしないさね」

「この珍妙で不安定な口調も、どうにかしてくれよお。怖いよお」


 水空が本気で参っている。珍しい。


「狂咲は納得だ。あれは表面上取り繕ってはいるものの、なかなか我が強い。君じゃ押し切られてしまうだろう」

「ああ。見事に押し切られたよ」

「水空と願者丸は、まあ、置いておくとして……」


 末田は工藤に向き直る。


「工藤。お前が横恋慕なんて不埒な真似をするとは思わなんだ」


 喋ったのか。俺への好意を。

 やめてくれよ。狂咲との関係でさえ手一杯で、今は願者丸の面倒も見ないといけないのに、勝手に縁を増やすんじゃない。


 工藤は巨体を丸めて、縮こまっている。


「はい。今でも信じられません。自分自身より、彼の方が大事になってしまっているなんて」


 そう言って、工藤は俺を見上げる。


 俺は工藤という人間を測りきれずにいる。彼女に起きた変化とやらが、どれほど重大なことなのか、理解できないままだ。


 ただ、間違いなくこれだけは言える。

 今の工藤は、愛に飢えている。


「あの真面目な委員長が、こんな目をしちゃって。人は変わるもんだねえ。つくづく思うよ」


 末田の指摘を受けて、工藤は顔を赤らめる。

 作りたての達磨のような、鮮やかな朱色。人の顔がこれほどの色になるのか。人体の神秘だ。


 水空は何を思ったか、工藤の耳に息を吹きかける。


「ふっ」

「あっひぃん!?」


 昂った声と共に、工藤の丸メガネがズレる。

 悪戯されて弱みを曝け出す彼女は、どことなく魅力的だ。水空はこれを引き出したかったのか。


 俺は工藤から目を逸らし、この場から離れることにする。

 これ以上、目を奪われてはならない。狂咲こそが俺の至高なのだから。


「工藤。夕飯はなんだ?」

「ぐ、ぐらたん……」


 俺たちのやり取りを見て、末田は……酔ってとろけた目を細める。


「便利な飯炊き女がいて、羨ましい限りだよ」


 ……俺は戻り、末田の襟を掴む。


「口の利き方に気をつけることだ」

「おー。すまんすまん。願者丸くんの弟子らしくなったねえ、キミ」


 口の減らない奴だ。酒の臭いと暴言で、夕食がまずくなりそうだ。


 俺は工藤の名誉のために、一言付け加えてから部屋に戻ることにする。


「工藤の飯は美味い。だが、工藤が嫌なら当番制にしてもいい。俺たちは対等だ」

「平気ですよ。役目があるのは、良いことです」

「無職のウチと違って、工藤さんは偉いんだ」


 水空はおどけた仕草で工藤と肩を組む。

 無職煽りが嫌いだったはずだが、この場を丸く収めるために自分を下げたようだ。

 ……水空はやはり、良いヤツだ。


 俺は安心して、末田の対応を任せる。


 〜〜〜〜〜


 夕食で末田から聞き出した内容を、工藤は紙にまとめている。


 エンマギアでの出来事は、近年稀に見る大事件として、王都にまで伝わっている。

 教団の存在は、以前から国を蝕む害虫として問題視されていたものの、今回の事件で国は見方を改めた。騎士団を駆使して、早急に討伐しなければならないという方針になったようだ。


 事件の大きさが知られると、次に知れ渡るのは、解決した方法。エンマギアの防衛機構と、異世界からやってきた英雄だ。

 代表格として名が挙げられているのが、魔法学校の山葵山と……なんと、工藤だという。英雄視されているとは聞いていたが、まさか真っ先に名前が上がるほどとは。

 目立つ巨躯。目立つ容姿。目立つヘリに乗って、目立つ武器を使い、目立つ活躍をした。言われてみれば当然のことだが……。


 英雄の噂はよその町にも届き、末田の耳に入った。懐かしい名前を聞き、彼女は旅をしてきた。そういうことらしい。

 わざわざ遠方から来る辺り、末田なりに工藤の存在は大きかったらしい。英雄になったことを聞きつけ、らしくないと指摘できるほどの間柄。きっと友人だったのだろう。


 工藤は傍に置いた大砲を眺めて、憂鬱そうな表情を浮かべる。


「私は本当に……正しいことをしたのでしょうか」


 俺は命を救われた立場として、即座に肯定する。


「ああ。お前は俺の恩人だ。いや、俺だけじゃない。みんなも、あの街も、お前に救われたんだ」

「……では、これからも英雄を名乗って良いのでしょうか?」


 工藤は手を休めて、体ごと俺の方を向く。

 じっとりとした目つき。巨大な胸。太く長い脚。凄まじい体格だ。ある意味、風格がある。


 ……狂咲は人を集めて経営者になった。飯田は商人で馬場は学生。英雄として世間に出せるのは、水空か工藤のどちらかになる。


 願者丸と猫魔? 

 論外だ。


 俺は少し考え込んだ後、答える。


「英雄を名乗りたいのか?」


 自発的ではなく、周囲の圧に押されて役をこなそうとしているだけなら、俺は反対したい。


 工藤は鎖骨の辺りに手を当てて、意外な言葉を口にする。


「私、わかったんです。日本にいても、この世界にいても、私は私なんだって」

「……いまいち飲み込めないが、何かしらの気づきがあったのか?」

「はい」


 工藤は机の上の紙を一瞥する。


「末田さんは、すっかり変わっていましたが……たぶん、地続きなんです。日本にいたとしても、ああなる素養はあったと思います」

「なんだって?」


 前と言っていることが違う……。いや、そうか。考えを改めたということか。

 俺が見た末田。俺の話で聞いた末田。それらとは違う本質を、彼女は掴んだのだ。


 工藤は穏やかな笑みを浮かべている。


「末田さんは、常に責任を感じていました。周りの誰かのミスは、自分のミスでもある。そう言って背負い込んでしまう人でした」

「潰れそうだな」

「実際、潰れてしまったんだと思います。それから立ち直って、今があるんです。荷物を軽くして、渡り歩く生き方を選び、どうにか生き延びた……」


 俺がいない間に、何を話したのだろう。この世界の話か、それとも日本にいる時の話か。

 とにかく、俺では窺い知れないことだろう。末田を見て、その人生の重さに気づけない俺では……。


 工藤は長く細い手で、俺の手を取る。


「英雄の功績は、私だけでは背負えません。命の重さも、人々の期待も、みんなの未来も、私だけでは抱えきれません。その程度の人間なんです」


 その程度。日本にいた頃の工藤からは、絶対に出なかっただろう発言だ。

 地球より不可思議な世界。日本より大雑把な世界。学校より複雑な世界。教室より広い世界。

 そんな世界を知り、工藤は変わったのだ。


 ……就職しただけで社会人ぶっている俺より、余程成長している。


「積田くん。隣で一緒に、背負ってください」

「結婚はしない」


 俺は即答しつつ、綺麗な字で埋め尽くされた紙を見て、追加する。


「仲間なら、背負うのが当然だ。みんなで分担して、共に生きよう」

「はい!」


 工藤は明るく和やかな表情を見せる。

 満面の笑みになると、年齢よりずっと幼く見える。はじめての発見だ。


 俺は工藤に勘違いされないよう、丁寧に手を解いてから帰ることにする。


「俺は部屋に戻る。その覚悟を、他のみんなにも伝えてあげてくれ」

「もちろんです。この集団の一員ですから」


 きっと工藤は、一足先に大人になったのだろう。

 体や身分ではない、どこか芯の部分が成熟した。そんな気がする。

 彼女に信頼される立場として、このままではいられない。俺も前に進まなければ。


 〜〜〜〜〜


 翌日。

 オリバーに末田の名前を出すと、彼の眉がぴくりと動く。


「末田。……何年か前に聞いた名前です」


 そう言って、彼はいっそ心地よいくらいに胡散臭い敵意を滲ませて、顎に手を当てる。


「我が国は、隣国と国境線を押し合う仲です。大規模なぶつかり合いはあまり無いのですが、隙を見て攻めてきては……密偵を派遣する手間も……まあ、それはともかく」


 暗く長い話が続きそうになったためか、オリバーは短く切り上げる。


「末田。昔、活躍した傭兵です。今は引退したそうですが」

「活躍……。作戦指揮か?」

「それはちゃんとした地位のある人々の仕事です。雇われの役目は……たかが知れています」


 レベル30超えの理由はそれか。

 末田はきっと、厳しい戦場で自分の限界を知ったのだろう。何故そんな立場になってしまったのかは不明だが……この世界に飛ばされた時点で、俺たちは身寄りのない無一文だ。何が起きても不思議ではない。


 ……クラスメイトの誰かが、今も戦場にいると言っていたな。

 俺の目標は、クラスメイトたちを救うこと。ならばその戦場とやらにも、いずれは……。


 ……行きたくないな。まだ死にたくない。

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