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〜前哨戦とマインドフルネス〜

 魔法学校の面々が、いよいよ儀式の時を迎える。

 魔導書を媒介に魔法を使える存在……すなわち魔法使いとなり、町の名士としての一歩を踏み出すのだ。


 しかし、それを狙うは、非合法な裏儀式を取り仕切る集団……『マカリ』である。

 かつて、奴らは俺たちと学校を狙い、攻撃を仕掛けてきた。俺たちにとっては、因縁の相手だ。


「ねえ、積田くん」


 隣町への道。

 隣を歩く狂咲に、声をかけられる。


「襲ってくるなら、いつだと思う?」

「やはり儀式の最中だろう」


 俺は想像力を働かせて、予想する。


「あの辺りは入り組んでいる。その上、儀式の場は閉鎖空間だ。屋外より逃げにくい。奴らの自爆も効き目が出やすいだろう」

「……怖いね」


 震える狂咲の肩を、優しく叩く。


「本当に怖がっているのは、アネットたちだ。みんなの前で怯えを出さないようにしよう」

「……そうだね。気をつける」


 俺たちは元の位置に戻る。


 何事も起こらなければ、それが一番なのだが……まあ、それはありえないだろう。

 奴らの行動力は、人には理解できない領域にある。信仰のために命さえ捨てる、筋金入りの狂人たちだ。


 せめて楽な戦いになるよう、祈るしかない。


 〜〜〜〜〜


 現地に到着し、厳重な警備が固められた中を歩いていく。


 先頭を行く山葵山。その次に、代表のキャベリー。その次はアネット。やや遅れてアマテラス。最後にオメルタ。

 彼らの列の両側に、俺と狂咲がいる。


「いつ見ても、厳かな雰囲気を感じますわね」


 キャベリーはこの神社もどきを訪れたことがあるようだ。

 対して、アネットとオメルタは目を泳がせている。


「わ。変な服……。あの人、神の巫女……?」

「でけー。建てたやつ、どんな大工だよ」


 2人は非日常の気配がする周囲の光景に、ただただ圧倒されている。

 このうえ襲撃者まで来てしまったら、どうなるかわからない。混乱しなければよいが。


「皆さま。こちらへおあがりください」


 俺たちは神楽殿に通され、巫女名の舞を見ることになる。

 ……今回は音楽隊も控えているようだ。雅楽じみた楽器を持って、数名の男たちが控えている。全員仮面をつけた、同じ背格好の男性だ。


「舞踊を担当いたします、巫女名(みこな)澄子(すみこ)でございます。では、皆様のお力添えをさせていただきます」


 そう言って、巫女名は槍を構え、楽隊を待つ。

 最初の音。


「ピィー……」


 録音によるものとはまるで違う、清らかな音色。鳥の声より更に清廉で、妖精の声かと錯覚するほどだ。


 ……あんな事件があったというのに、巫女名の舞は揺るぎない。楽隊の音に合わせ、動きで人の願いと神の素晴らしさを表現している。


 確かに、彼女の代わりはいない。あんなミスをやらかしたとしても、クビにはできない。彼女ほど舞に対して真摯な踊り手は、何処を探しても見つからないだろう。


 ——舞が進む中、ほんの僅かな異変が起こる。

 楽隊のひとりが、音を外したのだ。


「ん?」


 たった一音だけ。たった一人だけ。

 しかし……だからこそ、浮いて見える。


「(儀式を失敗させるため……? いや、一音くらいでは、効果はない……)」


 音が魔法の一部なら、一音外れただけで効果が減るのかもしれない。


 俺は気がついた。しかし、動けない。彼が本当に間違っただけかもしれないからだ。

 俺では判断できない。誰か、他に……。


「『赦したまえ』」


 巫女名が以前の舞とは違う動きを見せる。

 俊敏に槍を構え、楽隊に向けて……


 突撃。


「馬鹿な!?」


 先程音を外した男が、ひらりと槍をかわす。

 そして火属性を放つ球体を放り投げ、巫女名の体に引火させる。


「うわっ!」

「教団に我が身を……」


 巫女名が水魔法で消火している隙に、男は自爆しようとする。

 だが、会場の隅にいた何者かが、彼の口に鋭い一撃を放つ。


「『土の指』」


 山葵山だ。

 彼女は石ころを指先に生成し、正確無比な射撃により、男の口内を的確に破壊する。


「ごぎゅ!?」


 折れていく歯。砕ける顎。その中に、魔道具らしき破片も。


 他の楽隊が、彼の体を押さえ込む。

 体重をかけて、山になる。詠唱を防ぐため、男の口に手を入れる。


 ……山葵山が顎を破壊したため、奴は詠唱も、魔道具を噛むことによる自爆もできなくなった。

 やはり山葵山は、戦い慣れている。レベル23までの道のりで、何人殺してきたのだろう。


 俺がステータス画面を開きながら周囲を警戒し、キャベリーたちを守っている間に、全てが終わる。

 巫女名は自前のスキルで回復。犯人は控えていた警吏が逮捕。成り代わられた男も救出。


「敵がいるとわかっていれば、こんなものです」


 起きた出来事の割に淡々とした、山葵山の言葉。

 舞いが再開され……キャベリーたちは無事、魔法使いとなった。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは警吏から男のことを聞き出す。


「リハーサルから本番までの僅かな間に入れ替わったらしい。元の演奏家は被害者みたいだけど、一応遠ざけておくね。グルの可能性もあるし」


 そう言って、警吏が2人減り、補充が来る。


 この警吏も成り代わられているのではないかと不安になってくる。思った以上に教団側の手際が良い。


 俺が冷や汗をかいていると、キャベリーが話しかけてくる。


「あの舞のお方……凄まじい大人物に違いありませんわ……」

「ん?」


 意表を突かれた俺に、キャベリーはお嬢様らしい品の良い笑顔を向ける。


「舞の動作が体に刻み込まれています。尖った生き方を選ぶ覚悟がなければ、できないことですわ」


 巫女名の場合、これで食っていけなければおしまいだという危機感が味方をしたのだろう。やや情けない動機だが、成功しているなら文句は言えない。


 俺は巫女名の知り合いとして、なんとなく誇らしく思う。


「そうだろう、そうだろう。俺も以前見た時、感動したものだ」

「あら。いつになく饒舌ですわね」


 そうだろうか。

 確かに俺は無口な方かもしれないが……舞踊が好きなわけではない。巫女名に思い入れもない。何故こうもテンションが上がっているのか、自分でもわからない。


「そう不思議な顔をするものではございません。同郷というだけで、人は親近感を抱くものです」


 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。キャベリーに笑われてしまう。


「学校。町。職場。同じ組織に属しているというだけで、それなりに好感度は上がるのです。わたくしも、あなた方と同じ教室で過ごせたことを、一生の誇りにするつもりですもの」


 一生。重いな。

 しかし、俺にとっても……日本の学生として過ごした僅かな時が、未だに焦げついて離れない。それと似たようなものか。


 俺は自分の免許証を取り出し、誓う。


「未来の町長に恥じない魔法使いになる。この世界を信じ、舞いを磨いた巫女名のように」

「あら。嬉しいですわね」


 俺たちが世間話をしていると、ふと部屋の隅にいる巫女名が目に入る。

 ……かなり派手に赤面している。どうやら聞かれていたようだ。


「我を忘れていただけなのに……」


 思えば、俺もずいぶんとこっ恥ずかしいことを言ってしまった。反省しよう。


 〜〜〜〜〜


 教団の攻撃が散発的に訪れたものの、俺たちは無事下山することができた。


 キャベリーは澱みない魔法で的確に攻撃を防ぎ、アネットは鍛えた足腰で逃げ回り、オメルタは反撃しようとして警吏に止められ、アマテラスはぼーっと立っていた。


 ……自爆はしてこなかった。子供に死を見せたくなかったので、好都合だ。


「みんな強いな。そのうち追い抜かれそうだ」


 俺が心の底から危機感を覚えると、オメルタやアネットは「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの顔でこちらを睨む。


「ステータスがあるくせに」


 オメルタの呟き。

 ……まあ、それを勘定に入れたら、俺たちは現地人では手に入らない下駄を履かせてもらっていることになるのか。向こうからすれば、それはずるだろう。


 俺は己の失言を理解して、黙る。

 強さという曖昧で乱れやすい目標を、軽々しく語るものではない。喧嘩になる。


 ——そして、俺たちは街に到着する。


「よかった……助かった……」


 アネットは汗を拭いながら、涙ぐんでいる。

 登山だけでも骨だというのに、命懸けの戦闘まで挟んだのだ。子供には酷だろう。


 俺は彼女を気遣いつつ、油断なく周囲を警戒する。

 街を歩く、魔導書持ちの人々。

 この街には本物の魔法使いが多い。偽物の連中からすれば、肩身が狭いだろう。


 俺たちは警吏に囲まれつつ、人目につきやすい大通りを進む。

 ……窓の中に、人。銃を持っている。


「いるぞ!」


 俺はステータス画面を構え、伏せるよう伝える。

 人影は銃を撃たず、逃げる。

 警吏が場所を特定し、追いかける。


 ……まだ、襲ってくるのか。


「ずいぶん治安が悪いな」

「ありえない。こんなに大規模なテロは、今までありませんでした」


 自分の画面に隠れながら、山葵山は顎をガタガタと鳴らしている。

 歴戦の彼女でも、銃は怖いのか。……俺もそうだ。守るべき人がいないなら、すぐにでも逃げ出したい。


 先ほど駆け出した警吏が戻ってくる。


「逃げられました」

「どこで見失いましたか?」

「奴が建物の裏から出て、すぐに。他の建物に逃げ込んだようです」


 ……ふむ。あらかじめ逃げるルートを確保しておいたのだろう。


 警吏は魔道具で他の味方に連絡を取り、応援を求める。


「人員を求む。……足りない?」


 ……俺たちは本気の教団の恐ろしさを理解する。

 一人を捕まえるために、複数人が必要になる。これで守りを手薄にしてから、一気に叩くつもりか。


「もはや戦争ですね」


 俺が誇張じみた表現として口にすると、山葵山は青ざめながら頷く。


「ええ。裏儀式を放置してきたツケが、今になって押し寄せてきているのでしょう」


 戦争という言葉が、冗談では済まない事態のようだ。

 表通りも騒がしくなっている。警吏が大勢動いているので、不安を煽られているのだろう。


 山葵山は俺と狂咲に向けて、断固とした口調で鼓舞する。


「ジュリアンくんを殺した裏儀式を、許してはいけません。我々こそが正道であると示すのです」


 今は亡きクラスメイトの名前があがり、皆は立ち向かう決意を固める。

 故人の名を使うのは、うまいやり方だ。物言わぬ死者を利用しているようで、若干汚い雰囲気も感じ取れるが……。


「オレ、負けねえから」

「アネットも」


 年少の2人が奮起するのを見ると、間違いとは言いにくい。


 〜〜〜〜〜


 夕方ごろ。

 魔道具専門店が立ち並ぶ通りまで来た。


 もう少し歩けば、街の外に出る。もちろん、そこから先も危険だが……一応、秘策がある。


「あと少しだ」


 俺は疲労の色が濃い一同を連れて、街道へと急ぐ。


 しかし、仮面を被った教団員たちが現れる。


「我らをグリルボウルから排斥した愚か者たちに、神の代行者として制裁を加える」


 囲まれている。待ち伏せか。

 数は……20人近い。以前の塔ではこれ以上の数を相手取ったものの、あれは水空と素駆にほとんどを任せたからだ。俺だけではきつい。


「決して前に出ないように」


 山葵山はステータス画面を背中に回し、魔導書を取り出す。

 ……服の内側から、書を出した。本気のようだ。


 俺たちもキャベリーたちをステータス画面に隠し、教団に立ち向かう。


「何が制裁だ。子供相手にふざけた真似を……!」


 俺が怒りを露わにすると、狂咲は静かに同意する。


「みんなの未来のために……負けられないね」


 俺たち3人が前に出たところで、教団のひとりが手投げ弾を投擲してくる。

 土の魔法で強固な壁を作り、防ぐ。


「聖戦だぁァァ!!」


 爆発音と共に、乱戦が幕を開ける。


 〜〜〜〜〜


 俺は範囲の広い風の魔法で、敵の攻撃を散らしながら突撃する。


「『風の腕』!」


 その名の通り、腕から風を放つ魔法である。

 媒介とする体の部位によって、魔法の性質は大きく変わる。風の腕は、ドリルのような突風だ。


 教団の魔道具たちは、俺に届く前に吹き飛ばされ、四散していく。

 込められた魔力ごと分解すれば、起動しない。流れ弾で誰かを傷つけることはない。


「くそっ。腐った金持ちの分際で……!」


 何か勘違いをしているらしい団員が、後ろで守られているキャベリーたちを見ながら、怨嗟の声をあげている。


「魔法使いばっかりぶくぶく肥えやがって! 学歴持ちばっかり優遇するせいで……俺たちゃ暮らしていけねえんだよ!」


 お門違いの文句を俺たちにぶつけて、人を殺そうとしている。

 許せない。他人をはけ口にしやがって。おかげで戦いたくもない子供たちが、害を被っている。


「『土の腕:インドラ・モウ!』」


 俺は完全詠唱の土魔法で、頑丈な網を作る。

 魔力がこもった土の網。細かい割に、簡単には破れない。


 網に巻き取られた団員を、俺は殴りに行く。


「勝手に死ね!」


 怒りを込めた拳で、団員の仮面が割れる。

 中年の男性だ。無精髭が醜い。


 俺はいつかの篠原や串高を思い出す。

 彼らは狂っていた。人を殺すことしか考えていなかった。

 それに比べれば、目の前の彼らには、まだ光がある。いくらでもやり直せるはずなのに。


「なんで俺が、こんなことを! しなきゃいけないんだよ!」


 俺はひとりずつ殴り倒しながら、やり場のなくなった怒りを叫ぶ。


「二度とそのツラ見せんな! 大人しく生きろ!」


 拳が血まみれだ。土魔法ごと殴ったせいだ。

 俺もきっと、疲れているのだろう。教団と初めて戦ったあの時から、ずっと。


 気づけば、戦いの音は止んでいる。

 俺は張り裂けそうな心臓の音を聞きながら、振り返って皆の様子を確認する。


 山葵山の足元には、10人ほど転がっている。風の魔法か何かで、喉を切り裂けれて死んでいる。


「小金ちゃん。ひとり、わざと逃した」


 狂咲は頭部が欠けた死体を見下ろしつつ、呟く。

 おそらく、3人殺したのか。


 ……まさか、なるべく殺さずに無力化したのは、俺だけなのか?


「(みんなも殺したいわけではなかった……と、思いたいんだが……)」


 狂咲は手元に盗聴石を取り出し、生気のない顔で俺たちに告げる。


「アジト、突き止めた方が良いと思って」


 ……確かに、今回のようなことが二度とあってはならない。大元を叩くべきだろう。

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