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〜目当ての物とリレーションシップス〜

 春。


 狂咲のスキルのおかげで強者となった俺は、充実した生活を送っている。

 昼は魔法使いとして売り場の掃除を行いつつ、店長の指示のもとで魔道具の整備方法を教わる。

 夜は暖かい家の中、クラスメイトや恋人と共にゆっくり。


 何も文句はない。願者丸が見つからないことを除けば。


「なあ、狂咲」


 俺は混浴の銭湯で洗いっこをしながら、今後の相談をする。


「願者丸がいる港町に行きたい」


 だが、狂咲は首を横に振る。


「ここからだと、時間がかかっちゃう」


 そうだ。それが問題なのだ。


 ステータスの上昇により、隣町へ駆け足で簡単に行けるようになった。魔物も今となっては脅威にならない。

 しかし、隣町まで移動するとなると、人里を抜けることになる。人を轢く恐れがあるため、速度を落とさないと危険だ。


 それに、今の俺たちは仕事と家庭を持つ身だ。簡単には遠出ができない。


「十分に準備をして、確実に行こうね」


 すっかり見慣れた美しい裸体で、狂咲は微笑む。

 ……条件反射的に力がみなぎりつつあるので、俺は目を逸らす。


「願者流、精神統一……」

「興奮してくれてる? 嬉しい」


 やめろ。公共の場で俺を弄ぶんじゃない。


 〜〜〜〜〜


 銭湯から上がると、番頭のアマテラスが話しかけてくる。


「そこの、お熱いおきゃくさーん」


 去年よりほんのり背が伸びたアマテラスは、俺たちにチラシをくれる。


「これ、新サービス。どうおもう?」


 利用者の声を求めているということか。

 俺たちはチラシを眺め、意見を捻り出す。


「却下」

「えー。じゅよう、あるのに」


 書かれていた内容は……簡潔に言えば、風俗施設であった。

 ここで興奮して、そこで盛れということか。()()()()層を隔離できるため、需要はあると思うが……。


「アミー。お前、どこでこんな知識を仕入れてくるんだ?」

「そういう本」


 あるのか。この世界にも。

 子供の目が届く場所に置くんじゃない。


 俺はチラシを引き裂いて燃やしつつ、アマテラスを叱る。


「ダメだ。作るとしても、もっと離れた場所に置け」

「そう?」

「そうだ。ここはあくまで、本物の銭湯。風呂を口実とした出会いの場ではない」


 性的な何かが絡むと、客層が変わる。客層が変われば、店の方針も引っ張られる。純粋な銭湯ではなくなってしまうのだ。


 俺はこの銭湯のディープなファンとして、物申す。


「魔法による湯船。この世界では珍しいシャワー。湯上がりの余韻。君という番台。全てが噛み合い、極上の風呂に仕上がっている。構成する要素の1箇所でも崩したら、従来の客がいなくなるぞ」

「ほー。この実家に、そんな価値が」


 毎日所定の位置にいると、感覚が麻痺してしまうのかもしれないな。

 風呂に来て、入って、出る。この一連の行為を経て、客の体験は完成する。


「アミー。考え直せ」

「わかった。かんがえなおす」


 アマテラスはあっさりと引き下がり、2枚目の紙を取り出す。

 まだあるのか。先に言ってくれよ。


 狂咲は覗き込んで、読み上げる。


「風の魔法を取り込んだ泡風呂」

「どうです?」


 俺は腕組みをして、頷く。

 こういうのでいいんだよ。こういうので。


 〜〜〜〜〜


 とりあえず、俺たちは銭湯を出る。

 ……道行く人々が、風呂上がりの俺たちに並ぶほどの赤い顔で、こちらを見ている。


「あれが噂の異世界人……」

「すごい……。絶対この後……」

「あたしたちも、銭湯通ってみる?」


 恋路を見せ物にされているようで、あまり良い気分ではない。

 だが、狂咲は得意げだ。


「ふふふ。実は、前から気づいてたんだよね」

「そうなのか」

「居合わせた他の人たち、みんな遠巻きに見守ってくれてるの。邪魔しないようにね」

「気遣いはありがたいが、なんだか監視されているようで怖いな」


 見知らぬ他人にじろじろ観察されていると思うと、背筋に毛虫が這うような気分になる。

 その時その時の一期一会ならまだしも、定期的に見られるとなると、より一層……。


「なあ、狂咲」

「なに?」

「風呂、買うぞ」


 銭湯はたまに通う程度で良いだろう。

 アマテラスへの義理と、俺の趣味だけでいい。


 〜〜〜〜〜


 俺は勤め先で、この世界の風呂事情を聞いてみる。


「ククク。毎日風呂に入りたいとは、贅沢ですねえ」


 店長のオリバーは何度濾過しても消し切れない胡散臭さを漂わせながら、魔道具の専門家として助言してくれる。


「うちも浴槽を扱っていますよ」

「そうでしたか」

「土魔法製品には自信がありますから。この町では並ぶ者がいないと確信しています。ククク」


 周りに立ち並ぶ魔道具専門店を下に見る発言の後、彼は閑古鳥が鳴く店の中を横断する。

 浴槽の売り場は……かなり奥だ。あまり注文が無いためか、他の風呂用品とは分けられている。


「これがこの世界の浴槽ですよ。ニホンと比べても、見劣りしないでしょう?」


 自信に満ち溢れた様子の店長。胡散臭さの中に殺気が混ざり始めている。あまり長く視界に入れたくないほど、威圧的だ。


 俺は艶のある未使用の浴槽を眺め、いくつか気になった点を質問してみる。


「掃除の方法は?」

「土魔法と水魔法でどうぞ。魔力の消費を抑えたいなら、こちらの洗剤を」

「排水は?」

「栓を抜いて、そのへんにでも。家の材木が腐らないようご注意を」


 この世界に残り湯を使う習慣はないらしい。まあ、それもそうか。魔法を使えば水が簡単に手に入るのだから、無理をする必要はない。


 俺は頷き、値段を伺う。


「工事の費用は?」

「保温の魔道具などを含めると、こうなります」


 オリバーはプランの書かれた分厚い本を取り出す。

 俺が望む理想の風呂を実現するとなると、結構な額になってしまう。


 ……働かなければ。もっともっと頼られる人物にならなければ。


「昇給するにはどうすればよいか、教えてください」

「ククク。そう言うと思いました。今後の活躍に期待していますよ」


 ハメられた。だが、ちゃんと給料が出るなら悪くない。今は金が必要だ。


 俺は勤務時間と勉強時間を増やし、スキルアップを目指すことにする。


 〜〜〜〜〜


 新入社員となって、2ヶ月。

 相変わらず研修続きだが、とりあえず売り場の配置や接客はマスターし、少しずつ品物の手入れも任されるようになり、新生活に慣れてきたところだ。


 俺の待遇は、そこそこだ。

 この世界において、基本的に年金や保険は無い。だが、オリバーの店は違う。国や街の信用を得ているため、補償が充実している。


 おまけに給料も高い。明細を見て、飯田が二度見するほどには。


「俺ほどじゃねえけど、これ……マジか。だいぶ稼いでる方だぞ……」

「魔法使いだからな」


 魔法という名の資格持ちは生きやすい。特に属性が全て揃った魔法使いは希少だ。


 飯田は明細を握りつぶしかねない勢いで悔しがりながら、天を仰ぐ。


「くぅーっ! 俺も魔法使いになりてえ!」

「来年には狂咲の経営が軌道に乗る予定だ。その時には、お前も学校に通えるようになる」


 飯田が複製した物を、狂咲が売る。この流れが出来れば、飯田に余裕が生まれる。自分の手で売り捌く必要がなくなれば、空いた時間で学校に通えるようになるだろう。


 飯田は明細を返しつつ、俺の肩を叩く。


「その時は頼むぜ、親友」


 ……親友。

 元の日本では、聞くことがなかった単語だ。

 飯田狼太郎が、俺にとって初めての親友なのか。そうか。コイツが。そうだったのか。


 俺は呆然と立ち尽くしたまま、胸の奥にじわりと滲む温もりを、心地よく思う。


「ああ。任せろ」


 俺は緩んだ口元をぐいっと持ち上げて、答える。


 〜〜〜〜〜


 入社して3ヶ月。

 魔法がメキメキと上達し、得意先に紹介されるようになってきた頃。


 魔法学校に入学した馬場が、勉強を教わりに来る。


「僕のスキルってさ……パッシブじゃん?」


 馬場はステータス画面で『不運』のスキルを見せびらかしつつ、ため息をつく。


「みんなみたいにポンと発動するやつだったら、もうちょっと楽に掴めたのかも」


 どうやら彼は、魔力を練って体から出す感覚を掴めずにいるようだ。

 無理もない。俺も初めて『呪い』を使った時は戸惑ったものだ。


 俺は馬場の不幸体質について、詳しく聞いてみる。


「不運が起こる前兆か何かを、感じ取ることはできないか?」

「無理。できたら苦労しないよ」


 馬場は目の前を通り過ぎようとした猫魔を拾い上げつつ、昔話をする。


「不幸は前触れなく訪れる。上から鉢植えが降ってきたり、側溝から猫が飛び出してきたり。そんなことを気にしながら生きるのは疲れるから、すっぱり諦めて後手に回るのが一番楽なんだ」

「俺にはわからない人生観だ」

「だよね……。ここだけの話だけど、僕は積田くんが羨ましいよ」


 馬場は台所にいる工藤と水空を横目で見つつ、こそこそと小声で喋る。


「積田くんさあ、なんでそんなにモテるの?」

「しらん」


 俺には狂咲だけいればいい。それ以上を囲うだけの包容力は、俺には無い。

 だが、何故か周りが放っておいてくれないのだ。この身に余る縁は、俺にとって重荷でしかない。


 馬場はそっと俺の懐に漫画本を忍ばせつつ、心の底から恨めしそうに声を絞り出す。


「僕だってリア充になりたいよ。青春したい。アオハルしたい。でも魔法学校のみんなは、真面目すぎて泣きそうになる」

「当たり前だろ。あそこはそういう場所だ」


 魔法学校の学費は高い。中流以上の家庭から良い子ばかりが集まって、専門技術を学ぶのだ。浮いた話など、そうそう無い。

 願者丸に片想いをしたアネットが稀有な例なのだ。馬場のように軟派な出会いを期待するのは間違いだ。


 俺はお駄賃として受け取った漫画本をめくりつつ、馬場の家庭教師として物申す。


「あそこは高校ではなく、教習所だと思え」

「うう……。僕も彼女がほしい……。低身長ビキニアーマー大剣ドジっ子ロリがほしい……」

「高望みが過ぎる」


 話を聞いていたのか、工藤と水空が、遠巻きに笑っている。


 俺は付箋だらけの教本を手に、馬場への教練を開始する。

 進捗は……まあ、ほどほどといったところだ。卒業はできるだろう。ステータスのおかげで。


 〜〜〜〜〜


 3回目の給料が出たので、俺は風呂場を用意する。

 オリバーと共に設計した風呂場を、オメルタの実家に頼んで、この家に実現するのだ。


「本日はよろしくお願いします」

「ああ。久しぶりの面白え依頼だ」


 オメルタの父親は、家出した息子のことを気にしているようだ。間取りや土壌の確認を弟子たちに任せ、早速俺と話し始める。


「アイツ、中央騎士団に入ったんだってな。何の相談もなかったもんで、面食らっちまった」

「ええ。素駆という男の部下になりました。教団の塔の件で、指揮をとっていた者です」

「ニホンジンだろ? 強えだろうな。加護がある」


 彼は白髪混じりの頭を項垂れ、喉仏の目立つ首を震わせる。


「オメルタの話、よそから聞いてるか?」

「いいえ。元気そうですか?」

「ああ。初任給の半分もコッチに寄越しやがった。今は良くても、これから先に何があるかわからねえってのに、貯蓄もしねえでどうするってんだ。あの馬鹿息子……」


 口調とは裏腹に、息子を心配しているようだ。筋骨隆々とした背中に、独特の弱さが垣間見える。

 男の中に通った一本の柱が、揺らいでいる。それはきっと、己の魂の次に大事なものが、土台から抜けてしまったからだろう。


 俺は消えた願者丸のことを想いつつ、自分と彼に言い聞かせる。


「大丈夫ですよ。彼はたくましい人です」

「だといいな」


 俺たちは無言のまま、工事の行方を追う。

 オメルタとは、あまり交流がなかった方だが……だからといって、何の情も湧かないほど、俺は非道ではない。


 いつの日か、彼の様子を見に行こう。素駆の尻を叩くついでに。


 〜〜〜〜〜


 風呂が完成した。


 風通しよし。採光よし。綺麗な木の色に囲まれた、すがすがしい空間。


 浴槽は2種類。巨大な木の魔物から切り出された木製の偽ヒノキ風呂。高度な土魔法による艶々のユニットバス。

 男湯と女湯で分け、曜日によって交代しようと思っている。

 今までの銭湯は、クラスメイトが出くわさないように時間帯を決めて分けていた。これからはその必要がなくなり、好きな時に入れるのだ。


「ふふふ……」


 大工たちが去った後の風呂場で、俺はひとり悦に浸る。

 共用ではあるが、俺の趣味が反映された部屋でもあるのだ。新品の状態を、もう少し目に焼き付けたい。


 ……しかし、早速闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れる。

 狂咲だ。工事が終わったことを聞きつけて、仕事を切り上げてきたのだろう。


 彼女は部屋の真ん中を陣取り、両手を広げてくるくると回る。


「すごい! こんなに綺麗なお風呂、毎日使っていいなんて……!」

「気に入ったか?」

「もちろん! ゆっくり浸かって、髪のケアして、パックもしちゃったり……。銭湯じゃ恥ずかしくてできないもん」


 俺はおしゃれに興味が無いが、女性陣にとっては、ゆっくり髪や体を洗える場所というものは大切なのだろう。

 この家に住む皆のために、俺は良い買い物をした。そう信じたい。


 狂咲は俺の手を取り、中央まで引き寄せる。


「ねえ、積田くん。一緒に入ろう!」

「えっ」

「一回、お風呂でシてみたかったの。たくさん汚れても平気だし、ばっちいこともしちゃおうかな」

「それはまた今度だ」


 いくら恋人といえど、譲れない一線はある。

 俺は憮然とし、狂咲を連れて自室に篭る。


 いつも通りのやり取りで、勘弁してもらおう。風呂は風呂で、ゆっくりと楽しみたいのだ。

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