〜探索スキルとドール趣味〜
異世界の朝は明るい。
日差しを遮る建物が少ないからだろう。日光自体に違いは感じない。
俺は眠気覚ましのラジオ体操第一をしながら、水空と狂咲に確認する。
「呪いはデカいやつに使うんだな?」
「もち。当てやすいし、強いし。危険な奴が来たら、ウチのスキルでわかるからね」
水空のスキルは『鳥籠』という。自身を中心とした円を展開し、その中にいる対象を捕捉する。範囲はちょっと計測しきれないほど広いらしい。
対象は生物・無生物を問わない。捕捉とは、五感による情報を得ること。視覚で人影を見たり、触覚で手触りを確かめたり。
「積田くんは指示に従っていればヨシ!」
「みっちゃんは頼りになるから、安心してね。ステータスも高いし」
狂咲はのほほんとした声で、水空に肩を回す。
水空 調 レベル11
【ステータス】 【スキル】
攻撃…12 鳥籠
魔力…8
防御…13
魔防…8
速度…12
水空は俺より全体的にステータスが高い。俺や飯田を発見するまでに小型の動物をいくらか倒し、レベルを上げたらしい。
レベルアップの仕組みも調べたいが、今のところは人命救助が優先だそうだ。水空のスキルに引っかかる人影がいる以上、悠長なことはしていられない。
レベル上げは道中で済ませる。今のところは、その方針だ。
「じゃあ、行きますか」
水空は飛田の忘れ形見だという木製ヘリコプターに乗り込む。
彼女の姿がコクピットに消えたところで、俺の方を気にしながら、狂咲が足をかける。
「積田くん。手、貸してあげようか」
「いらん」
「そんなあ」
俺が拒否すると、狂咲は残念そうに引っ込む。
……罪悪感が湧き始めた。既に絆されている。
俺はどうやら、かなりちょろい男のようだ。今まで自覚がなかったが。
〜〜〜〜〜
自動操縦のヘリが、俺たちが目指す場所まで勝手に連れて行ってくれる。
快適だ。町中を徒歩で移動する人々を見下ろしていると、どことなく優越感さえ湧いてくる。
生前の飛田とは単なるクラスメイトだったが、こんなところで恩を感じることになるとは、思いもしなかった。
「俺の呪いも、残るのか……?」
「そうだと思うよ」
座席の真ん中にいる狂咲が、俺に微笑む。
「私が治した人だって、きっと残る。私が死んでも、思い出に残してくれる。そう思うと、なんだか勇気が湧いてくるよね!」
明るい。一度死んだとは思えないほどに。
次の人生を歩む覚悟ができているからだろう。彼女の強さに、俺はただただ尊敬するしかない。
そんな彼女は、何故俺に惚れているのだろう。疑問符が浮かぶばかりだ。直接尋ねるのは、俺にとってハードルが高いが……いつか聞いてみたいものだ。
「お。これはこれは……」
森に入ってしばらくしたところで、操縦席に伏せていた水空が、ぶつぶつと呟く。
敵影か、それとも人か。
「キョウちゃん。降りるよ。100メートル先に馬場がいる」
馬場。クラスメイトだ。
いつもおどおどしている男子生徒。俺の印象にも残っている。
「ここだ。見える位置にいる。近づいてきてるよ」
水空の合図で、ヘリが降下していく。
川の近くにある平地。獣の気配は無い。馬場を巻き込む恐れも……たぶん無い。
ヘリは多少揺れつつも、安全に着地する。自動操縦でなければ、パイロットを褒め称えたいところだ。
真っ先に狂咲が飛び出し、叫ぶ。
「馬場くーん!」
ヘリの音よりは小さいが、十分な大声だ。聴こえていると思いたい。
「こっちだよー! 川の方!」
「うおおおああっ!!」
馬場らしき震え声が、森の奥から響いてくる。
感極まった、絶叫。あの大人しい馬場が、これほどの声を発するとは。信じがたいが、非日常の賜物か。
少し遅れて、駆け寄る彼の姿が目に映る。
ボロボロだ。制服が泥で薄汚れている。
「助かったああ!!」
馬場は石の多い川岸で躓きながらも、こちらにたどり着く。
馬場嵐。中肉中背の、平均的な高校生。
ただひとつの問題点は、極端に運が悪いこと。本人なりに改善の努力はしているのだが……どうにも報われない。
「みんな無事!? また僕だけ遭難した感じ!?」
「いや。お前で6人目だ」
俺がそう言うと、馬場は残念そうに笑みを崩れさせる。
「そっか。6人じゃ、まだ油断できないね」
修羅場に慣れているらしい彼は、そう言ってヘリを観察し始める。
「これは……この世界の?」
「違う。スキルだ。お前のは……帰りながら聞くか」
俺がヘリの中に案内すると、狂咲が川の水に濡らしたタオルを持ってくる。
「先に泥、落として。このヘリ、ちょっと掃除が手間なんだ」
なるほど。俺の時に苦労したのかもしれない。
……申し訳ないことをした。
〜〜〜〜〜
馬場はステータス画面を見せながら、自らのスキルについて語る。
馬場 嵐 レベル3
【ステータス】 【スキル】
攻撃…7 不運
魔力…0
防御…10
魔防…5
速度…13
どうやら素早いようだ。……スキルや魔力の方が気になるが。
「僕のは『不運』だ」
「不運……。自分で選んだのか?」
俺の問いに、馬場は苦笑する。
「まさか。幸運と不運が並んでて。あの子、見間違えたみたいだ。僕があそこから追い出される時、凄い声で叫んでた。『やっちゃったー』って」
「うわー……あの神さま、ほんとにドジだなあ」
水空の正直な感想に、俺は共感する。
与える前に、本人の意思を確認しろ。それと、一度の失敗で学んでくれ。何度も被害者を出すな。
いくら相手が子供とはいえ、こうもやらかしが酷いと流石にイラつく。命を弄ばれているようで、義憤に駆られてしまう。
狂咲は笑い飛ばしつつ、馬場に状況説明を始める。
「今、みんなを集めてるところでね……」
既に聞いた話が大半のようだ。暇なので、俺は水空に声をかける。
「暇だ」
「わかるー。でも、そのうち出番が来るよ」
「縁起でもない」
水空は操縦席に突っ伏したまま、警告する。
「このヘリ、目立つからね……。今のところは逃げられてるけど……救助のために降りてるところを狙われたら……」
それもそうか。
水空は今も、探知を続けている。木々や岩影に、敵になり得る危険生物の姿を見続けている。
俺たちの暇は、水空の努力あってのことだ。
「ありがとう。助かる」
「急にどうした? 嬉しいけど」
水空は顔を伏せていてもわかるほど、はっきりニヤけている。
彼女ばかりに背負わせるわけにはいかない。俺もできることを精一杯やろう。
敵が出ないことには、役割が無いわけだが……気持ちは大事だ。きっと。
〜〜〜〜〜
次のクラスメイトは、かなり遠くで見つかった。
森の奥……山に差し掛かったあたり。岸壁のそばに奇妙な小屋を作り、拠点としていた。
「工藤さんの姿が見えた気がした、けど……」
水空は困惑している。
俺もヘリから拠点を見て、言葉に迷う。
「スキルによるもの……だろう。たぶん」
「あれ、すごいね。日本でやったら、絶対大人気になるよ」
狂咲は楽しそうだ。日本にスキルは存在しないだろうに。言いたいことはわかるが。
ヘリを着陸させると、工藤が腕を組みながら、別の方角から寄ってくる。
「遠くまで移動できるスキルを確保した人が、助けに来ると思っていましたよ」
工藤。女子生徒であり、クラスの学級委員長。
2メートルの超長身で、黒縁メガネをかけている。凛とした立ち姿は、世界クラスの美女……と、クラスでも話題になっていたはずだ。
だが、あの拠点を見るに、彼女のスキルは……。
「言っておきますけど、私ではありませんよ。あれはそう……誰かの仕業です。よその、不明な人物。私は知りません」
冷静な顔でそう主張しているが……横から馬場が顔を出す。
「工藤さんはぬいぐるみと、ふわふわの動物が大好きなんだ」
「馬場くん! 黙っていてください!」
工藤は顔を真っ赤にして、必死になって否定しようとしている。
彼女が築き上げた拠点。それは、屋根も壁も扉も、何もかもがふわふわのぬいぐるみで作られた……ファンシーな外見をしている。
「出席番号9番、工藤愛流変さん、確保!」
満面の笑みの狂咲は、そう言って工藤の手を引き、ヘリの中へと連れ込む。
スキルの名は『人形』。思い描いた人形を具現化させる。素材、外見、サイズは……おそらくMPの範囲内で自由に決められる。
要検証だが、使用できる回数が多いようで、おそらく強力なスキルだ。
〜〜〜〜〜
2人を保護したところで、一度町へと戻ることになる。
ヘリの燃料が残り少ないそうだ。
「たぶんヘリに独自のMPがあって、それで動いてるんだと思う。操縦席に表示があるんだ」
水空は顔を上げて、メーターを指差す。
計器の見方はよくわからないが、残り半分ほどのゲージがそこにある。
「帰りの分、ぎりぎりだよ。敵に襲われたら足りないかも」
「すみません」
工藤が長躯を曲げて、頭を下げる。
「町がある方へ見当をつけて、動くべきでした」
「しょうがないよ。怖かったでしょ?」
狂咲は工藤の背中を撫でて、慰めている。
「危ない生き物がたくさんいるから、身を守ろうとしたんだよね?」
「はい」
狂咲の言葉を受け入れつつも、工藤は申し訳なさそうに頭を下げたままだ。
「このスキルを選んだ時……てっきり文明のある場所に送ってくれると思い込んでいたんです。だから、その……お人形がたくさんある暮らしに憧れていて、つい……」
「仕方ないよ。あの神様、おっちょこちょいだし」
「私利私欲に溺れ、命を落としかけるなんて。私としたことが、不甲斐ないです……」
工藤の言い分は、まるで高潔な騎士のようだ。
正義感の強さは美徳だが、それで自分自身を潰してしまっては、元も子もない。
俺は言葉を選びながら、工藤をフォローする。
「俺は焦るあまり、町とは逆方向に移動していた。それに比べたら、正しい判断をしたと思う」
「……気を使わせてしまいましたね」
工藤はようやく顔を上げる。
少しは気が楽になったようだ。俺にもわかるあからさまな作り笑顔だが、それでもマシな表情になった。
「(思い返せば、最初の俺は間抜けだった)」
心の中で自嘲しつつ、俺は外を見る。
町はまだ遠い。下は一面、木々の海。こんなところを彷徨い歩いて、俺はどうするつもりだったのか。
ふと視線を上げると、地平線の彼方に、何か飛んでいる生物を見つける。
「ずいぶん大きな鳥がいるんだな」
「……鳥じゃないよ」
水空が低く小さな声で、反応する。
「竜だ。こっちに来てる」
「えっ」
驚く馬場。真顔になる狂咲。どこからかぬいぐるみを取り出して抱きしめる工藤。
水空は真面目な顔で振り向いて、俺を見る。
「燃料を犠牲にすれば逃げ切れるけど、町まで帰れなくなる。手負いみたいだし、やれないステータスじゃないと思うけど……どうする?」
馬場は青ざめて、逃走を提案する。
工藤はその場にへたり込んで、馬場に同意する。
狂咲と水空は、撃退派だ。
「2対2。じゃあ、多数決で積田くんに任せる。戦うの、君だし」
俺は覚悟を決めた狂咲を見て、戦う決心をする。
「やろう」
工藤さんと馬場くんは幼馴染です。
お互いに良い部分もダメな部分も知りすぎていて、好意はありません。姉と弟みたいな感じ。
容姿は美男美女ではありません。普通。