〜パニック・イン・神社寺〜
異世界に来て最初の元旦。
俺たちはおせちやお雑煮への恋しさを堪え、初詣に行くことにする。
……まあ、本物の神社ではない。それっぽい場所にクラスメイトがいるらしいので、会いに行くというだけだ。
猫魔を含めた、ほぼフルメンバーだ。なんと工藤もいる。
「ここが魔道具の街ですか」
工藤は初めて見る『エンマギア』の光景に驚いている。
立ち並ぶ魔道具専門店。彷徨く魔法使いたち。日本ではあり得ない光景だ。地球の他国でもまずないだろう。
遠出ということで、俺は猫魔を気づかう。付き合いは浅いが、彼とはもっと親交を深めたい。
「人の姿で大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。今すぐ四足歩行したいにゃ」
彼は短い黒髪を振り乱しつつ、首を横に振る。
容姿は少女だが、元は男。そして今は猫を目指している。
奇妙な立場であり、俺たちは扱いに困っている。何らかの役割を担ってほしいところだが……。
……まあ、今は人として出歩いてくれるだけでよしとしよう。
今日の目的はリハビリではないのだから。
俺たちはエンマギアの街を抜け、山へと向かう。
目的地はまだまだ遠い。
〜〜〜〜〜
エンマギアから更に奥へ進んだ先に、その神社もどきは建っている。
赤い鳥居に、石の参道。奥には拝殿が。
……まあ、これくらいだ。あまり大きな施設ではない。
「なんで異世界に神社が?」
飯田がもっともな疑問を呈すると、下調べをしてきた狂咲が解説する。
「たまたま似てるだけみたい」
「偶然でこんなに似るか?」
「もしかしたら、昔にもこの世界に来た人がいるのかもね。……あと、ここ神社じゃないらしいよ」
狂咲は手元のメモを確認しつつ、この神社もどきの正体を暴く。
「ここは養護施設であり、孤児院でもあり、困った時の相談所でもある場所だよ」
「それ、お寺に近いね」
馬場の指摘に、狂咲は頷く。
「生きる力がなくなった人のための、駆け込み寺って感じ」
「……駆け込み寺」
俺は思わず復唱してしまう。
駆け込み寺の由来は、縁切り。暴力を振るう夫と別れるために、妻が逃げ込む場所。
そんな意味での発言ではないはずだが、狂咲との関係が切れてしまいそうで、縁起が悪い。
俺が青ざめていると、狂咲は慌てて否定する。
「大丈夫。あたしはここにいるよ」
これからずっと、そうあってほしいものだ。
——さて。
そんな俺の内心はともかく。
狂咲は巫女服のような衣装を纏った職員に声をかける。
「すみません。巫女名さんはいますか?」
女性職員は掃除の手を止めて振り返る。
それなりにお年を召している。優しそうな顔だ。
「はい。ミコナはうちにいますよ」
巫女名澄子。かつて素駆から情報を得た、クラスメイトのひとり。この場所で職員として働いているらしい。
俺たちは山道を通り、拝殿の裏へと案内される。
「……えっ」
水空の驚く声。
俺もまた、その光景に驚愕する。
「なるほど。神社ではないな」
裏手にあるのは、町工場じみた建物。どうやら魔道具を作っているらしい。
……結局、ここも魔道具か。エンマギアらしい。
「働き先が無い人たちや、家族と縁を切りたい人たちが、ここに集まって暮らしています」
女性職員は、白い背中越しにそう語る。
「あちらは魔石の生産工場。魔力を注ぐだけで良いので、簡単です」
最初にエンマギアを訪れた時に買った、アレか。まさかここで作られていたとは。
その他にも、布製品やお香の工場が続く。変わり種では、楽器も製造しているようだ。
それらの原料となる植物も、ここで栽培しているらしい。かなり大規模な魔道具ハウスが見える。
「この山ではございませんが、葬儀や埋葬も承っております」
「……寺だな」
「寺だ」
俺と飯田は、意見を一致させる。
ここは神社の皮を被った寺だ。神仏習合でさえない、混沌とした施設である。
しばらく歩くと、もうひとりの職員が現れる。
土魔法で外壁の舗装をしている。かなりの腕前だ。
「あ、巫女名ちゃんだ」
狂咲の明るい声。よくこの距離で気づけるものだ。
呼ばれた彼女も、結った髪をなびかせて、パタパタと走ってくる。
「キョウぢゃん!」
彼女は一度転び、立ち上がりながらこちらにやってくる。
鼻が痛そうに腫れている。
「相変わらずだな……」
飯田はポツリと呟く。
俺もおぼろげに覚えている。巫女名はドジだ。よく転び、よく失敗する。給食の鍋を倒してしまい、大泣きしながら皆に謝ったことがある。
巫女名はよく似合う巫女服の裾を払い、自己紹介をする。
「巫女名澄子です! 3年前に飛ばされてきました!」
巫女名が勢いよくお辞儀をすると、髪がバサリと振り抜かれ、狂咲の顔に当たる。
狂咲は責める様子もなく……ただ半歩だけ、後ろに下がる。
「出席番号30番、巫女名澄子さん。確保」
「はい? 確保!? あたし、ついに犯罪やらかしちゃいました!?」
オロオロする巫女名。……むしろ、まだ捕まるようなことをしていない方が驚きだ。
彼女のスキルや、3年間の人生について……教えてもらうとしよう。
〜〜〜〜〜
巫女名のスキルは『御霊』。魂をこめた魔力球を生成し、それを飲んだ対象の体力と魔力を回復する。
「ミスってもカバーできるスキルがいいって、神様にお願いしたんです。そしたら、これ貰いました」
巫女名は魔力の塊を生み出し、自分で飲む。
すると、先程できた鼻の傷が、一瞬で完治する。
「怪我しても治るし、治せるし……めちゃ強ですよ」
「すごい……。あたしもそれにすればよかった」
リジェネと防御力向上の『思慕』には、また違った強みがあると思うが……。
俺は隣の芝の青さに目が眩んだ狂咲に向けて、力説する。
「狂咲。防御力が上がることで、怪我を減らせる点が『思慕』の強みだ。前線に立って並び立つお前にぴったりの運用ができる。誰と比較しても、弱いとは言わせないぞ」
「あ、ありがとう」
急に割り込んでしまったため、狂咲は驚いている。俺としたことが……。
「すまん。救われてきた身としては、言わずにはいられなかった」
「……積田くんは積田くんですね」
巫女名は何故か複雑そうな顔でこちらを見ている。
俺のことを知っているのか。……いや、元クラスメイトなのだから、知らない俺の方がおかしいのか。
俺は少し気恥ずかしくなり、黙り込む。
すると、工藤が眼鏡をくいっと持ち上げながら、俺の代わりに前に出る。
「巫女名さん。こちらの方々に迷惑をかけていませんよね?」
「はひ!? いいんちょ!」
巫女名はびくりと震え上がりながら、答える。
「大丈夫ですよへーきへーき! ちょっと行き倒れているところを救ってもらって!」
「へー」
容易に想像がつく。
「やることないし、ここで暮らすことになって!」
「うん」
「友達もいるし、がん……あ、えと、人の役にも立ててるし! 日本より生きやすいなってくらいで!」
確かに、明確に人の役に立てる『スキル』があるなら、便利で社会的地位を得やすいだろう。
……俺の『呪い』と違って。
へこむ俺の隣で、水空が話題を変える。
「そういや、なーんか赤ちゃんの声が聞こえるんだよね。奥の方で」
「あ!!」
巫女名は唐突に大声を出して、俺たちの前に立ち塞がる。
「こっから先、立ち入り禁止です! 宿舎とか、あとは……拾った赤ちゃんが、いるので!」
「ふーん」
「スキルもダメですよ! ダメったらダメ!」
水空はスキルを起動しかけて、やめる。
何も言われなかったら、勝手に探知していただろう。プライバシーの概念を踏み倒すのが、彼女だ。散々この身で味わっているからわかる。
おそらく、奥にあるのは孤児院だ。拾った子供をそこで育てているのだろう。きっと、工場の職員にするために。
「赤子の世話は大変か?」
「あたしが任されるわけないでしょ! 大変なんですよ。超大変!」
何故2回言ったかのかはわからないが……とりあえず、おかしなことは無いようだ。
狂咲は気を利かせたのか、拝殿の方を指差す。
「ねえ。今日は初詣に来たの。そういうのって、やってる?」
「あ、え、えーと……」
巫女名はしどろもどろになりながら、どうにか応答を果たす。
「やります。やってみせます!」
「お、おう」
答えになっていないような気がするが……本当に大丈夫なのだろうか。
俺たちは不安そうな顔を見合わせつつ、巫女名に続いて歩き出す。
〜〜〜〜〜
俺たちは神楽殿へと通され、神の加護を授かる舞いとやらを見ることになる。
「ガラガラ鳴らす鈴も、手を清める水も、おみくじも破魔矢も、なーんにも無いですけど、それっぽい舞踊はあるので……お土産に見てってください!」
手ぶらで帰すまいという気遣いだろう。巫女名なりに俺たちの役に立ちたいという、強い意志のようなものが感じられる。
どれだけミスをしても、巫女名は嫌われることがなかった。その理由は、彼女のひたむきさにあるのだろう。
「では、早速」
巫女名は身の丈ほどもある槍を構え、自在に振り回し始める。
「畏れ多き『英鳥の神』よ。御身が座す御影の谷に、祈り奉る」
英鳥の神?
まさか、あの幼女神のこと……。いや、無いな。そんな大層な二つ名は、あれには似合わない。
巫女名が槍を掲げると、どこからともなく音楽が流れ始める。
録音だ。おそらく、舞の練習用だろう。
「ええ……」
呆気に取られて、小さく声を漏らす飯田。
拍子抜けする気持ちはわかるが、楽隊を呼ぶわけにもいくまい。これで満足してくれ。
俺は黙って巫女名の舞を目で追う。
動きが激しい。前へ。奥へ。足を上げ、回転。
一朝一夕で身につく舞踊ではない。どれだけの鍛錬を積んだのだろう。
「『かしこみかしこみもうす』」
……気づけば、終わりまで見入ってしまっていた。
すると、俺の胸元に何か熱いものが流れ込むような感覚に陥る。
「うん?」
狂咲も同じようだ。鎖骨の辺りを押さえて、何か妙なものを見たかのように首を傾げている。
他の面々は特になんともない。むしろ身動きをした俺に目を奪われている。
「あれ?」
汗ひとつない巫女名は、息を整えながらこちらに歩いてくる。
「もしかして、魔導書……持ってます?」
「ああ。仮だけど」
俺は仮免を取り出して、見せる。
魔法学校を卒業する際、儀式によって強化してもらうそうだ。これにより、魔導書を得て、晴れて俺たちは魔法使いになる。
……儀式?
「あっ」
「えっ」
俺と狂咲は、同時に気がつく。
そして、巫女名を見上げる。
「儀式をした人によって、効果が変わるとかは、無いはず……」
「やったな?」
俺は立ち上がり、詰め寄る。
「やらかしたな?」
「ごめんなざい!!」
巫女名は先程まで舞っていた人物とは思えないほど見苦しい姿で、土下座を敢行する。
いよいよ巫女名が逮捕される日が来たようだ。