〜再びの裏儀式〜
翌朝。
俺たちは1月2日の商店を見物して回る。
エンマギアの街は魔道具専門店が目白押し。新年早々、魅力的な商品たちに目移りしてしまう。
まずは『魔石の穴場・ホルモール』。
大量の魔力がこもった上質な魔石を売りにしている店だ。取り扱い注意だが、魔道具の部品になるジャンクパーツもある。
「おい。ミニ扇風機あるぞ」
「冬に買ってどうすんだよ」
俺と飯田は、面白い魔道具に大はしゃぎする。
災害時用のペンライトを購入。
次に『ガンショップ・ティーファイア』。
魔道具の銃を売っている店だ。四属性以上を使いこなせる魔法使いでないと、門前払いを食らう。
俺と狂咲の免許に使える属性が記入されており、出入りが可能になった。
「銃は嫌な思い出しかないなー」
「攻撃手段が少ない水空こそ、持つべきだ」
「いや……昔、被り物を着て山で遊んでたら、猟友会に撃たれてさあ。ついでに熊とも鉢合わせして。勝ったからいいけど」
水空の化け物エピソードを受け入れ拒否しつつ、的当て用のサークルを購入。
お次は『人喰い金貨の大カジノ』。
その名の通り、賭場である。
……流石にここで、俺たちは止まる。
「財布の紐、緩みすぎじゃね?」
「うん……」
飯田と狂咲が正気に戻り、引き返す。
水空と馬場はつまらなそうな顔をしていたが。
……一応、なんとなく『堆肥と重機のビックオリバー』にも顔を出す。
「おやおや。これはいつぞやの仮免さん……」
相変わらず人がいない店の中、胡散くささを極めた店員が出迎える。
俺と水空が死闘を覚悟する中、狂咲は朗らかな笑顔で会話を試みる。
「新年あけましておめでとうございます」
「おや。相変わらず礼儀正しいお方ですね。今年もよろしくお願いしますよ」
店員は腹の底では何を考えているのはわからない笑みを返しつつ、細身を曲げて頭を下げる。
馬場と飯田が息を呑む中、店員は何かを企んでいそうな顔で俺を見る。
「ところで、ずいぶん早く魔法使いになりましたね。最近の子は伸びが早いのでしょうか」
「なっ!? なぜ知って……!?」
俺と水空が警戒して戦闘態勢に入ると、彼は手のひらをひらひらと振って誤魔化す。
「失礼。魔法使い相手の仕事をしていると、目が慣れてくるものでして。特にこの街では、観察対象に困りませんから……。ククク……」
観察対象とやらを最終的に始末していそうな笑い声を上げつつ、彼はひとつの商品を手に取る。
出来のいい木彫りの工芸品だ。おそらくは、猫をかたどった物。
「折角ですので、新商品のご紹介をさせていただきますよ。こちらは猫の鳴き声を100種類録音した、愛猫家にはたまらない逸品でございます。猫語への翻訳機能もありますよ」
「欲しいにゃ」
「買います」
猫魔と工藤が、共同で購入。
言ったそばから、また出費。この店員はやはり敵に違いない。
〜〜〜〜〜
かさばる荷物を抱えて、帰宅。
幸い、空き巣には入られていない。もっとも、コソ泥が入れば工藤のスタンガンで自動迎撃する仕組みを備えてあるが。
俺たちは入ってすぐの広間で、腰を落ち着ける。
「ふいー。つかりた」
水空がコタツに電源を入れ、工藤は猫人形をテーブルに置く。
飯田は床にゴロリ。馬場はソファの上へ。狂咲は背もたれに片手を置く。
俺は……なんとなく離れたくないので、この場に残る。
……すっかりこの空間が好きになっている。俺らしくもない。
「なあ、猫魔」
俺はコタツで丸くなっている猫魔に声をかける。
「なんにゃ?」
「お前、猫語がわかるのか?」
「わかんにゃい。だから、これ欲しかった」
そう言って、猫魔はスキルで猫に変化し、人形にパンチを繰り出す。
「猫の声帯で、なんか言ってみるにゃ」
「なるほど。それで翻訳が正しいかどうか、わかるわけか」
俺たちはかつてない期待に満ちた目で、猫魔を見つめる。
「ごろにゃあ」
「『寂しいにゃ』」
「当たらずとも遠からず、にゃ」
……微妙な精度らしい。
〜〜〜〜〜
俺たちは各自部屋に戻り、荷物を片付ける。
俺はジャージのような部屋着に着替えて、仕入れた本を読み始める。
「にゃ」
猫状態の猫魔が、器用にドアを開けて入ってくる。
……そして、膝の上に乗る。
「どけ」
「むにゃ」
「どけ」
「話があるにゃ」
俺は猫魔の脇を持って降ろしつつ、要件を伺う。
「何の用だ?」
「道中、怪しいのを見かけたにゃ」
怪しいの、とはなんだ。見かけた時点で言えよ。
そう思いつつ、口には出さない。猫魔は気難しい奴だ。へそを曲げられても困る。
「どこで、何を見た?」
「宿の辺りで、変なこと話してる奴ら」
かなり重要な話のようだ。しかも、割と近くにいたじゃないか。本当に何故言わなかったんだ。
俺は苛立ちを堪えつつ、更なる情報収集を狙う。
「内容は覚えているか?」
「『儀式』とかマカ……なんとか」
「マカリ?」
「そう、それにゃ」
マカリとは、俺たちと戦った裏儀式の教団の名前じゃないか。
いよいよ、全てを聞き出すしかなくなった。
「全部吐け」
「毛玉を?」
「知っていること、全て」
「顔が怖いにゃ。にゃーも大事だと思ったから教えにきたにゃ」
猫魔はちょこんとベッドの上に座りつつ、詳細を語る。
「宿の裏で話してたにゃ。猫は聴覚が良いにゃ」
「あんなところに用なんか無いだろうに。そいつら、いよいよ怪しいな」
「気になって、屋根に登って見下ろしたにゃ。そしたら……にゃんか、巫女名の話をしてたにゃ。たぶん」
猫魔もうろ覚えらしい。ところどころで顔を洗いながら、必死に記憶を手繰り寄せている。
「巫女名が非合法な儀式をした話が広まって、裏儀式とやらが反応したらしいにゃ。何するかは知らにゃいけど、きっとろくなことじゃないにゃ」
「そうか」
そこまで聞いた俺は、いよいよ衝動を抑えきれなくなり、猫魔の頬を掴む。
「なんでもっと早く言わなかったんだ!」
「にゃーは逃げ腰なんだにゃ! 良心が咎めて言いに来ただけでも褒めてほしいにゃ!」
なるほど。ずっと世間から逃げ続けてきたから、そんな性格になってしまったのか。教団の奴らを殴って金を巻き上げていた癖に。
俺は猫魔の狭い額をわしゃわしゃと撫でつつ、文句を垂れる。
「ありがとう、猫魔。今度から現実逃避をやめて、もっと早く立ち向かえ。俺たちを頼っていいから」
「にゃむ……ごろごろ」
撫でられるのが気持ちいいのか、猫魔は不服そうな顔をしつつ、喉を鳴らしている。
……クラスメイトを撫でていると思うと、吐き気がしてきた。このくらいにしておこう。
俺はこの事実を伝えるため、一階に降りる。
すぐさま共有し、手を打たねばなるまい。
〜〜〜〜〜
魔法学校にて。
正月早々に働かされて、山葵山は露骨に苛立っている。
「どいつもこいつも。あいつもそいつも。それはそれでこれはこれでしょうに」
語彙力が消え失せている。これは重体だ。
俺たちは申し訳なさを滲ませつつ、猫魔が聞き出した情報を告げる。
すると、山葵山は般若のような顔で教卓を叩く。
「こんなに早く巫女名さんの不手際が漏れたってことは、警吏か騎士団か、あの施設の人たちが腐ってるってことでしょ!?」
そうか。そういう考え方か。
確かに、あの閉鎖的な山に出入りしている人間は限られる。そして、俺たちが自らの醜態を漏らすはずがなく、あの神社もどきも身内の不始末を言いふらすはずがない。
となると、残るは事件の捜査に関わった者たち。
「たぶん末端の人が口を滑らせて、裏儀式に……」
「例の教団って、噂をすぐに掴めるほど蔓延ってるんですか?」
馬場が尋ねると、山葵山は深呼吸をして教師らしさを取り戻してから、答える。
「わかりません。しかし、山ほどいます」
「どっち?」
「わたしの経験上、石を投げれば当たるほどたくさんいるはずなのに……まるで全貌が見えません。故に恐ろしいのです」
山葵山は過去にマッドサイエンティストの集団を潰してきたと言っていた。その集団もまた、裏儀式に通じていたのかもしれない。この世界におけるサイエンスとは、魔法なのだから。
俺は山葵山を司令塔として動くため、尋ねる。
「これから、どうすれば?」
「騎士団が巫女名さんや福祉施設……『影法師の里』のメンバーに網を張ると思います。ですので、皆さんは……この町で、普通にしていてください」
山葵山は俺たちを宥めるためか、そっと微笑む。
「彼女のことは心配かもしれません。ですが、この町でできることはありませんバラバラに行動して、各個撃破されたら……」
「命は大事、ですね」
馬場は肩を震わせている。
悔しいのだろうか。先日決意した矢先に、待機を命じられたのだから。
俺には彼の気持ちがよくわかる。狂咲と水空も、きっと同じだろう。クラスメイトを助けたくて仕方ないに違いない。
「俺と狂咲と水空でも、駄目か?」
俺はダメ元で提案してみる。
「俺たち3人なら、戦力は十分だ。探知のスキルもあるし、例のヘリで楽に行き来できる」
「いいえ。静かにしていてもらいます」
やはり駄目か。経験豊富な山葵山が否定するなら、俺たちが出る幕は無いのだろう。
教団の規模を、俺たちはまだ知らない。裏儀式とやらについても……。
俯く俺に向けて、山葵山は付け加える。
「ただし、積田くんと狂咲さんには、彼女に会いに行く機会があります」
「えっ」
驚く狂咲。目が皿のようだ。
「本来儀式が行われるはずだった日に、わたしと同伴でのみ、施設に向かうことを許可します」
「何故、その日に?」
「キャベリーさん、アネットさん、オメルタくんの儀式があるからです。同じ学校の生徒として、護衛しながら見守ってあげてください」
なるほど。確かに、その日は何かが動きそうだ。裏儀式の連中が本物の儀式を邪魔してくる可能性もあり得る。
俺は狂咲と顔を見合わせる。
彼女もやる気だ。
「わかりました」
「よろしくお願いします」
俺たちはクラスメイトの皆からも、熱い視線を受け取る。
「任せたぞ、積田」
「ああ」
飯田と拳を突き合わせ、俺は闘志を高める。
〜〜〜〜〜
——月日は流れるように過ぎる。
山葵山の指導は、高度かつ熱血になり、並の人間では死に至るのではないかという過酷さを帯び始める。
しかし、ここで諦めては願者流が廃る。俺は食いしばり、危険な魔法の数々を習得する。
『異説魔法』と呼ばれるものだ。
「一応、わたしのできる範囲で教えこみましたけど……無闇に使わないでくださいね」
山葵山に念を押される。
使えるようになった今だからこそ、わかる。俺が教わった『異説魔法』は、RPGに例えるなら、MPに加えてHPも消費する魔法だ。瀕死の状態で使うと死に至る。
……彼女がこれを託したのは、それだけ俺を信頼しているからだろう。
——更に時は過ぎる。
俺はアルバイトを増やし、資金を貯めている。
狂咲との結婚資金は勿論だが、魔道具も買い込んでおきたい。
もし俺が死んでも、家が魔力に困らないように。
狂咲は魔法学校の宣伝をして、来年度の生徒を呼び込もうとしている。
俺たちの噂は既に広まっており、魔法を必要とする家の間は、子供を預けようとする風潮が再び高まっているそうだ。
三属性を一年で覚えるのは、かなりのハイペース。それを成し遂げた上、四属性まで手を伸ばす者が多いとなれば、信用されて当然だ。
水空はアネットたちとぶつかり稽古をしている。
彼女は武芸を嗜んでこそいないものの、べらぼうに強い。今のところ、無敗だそうだ。
飯田はエンマギアに行けないので、この町で商売をしている。
魔力消費が少ない小物を大量生産し、大量に売り捌く毎日だ。
馬場はボードゲームの大会を主催しつつ、人脈を広げている。
この町に残った教団の残滓を、根こそぎ洗い出す勢いだ。勝負仲間との親しげな会話の中で、怪しい人物の噂を仕入れることができたそうだ。
工藤と猫魔は……何をしているのかわからない。
ただ、よく森の方に出向いているので、猫魔のレベル上げに付き合っているのだろう。
——そんなことをしているうちに、いつのまにか、冬の終わりが近づいてくる。
卒業までひと月を切った、バレンタインデー。
儀式の時が、やってくる。