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〜地獄の底〜

 白服の男を倒した先に、地下へ続く階段があった。おそらく、盗聴石の行き先だろう。


 俺たち3人は怪我がないことを確認しつつ、体勢を整える。


「一本道じゃないね……。あの時の人はあっちから来たのかも」


 そう言って、廊下の先を指差す狂咲。

 確かに、他にも道が続いている。俺の方向感覚によると、あちらは表通りの方角と一致する。


 ……とはいえ、それを確かめるべきは、今ではない。警戒されていない今のうちに、元凶を倒さなければ。


 山葵山は階段の前に立ち、尋ねる。


「帰りたいですか?」


 俺たちを逃がそうとしているのだろう。山葵山だけで突っ込むつもりか。

 俺は即答する。


「いいえ」


 狂咲も頷く。


「大丈夫。行けるよ」


 俺たちは怖気付いていない。

 むしろ、その逆だ。加護を持つ俺たちなら、最速で事件を解決できる。先ほどの戦いで、理解した。


「(やらなければ。俺が、やらなければ)」


 山葵山は日常で見せてくれるおっとりした顔で、そっと微笑む。


「ありがとう、キョウちゃん。積田くん。……隣に立つ人がいると、こんなにも心強いんだね」


 ……俺たちは山葵山の先導で、敵地の奥へと侵入する。


 〜〜〜〜〜


 地下フロア。

 到達してまず、廊下に出る。


「案の定、広くはなさそうですね」


 誰にも気づかれずに地下空間を広げるのは、土魔法がある世界とはいえ困難らしい。


 俺たちは並ぶ扉の様子を見て、地下の構造に見当をつける。


「汚れた扉が、いくつも……」

「表のカジノに関係する物は無さそうだ」


 カジノはカジノだけで完結しているらしい。ここにあるものは、例の借金とやらの事務所か。


 山葵山は片手に魔法を構えつつ、開いている扉のひとつに手をかけ、中を覗き込む。


「うぐっ」


 途端、青ざめた顔で反転し、扉を閉める。

 山葵山ほどの人物が取り乱すとは。何を見たのだろうか。


「山葵山。何か……」

「借金……。先に食われて……。彼が言っていたのは、そのままの意味だったようです」


 抽象的な解説をして、山葵山は他の扉に移動する。


「こちらですね。お邪魔します」


 中に人がいたらしく、土の魔法の早撃ちで黙らせ、入り込んでいく。


 後に続く俺たちは、ケースの山を目にする。


「債務者のリスト。帳簿。証拠になる物品が、こんなに……」


 山葵山の言う通り、ここは書類を保管している倉庫のようだ。タグで整理されたファイルが山のように積み重なっている。


 山葵山は先ほど撃ち殺した男が持っていたファイルに目をつけ、奪い取る。


「……最新の債務者」


 俺はデスクの上にある別の紙を見る。

 タイトルに『イケニエ候補者リスト』とある。

 回収不能になった債務者に、何かを強制させていたようだ。


「タコ部屋送りか?」

「その方がマシかもしれません……」


 さっきの部屋で何を見たのか。本当に気になるが、聞き出せそうにない。


 山葵山は異様な速度で紙をめくり、事態を把握していく。


「スキル持ちが複数いる」

「六ツ目さんだけじゃなくて?」


 扉の近くで見張る狂咲に、山葵山は推測を伝える。


「『他人を操るスキル』と『契約を結ぶスキル』は、どうやら別物みたい。クラスメイトが2人以上手を組んでいる」

「それで、こんな無茶な組織に……」

「難樫さんの記録もある」


 つまり、難樫と同等以上の強者が2人いると考えた方が良いのか。

 彼女は水空と素駆に追い詰められながら、両者を翻弄して有利に立ち回った。この先の戦いも、つらいものになりそうだ。


 狂咲は部屋に入ろうとした教団員を殺して、部屋の中に死体を隠す。


「人が帰ってこないと、不審に思われちゃう。出た方がいいかも」


 返り血に塗れた顔で、振り向く狂咲。

 躊躇すれば、俺が危険に晒される。それをわかっているのだろう。


 俺も迷っている場合ではない。殺すと決めたら、殺すしかない。さもなくば、狂咲やキャベリーや、何の罪もないアマテラスたちが……。


 話がまとまったところで、俺たちは部屋を出る。

 人の気配はない。ここに常駐している人数は、あまり多くないのだろう。


「書類のおかげで、居所は割れました」


 指揮官の山葵山が、敵と出くわす可能性が低いルートを計算しつつ、俺たちを導く。


「六ツ目さんではないクラスメイト……名前がわからないもうひとりは、こちらにいます」


 俺たちは地下を進む。

 学校を襲い、生徒に危害を加えた組織を、何としてでも叩き潰すために。


 〜〜〜〜〜


 最奥の扉を開けた瞬間、凄まじい光景が飛び込んでくる。

 地下にありながら、異様に白い空間。清潔で、静かで、そして……不気味なほど生気がない。


 ……部屋の主人さえも、どこか青白い。


「侵入者がこんなところまで……。見張りは何をしているんだ」


 部屋の中央に置かれた、無機質な机と椅子。

 そこに腰かけたまま、部屋の主人は不機嫌そうに俺たちを睨む。

 ツノの生えた、細身の女。スーツ姿だ。


 ……見覚えがある。かつてのクラスメイトだ。それなりに歳を食っているようだが。


 山葵山は目に見えて動揺している。彼女の予想には無い、意外な人物だったのだろう。


味差(あじさし)さん……!?」


 狂咲は目を見開き、叫ぶ。


「出席番号1番……味差(あじさし)水仙荘(すいせんそう)

「ああ、そうだそうだ。確かにアタシは、1番だったね」


 味差。料理と音楽が趣味の、ダウナーな生徒。

 彼女は細長い指を立てて、気だるそうに昔話を始める。


「学校。懐かしいね。あん時の推しバンド、売れたかなあ。メジャーデビューすると妙に意識しちゃって、陳腐なロック垂れ流すようになるから、アレなんだけどさ……」

「今、そんな話する気はないよ」


 狂咲はステータス画面を取り出す。武器であり盾でもあるそれには、今の実力が載っている。


 狂咲 矢羽    レベル20

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…12    思慕

 魔力…18    黒魔法信仰

 防御…9

 魔防…18

 速度…16


 攻撃と防御が伸び悩んでいる。しかし、魔法を覚えたからには、足手まといにはならない。


 狂咲は座ったままの首魁に、人差し指をズバリと向ける。


「戦いになったら、ただじゃ済まないよ。降参するなら今のうちに……」


 しかし、味差は牙のある赤い口を開けて、笑う。


「ひっくいなあ。防御一桁じゃ、魔物にも苦戦するだろ……」


 確かに、味差の発言は的を射ている。俺の体感ではあるものの、防御が10を超えると、熊が相手でもまず死ぬことはなくなるが……。


 味差は立ち上がる。

 細い尻尾が揺れ、背中から翼が生えてくる。

 悪魔のような外見だ。


「アタシは死にたくない。死にたくないから、強くなる方法を考えた。何をしてでも、勝てばいい」


 願者流と同じ理念。しかし決定的な違いがある。

 奴は人道を外れている。


「知ってるか? レベルってのはな、殺した相手の魔力が流れ込むから上がるんだ」

「へえ……」


 魔物と人間を殺すと、レベルアップしやすい。俺でもなんとなく把握していることだが、殺し慣れた味差は理論的に理解しているようだ。


 味差は目を細める。


「だったら、一番効率的にレベルを上げをするには……食えばいい。当たり前すぎて笑えるな」


 ……食えば。

 比喩なのか。いや……まさか。あの部屋で、山葵山が見たものは。


「(人も……)」


 俺が戦慄する中、山葵山は魔法を構える。


「『土の指』」


 音速の石弾。しかし、味差は翼で防御する。


「死ぬのは嫌だ。怪我するのも嫌だ。だから、アタシはやらない」


 味差がパチンと指を鳴らすと、別室から巨大な怪物が現れる。

 血を吸った包丁をいくつも持った、蜘蛛。


 ……いや、違う。よく見ると、女の上半身が生えている。

 ボサボサの長い黒髪。恨みのこもった目。


「六ツ目さん!」


 狂咲の叫びで、俺はようやく思い出す。

 六ツ目(むつめ)真希(まき)。彼女がそうだ。こんなにも変わり果てた姿になっているとは。


 味差は蜘蛛と化した六ツ目を前に出し、自分は後ろに下がる。


「こいつがいると仕事しにくくてな。邪魔者同士、潰しあってくれよ」


 六ツ目は味差に操られているらしい。ギロリと睨みつつ、包丁をこちらに向ける。

 ……怪物となったジュリアンと同様に、もはや手遅れなのだろう。


 俺たちは大蜘蛛を前にして、陣形を組む。

 俺と山葵山が前衛。狂咲はスキルと魔法で援護。


「オオオオォ!」


 机と椅子を潰しながら、六ツ目が突進してくる。

 狙いは山葵山。骨をも断つ包丁が、横薙ぎに振り抜かれる。


 山葵山はスウェーで避け、先程詠唱した『土の指』を再度点火する。

 詠唱の効果を持続させ、時間をあけて連射。凄まじい高等技術だ。


 蜘蛛の脚に、石弾が3発当たる。

 六ツ目は怯むものの、かすり傷だ。俺の『呪い』を当てるには、まだ確実ではない。


 俺は火の魔法を構える。


「『火の腕』」


 火の矢が螺旋を描き、突撃する。

 六ツ目はステータス画面を出し、防ぐ。


 六ツ目 真希   レベル25

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…24    威糸

 魔力…11    魔力変換

 防御…17  

 魔防…22

 速度…23


 魔防は魔法やスキルに対する抵抗力だったはずだ。魔法が通じにくいということか。

 ……そんな奴を操る味差は、一体なんなんだ。


 俺は『威糸』という未知のスキルを警戒しつつ、ステータス画面で殴打を仕掛ける。


「おらっ!」


 転倒させるため、脚を狙う。

 効果はあり、六ツ目は悲鳴をあげる。


「ギャッ!」


 すかさず、山葵山が畳み掛ける。


「『風の……」

「おっと」


 味差が不敵に笑い、横槍を入れてくる。

 詠唱が無かったが、おそらくは『火の腕』だ。俺より矢が鋭い。


「信者が到着するまで、持ち堪えてもらわないと」


 そうか。彼女はカジノの経営者であり、『マカリ』の親玉でもあるのか。


「積田くん」


 戦いながら、山葵山が近づいてくる。


「この部屋の向こう側に、ドアがある。たぶんあれが、マカリ教団行き」

「そうか」


 俺は部屋の向こうにある、カジノとは作りの違う扉を見る。


「半端に追い詰めると、あっちに逃げられる。油断しているうちに、なんとかして『呪い』をぶち当ててほしい」


 蜘蛛の脚を防ぎながら、山葵山は案を出す。


「キョウちゃんの『思慕』で強化して、タイマン挑んでくれないかな?」


 無茶苦茶だ。そう言いかけるが、やめておく。

 奴を仕留めるためにここまで来たんだ。逃げられては困る。奴の計算外の一撃で、即死させるべきだ。


 俺は包丁の連撃を避けて、山葵山の提案に乗る。


「わかった」

「ごめんね。こっちはなんとかするから」


 直後、俺の体に狂咲の想いが乗る。

 ……決断が早い。本当に頼りになる相棒だ。


 俺は蜘蛛の脚を通り抜け、味差へと向かう。


「お前は、俺が……」

「おっと」


 味差は……六ツ目がいた方の扉に指を向ける。

 すると、ずた袋に入れられた男がやってくる。口を塞がれ、手足を縛られているようだ。


「『契約』だからね。意のままに動くさ」


 味差は男を盾にしつつ、魔法を溜める。


「『風の翼』」


 人間には存在しない部位から、魔法を……!


 無数の風が俺の周りに吹き荒れ、肌が裂けていく。

 ステータスがあって尚、傷を負うのか。並みの人間は一瞬で細切れにされるだろう。


「ぐっ!」


 俺は咄嗟に魔道具を取り出し、投げる。

 風の魔法を封じた魔石だ。教団の常套手段だが、俺たちでも使える。


 風が止む。魔力がぶつかり合い、かき乱され、魔法が途切れたのだ。

 味差は嫌そうな顔をしつつ、詠唱を変える。


「『火の翼:ギョウ・ヨク』」


 瞬時に俺の周囲が燃え上がる。……大気中の魔力に働きかけて、ピンポイントで燃やす魔法か。


 だが、それは悪手だ。

 火に耐える精神力を持つ俺なら……!


「願者流!」


 過酷な修業を日々己に課す俺にとっては、悪魔の火さえぬるま湯に等しい。狂咲の思慕が乗った今なら、尚更だ。

 そう自分に言い聞かせて、俺は味差を殴る。


「けっ」


 拳は腕に防がれる。しかし、腕には当たったのだ。チャンスだ。

 俺は呪いを溜め、解き放つ。


「墜ちろ!」


 だが、味差は顔色を変えて回避に徹する。


「まずっ……!」


 死に怯え続けてきたからこその、察知能力か。

 奴は呪いが発動するまでの僅かな時間で、ずた袋の男を盾にし、更に六ツ目の方向に走り出す。


「くっ!」


 俺の呪いは袋に当たり、彼を殺すのみに留まる。

 味差は蜘蛛の脚を引きちぎり、更に逃げに徹する。いざとなったら、アレに呪いを押し付ける気か。


「そうか。即死か。即死なんだな。なら、誰かに押しつけて、防ぐだけだな!」


 どう見ても焦っている。しかし、判断力は健在だ。

 呪いを察して逃げる勘の良さ。頑丈な六ツ目を簡単に千切る腕力。やはりこいつは、ここで仕留めなければダメだ。


 狂咲がカジノ側の扉の前に立ち塞がる。絶対に逃すまいという覚悟だ。


「通さないよ」

「そうかい!」


 味差は手刀を構える。狂咲のステータスを見ているからこその判断だろう。


「防いでみろよ!」


 突風が吹き荒れる。味差の全速力だ。

 ……まずい。狂咲のスキルは、自分自身にかけられない。


 俺は走りながら、次の呪いを放つ。しかし、脚を奪われてのたうち回る六ツ目に当たり、彼女を即死させてしまう。


「ギャァアア! アジザジイ゛イッ!!」


 包丁を振り回しながら、崩れていく大蜘蛛。


 やってしまった。もう残り回数はゼロだ。味差を殺す手段を失った。


「ぐふっ」


 突風が止んだ瞬間、狂咲は血を吐いて倒れる。

 腹部から、大量の血液。貫かれたのか。


 味差は噴き出した狂咲の血を飲み、振り向く。


「『契約』完了っ! じゃあ六ツ目の『威糸』を行使して命令!」


 必死の形相で追いつこうと走る山葵山。彼女に向けて、味差はもぎ取った脚を手に勝ち誇る。


「1、アタシを殴るな。2、奴らを殺せ。3、勝ったら自害しろ!」


 味差の手には、六ツ目の肉と……束ねられた糸。きっと蜘蛛の糸だ。

 そういうスキルを持っていたのか。


 狂咲は悲痛な顔で歯を食いしばり、涙を流す。


「これ……ダメだ。無理……」


 腹部から流れ出る大量の血。このままでは……。


 逃げていく味差。操られた狂咲。

 ……どうする。どうすればいい!?

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