〜オータムリーブズ〜
朝方、魔道具の街に泊まった2人を迎えにいく。
もう一度捕まり、めちゃくちゃにされてしまうかもしれないとは思ったが、それでも外出に誘った2人を宿に置いていくのは、最悪だ。
俺は狂咲の彼氏。故に、連れ帰らないわけにはいくまい。
「狂咲。水空。俺は……」
「ああ、うん……ごめんね」
宿の中の2人は、どこかしょぼくれた顔でベッドに丸まっている。
俺は罠を警戒しつつ、2人に謝罪する。
「すまない。俺はヘタレだ」
2人に向けて、俺は大きく頭を下げる。
自分の不甲斐なさが理由だ。男としての包容力の無さ。経済力の無さ。
俺は何もかもが、足りていないのだ。
俺の第一声に対し、狂咲は首を捻る。
「ヘタレというより、頑固かな……」
「あるいは、堅物クソ野郎」
「そうかな……? もっといい表現がありそう」
狂咲と水空は、どうにかして己の脳内を形にしようと、必死に語彙を探している。
「積田くんはきっと、こうなりたいっていう理想があるんだと思う。それじゃないと満足できないっていうか、なんていうか……」
……俺はだんだんと自分に自信がなくなってくる。
俺の倫理観こそ正しいもので、それを突き通すべきだと思い込んでいたが……それは本当に、狂咲の隣に立つために相応しい行動なのか?
俺は意を決して、自分の理想を口に出して共有することに決める。
気持ち悪いと思われるかもしれないが、構わない。
「俺は……最初の行為は、結婚してからにしたい」
「うん。毎回言ってるね」
「お互いに身を清めて、気分を高めて、万全の状態で挑みたい」
「気持ちはわかるぜ、積田少年……」
俺は理想像を思い描き、展開する。
「できれば大きくてまっさらな部屋がいい。広々とした場所で、開放的な気分に浸りたい。夜景が綺麗だと尚いい」
「お、おう」
「静かな空間に、アロマの香りだけがあるんだ。誰にも邪魔されない2人だけの世界で、まずは優しいハグから……」
「待て。積田くん、ステイ」
水空がしかめっ面で制止してくる。俺は一度妄想を中断し、従う。
「きみ、ロマンチストすぎない?」
「まあ、そうだな」
「自分で言っててわからないの? それ無理だよ」
その辺りは、願者丸と気が合う部分だ。
童貞を拗らせていると言い換えてもいい。
「理想が高いんだ、俺は。笑いたければ笑え」
狂咲はポカンと口を開けて、やがて笑い出す。
「ふ、ふふふ……ぷっ。あっはは……」
「ほんとに笑ったよ」
「だってあたし、そんな理想の上にいるんでしょ?そんなに立派かなあ、あたし……あはは……」
狂咲は立派だ。少なくとも、俺はそう思う。
狂咲は未知の世界で人を助け、見ず知らずの人と話し、地位を得ている。それに助けられた身としては、尊敬せずにいられない。
「狂咲は立派だ。俺の憧れだ」
「……なら、積田くん。ちょっとだけ妥協して?」
狂咲は笑いながら、俺の胸板を手のひらで叩く。
「夜景は結構です。大部屋は、あったらいいけど無理しないで。アロマは……ちょっと欲しいかも」
「そうか……」
結局は、俺のエゴでしかない。狂咲と価値観を擦り合わせなければ、話にならない。
ただし、俺も譲れない一点はある。
「行為は結婚の後だ。これは俺だけの問題じゃない。現実的な側面もある」
「わかった。納得する」
「今回のようなことも、なるべくナシで頼む」
「えー。……わかった」
狂咲との話し合いは、これで済んだ。お互いに納得できる形に着地できたようだ。
あとは、隣の間女か。
「水空。お前はアウトだ」
「やだ! ウチも積田くんとイチャイチャしたい!」
「みっちゃん! 自重して! あたしもしたいけど、我慢してるの!」
狂咲は駄々をこねる水空の肩を掴み、必死に揺さぶる。
それでも水空は折れてくれない。コイツはコイツで頑固だな。
俺はひとまず、宿を出る事にする。
もうそろそろ、退出時間だ。これ以上の出費は避けたい。
「水空。外、出るぞ」
「うわあぁーん! やだやだー!」
俺たちは怪力の彼女をステータス画面で押し潰しながら、挟んで連行する。
〜〜〜〜〜
宿に帰ると、飯田が詰め寄ってくる。
「おう。探しに行こうか迷ってたとこ」
飯田は俺と狂咲と……ついでに泣き腫らした水空を見て、ぼやく。
「普通の朝帰りじゃねえな。何したんだよ」
普通の朝帰りとはなんだ。
そう言いたくなるものの、俺は正直に全てを詳らかにする。
「お前……そこまで堅物だと逆に尊敬するぜ……」
飯田は途方もない道のりを用意されたような顔で俺を見ている。
堅物で悪かったな。だが、俺はこの生き方しか知らないんだ。狂咲とも交渉を終えたから、第三者に非難される覚えはない。
俺はステータス画面に挟んだ水空を渡しつつ、待たせたことを詫びる。
「心配かけたな。すまない」
「いや……それはもう、どうでもいいんだけどよ……」
飯田はぐったりした水空を気の毒そうに見つめている。
扱いに困っているようだ。宿にでも放り込んでおけば、そのうち元気になると思うのだが。
俺は狂咲と共に、宿に戻る。
「俺は疲れた。今日の学校は休む」
「ごめんね。一晩中走り回らせて」
「いいんだ。俺が好きでやったことだから」
飯田は信じられないと言いたげな目つきで立ち尽くしている。
「俺ならとっくに諦めてヤってるぞ……。怖えよ」
……まあ、今回は俺も悪ノリが過ぎた。
〜〜〜〜〜
宿に戻ると、工藤が顔を赤くして出迎える。
「狂咲さん。……どうでした?」
「何もなかったよ」
「大丈夫です。私、理解ある方なので」
ああ、これは勘違いをしている顔だ。
そう思ったので、俺は飯田と同じように弁解する。
「……えっ」
工藤もまた、変なものを見るような目で俺を見つめてくる。
工藤は比較的俺と貞操感が近い人種だと思っていたが、違うのだろうか。
俺が寝転んだままじろりと見つめると、工藤は真顔で考え事を始める。
「紳士的な対応ではありますけど……実際に目にすると、どうしてこう……期待はずれというか、なんというか……」
事件が起きるのを期待していたのか。
案外、日常にドラマ性を求める人柄なのかもしれない。老けてから恋愛話に興味を抱くタイプだ。
俺はごろりと寝転び、部屋の隅にいる馬場に問う。
「変人だと思うか?」
「僕はいいと思う。素敵なカップルになってほしい」
おお……。自分の意見を肯定されるのが、こんなにも嬉しいとは。
心が暖かい。初めての気持ちだ。
「馬場……。お前、いい奴だな」
「急にどうしたの……。調子悪そうだし、ゆっくり休んでね……」
俺は何故か馬場に家族の温かさを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちる。
〜〜〜〜〜
狂咲と逢瀬を重ねるうちに、秋が深まっていく。
魔法学校においても、得意不得意で進度に差がつき始める頃合いだ。
俺と狂咲はあっさりと四属性を覚え、儀式待ち。今は高度な応用編に手を出している。
キャベリーは四属性を目指して修業中。卒業までには間に合うだろう。
アネットは土をマスターし、火と水を勉強中。風は苦手なようだ。
アマテラスは火と水の達人で、土もまあまあ。風は完全に捨てている。
ここまでは問題ないが……ひとり、遅れている生徒がいる。
不良のオメルタ。彼は土以外を使えていない。
「ぐわーっ!」
彼は火の魔法を使おうとして、うっかり教室の隅に小火を起こしてしまう。
どうやら魔力を変なところに飛ばしてしまう癖があるようだ。
「魔力がちゃんと集まってるし、形になってる。もう少しだと思うんだけどなあ」
狂咲は手本役として魔法を披露しながら、オメルタの修業を監督している。
万が一怪我をしてもすぐ治療できるため、適任だ。
一方、オメルタはイライラし始めている。
「握れないもんをどうやって投げるんだよ……意味わかんねえ」
なるほど。土は固体だからうまく操れるのか。
しかし、実際のところは土も魔力の塊であり、使用者の意思ひとつでぐにゃぐにゃと曲がる。不確かさでは似たようなものだ。
……何か発想のブレイクスルーがあれば、上手くいくはず。
俺は試しに、色々な視点を提供してみる。
「火や水を型にはめて投げるイメージはどうだ?」
「んー?」
オメルタはすぐに実行しようとするが、形成しかけた弾がぐしゃりと潰れてしまう。
「固まらねー」
「力加減の問題かもな」
オメルタは俺の意見を受けて、軽めにまとめる。
今度はうまく形にならない。
「よえー」
「ふーむ」
あと一歩だと思うのだが……もどかしい。
すると、狂咲が何か型のようなものを持ってくる。
「水の強い魔法の中に、氷があったから……」
冷凍庫のアイス型のような、四角いもの。
狂咲はそれに水を入れて、氷を作る。
……しれっと上級魔法に成功している。強者だ。
「氷に魔法を纏わせてみて」
「……えーと?」
オメルタは何度か挑戦し、成功する。
火を纏った氷。……矛盾しているが、魔力を注ぎ続ければ可能だ。
狂咲は氷に向けて詠唱を行い、空中で自在に動かしてみせる。
「投げると、こう」
飛んでいく火の氷。
「落ちると、こう」
落下する火の氷。
「……君の火をまとめると、こういう動きをすると思う」
「そっか。今の、オレの火じゃん。じゃあ今のやつ、オレもできる?」
「もちろん」
オメルタはようやく、何かを掴んだようだ。
〜〜〜〜〜
肌寒くなってきた頃。
俺たちは無事、全員が三属性以上の魔法を習得し、卒業条件を満たす。
オメルタも火と水を覚えたのだ。晴れて合格だ。
担任の山葵山は感激している。
「普通の学校だと、数人は落第するんです……。そのまま学校を辞めてしまう人も、少なくありません」
涙をハンカチで拭きながら、俺たちの前で山葵山は泣き続ける。
「卒業まで4ヶ月ありますけど、その間に先生、全てを叩きこむ勢いで頑張りますからね!」
「えーっ!?」
嫌がるオメルタを前に、山葵山は更なるスパルタを振るうことを誓う。
〜〜〜〜〜
初雪。
俺と狂咲は、霜柱を踏みながら歩く。
「意外と寒いね」
「だな」
吐息が白く、手が冷たい。着込まないと皮膚が荒れそうだ。
俺はマフラーをした狂咲に、なんとなく世間話を振る。
「願者丸、どうしてるかな……」
「心配だね」
拠り所を見つけていなければ、寒さに耐えるのは厳しいだろう。
反面、魔道具さえ手に入れば、暖を取ることは難しくない。この世界には魔法があるのだ。
俺は火の魔法を手のひらに起こし、呟く。
「帰ってこないかな……」
彼の教えを受けた期間は短い。正直、まだまだ学び足りないと思っている。
彼の技は有用だ。縄抜けも鍵開けも、なんでもできるようになる。
護身だけでなく、今後の生活にも役立つ。早めに見つけて連れ帰りたいところだ。
……もちろん、願者丸が役にも立たない男でも、隣にいて欲しい気持ちは変わらないが。
「あ、素駆くんだ」
狂咲は、目の前にいる珍しい男に声をかける。
素駆交矢。密偵だ。この町にいるということは、何か情報を掴んだのだろうか。
俺は期待して声をかけてみる。
「久しぶりだな」
「おう。ちょっと面倒なことになっててな。ま、話したいことはこれにあるから……」
彼は分かりやすく一枚にまとめた紙をくれる。
「こっちは町長と会談だ。美味い飯にありついてくるぜ」
「羨ましい。あの屋敷のメシはいいぞ。特にこの季節にはありがたい」
俺はたまに町長に招かれ、食事をするようになっている。
あの美味なるサンドイッチはもちろん、味わい深い野菜スープや、踊りたくなるようなチキンステーキも堪能させてもらった。
町長はいい男だ。現金な俺はすっかり懐いている。
彼は少し疲れたような笑みを浮かべ、手を振る。
「じゃあ、またな」
「もう行っちゃうの?」
「ま、俺も忙しい身でな。手柄立て過ぎて、そのうち昇進するかもな。ハハハ」
そう言って、素駆は去っていく。
コートを着た後ろ姿が、どこか寂しげだ。冬景色のせいだろうか。
紙には、箇条書きで今までの進捗が書かれている。
正式な文書ではなく、俺たち向けだろう。完全なる手書きだ。
「新たに見つかったクラスメイトはなし」
残念だ。まあ、数十年かけて数人なのだから、今になって新たに発見される方がおかしい。
「願者丸は『エンマギア』で目撃情報あり。ただし、すぐ他の町に移動した模様。現在地は不明」
なるほど。隣町か。まるで俺たちから逃げているような足取りだ。
魔物の森に突入していないのは、幸いか。
「ジュリアンを変貌させた裏儀式は秘密。秘密、ということだけ言っておく」
ふうむ。秘密にしなければならない、という判断ができる程度には掴めているようだ。
……まあ、だいたいそんなところだ。
「裏儀式……怖いね」
狂咲の感想に、俺は頷く。
何がどうなって、人が変貌してしまうのか。それを知らないまま魔法を学んでいくのは、恐ろしい。
うっかり裏儀式に歩み寄ってしまったら。俺の体が化け物になってしまったら。
……狂咲たちに殺されることになる。
それだけは嫌だ。狂咲に辛い思いをさせたくない。
「なあ、狂咲」
「どうしたの? 怖い顔して」
俺は狂咲と手を繋ぐ。
寒い。心も体も。せめてこうしたまま、帰りたい。
「進展はなかったが……焦らず、行こう」
「……うん。えへへ」
俺たちは肩を並べて、冷たい道を歩いていく。