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〜冬のイエネコ〜

 冬が本格的になってきた。


 あれ以来、俺たちはたまに隣の『エンマギア』へと足を運んでいる。

 魔道具を買ったり、物を売ったり。たまに遊びに出かけてみたり。


 最近の飯田は、売り物を宝石から人形に切り替えつつあるらしい。


「宝石だけじゃ売る相手がいねえ。人形は結構広い層が買うし、バリエーションが豊富だ。工藤がいて助かったぜ」


 レベル8まで上がった飯田は、単独行動も増えつつある。

 経験上、このくらいのレベルになると夜盗や魔物に負けることがなくなるからだ。


 収入が増えた俺たちは、いよいよ自分たちの家を持つことを検討し始める。

 いつまでも宿を占拠しているわけにはいかない。大きな家を買い、シェアハウスのように暮らすべきだ。本拠地も、もう少しエンマギアに近い方がいい。


「というわけで、探してきました」


 狂咲の案内で、俺たちは一軒の家の前に立つ。

 この世界では一般的な、魔法を混ぜた石材による、スタイリッシュな外見の住宅だ。日本的ではないが、あってもおかしくはない。


「黒いな」


 飯田の感想に、狂咲が解説を加える。


「雪の中で映えるんだって」

「確かに」


 馬場はオーバーな動作で見上げながら、同意する。


「日本の冬って感じではないけど、これはこれでモノトーンっぽくてアリかも」

「ちゃんと冷房も完備。黒いけど、夏も安心です」


 よく見ると、狂咲は手のひらの中にカンペを隠し持っている。

 ぎっしりと書かれた文字は、入念な下調べの成果だろう。まったく、頭が上がらない。


 しかし、不安要素もある。

 俺は周辺を見渡し、ひそひそと声をかける。


「なあ、狂咲。何故周りに何もないんだ?」

「……聞かれると思った」


 狂咲も俺と同じく周りをぐるりと見て、かなり深いた め息をつく。


「この家、呪われてるらしいの」

「マジか。こっちにもそういうの、あるんだな。入ってみようぜ」


 お化け屋敷のような感覚で、飯田は踏み込もうとしている。

 ……怖い物なしか? あるいは、幽霊や祟りを信じていないのか。


 対して、馬場が彼の背中を掴んで引き止める。


「待って待って」

「どうした? まさか、びびってんのか?」

「そうじゃない。そうじゃないけど……この家にまつわるエピソード、聞いてからの方が良くない?」


 馬場もノリノリじゃないか。まあ、今更幽霊なんか怖くはないか。馬場のことだから、もっとタチの悪い何かに取り憑かれていそうだ。


 馬場の発言を受けて、狂咲は待ってましたとばかりに語り始める。


「この家に入ると、大切なものを失う」

「命か? 家族か?」

「カネだよ」


 おい。幽霊のくせに金に執着するなよ。


「この家に入ると、何故か気を失って、外に放り出されてしまう。その時、持っていた現金が消えてしまうらしいの」

「泥棒じゃねえか」


 なんだか怖くなくなってきたな。

 妙に強引で直接的な幽霊がいたものだ。


 狂咲は苦笑しつつ、俺たちを先導する。


「あたしもあんまり怖くないよ。だからこそ、ここを第一候補にしたの」

「なるほど」


 狂咲の案内で、俺たちは門戸をくぐる。

 鋼の柵に、鋼の扉。黒く艶めく、怪しい気配。

 魔道具が埋め込まれているのか、冷たくはない。


「まあ、万が一ってことがあるから……固まっていこうね」


 俺たちは陣形を組み、内部へと潜入する。


 〜〜〜〜〜


 門をくぐると、まず庭がある。

 それほど広くはないが、並んでラジオ体操くらいはできる。

 バスケのゴールが似合いそうだ。飯田と俺の知識では、完全には再現できないが。


「草ぼうぼうだな」


 飯田は無感動に呟く。

 雑草が嫌いというわけではなさそうだが、彼も手入れはしたいだろう。


 俺たちは庭を抜け、扉を開ける。


「おじゃましまーす」


 いつになく小声の水空。控えめな声量の中に、好奇心が滲み出ている。


 玄関は広い。この世界は基本的に土足だが、ここに下駄箱を作るのも悪くなさそうだ。


「ふむふむ……。いるね、これ」


 水空が油断なく周囲を警戒する。

 家具が放置されている。使われた形跡はあるようだが、丁寧に掃除されている。埃が積もっていない。


「確かに、誰かいるな」


 わざわざ掃除をするあたり、やはりここの呪いとやらは生きている。

 この家に入り込んだ人間を蹴散らし、金銭を奪い取っているということだろう。


「でも、町長さんに聞いたら、無人だって……」

「勝手に住み着いた浮浪者ってとこか」


 俺たちはより現実味を増した脅威を前に、緊張感を高める。


「襲ってきたら、俺と水空にまかせろ」

「俺たちだって戦えるぞ」


 飯田はステータス画面を見せびらかす。


 飯田 狼太郎   レベル8

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…5     贋作

 魔力…8

 防御…11

 魔防…6

 速度…12


 意外なステータスだ。

 全体的にバランス良く伸びてはいるが、攻撃の低さが足を引っ張っている。

 ……たしか、レベル1の時の値が1だったはずだ。それではいくら伸びても、他が伸び続ける限り置いて行かれてしまう。


 俺はなんとなく気になって、スキルについて尋ねてみる。


「『贋作』の使用回数は増えたのか?」

「ああ。元々、作るもんの魔力に応じて……」


 その時、家の上階で何かが動く音がする。

 足音か?


「……上か」

「いるねー」


 水空が不敵に微笑む。

 ここから先は、拳の出番か。


 俺と水空を先頭に、上階へ向かう。

 階段は広く、安定感がある。廃屋ではあるが、掃除すれば王城と見紛うほどになるだろう。


「……どこだ?」


 2階に上がった俺たちは、同じように広い廊下を見て、緊張感を高める。

 遮蔽物は無いが……扉が全て開いている。横からの不意打ちに注意だ。


「この辺りだったはず」


 水空はスキルを起動して探る。

 水空の『鳥籠』は、屋内では効果が弱まる。このくらいまで近づかなければ、確実な探知はできない。


 彼女は辺りをぐるりと見渡して、端的に告げる。


「人はいない。猫がいる」

「なんだ……猫か」

「飼い猫かも。毛並み、綺麗だし。あと、人の痕跡もある……」


 しかし、事態は急転する。


「あ!?」


 水空の叫びに、俺たちは身構える。


「どうした!?」

「人じゃん! 女の子!」

「泥棒か? 人質か?」

「いや、わからん。なんか、今……」


 とりあえず、会わないことには仕方ない。

 俺たちは水空が示す方向に進む。


 そこには、少女がいる。俺たちと同年代か、あるいは少し下。

 服を着ていない。身包み剥がされたのか?


「狂咲。何か布を……」

「キシャーッ!」


 なんと、少女は襲いかかってくる。

 凄まじい速度だ。ステータスが伸びていなければ、対応できなかった。


 俺はステータス画面で受け止めて、少女を壁まで追い詰める。


「ぎにゃーっ!?」

「大人しくしていろ」


 襲われたからには、少女だろうと手加減できない。この家から立ち退いてもらわなければ。


 すると、画面と壁の隙間から覗き込んだ狂咲は、訝しげに呟く。


「なんか、見覚えがあるような……」

「……にゃ?」


 少女なのか猫なのかわからない声が、狂咲に向けて発せられる。


「狂咲さんにゃ?」

「えっ」

「にゃあ……。よかった……味方だにゃあ……」


 事情を聞く必要がありそうだ。


 〜〜〜〜〜


 部屋の中央で、少女はだらりとしたあぐらをかく。


「ただの猫だにゃ。よろしくにゃ」


 そう言って、彼女は黒猫に変身して見せる。

 水空の探知に引っかかった猫は、彼女だったのか。


 猫は猫の姿のまま、喋る。


「何年か前から、この家に住んでるにゃ。ここは快適にゃ。冬はあったかくて、夏は涼しいにゃ」

「元は猫? それとも人間?」


 馬場の質問に、猫は青い瞳を向けて答える。


「……猫だにゃ」

「嘘つけー。この家、人の痕跡しかないぞー」


 水空は探知で見たのだろう光景を根拠に、猫の首を掴んで詰め寄る。


「普段は人の姿なんだろー?」

「にゃー! やめるにゃ!」


 猫は人間に戻り、素っ裸のまま俺たちに抗議する。


「仕方なかったにゃ! 生きるには金が必要にゃ!殴ったのはやべーやつだけにゃ!」

「やべーやつって何だよ」

「なんか変な宗教っぽい奴らとか、にゃーをべたべた触るやつとか……」

「ほんとかー? それだけかー?」

「……ぶっちゃけ最近は、怖すぎてみんな殴ってたにゃ」

「お前がやべーやつじゃねえか」


 飯田のツッコミに、猫少女は食ってかかる。


「にゃー!? 飯田てめえ! 命の危機を感じてから言えにゃー!」

「ん? 俺の名前、知ってんのか?」

「にゃ!?」


 ……やはりこの猫、ただ者ではないな?

 町で見かけた程度では、飯田の名前はわからないはずだ。潜入捜査でもしていたのか?


「こんな子、ウチらのクラスにいたかなー?」

「隣のクラスとか……にも、いた覚えはねえな」

「交友関係広男の飯田でも知らないかー」


 水空たちがあれこれ話し合う中、狂咲は少女の顔を様々な角度から観察し、呟く。


「あ、猫魔(ねこま)くんだ」

「にゃーっ!?」


 猫魔。

 猫魔(ねこま)球栄(たまさか)

 クラスメイトだ。だが、その名前は……。


「男だよな……?」

「ひ、人違いにゃ」

「嘘が下手な人だった。やっぱそうだ」

「うみみみみ……」


 狂咲は複雑そうな顔で、いつもの宣言をする。


「出席番号23番、猫魔球栄くん、確保!」

「違うにゃー! にゃーはもう過去を捨てたにゃ!」


 少女の姿で暴れる彼を、俺たちは困惑しつつ押さえつける。

 ……何がどうしてこうなった。


 〜〜〜〜〜


 猫魔のスキルは『猫又(ねこまた)』。猫に変身することができる。

 ……本来なら、それだけのはずだった。


「ちっちゃい神様に、猫になりたいって言ったにゃ。理由も言ったにゃ。どうせ蘇るなら、昔の自分を捨てたいって」

「それで、こうか」

「たぶん、そうにゃ」


 猫魔は俺が渡した上着を着て、前脚……つまり手で顔を洗っている。

 ……人間の体でそんな動きをするな。あざとい。


 俺はなるべく彼を視界に入れないように気をつけながら、質問する。


「そのキャラはどうした。語尾に『にゃ』を付けるんじゃない。あざといぞ」

「どうしてもこうなっちゃうにゃ」


 スキルの影響なのか。

 ……本当か? 理想の猫女を演じるために無理しているだけじゃないのか?


 俺は他の面々の反応を見る。

 馬場は可哀想なものを見るような目だ。


「僕もスキルで困ってるんだ……。被害者同盟を組めるかもしれない」


 飯田は吐きそうになっている。


「猫魔……柔道部の猫魔が……おえっ」


 俺はよく知らないが、柔道部で体格に優れていたらしい。なんということだ。クラスメイトに詳しくなくてよかった。


 水空は部屋の様子を見て、何か考え込んでいる。


「爪を研いだ跡がある。自分を猫魔だと思ってるだけの、ただの猫なんじゃ……」

「それは失礼にゃ! ただの猫じゃないにゃ!」

「さっき自分で、ただの猫って……まあいいか」


 猫魔はステータス画面を取り出す。


 猫魔 球栄    レベル2

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…8     猫又

 魔力…5

 防御…5

 魔防…6

 速度…9


 攻撃と速度が高いようだ。レベルが低い割に、全体的に隙がない。

 ……神の加護があるということは、本当にクラスメイトなのか。この狂った猫が。


 狂咲はにっこりと微笑み、少女になった猫魔の頭を撫でる。


「もう大丈夫。あたしたちが保護してあげるからね」

「完全に猫扱いにゃ。……しゃーにゃいけど」


 猫魔は床に転がり、ごろごろと喉を鳴らす。

 ……人間形態だぞ。何故喉が鳴るんだ。


 俺たちは新たなる仲間……いや、ペットを確保し、一度宿へと戻ることにする。

 この家についての詳しい話を聞き、俺たちの事情を説明しなければ。

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