表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/181

〜秘密とハンドカフス〜

 腹ごなしを済ませた後、漁業組合に顔を出す。


 レンガ造りの、無骨な建物だ。潮の香りが染み付いている。


 海に生きる者たちなのか、筋骨隆々とした男たちがぽつぽつと出入りしている。入るのが恐ろしくなるほどだ。


「おや、積田くん。ビビってんの?」


 水空にからかわれる。


「ステータスの分、ウチらの方が強いのに」

「本能に刻まれているから、仕方ない」


 しかし狂咲がいる手前、怖気付いてはいられない。俺は前を向いて先頭を行く。


「でかい男がどうした。俺の心は、もっとでかい」

「ひゅー。妻2人持つ男は違うねえ」

「狂咲だけだが?」


 俺は狂咲だけを引き寄せつつ、入り口付近にいる男に声をかける。


「すみません。樽港さんはどちらにいますか?」

「ん……? おう、ニホンジンか」


 男は俺たちの黒髪を見て、事情を察したようだ。腕組みをしたまま、頷く。


「生憎だが、あいつは当分帰ってこねえよ。外国回る商売してんだ」

「なるほど。道理で素駆が会えないわけだ」


 国内を守る騎士団であり、地上を行く彼では、海の男には出会えまい。

 俺が納得していると、男は意外そうな顔で俺の肩を叩く。


「なんだ。あいつの知り合いか!」

「騎士団ではありませんけどね」

「この町は、俺ら海のもんが警吏もやってんだ。なにせ、力が強え。色んな意味でな」


 なら、この建物は実質的な交番でもあるのか。それにしてはボロいが。


 男は後ろにいる狂咲と水空に注意を向ける。


「女連れか。加護はあるか?」

「はい。レベル20です」

「高えな、おい。どんな修羅場潜ってやがる……」


 俺と水空はまだ20に達していないが、黙っておこう。


「腕はありそうだ……。少し待ってろ」


 彼は俺たちの実力を見込んだのか、一度奥に引っ込み、更に偉いらしい老人に会わせてくれる。

 何やら妙な展開だが、願者丸を探すためなら都合がいい。警戒しつつ、進むとしよう。


 〜〜〜〜〜


 上の階に行くと、武器や魚拓が飾られた部屋に通される。


「お前らが『教団殺し』か」


 俺たちが知らないところで、妙な二つ名が付いているようだ。いきなりここに呼ばれたのも、それが理由か?


 今回は妙なことに巻き込まれたくない。念のため、俺は事実を伝えておくことにする。


「山葵山という教師の主導によるものです」

「船頭だけが船乗りじゃねえ。ここのことわざだ」


 そう言って、凄みのある老人はゆらりとした歩き方で迫ってくる。


「頼みがある。なに、時間は取らねえ。金も出す」

「明日には仕事があるので……」

「なんでえ。傭兵じゃねえのか」


 老人は自分勝手な失望をしつつ、それでも好き放題喋り始める。


「このところ、妙な商売が顔出してきやがる。教団が垂らしたクソが飛んできてやがんだ」


 彼は口汚く教団を罵りながら、机の上に置かれていた金属片を掴んで持ち上げる。


「こいつに見覚えはあるか?」


 まるで手錠のような形だが、トゲトゲしい。不用意に触ると怪我しそうだ。

 俺は2人の様子も見つつ、答える。


「初めて見ました」

「そうか。ま、南の方ならそうなるか」


 男は俺たちのそばに寄り、それを手渡してくる。

 ……触れてみると、驚くほど重い。金属の塊である以上に、ステータスの有利が意味を成していないことが大きい。


「わかるか? 持った奴の魔力を吸って、重さと硬さを変えるんだそうだ。騎士団にも似たヤツがあるそうだが、こいつに許可なんぞ必要ねえ。嵌めれば誰でも奴隷の仲間入りよ」

「……恐ろしいですね」

「よその町では、これが横行してやがる。最近になって、とうとう、ここにも来やがった」


 この世界はそんな情勢になっていたのか。素駆が忙しそうにしていたのも頷ける。


 漁業組合の老人は、俺たちを連れてきた男を顎で使い、高所にある荷物を取らせる。

 抱えるほど大きな箱。その中身は、なんと全て手錠の魔道具だ。


「押収したブツだ。奴隷にされた奴らの数とも言えるな」


 俺は数えようとして、諦める。同じ箱が他にもあることに気がついたからだ。

 狂咲は憤怒に燃えている。水空は……虚無だ。


「借金抱えて飛ばされるのはいい。俺たちの船にも、そんな奴はいる。世の中には色んな事情ってもんがあるが……」


 老人は箱の側面を睨み、つま先で蹴る。

 そこには、こう書かれている。


『子供用』


「これはダメだろ」


 同感だ。


 老人は忌々しい魔道具を片付けさせ、俺たちに忠告する。


「気づいた時には、この町にあった。船はとっちめたが、入っちまったもんを掃除するには、手が足りなくてな」

「俺たちの力を借りたいと?」

「教団と殴り合うのが好きなら、やってほしかったんだがな。傭兵じゃねえなら、しかたねえ」


 そういう話か。

 俺は水空の方を向き、少し話し合う。


「スキルで怪しい連中……特に教団を見かけたら、教えてくれ」

「はいはい。ウチはレベル低いから、無理させないでね」


 戦いに身を投じた数に開きが生じており、いつのまにか水空だけ置いていかれつつある。

 それでも、彼女は怪物だ。決して遅れは取らないと信じたい。


 狂咲も同意してくれたので、俺は老人に告げる。


「見かけたら対処します。ご忠告、ありがとうございます」

「期待はしないぞ」


 無償でもいい。被害者がいるなら、救うだけだ。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは磯の香りが強い町へ繰り出し、願者丸の目撃情報を探る。

 小さなニホンジンを見なかったか。目つきと態度の悪い男に絡まれなかったか。道場破りをしている強者はいるか。


 しかし、特に目撃証言は見つからず、俺たちは途方に暮れる。


「もし願者丸くんを匿っている人がいても、怪しいあたしたちには話してくれないよね……」


 狂咲は不安そうに俯く。


 この地における俺たちは、知らない異世界人でしかない。俺はこの町における身分として『オリバーの部下』を名乗ることができるが、狂咲と水空には身分が無い。

 勝手にキャメロン町長の名前を出すわけにもいかない。どうしたものか。


 結局、俺たちは水空のスキルを頼りに探し当てることになる。

 しらみ潰しだが、最も確実だ。


 俺たちは手頃な広場を見つけ、土魔法で椅子を作って座る。


「なあ、積田くん。ウチのスキルって、視覚だけじゃなくて、触覚や嗅覚も使えるんだぜ」


 子供たちの溜まり場となっている広場で、水空は空を見上げている。


「さっきから魚の臭いがひっでえんだわ。代わってくんない?」

「代われるものなら」

「言ってみただけー」


 水空は屋内の探知が苦手だ。このままでは時間がかかるだろう。

 俺と狂咲は別行動で願者丸を探す。


「俺は盗聴石を探してみよう。どこかに置かれているはずだ」

「じゃあ、あたしはあの里と縁がありそうな場所を探してみる」


 僅かな心当たりを胸に、俺たちは歩き始める。


 〜〜〜〜〜


 盗聴石はあった。

 あまり多くはないが、裏道や小道に置かれている。

 探知には不十分な数だが、ひとりで管理することを考えれば、これが限界か。


「願者丸……」


 俺は小石を拾い上げ、話しかけてみる。

 応答はない。……わかっていたことだ。


「待っているぞ」


 本当はもっと、話したいことがある。しかし、今はこれだけしか喉から出てこない。

 有り余るほどの思いが絡まっているのだ。言葉だけでは伝えられない。


 彼の失踪もこの時期だった。もう一年近く会っていない。新しい家も、味差との交戦も、彼は知らないはずだ。


「もう一度、俺を導いてくれ」


 俺は出来の悪い小石を握りしめて、懐に入れる。

 持っておけば、いつかあのぶっきらぼうな声で話しかけてくれる。そう信じて。


 〜〜〜〜〜


 狂咲は里の取引先と話したようだが、特に収穫はなかったらしい。

 願者丸が関わっている形跡はなし。まあ、彼は工場に出入りしていなかったようだから、当たり前か。


 俺たちは広場に戻り、椅子に座ったままの水空に声をかける。


「みっちゃん。どう?」


 狂咲の問いかけに、水空はやけにうんざりした様子で答える。


「教団、いた」

「うそ」


 願者丸より先に、そっちが見つかったか。

 水空は詳細を語る。


「捕まえた奴隷を船で輸送するつもりだと思って、その辺を探したんだ」

「そうか? この地で使い続ける可能性も……」

「目立つじゃん。警吏に見つかったら、飼い主がおしまい。そんな不便な奴隷、使えないよ」


 なるほど。警吏が強いこの町では、運用できそうにないな。


 水空はスキルで教団の影を追っている。


「話を聞く限り……エンマギアにも連れてく予定だったらしいけど……」

「ああ、そうか……。味差か」


 彼女は人間を文字通り食い物にしていた。イケニエは、借金と契約を抱えた連中だけではなかったということか。


 しかし、味差は死んだ。故に、奴隷たちは行き場をなくして押し込められている。


「置いとくわけにもいかないから、船で輸送する予定だってさ」

「教団の船か?」

「もう潰されたから、無い。なんか、間借りするって。どれかは知らんけど」


 水空は他人の会話を盗み聞きして得た情報を、そのまま口から発している。本当に便利なスキルだ。敵に回したくない。


「潰したのは、漁業組合か」

「たぶん。仕事してるねー」


 俺と狂咲は場所を聞き出し、そこに向かうことにする。


「やるぞ。俺が前に出る」

「みっちゃん。盗聴石あげる。スキルでオペレーションお願いね」

「あいよ」


 俺たちは腕まくりをして、仕事に取り掛かる。

 人との争いも慣れたものだ。順調にこの世界の流儀に染まりつつある。


 〜〜〜〜〜


 殲滅した。


 なるべく殺さないようにしたが、治療しなければ危うい者が数人見受けられる。

 自爆する恐れがある連中は、頭部を殴るしかないのだ。手加減が難しい。


 俺は口が無事に残っている男を掴み、脅す。


「手錠を解除する方法は?」

「鍵が、ある……そこに……」


 指差す先には、禍々しい鍵が束ねられている。


「奴隷を売っても……鍵は俺たちのものだ。こうすれば口出しできる」

「顧客を信頼してないんだな」

「当たり前だろ。人を買うような奴らだぞ?」


 男は全てを諦めた様子で、床に倒れ込む。


「ボスが消えても、スキルの『契約』は残る。俺はずーっと、縛られっぱなしだ」

「哀れだな」

「奴隷とどっちがマシなんだろうな?」


 飛田のヘリが残っているのだから、味差のスキルも残り続けるか。神の加護は、やはり人の手に余る代物だ。


 俺は男が見つめる先の扉を開ける。


「うっ」


 ……お香の匂い。

 やけに甘ったるく、正気をかき乱される。


「魔道具か」

「あたしの『思慕』で」


 俺は狂咲のスキルを纏い、香りに抵抗する。

 気分は良くないが、その程度の影響だ。ここは俺ひとりで探索するべきだろう。


「そこは娼館だ」


 思慕を失った男が、ぼんやりとした口調で答える。


「ボスは女の肉が好みでね。捕まえたのも女ばかり。上を失った後も、売る相手には困らなかった」

「お香に晒されて、平気なのか?」

「んなわけあるか。正気を保ってる奴なんか、いねえよ。海の向こうの売り先も、それでいいらしい。病気がなくて、肉の穴があれば十分だと」


 ……人を人として扱っていない。胸糞悪い。


 男は首筋から血を流し、懇願する。


「このまま死なせてくれ。もう契約に従いたくねえ」


 尊厳死。人の尊厳を奪った男に対して?


 俺は胸に去来した僅かな疑問を、握りつぶす。

 そんなことを議論できるだけの高尚な頭は持ち合わせていない。スキル以外で治せないなら、魔力は俺に使ってもらう。


 俺は殺してきた数々の相手の一人に、目の前の男を入れて……黙祷した後に、娼館に踏み入る。


 〜〜〜〜〜


 管理の行き届いていない、不衛生な娼館。

 表の見た目だけは立派だが、従業員が出入りする裏側は、とにかく汚い。

 床に置かれた雑多な物。酒か何かの染み。血の跡。抜け毛。


「水空。奴隷たちはどこに?」


 やけに口数が少ない彼女に、案内を頼む。

 水空はしばらく間が開いた後、道順を示す。


「待機部屋は、この先まっすぐ。ただ……今出てる奴がいる」

「営業中だったか」

「割り込んで。お願い」


 水空の頼みを聞き、俺は危険を顧みず、その部屋に突入する。

 客らしき男は、入れ墨のあるハゲ頭。見るからにチンピラだ。


「お客さま。ちょっとこちらに」

「クソっ。安い店はこれだから……」


 やましいことがあったのか、男は去っていく。奴隷を放置して追うほどの相手ではないだろう。


 俺は娼婦をさせられていた奴隷に向き直る。

 子供だ。ガリガリに痩せた女の子。ボサボサの長い髪は、乱暴に扱われて傷んでいる。

 豪華に見える部屋の内装とは対照的に、世にも哀れな存在に見える。


 ……心が痛い。こんな幼い子が、男性の餌食に。


「大丈夫か?」

「あ……」


 少女はか細い声を上げる。

 鈴のように高い、愛らしい声。庇護欲を掻き立てられる、小動物に似た声。


 俺は僅かな違和感と共に、彼女の手を取る。


「助けに来たぞ。手錠は……あった」


 俺は手錠の鍵を使い、極めて重いそれを床に投げ出す。

 これでもう自由だ。例の里を頼って、食事と居場所を与えれば、助かるだろう。


挿絵(By みてみん)


「さあ、俺と一緒に……」

()()()


 少女は立ち尽くしている。失敗が見つかったような顔で、怒られる準備をしている。

 長い髪の間から覗く、見覚えのある顔。

 






 願者丸サスケだ。






「お前」


 俺は天地が反転するかのような衝撃を受けて、ただ呆然と口を開く。


「お前、女だったのか」


 願者丸は無気力に頷く。


 ……そうか。やはり俺は、師匠のことを何も知らなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ