〜天使は赤子、地に堕ちた人〜
《ある忍者の誕生》
オイラは願者丸サスケ。日本人だ。
父は願者丸良介。母は冴。
陸上選手だった父と、スポーツ医学を学んだ母。その間に、オイラは産まれた。
母胎の中で何か起きたようで、先天的に障害があるだろうと言われていたらしい。そのせいか知らんが、オイラはそれはそれは大切に育てられた。
山のような知育玩具。英会話の施設。同世代とのキャンプ。
それらの経験を、今のオイラは覚えていない。確実に糧になっているはずだが……。
……まあ、今はどうでもいいか。
オイラが積田と出会ったのは、幼稚園の頃。
オイラはいじめられっ子だった。泣き虫で弱虫でいくじなしの、どうしようもない弱者だった。
体が弱くて、心も弱かった。つまりは雑魚だった。
そんなオイラを救ってくれたのが、積田だった。
いじめっ子に折り紙の手裏剣を投げつけた。いじめっこたちは、ぶつけられた手裏剣に目を奪われた。
なかなかイカした代物だった。すぐに流行った。
オイラも手裏剣に憧れた。
いじめっこたちの目を逃れて、こっそり作った。
両親に褒めてもらえた。
……人生で一番嬉しかった。
オイラは忍者を目指すことにした。
目指すからには、目標は一流だ。体を鍛え、真面目に勉強し、いじめっ子に勝てる忍者を目指した。
同年代にはすぐ勝てるようになった。武道をやってる奴がいなかったからでもある。
こうして成功体験を得たオイラは、よく知りもしない積田に幻想を抱くようになった。
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《ある忍者の失敗》
オイラは積田に話しかけられないまま、進学した。
成功体験を拗らせたオイラは、いじめっ子になっていた。
いつまで経っても積田を知らない自分。そのくせ話しかけることさえできない自分。
失敗と成功の狭間で、オイラはよくイライラするようになっていた。
問題児となったオイラは、父親に叱られた。
「お前にとっての忍者は、その程度か?」
オイラは、ハッとした。気に入らないやつをいじめるだけの自分を、恥ずかしく思った。
理想の忍者は、こんなことしない。
オイラは更に忍者を学んだ。
現実的な忍者。史実を生きた忍者。汚いやり方も使う忍者。悪い忍者。
それらと「理想の忍者」を掛け合わせて、オイラなりの価値観を手に入れた。
願者流という流派を手に入れた。全てを受け入れ、混ぜ合わせた、オイラにとっては究極の流派。
オイラは守ることにした。主君に仕える駒として、自分を磨き上げた。
忍者とは、影。太陽の下を歩くあるじに、こっそり付き従う小さな影。
強く、賢く、それでいて目立たない。それがオイラにとっての、忍者。
オイラは積田に話しかけないまま、公立の中学に上がった。
積田と同じ部に入ろうとした。性別が違うから無理だった。
同じクラスになりたかった。なれなかった。
話しかけたかった。ダメだった。
つまるところ、オイラはいくじなしだった。
高校に進学した。積田と同じ、地元の自称進学校。
修業だけは欠かさない。親の指導で現代の理論的なトレーニングを取り入れつつ、過去の忍者の伝統も取り入れる。
そうしてオイラは、この体で手に入る限界点の強さを手に入れて……。
打ちのめされた。
水空調。人類の枠を超えた怪物。
数々の伝説を築き上げてきた、現代妖怪。人間離れした逸話が多く、生きる都市伝説と化していた。
あんな奴が主人を狙い始めたら。オイラは守れない。守りきれない。
オイラは焦った。
それなのに、相変わらず話しかけることができなかった。
積田がまぶしい。直視できない。近寄るだけで顔が火照り、喉が乾く。
いつのまにか、積田は……オイラにとって、太陽そのものになっていた。日陰を生きるオイラには、触れられない存在になっていた。
ここに至り、ようやくオイラは自覚した。
恋しているのだ。オイラの気持ちは、恋と呼ばれるものだったのだ。
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《ある忍者の接近》
事件が起きた。
クラスメイトが全員死に、異世界に転移した。
山に落ちたオイラは、見知らぬ生物と戦いながら、状況確認を急いだ。
結果、同じく山に落ちた飯田と合流できた。
飯田と組むのは癪だったが、頼もしかった。あいつはイイ奴だ。腹立たしいくらい、気さくで話しやすかった。
そのうちグリルボウルにたどり着き、狂咲と水空に合流した。
積田を遠巻きに見ていた2人。人気取りの達人と、単純な暴力。
何かの運命かと思った。きっと積田も、オイラたちに合流してくる。そう確信した。
実際、すぐに積田がやってきた。当然だと思った。だって、積田のために集められたような面々だったから。
オイラはしばらく人見知りを発揮した後、篠原たちの襲撃を受け、考えを改めた。
この世界は危険だ。積田を守るには、積田自身に強くなってもらわなければ。
……それで、オイラは師匠として接触した。恋心を必死に隠しながら。
オイラの見込み通り、オマエは強くなった。願者流を受け入れてくれたこと……本当に、嬉しいよ。
……そのあと、だな。
問題は、あの時だ。
あれがオイラの、1番の過ちだ。
長くなって、ごめんよ。ここからが本題だ。
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《ある忍者の大罪》
教団の襲撃。
ジュリアンの暴走。
狂咲と水空の急接近。
それらの事件を経て、オイラは焦った。
積田はきっと、オイラの手を離れていく。
オイラでは守れないところに行ってしまう。
……正直、自覚はしている。積田の守護者がオイラである必要はない。水空がいればなんとかなる。塔の時も、難樫を相手に積田を守り切った。オイラより水空の方が、適任だ。
だけどオイラは……恋を自覚していて……。積田と離れたくないと思ってしまって……。
欲が出てしまった。つい、魔が刺してしまった。
ジュリアンを倒した日。
宿には、オイラと積田しかいなかった。
水空も疲れ果てて、スキルを起動できない状態だった。監視できていなかった。
オイラの手元には、盗聴石。みんなを動かして、宿に帰らせないことができる。
またとない好機。
そう思ってしまった。
だから、オイラは。
オマエを、奪った。
寝ている隙に、奪ったんだ。
それがオイラの、過ちだ。取り返しのつかない、大きな過ち。
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《ある忍者の後悔》
ほんの出来心だった。積田を手放したくないという執着の賜物だった。
なのに、オイラの体は変化していった。積田を傷つける未来を暗示していた。
酸っぱいものが食べたくなっていく。体がだるく、重くなっていく。
この不調が、オイラの過ちによるものだと、すぐに理解した。そうとしか考えられなかった。
夏バテということにして誤魔化せるのは、今のうちだ。そのうち誤魔化しきれなくなる。
そんな時、アネットが告白してきた。男だと思って、手紙を渡してきた。
オイラは断った。泣いてたなあ、アイツ。申し訳ないことをした。
……それで。
オマエの尊厳を奪い、他人の恋を奪い、人を傷つけ続けるのが嫌になって……。
逃げちまった。
今思うと、冷静じゃなかった。
それでも、行く当ては無い。オマエから離れたくもない。だから、しばらくエンマギアをうろうろして。
そのうち『影法師の里』を知って。
それで……膨らんだ腹を隠せなくなってきて、山に登った。
巫女名に頼んで、匿ってもらった。
スキルがあるし、魔力の使い方もわかる。魔法だってそれなりにはいける。だから、居候になれた。
みんな優しかったよ。懐かしいな。
どんどん体調が悪化した。神経がおかしくなって、毎日吐いた。血の巡りが悪くなって、しょっちゅう気絶した。
内臓を内側から蹴られるのって、キツイんだな。世の中の女性を、オイラは尊敬する。オイラを産んでくれた母にも。
……話したくない。
この先を、話したくない。
いや、悪い。話そう。話さないと。
でも、まあ、察してるだろ?
オイラと、オイラに宿った命の、末路。
死んだよ。
双子だった。いっぺんに死んだ。悲しみも罪も、倍だよ。ただでさえ重いのに。
逆子だった。そりゃそうだ。オイラ、ちっこいし。身をよじるスペースなんかねえよ。
……ああ。
ダメだった。ダメだったなあ。
嫌になった。今も嫌だ。話してると、どんどん嫌になる。
なあ、積田。
殺してくれ。
殺してくれよ。ここなら巫女名はいない。死ねる。死ねるんだ。
オイラを、殺せ。早く。さあ!
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《ある忍者の悲涙》
……落ち着いた。
悪い。殺せだなんて、言うべきじゃなかった。
罪の押し付けだもんな。良くない。
……もう、夜遅いな。
こっからは、簡単に言う。
巫女名のスキルで生かされた。アイツは赤ん坊よりオイラを優先したんだ。
オイラは飲まず食わずだった。巫女名は慰めてくれた。職員も。子供たちも。
年明けに、オマエらがやってきた。
オイラは一歩も動かないまま、震えてた。
寒くはなかった。ただ、怖かった。
この期に及んで、オマエに会うのが怖かった。
罪を受け入れた気になっていたのに、裁かれるのが嫌だった。
だから、逃げた。
オイラを受け入れてくれた優しい人たちからも、逃げ出した。
……でも、やっぱり行き場はなくて。
生きる理由も見当たらなくて。
教団が襲ってきたとか、ぼんやり聞いてたから、とりあえず倒しに行って。
それで、捕まった。
全盛期なら負けるはずがない相手に、負けた。
……それで、オイラは安物の売女として店に出されて。
初めての客がオマエだった。
ほっとしてる自分が、嫌いだよ。今のオイラに、どんな価値があるってんだ。
慰めてもらってる今の立場も、うんざりだよ。なんでオイラが、こんなに手厚く……。
……ああ。
オイラは罪人だ。
積田。裁いてくれ。
許さないでくれ。どうか、永遠に。
3人目のストーカーは願者丸サスケでした。
ジュリアンを倒した付近の話を読み返してみると、新たな発見があることでしょう。