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〜横から体当たりされても〜

 巫女名と俺たちは、まとめて捕縛された。

 違法な儀式による魔法取得……すなわち裏儀式の疑いである。


「新年早々、大騒動だな」


 飯田は死んだ魚のような目で、拘束された手足を見つめている。


 魔道具の縄によって縛られた箇所は、俺たちの力でもまったく引き剥がせない。どうにも体内の魔力を弄られている気配がする。ステータスが機能していないのか。


 中年の女性職員は、呆れた目で巫女名を見下ろしている。


「舞踊の際には、魔導書の有無を確認しなさいと言ったでしょう」

「だって、そういう目的の窓口があるじゃないですかあ……。だいたいそっち通ってきてるから、踊り手が確認することなんかなかったじゃないですかあ……」


 巫女名は言い訳を繰り返している。


 既に業務として舞を繰り返していたのか。中途半端に慣れが出て、油断からミスをしたようだ。

 ……個人のミスに周りを巻き込む辺りが、実に巫女名らしい。


 エンマギアの警吏たちは、気の毒そうな目で俺たちを見下ろしている。


「ミコナさんが儀式の担当になった時から、いつかやらかすだろうと思ってました」

「え!?」


 どうやら彼女のそそっかしい性質は、異世界でも広まっているらしい。


 環境が変わろうと、変わらないものがある。人の心の芯にあるものだ。

 篠原のようになっていないことに安堵するべきなのかもしれないが……俺にとっては恐怖の方が大きい。


「あ、あたし……あたしが、全部悪いです……」


 巫女名は己の否を認め、すすり泣き始める。


「全部あたしのミスなんです……。だから、みんなは悪くないです……」


 俺たちを庇ってくれている。

 まあ、事実を述べているだけなのだが。


 狂咲は警吏たちに向けて、落ち着いた様子で身分を明かす。


「あたしたちはグリルボウルの魔法学校に通っています。担任の山葵山先生を呼んでください」

「あの学校か。まあ、新設だし……そういうこともあるよね……」


 警吏たちは既に同情的な雰囲気になりつつある。

 巫女名のドジに対して、妙な信頼があるようだ。


 ……それでも拘束は解かれないようだが。


「えーと、これからどうしたらいいんです?」


 狂咲が尋ねると、警吏は女性職員と話し合い、回答する。


「仕事の邪魔になりそうだから……ちょっと、隅の方に移動を……」


 俺たちはお荷物として担がれ、建物の影になる場所に運ばれる。

 ……悲しい。人間としての誇りを丸ごと剥がされたような気分だ。


 〜〜〜〜〜


 山葵山が到着し、俺たちの体調と仮免を見る。


 三属性を覚えた時点で受け取った、仮免。これがあれば、低出力の魔法を慣らしとして使えるようになるのだが……。


「完全に許可証になってる……」


 どうやら儀式を経ると、仮免がそのまま本免になるらしい。

 俺は困惑しつつ、今後の展望を問う。


「本来の儀式は受けられないということですか?」

「同じもののはずだから、大丈夫。……むしろ、ただで見れてラッキーかも。手続きが面倒だけど」


 山葵山は頭痛に苦しみながら、狂咲の免許証も確認する。

 こちらも俺と同じく、ほのかに熱を帯びている。見ればわかるほど力強い魔力を纏い、その効力を示している。


「積田くんと狂咲さんは、これで全課程修了となります」

「もう卒業?」

「普通は、もうちょっと慣らしてからなるものなんだけど……まあ、危険はないでしょ。……はあ」


 狂咲の発言を受けて、山葵山は我慢の限界を迎えたようだ。

 施設の壁に手をつき、下を向いて叫ぶ。


「納得いかなーい!!」


 ああ、また山葵山が熱血教師モードに入った。こうなるたびに、俺たちは厳しいカリキュラムを押し付けられることになるのだ。


 山葵山はのっしのっしと歩き回りながら、天に向けて何かを捲し立てる。


「わたしの全てを教え込むつもりで励んできたのに、こんな見切り発車で魔法使いデビューだなんて、到底許せませんよぉ!?」

「あのー、山葵山先生」

「まだまだ混合魔法も異説魔法も異国情緒溢れるアレやコレも教えてないのに……卒業!? 最初の教え子卒業!? いいえ、まだまだまだまだ!!」

「小金ちゃん……」


 山葵山小金はギラギラと輝く瞳をこちらに向けて、俺たちに詰め寄る。


「あなたたちは天才です!」

「はあ」

「普通は5年くらいかけてたどり着く場所に半年くらいで悠々到着し、まだ伸びようとしている!」


 山葵山は教師らしく整った服を振り乱しながら、激しくヘッドバンキングを始める。


「ダイヤの原石! 怠惰な原石! アイワナ功績、フゥッ!」

「落ち着いて」

「だというのに……巫女名さぁん!?」


 俺たちから離れた場所に拘束されていた巫女名は、不意に話しかけられて挙動不審になる。

 聴取していた警吏や騎士団たちも。


「今回は大した影響が出ずに済みましたけれど、今後のあなたのためにも、カリキュラムを崩してしまった責任……取ってもらいますからねぇー!!」

「は、はい……」


 その後、山葵山も拘束されかけたものの、警吏たちの必死の説得で矛を納め、山を降りることになる。

 下手に騒いで、事件を大きくしないでほしいものだ。


 〜〜〜〜〜


 巫女名と女性職員の謝罪を受けて、俺たちは山を降りる。

 縛られていた手足が痛い。腹も減った。


「夜はエンマギアに泊まるんだよな?」

「そのつもりー」


 スタミナがあるはずの飯田と水空も、疲れた様子で肩を落としている。

 ……今の2人には、夕陽が妙に似合っている。


 俺は猫魔に今日の出来事を掻い摘んで教えている。

 彼は事情を知らないので、事態について来れていないのだ。


「俺たちは魔法学校に通っていて……」

「にゃー」


 拘束されたまま寝ていた彼は、今のところ元気が有り余っている。年頃の少女らしく、快活に階段を降りていく。


 スキルも魔法も、神の加護。ならば、人を猫に変える魔法も、どこかにあるのだろうか。


「お前、完全な猫になりたいんだよな?」

「そうにゃ」


 猫は青い瞳をこちらに向ける。


「スキルは疲れるにゃ。だから、半日くらいしか猫にはなれないにゃ」

「半日保つのか」

「よく魚屋に寄ってたにゃ。あ、ちゃんとお金は置いてったにゃ」


 強奪した金だろうに。……まあ、教団しか襲っていなかったようだから……ぎりぎりアウト、くらいか。

 たとえ彼らが悪だとしても、窃盗という悪がなくなるわけではない。注意しておかねば。


「猫魔。今後、小遣いは俺が……いや、飯田が渡す。人を襲って奪ったりするな」

「了解」


 飯田が背中越しに片手を上げる。


「俺以外から貰おうとすんなよ。みんなも渡すな」

「合点承知ー」


 水空たちが、猫魔の外堀を埋めていく。

 そして猫魔も……あっさりと承諾する。


「いいにゃ。虫がいない時に、仕方なくやってただけだからにゃ」

「あのさー」


 水空が疲れた声で尋ねる。


「虫……食うの?」

「当然にゃ」

「生で?」

「もちろん」


 水空は虫が苦手……ではなさそうだが、流石に食べるとなると抵抗があるのか。


 猫魔は何故か得意げに付け加える。


「あの神社は虫が美味いにゃ。きっといいもん食ってるにゃ」

「お前、いつそんなこと……」

「にゃ? 縄抜けて、外出てたにゃ」

「は!?」


 コイツ、逃げてやがったのか。

 俺を含めて、誰も気が付かなかったらしい。全員足を止めて、猫魔を取り囲んでいる。


「ずっといたような気がするんだけど!?」

「警吏の目もあったのに!?」

「魔道具の縄を抜けて!?」


 多方向からの質問攻めに会い、猫魔は混乱しているようだ。


「にゃー!? 猫になると、ちょっぴり目立たなくなるにゃ! それだけにゃ!」

「ちょっぴりってレベルじゃねえだろ!? あんなに大勢いる前で消えたんだぞ!?」


 飯田は興奮気味だ。

 俺もだんだんと冷静さを取り戻し、猫魔のスキルの有用性に気付きつつある。


 この猫は、隠密行動に最適だ。

 盗聴石で怪しい場所を絞り込み、猫魔が潜入。これは強力な組み合わせだ。スパイとして申し分ない。


「やったな、猫魔。お前、穀潰し卒業だ」

「どうでもいいにゃ……」


 猫魔は突然皆に声をかけられ、目を回している。


 人目につかないことも、彼の望みを神が叶えた結果なのだとすれば……もしかすると、猫魔の本質はただのコミュ障なのかもしれない。


 少しだけ、彼の性格が掴めた……ような気がする。


 〜〜〜〜〜


 エンマギアの宿。

 今回は年始であり、事前に予約もしてあるので、そこそこ良い宿だ。

 魔道具による設備が満載で、スタッフも丁寧。セキュリティもバッチリ。


「きもちぃー!」


 飯田はふかふかのベッドに寝転び、子供のようにはしゃいでいる。


 俺と飯田、馬場が男子部屋。狂咲と水空と工藤と、一応猫魔も女子部屋だ。

 猫魔の中身は男だが、見た目は女子で、今は猫だ。手出しはできまい。一応、手枷も付けてある。


「猫お断りじゃなくて助かったぜ」

「まあ、いい宿だからな」


 狂咲が入念なリサーチの末に選んだのだから、間違いがあったら困る。

 ……もちろん、料金や場所の都合で不足はあるが。


 俺は2つしかないやわらかベッドを賭けて、じゃんけんの姿勢を取る。


「さて……飯田よ。願者流じゃんけん奥義を披露する時が来たようだな」

「よし。負けたらソファな。馬場も来い」


 俺たちが盛り上がっているところに、馬場が手を挙げる。


「僕がソファに行く」


 献身的な姿勢だ。人間の鑑と言える。

 だが、感心しないぞ。せっかく盛り上がっているのだから、お前も乗れ。


「馬場。やれ」

「結果は見えてるけどなあ」


 俺たち3人はじゃんけんに興じ、結果を出す。

 ……馬場のストレート負けである。


「だよね」

「お前……どういう星の元に……」


 俺と飯田は、あまりの不憫さに涙が止まらない。

 馬場。お前はどうして生きていられるんだ。人間という器の中に溜め込める不幸を、遥かに超えているではないか。


 俺は馬場から勝ち取ったベッドに倒れ込み、そして呟く。


「俺は……3つ目のベッドを買える男になる」

「意味がわからないよ」


 馬場は何も気にしていない様子で、ソファに腰かける。

 慣れた様子だ。健気である。


 ……しばらくベッドに沈み込んでいると、飯田が声をかけてくる。


「なあ。お前、狂咲と結婚すんのか?」

「そういう話か……」


 確かに、どことなく修学旅行のような雰囲気になりつつあるが……これが正月にする話か?

 俺はため息を吐きつつ、率直に答える。


「まだ先の話だ」

「する予定ではあるんだな?」


 何故飯田はこの話を持ち出したのだろう。疑問ではあるが、いい機会だ。この際だから、飯田とも距離を縮めておくことにしよう。


 俺は枕の柔らかさを確かめつつ、逆に質問をしてみる。


「お前は今、好きな人とかいるのか?」

「今は……いないはずだ」

「はずってなんだよ」

「……このままぶらぶらしてたら、全員お前に捕られちまいそうで怖いんだ」


 飯田は冗談なのか本気なのか、そんなことを言ってベッドから起き上がる。


「工藤はそうでもねえけど、水空はお前しか見てねえじゃん? ああいう雰囲気出されると、狂咲だけじゃストッパーにならねえよ」

「俺も困ってる。水空はどうしてああなんだ?」

「俺もわからん。モテる理由がわかるなら、俺だってとっくにモテてる」


 飯田は拳を突き上げる。


「新年の抱負! モテる男になる!」

「……そうか」

「反応薄いな」


 俺たちが照明を見上げて黙っていると、馬場が会話に入ってくる。


「大切なものしか、守りたくないんだと思う」


 馬場にはわかるのだろうか。それとも、当てずっぽうだろうか。詳しく聞いてみよう。


「どういうことだ?」

「たくさん好きになって、たくさんフラれて、最後にひとりを見つけて……っていうのが、普通の流れでしょ?」

「まあ、そうなるな」


 もし恋愛が成就しなければ、その流れを辿ることになる。

 しかし、水空はそうなっていない。そこに違いがあるのか。


 馬場は持参した本を読みながら、続ける。


「水空さんは、きっと優しいんだと思う。元カレでも友達でも、一度情が移った人に不幸があったら、守りたくなっちゃう。自分でもそう思ってるから、あんまり輪を広げないようにしてる」

「……納得がいく話だ」


 頭部をかち割られるほどの大怪我を負っても、闘志を失わない。それほどの覚悟を、他の誰にでも発揮するようになったら。

 体がいくつあっても足りないだろう。


「僕たちも気をつけないと。水空さんの負担になりたくないし」

「もしかして、馬場はいつも、そういうことを気にしてるのか?」

「まあ、そうだね」


 馬場は優しげな目つきで微笑む。


 彼は不幸であり、他人を巻き込むことを気にしている。だからこそ、今までは人付き合いを避けてきた部分があるのだろう。


 俺は彼と趣味が合う。だというのに、今まで話してこなかった理由は……お互いに避けていたためか。


「ねえ、積田くん」


 馬場はいつのまにか部屋着に着替えている。もう寝る体勢だ。


「僕も魔法学校に通いたい。あの儀式を見て、なんとなくだけど、この世界が好きになったんだ」

「今までは、嫌いだったのか」

「そりゃ、ね。あんなスキル押し付けられたし」


 自分の発言に、俺自身も驚く。

 いつのまにか、俺もこの世界に愛着が湧いていたというのか。不覚だ。


 馬場はゆっくりとした動作で寝転ぶ。


「でも……言い方悪くなっちゃうけど、巫女名さんは僕と同じ、不幸体質だ。そんなあの人でも、はっきりと誰かの役に立てるなら……」


 そうか。馬場にとって、巫女名は同類か。


 大丈夫だ。お前は遅れなど取っていない。そう言おうと思ったが、やめておく。

 たとえ無自覚な劣等感でも、彼の動力となるなら、遮ってはならない。


「俺は来年から働く。新たに得た魔法で、就職先を探す。だから、金のことは気にするな。俺も飯田に背負ってもらったからな」

「僕もいつか、背負う側になりたい。僕の抱負は、役に立つ男になる、だね」


 いつのまにか眠っている飯田を傍目に、俺たちはぽつぽつと会話を続ける。


 彼はきっと、伸びる。そんな確信を抱きながら、俺は心地よい眠りに落ちていく。

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