〜天国行きの階段〜
《ある悪魔の慟哭》
6年前、アタシは地獄に堕ちた。
魔法だかスキルだか知らないけど、アタシはそんなもん知ったこっちゃない。
音楽を寄越せ。料理を寄越せ。生きる喜びを返してくれ。
アタシを誘拐したちっこい神にそう喚いて、簡単に地獄に堕とされた。
雑草とか食いながら、アタシは彷徨った。
きったねえ服。くそったれな家。しみったれた顔の、バカみたいな亡者ども。
自然と見下していた。日本という楽園を知っていたら、見下さずにはいられなかった。
それでも、食い扶持すらないアタシは、確実にそれ以下だった。
それからは、今思い返しても単純な流れ。
盗んで、逃げて、捕まって、殴って、殺して。
簡単に、転げ落ちた。
人を殺せばレベルが上がる。レベルが上がると生きやすくなる。
クソみたいな仕組みだ。地獄らしい。
気づいたらアタシは、殺し回っていた。狭い村をひとつ、滅ぼすまで。
仕方ないじゃん。メシが欲しかったんだ。
いや、ちょっと違うな。金も欲しかった。服も。サツに追われない時間も。
強欲だなんて言わないでくれよ。あって当たり前のものなんだから。
そしたら騎士団とかいう奴らに目をつけられて、逃げる羽目になった。
あいつら、えげつないくらい強いし。今ならカスみたいなもんだけど、あの頃は無理だった。スキルを使ってギリだった。
アタシのスキルは『契約』。他人の血を奪えば、言うことを聞かせられる。レベルが上がれば、いくつも命令できるようになる。
適当に選んだけど、おかげで騎士団もどうにかできた。……このへんになって、ようやくスキルの有用性に気がついて、生き方を変えた。
アタシは教団を乗っ取った。盾が欲しかった。
教団の本体は外国にある。この国では、上の数人を操れば、どうにでもなった。楽なもんだ。
カジノも乗っ取った。金が欲しかった。
金を稼ぐ方法が、他に思いつかなかった。農業なんてやってらんねえし。ちゃんと勉強しとけばよかった。
クラスメイトも乗っ取った。スキルが怖かった。
スキルのおかげでアタシは生きてる。強力さは誰よりもわかってる。他人のスキルを受けたら、どうなっちまうんだよ。絶対に嫌だ。
——数年経って。
役所の水道工事に口挟んで、地下を手に入れた。
狭い場所。暗い場所。好きだったはずなのに、落ち着かない。
死にたくない。今この瞬間にも、刺客がアタシを狙っている。契約を振り切った連中が、アタシを殺しにやってくる。そんな予感がした。根拠のない、悪い予感。
アタシは強さを求めた。
魔法使いには、簡単になれた。レベル高いし。魔力高いし。
裏儀式にも手を出した。危ない割にリターンが少なくて、イライラした。
もっと強くなりたい。そう思って、色々調べた。
魔法の街の、魔法の本。色々読んで、行き着いた。
この世界で一番強いのは、魔物だ。
魔物とは何か、調べた。魔力がある生き物だとわかった。
魔物は詠唱なしで魔法を使える。体は強いし空だって飛べる。最強だ。羨ましい。
だからアタシは、魔物になる方法を調べた。
裏儀式に活路がある。『魔力変換』のスキルで、色々弄れば、なれる。そう確信した。
なってみた。なれた。
悪魔になった。地獄の悪魔。ツノとか尻尾とか翼とか牙とか、とんがってる。ロックじゃん?
人として終わってる。けど、別にいい。
死ぬよりは、いい。
そう思って、アタシは……。
やることが、なくなって。
誰も信じられないから、何もできなくて。
もがいて、もがいて。
迷走した。
〜〜〜〜〜
《ある悪魔の迷走》
現在。
アタシは今、積田から逃げている。
積田立志郎。アイツは雑魚だけど、牙のある雑魚だ。
即死技を持ってる。勘でわかる。
ステータスが低いくせに自信満々な奴って、だいたいそんな感じだし。魔物にもいたよ、そんな感じのヤツ。
ウザい狂咲を押し除けて。
地下を出て。
クソカジノの廊下を走って。
アタシは逃げる。
「死にたくない!」
ステータスでは勝ってる。でも、万が一がある。
だったら逃げるしかないじゃん。安定取るよ。昔と違って、無理しなくても生きていけるんだ。
通りすがりの人を突き飛ばして、アタシは走る。
人だったものが潰れて、赤いシミになって、壁紙塗り替えたみたいに赤くなっていく。
レベルはもう、どうでもいい。もう十分上げた。
ただ今は、邪魔だから殺す。慣れっこだ。
「どけっ!!」
アタシは走る。床をぶっ壊して、扉をぶっ壊して、走る。走る。
積田の顔を、二度と見なくて済むように。
「ああ」
アタシは外への光を見る。
出られる。薄暗い地下から。
引きこもってると、太陽が妙に眩しく感じるんだよね。知ってる。
アタシはちょっと感動しながら、外に手を伸ばす。
「生きてる」
その時。
黒猫が鳴く。
「にゃあ」
なんで、猫?
そう思って、アタシは足を止める。
黒猫は不幸を運ぶ。そんな言い伝えが、頭の中を駆け巡って。
それでも、やっぱり逃げた方がいい。猫なんか知らない。そう考えて、また光の方を見て。
「ねこにゃーご」
猫が喋ったせいで、また振り返って。
猫がネコなんて言うかよ。ふざけてんの?
そんで、アタシは……なんでかわかんないけど、そんな猫さえ見失って。
気づいたら、上から声が。
「『土の脚:ストゥーパ』!」
しまった。そう思った時には、食らっていた。
雑魚の魔法。ステータスも何もない、現地人。緑色の髪をした、クソみたいなお嬢様。
あんなカスの攻撃で、アタシが。世界最強くらいまで強くなった、アタシが。
アタシは久しぶりに——本当に久しぶりにプッツンして、ステータス画面を出す。
味差 水仙荘 レベル40
【ステータス】 【スキル】
攻撃…27 契約
魔力…34 黒魔法信仰
防御…26 魔力変換
魔防…30 混沌纏い
速度…37 死線
レベルは40で止まった。たぶんこれがカンスト。中途半端だから、上限解放とかあるかもだけど……知らねえよ、そんなの。死ななきゃなんでもいい。
アタシは『混沌纏い』による無詠唱の土魔法で、外への出口をガッと広げながら、思いっきりぶっ放す。
「『土の口:カラビンカ』!」
飛び出す無数の針。まるでマシンガンだ。殺意マシマシのえぐい魔法。
お嬢様っぽい誰かは、警吏に庇われて引っ込む。
警吏は針で全身ミンチ。女は衝撃波でかすり傷。
殺せなかったのは気に入らねえ。でもそんなことにこだわってる場合じゃねえよ。逃げる。逃げるんだ。
「時間の無駄……!」
アタシは翼で飛び上がって、外に出る。
焦がれるほど熱い、太陽の光。地獄にもお天道様はあるのが、不思議でしょうがない。
あたしはとりあえず、魔法を撃って時間を稼ぐ。
「『火の脚:マツ・バ』」
長く残る火を、広範囲にぶちまける魔法。炎上網ってやつだ。
アタシが飛んで逃げようとすると、何か変なのが向こうの空から迫ってくる。
ヘリコプターだ。
なんでだよ。
「そこの鬼! 止まりなさい!」
操縦士は、たぶん工藤だ。クラスの委員長。でかいから目立つ。
ヘリは何かを投下しつつ、バズーカ砲らしい筒をこっちに向ける。
ヘリから落ちたのは、人。あれは確か、馬場だ。
「うわーっ!」
……陽動?
とにかく、放置はできない。何をするつもりかは知らないけど、こんな場面で地上に降りるのは、きっとでかい意味があるからだ。
アタシはそう判断して、そっちに魔法を向ける。
馬場のステータスがいくらかは知らないけど、とりあえずは攻撃だ。
「なんでこっちに!?」
馬場は驚いた顔でアタシを見ている。
何を狙っていたのか知らんけど、バレたら困る作戦があったんだろう。目論見を潰せてよかった。
「『風の角:チラシガキ』」
速さとか威力が違う風を、たくさんばら撒く。
レベル低そうだし、防げないでしょ。
けど、馬場はステータス画面で全部ガードする。
画面はレベルに関係なく硬い。うっぜえ。
「てーっ!」
工藤の声と共に、上からバズーカの弾が降ってくる。
今のアタシなら、目で追える。
「は?」
ぬいぐるみだ。弾が、ぬいぐるみ。
なんでだよ。なんなんだ、お前ら。
「(ぬいぐるみ。スキルか!)」
スキルの攻撃は危険だ。画面で防ぐ。
本当は画面でも受けたくない。けど、受けるしかない。
爆発と共に人形が割れる。綿から出たのは、機械。黒と灰色の、懐かしい光沢。
ヤバい。そんな予感がする。逃げないと。
アタシは魔道具によくある属性魔法を警戒しつつ、翼を広げて飛ぼうと……。
電撃が飛んでくる。
雷速。
「がっ!?」
電気。そんなもん、この世界には雷しか無いだろう……!?
どうやって。どうやってそれを。
持ち込んだのか。制服と一緒に、機械を。
ずるい。ずるいだろ、それ。
くそったれの魔力で増幅されている。あんなちっこい機械から、こんな威力が出るのは、ほんと……狂ってるよ、この世界。
「当たった!」
工藤がガッツポーズしている。
委員長だろ、お前。何してんだお前。そんなはっちゃけた奴じゃなかっただろ。ざけんな。死ね。
アタシは謎のヘリから逃げる。見つからないよう、地上に降りて逃げる。
「やってられるか、こんなの!」
建物の隙間を縫って、空から見つからないように、ジグザグに逃げる。
通行人が邪魔だ。警吏が蔓延ってやがる。微妙に硬くてめんどくせえ。
「死ねよ!」
アタシの口から、悪態が飛び出る。
死ね。死にたくないから、死ね。
すると、吹き飛んだ警吏が何か……魔道具か何かを押していて。
足元から、泥水が湧いてくる。
水魔法。土魔法が混ざっている。
今度はなんだよ。誰の何だよ。
うぜえ。うぜえよ。
「あ゛ーっ!」
アタシはストレスで奇声を発しつつ、別の道を探そうとする。
……壁がある。金属の壁。
知ってる。業務用だ。複数人の魔力を混ぜた、公共事業用の……。
「ククク……」
凄まじく怪しい声が響いてくる。警吏が持っていた魔道具からだ。
……この胡散臭い男の声には、覚えがある。地下室を設置する時に会った、業者。ホームセンターのクソ男だ。オリバーとか言ったか?
「繋がりましたよ、狂咲さん」
声。胡散臭い声。その口から、狂咲の名前。
わからねえ。何もわからねえ。なんで。なんで狂咲が出てくんだよ。知り合いか。知り合いだったのかよあのクソ陽キャ。
「な゛ーッ!!」
アタシは叫ぶ。訳もわからず、叫ぶ。
水魔法の濁流に乗って、何かが突っ込んでくる。
山葵山に守られた、積田。
積田。
積田。
「積田ァァ!!」
怒りに任せた拳に、積田が呪いを構える。
……3回目。何回使えるんだよ、それ。
「お前を呪う」
積田の澄ました顔に、怒りが浮かんでいる。
呪ってやるという、強い意志。
そうかよ。そんなにアタシを殺したいかよ。
アタシもだよ。アタシも、オマエを殺したい。
殺さないと、世界のどこにいても、安心なんてできっこない。寝首をかかれる恐怖に怯え続ける。
「あ゛あ゛あ゛!!」
アタシはスキル『死線』を起動する。
レベル40になった時、勝手に入ってた。
攻撃と魔力を+10。防御と魔防を−10。普通にクソ。それが死線。
死にたくないって言ってんだろ。なんで。なんでこんなスキルなんだよ。
殺したから? 大勢の人を? これでもっと殺せってことか? わかんねえ。
積田の即死に、魔防は無意味。だからアタシは、なるべく早く終わらせるために……死線で殴る。
「オラァ!!」
「くっ!」
積田は呪いを外した。けど、画面で受け止められてしまう。
なんで反応できるんだよ。ステータスは全然アタシの方が勝ってるはずなのに。
……アタシは火の脚で周りを炎上させて、距離を取る。
積田。山葵山。死にかけの狂咲。
もう、なんでもいい。なんでもいいよ。
こいつらを殺せれば、なんでもいい。