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〜地下空間とメタモルフォーゼ〜

 俺たちは盗聴石を頼りに、教団のひとりが逃げ込んだ先を探る。

 水空がいないため、音だけが頼りだ。


「階段……?」


 狂咲の呟きを、俺の耳が拾う。

 確かに、これは階段の音だ。ペースが早いため、おそらくは下り。


 ……下り?


「地下だ」


 俺の呟きを、今度は狂咲が拾う。

 すると、山葵山が心当たりを口にする。


「この街はインフラのために地下を犠牲にしています。地下空間がある建物なんて、そう多くは……」


 教団員は息切れして、足を止めたようだ。

 ……足音が止み、微かに周りの物音が届く。

 歓声のような人の声。大勢の人がいるようだ。


「逃げ惑う人?」

「違う。これは……」


 歓喜の声。つまり、大勢の人が娯楽に興じている。敵はそういう場所にいるのか。


 教団員は石の床を歩き、扉を開ける。

 見知った人がいたようで、声をかける。


「『おう。逃げてきた』」

「『お前……』」


 同情的な口調だ。疲れ果てた男の声。

 俺たちは黙り、耳を澄ませる。


「『この場所がバレたらどうするんだよ!? もうちょい回り道しろよ!』」

「『無茶言うな。あと、声がでけえよ』」

「『どうせ聞こえねえよ。あっちの阿呆どもは金を飲まれて馬鹿騒ぎだ』」


 金を飲まれる?

 この言葉を聞き、山葵山は心当たりを口にする。


「カジノ」


 なるほど。『人喰い金貨の大カジノ』か。

 俺たちは入口しか知らないが、地球のものと似たような場所だったか。


 彼らは俺たちに盗聴されているとも知らず、焦った様子で会話を続ける。


「『この場所を隠すために、親分どもがどれだけ神経質になってるか、知ってるだろ。まっすぐ逃げ帰ってきたお前のせいでバレたりしたら、どんな目に遭うか……』」

「『逃げればいいだろ。あんな女の言いなりになる必要なんかねえ』」

「『知らねえのか? あいつから借金抱えた奴は、手足も口も、操られるんだと』」


 操られる。

 まさか、教団の中には……操られて自爆させられた者もいるのか?


 背に冷たいものが流れ込むような心地になりつつ、俺たちは息を呑む。


「『スキルだかなんだか知らねえけど、他の街まで逃げちまえばいいだろ。世界の裏側まで逃げて、逃げて逃げて、踏み倒してやる』」


 スキル。裏儀式の教団には、まだスキル持ちがいるのか。

 おそらく、逃げるのは無理だ。スキルとは、神の加護。神が天上にいるならば、効果は世界のどこにいても……。


「『馬鹿野郎。無理に決まってるだろ。……見過ごせねえ。脱走者は、見過ごせねえ。俺はまだ、死にたくねえんだ』」


 部屋にいた男は、服の内側から何かを取り出すような音を立てる。


「『ムツメさんにバレたら、俺まで死刑だ。……お前は殉職したことにする。今ならまだ、間に合うかもしれない』」


 男たちは他の教団員に連絡を取ることもなく、揉め始める。

 切羽詰まった様子だ。俺たちと戦っている間も、こんな心情だったのか。


「『借りをチャラにして、今度こそやり直すんだ。そうだ。俺は悪くない。俺の邪魔をするな!』」

「『お、おい。悪かった。今すぐ出て行くから。だから撃たないでくれ! 頼む!』」


 銃声。

 ……即死したようだ。悲鳴さえない。


 殺した方の男は、唾を吐き捨てて喚く。


「『逃げるよりは、従う方がマシだ。俺はまだ、食われたくねえんだ』」


 男は部屋を出て行く。

 ……これ以上の情報には期待できないだろう。


 山葵山が立ち上がる。

 死をも覚悟した戦士の顔だ。


「ムツメ。聞き覚えがあります」

「あたしも」


 狂咲は悲しそうな顔で、その名を口にする。


六ツ目(むつめ)真希(まき)さん。日本にいた頃は普通の子だったけど、まさかこんなことをしているなんて」


 スキルという単語が出たからには、高確率でその人物だろう。

 ……俺はその生徒のことを、まったく知らない。助けたいと思うことさえできないほどに。自ら掲げた正義を反故にするようで、心苦しい。


 オメルタは真っ青な顔で俺たちを見上げる。


「オレも行くのか?」

「いや。人を呼ぶから、町に逃げろ」


 俺は他の盗聴石を起動して、連絡する。


「工藤。ヘリを頼む」

「わかった」


 あらかじめ、移動用のヘリを用意してある。

 着陸できる場所がないため、街の外までしか来れないが。


 すぐにヘリの音が聞こえてくる。街の人々が驚き、空を見上げている。

 俺たちは魔法学校の生徒たちを連れ、予定地まで歩いていく。


「……わたくしは残ります」

「アネットも残る」


 キャベリーとアネットが、俺の手を引く。

 ……大人しく守られてほしいものだ。


「親が泣くぞ」

「いいえ。我々は両親の許可を得ています」

「えっ」


 初耳だ。暗殺者に狙われても怯まなかったアネットの両親はともかく、町長が許可するとは。

 俺と狂咲は、山葵山に確認を取る。


「山葵山。本当か?」

「……いえ。魔法使いになったら、責任を負う覚悟をしてもらう、とは言っていました。しかし……」


 直接的な許可を出した、とは言えない。キャベリーは親の発言を拡大解釈しているのではないか。


 しかし、キャベリーは強い口調で押してくる。


「わたくしが死んだとて、父様はあなた方を責めはしません。悲しむことはあるでしょうけれど」

「だからといって……」

「戦力は必要でしょう?」


 キャベリーは肩提げ鞄から魔導書を取り出す。

 ……戦う気まんまんじゃないか。


 山葵山はキャベリーを見て、アネットを見て、最後に俺たちを見て……拳を握る。


「警吏を呼ぶので、彼らの援護をお願いします。突入はしないように」

「ありがとうございます」

「もし誰かが死んだら、遠慮なくわたしのせいにしてください」


 死地を経験してきた身として、2人を巻き込むのは重い決断だったはずだ。

 そんな彼女の理性を、俺たちは信じるだけだ。


 〜〜〜〜〜


 アマテラスとオメルタがヘリで去った後。

 残された戦力は……狂咲、山葵山、キャベリー、アネット、そして俺だ。

 そのうちキャベリーとアネットは、警吏の指示に従うことになっている。


 山葵山は司令塔として、俺と狂咲に告げる。


「客として、店の正面から突入します」


 客を巻き込む可能性はあるが、まだ俺たちの侵入がバレていないなら、これが一番だろう。

 裏口の場所はわからない。探し回るとしても、それは警吏の仕事だ。


「無理に暴れないように。わたしの許可で潜れる場所まで潜り……お客さんに被害が出ないようにします」

「もちろんです」


 狂咲も頷く。


「借金を作らされて、スキルか何かで操られて、死ぬまで働かされる……。彼らは被害者です。全力で守ります」


 借金によって操られた男の末路を、俺たちは知ってしまった。一人でも多く、救われてほしいものだ。


 山葵山は考えが甘いと言いたげに見つめてくるが、諦めたようにため息をつく。


「まあ、いいでしょう」


 山葵山は周囲を気にしつつ、人通りが減った道を歩いていく。


「見張りはいませんね。……行きましょう」


 俺と狂咲はキャベリーたちと別れ、派手な店の中に突入する。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは客として入り、客の中に混ざる。


 カジノと銘打ってはいるが、ドレスコードは特にないらしい。

 観察する限り、メイン客層は貧困層。見るからに独身の成人男性。


「確定演出きた! レジェンドレアこい!」

「クレーンゲームで出た『レジェンドレア・ドイル』ってどんな性能?」

「マジか! 引いたか! それあっちの格ゲーの人権キャラだから! いいなー! 俺また爆死だよー!」


 ガチャである。


 ……そういえば、難樫もそうだった。ガチャのスキルを持っていたではないか。

 もしかして、このカジノは……地球産のソシャゲを参考にしたゲームで構成されているのか?


「ねえ、積田くん」


 俺は狂咲と肩を寄せ合い、ひそひそと会話する。


「なんだ?」

「借金したら、教団員にされるんだよね?」

「ああ」

「でもここはカジノだから、直接お金を貸してるわけじゃないよね? 契約主は誰?」


 そうか。盲点だった。

 このカジノでは融資は行っていない。ならば六ツ目がいるのは、カジノではない。きっと何処かで金貸しを営んでいるのだ。


 ……しかし、下っ端が逃げ込んだここにも、何か別の悪意が埋まっているはずだ。借金地獄へと押し込むためのカラクリが……。


「積田くん」


 山葵山が、声をかけてくる。


「警吏としての権限で、無理やりスタッフルームまで入ります。ここから先は危険度が跳ね上がりますので、ご注意を」


 警吏としての権限を、何故持っているのか。

 ……今は聞かないでおこう。


「わかった」

「背中は任せますよ」


 俺たちはカジノの喉奥へと踏み込んでいく。


 〜〜〜〜〜


 所狭しと機材が並べられた部屋の隅に、従業員用の通路がある。

 しかし、山葵山はそこからは入らないようだ。


「観察した限り、この通路を利用しているのは、何も知らない末端の従業員です。最深部に繋がっているとは思えませんね」


 目指すは、会員制のエリア。


 俺たちは立っているガードマンに足止めされる。


「失礼。会員証をご掲示いただけますか?」

「わたしは騎士団です。特権により、捜査させていただきます」


 やはり、そういうことか。彼女も素駆の同類だったのだ。

 ……それにしては、田舎町に引っ込み続けているのが疑問だが。


 彼女は専用武器らしい豪華な装丁が施された魔導書を取り出して、見せる。

 するとガードマンは、困ったように眉を動かし、肩をすくめる。


「まさか、こうもお早い到着とは」


 すると、俺たちの後方にバリケードが出現する。

 鉄格子のような外見の、頑丈な壁。突破は無理か?


 山葵山はいつも通りの穏やかな顔のまま、舌打ちをする。


「あなたこそ、耳が早いですね」

「おかげさまで、私の寿命が縮まりました。覚悟はしてましたけどね……」


 ガードマンは非常に嫌そうな顔で、ポキポキと指を鳴らす。


「正義の騎士団と悪の教団が衝突したら……やるべきことは、ひとつです……」


 男はやる気のようだ。

 相手は山葵山だぞ? 命を捨てるようなものだ。

 あるいは、こいつも既に……。


「(既に死んだようなものということか)」


 山葵山は奴の動きを警戒したまま、俺たちに耳打ちをする。


「わたしが相手します。ダッシュで通り抜けて」

「はい」


 俺たちは彼女の言葉通り、駆け出す。


 男は服を破り捨て、明らかに人のものではない四肢を露わにする。

 ……まさか、ジュリアンのように人外化してしまったのか。


 一方、山葵山は書を開く。

 練り上げられた上質な魔力が妖しく揺らめき、山葵山の詠唱によって形となる。


「『火の指:カ・リュウ・カイ』」


 火の弾が恐ろしい速度で飛んでいく。ステータスで強化されている俺でも、目で追えない。


 男の顔面に命中し、炎上する。

 しかし、男は怯まず腕を伸ばす。


「魔力……大好物……寄越しナサイ!」

「『土の口:カラビンカ』」


 山葵山の口に魔力が集まり、球を為す。

 それに息を吹きかけると、無数の棘が弾け飛び、男に突き刺さる。


 男は足を止めない。

 すると山葵山は俺たちを見て、今までで1番の声量で叫ぶ。


「走れっ! 奥までいけーっ!!」


 ……そうか。タフなこいつを相手している間に、俺たちだけで首魁を落とせということだったのか。

 主戦力を欠いた状態で飛び込む事を想定していなかったので、反応が遅れてしまった。大失態だ。


 俺は隣を走る狂咲に、謝罪する。


「すまない。判断を間違えた」

「仕方ないよ。……死なないように、頑張ろうね」


 狂咲は2人だけでの突撃に、死を予感しているらしい。

 俺もそうだ。もっと味方を連れてくるべきだった。警吏は表の街に安全を取り戻すために尽力しており、忙しいのだが……それでも、誰か一人くらいは持って来れたはずだ。


 俺たちは後悔と覚悟がミキサーにかけられたようにごちゃ混ぜになった奇妙な状態で、会員エリアのスタッフルームへ飛び込む。


「おいおい、何奴だ?」


 教団の上位信者らしい、白い服と白い仮面の人物がいる。塔でも似たような服を見た記憶がある。

 周りには、ここ数時間の事件を報告していたらしい男たち。


「あれは『掟』ではありませんか。さては、今回のターゲットですか」


 白い仮面の男は、傷だらけの腕にタトゥーが彫られている。

 あれはきっと、魔道具のタトゥーだ。体を傷つける恐れがあり、危険なので、裏儀式に指定されている。


 俺はステータス画面を盾にしながら、白い男に突進する。


「うおおおおっ!」


 奴はタトゥーに魔力を流して肉体を強化し、ステータス画面を裏側から押して、対抗してくる。

 じりじり押されていく。怪力だ。加護を持つ俺たちに力比べを挑むだけのことはある。


「ぐおおおおっ!」


 俺は正面からのぶつかり合いを避け、直接殴りにいくことにする。

 願者流、口伝。最終的に勝てばいい。


「『火の指』!」


 タトゥーの無い首筋に、魔法で攻撃を加えて刺激する。

 続けて、狂咲による援護。


「『土の腕』!」


 土を細長く形成し、槍にしたようだ。

 長く頑強な槍は、魔力による推進力を得て、発射される。


「ぬっ!」


 命中したが、よろけた程度だ。魔力の練りが甘いためか、土の強度が足りないらしい。


 白い男は顔面に魔力を走らせつつ、魔導書を取り出す。

 れっきとした魔法使いか。裏儀式の教団といえど、中枢には本物がいる。おかしな話のようだが、それだけ正道は強い。


「こんなものに頼るしかないとは……」

「『土の指』」


 風切り音と共に、石弾が奴の魔導書を叩き落とす。

 山葵山が後ろから追いついてきたのだ。……もう奴を倒したのか。早すぎる。


 俺は男の隙を突いて、首に全力の殴打を叩き込む。


「願者流っ!」


 ステータス画面の縁を、目一杯の力でぶち当てるだけ。

 それだけで男の首はあっさりと胴から離れ、壁にぶつかって染みを残す。


 ……レベルは上がらない。もはや人間一人では不足なのか。


「これで、いいのか……?」


 俺は人が死ぬほどの力を軽々しく振るう自分に嫌気が差す。

 このままでは、俺も人間ではない何かに変貌してしまいそうだ。肉体ではなく、精神性が。

 鬼か悪魔か、それとも……。


「積田くん。気を確かに」


 俺は狂咲の声にハッとして、現実を見つめ直す。


 考えないようにしよう。狂咲を心配させてしまう。

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