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〜隣町とバケットダウン〜

 雨が降っている。

 この世界に来て以来、一番強い雨だ。


 俺と水空は、宿で暇を持て余している。


「この国、ちょっぴり雪降るらしいよ」


 そう言って、水空は部屋着でうろうろしている。

 彼女は頭脳労働が苦手だ。大してやることがないのだろう。


 もうひとり、工藤も部屋にいるが……彼女はいつも通り、思いつく限りの日本を記録に残している。

 歴史や化学は限界が来たので、物語のあらすじを残している。教科書に載っているものから、童話まで。


 工藤は百人一首を書き終えたところで手を止めて、水空の方を見る。


「水空さん。この世界の飛田くんは、どんな人でしたか?」


 水空の足が止まる。

 俺も言葉の刃物で刺されたような気分になり、硬直する。


 そうか。工藤は盗聴石を管理している。あの会話も聞こうと思えば聞けたのだ。

 ……本当に盗み聞きしていたのかは、まだわからないが。


 水空はとりあえず、当たり障りのない発言で工藤の意図を量る。


「そういえば、工藤さんは飛田くんと会ってないんだったけ」

「私が知る飛田くんは、好きなことに熱心な、普通の人でした。女の子に手をあげるような、酷い人ではありません」


 工藤は明らかに察している様子だ。

 ……俺たちに幻滅したのだろうか。人を殺すことを受け入れた俺を。


「工藤。2人は悪くない」

「日本の感覚では、責める人もいると思います。慰める人も……たぶん、同じくらいは」


 工藤は裁判官ではない。だからこそ、迷っているのだろう。

 俺たちのケースを、どう判断するべきか。日本ではどんな扱いになるのか。


 俺という部外者が、弁護しなければ。


「狂咲と水空は、命の危機を感じていた。逆らえば自分たちも殺されると知っていた。だから……」

「いえ……私は、責めていませんよ。自分が納得するために、こうしているんです」


 工藤は日本の法律ではなく、自分の感情に重きを置いているようだ。

 今、俺たちは日本にいないからだろうか。


 工藤は水空の前で正座する。

 水空も、慣れない様子で正座になる。


「水空さん。飛田くんのこと、教えてください」

「思い出したくないし、キョウちゃんの許可が無い」

「あっ。……そう、ですよね」

「でも、言える範囲ならいいよ」


 水空はおどけて、あぐらをかく。


「楽な姿勢でいい?」

「はい。もちろん」


 2人は雨の音が激しく鳴る中、長く手探りの対話を続ける。

 飛田が殺した数。罪の隠蔽。逃げ出したい気持ち。町への恩義。


 話を聞く限り、飛田は正気ではなかったようだ。

 自分のスキル以外で、機械に出会えない生活。ヘリと日本への執着が、水空の話からも伝わってくる。


「素駆くんと飛田くんは、とても仲が良くて……。見ている限り、普通の関係に見えました」


 そう言って、工藤は眼鏡を外し、涙を拭く。


「楽しそうに笑う彼は、とてもそんなことをする人には見えませんでした。今でも信じられません」

「……そうだね」


 水空は口を固く結ぶ。

 彼女もきっと、再会したばかりの頃は……そう思っていたに違いない。


 俺を森から助けた時も、内心不安だったのか?

 飛田のように豹変するのが、怖かったのか?

 ……それでも、2人は俺を信じた。簡単にできることではない。


 工藤は水空を強く抱きしめ、長身で包みこむ。


「篠原くんも、難樫さんも、日本にいた頃では想像もつかないくらい、歪んでいました」

「……そうだね」

「私はそうなりたくない。水空さんにも、そうなってほしくない。今の、頼もしくて優しい水空さんでいてほしいです」


 水空は嬉しそうに涙ぐみ、優しく抱き返す。


「ウチは自分より、みんなが大事だから。それで良ければ、このまま進ませて」


 どうやら、仲違いせずに済みそうだ。


 〜〜〜〜〜


 この町の収穫時期は、冬よりだいぶ早い。

 既に大部分は今の栽培を終え、土を整える時期に入りつつある。

 収穫祭も、その分早かったわけだ。まだ冬は遠い。


 しかし、例外はある。

 俺がアルバイトしている、ハウス栽培の農家だ。


 アネットの代わりに肥料を混ぜながら、俺は世間話をする。


「年中ぶっ通しで栽培してるのか」

「そうだよ」


 アネットは肥料の袋を示し、解説してくれる。


「これも、魔道具。土の魔法で豊かにするって、お母さん言ってた」

「他の農家は使わないのか?」

「うち、お金持ちだから。魔法も使えるし」


 アネットの家はかなりの豪農だそうだ。ここ以外にも小作農を大量に雇っている。

 まあ、町長が頼りにするくらいだから、当然か。


 アネットは隣町の方角を指差す。


「これ、魔道具専門店から買ってる」

「ふうん……」


 魔道具専門店。そういえば、いつかも話題に出ていた。気がする。


 ……そろそろ、隣町に行ってみるのが吉か。


「どんな場所なんだ?」

「えっとね……」


 俺はアネットから、大まかな場所と店の様子を聞き出す。

 そこそこ遠いが、行けない距離ではない。道を間違えないよう、地図を確保しよう。


 〜〜〜〜〜


 水空のスキルで道案内を頼みつつ、俺は狂咲も連れて隣町を訪れる。


「おお……」


 俺たちがいるグリルボウルの町から、少し丘と小道を挟んで、数キロ。

 そこは『エンマギア』。魔法と金と、儀式の街。


 エンマギアの町長は、グリルボウルの町長と親戚らしい。互いに足りない部分を補い合って、町を営んでいる。


「魔法使いがたくさんいる……」


 魔導書を携えた人々が、何人も往来を闊歩しているではないか。

 春頃の俺がここに来ていたら、きっと凶器の群れに怯えていただろう。


「何かあったら、すぐステータス画面だ」


 念のため、2人に声をかける。

 狂咲は頷き、水空はニヤつく。


「わかった。悪い人は、どこにでもいるよね」

「画面持ちを襲うヤツ、そうそういないからねー」


 ステータス画面は神の加護。それはこの世界の常識である。

 特別扱いをされるわけではないが、強盗に襲われる心配はなくなる。単純に強いからだ。


 俺たちはあらかじめ調べておいた道順を辿り、街の中を進む。


「面白い建物がいっぱい……」


 狂咲はお上りさんのように目を輝かせている。


 ちらりと看板を見ただけでも、奇妙な店がずらりと並んでいる。


『魔石の穴場・ホルモール』『ガンショップ・ティーファイア』『人喰い金貨の大カジノ』『堆肥と重機のビックオリバー』


 魔道具専門店だらけじゃないか。


「あ、ここだ」


 ビックオリバーという店が、俺たちの目的地だ。

 大規模ホームセンター並みの店舗。というか、重機も扱っているのか……。


「名前通り、大きいね」

「いや、ビッ()だ。ビッグじゃない」

「どう違うの?」

「さあ……?」


 俺たちはほのかな緊張感に包まれる。

 巨大な魔道具に食われるのではないか。事故を起こして弁償する羽目になるのではないか。


「何事もありませんように」


 水空の祈りを聞きながら、敷地内へと踏み出す。


 〜〜〜〜〜


 ビックオリバーには、壁がほとんどない。

 一番外側を覆う分厚い壁と、異様に高い天井。それだけが仕切りだ。

 後は商品が野晒しにされている。金属製の何かや、袋詰めの何かが、所狭しと……。


「人、いないね」


 狂咲は震えながら警戒している。

 そういえば、確かに客がいない。あまり一見さんが訪れる場所ではないのか?


 俺が辺りを見回していると、店員らしき男が奥から現れる。


「おや、お客さん。おつかいですか?」


 胡散臭い外見の優男だ。とても土いじりをしている人種とは思えない。

 俺は2人より前に出て、答える。


「見学です。魔法学校の学生として、魔道具を見物しに来ました」

「おやおや。冷やかしとは感心しませんね。まあ、いいでしょう。ワタシも暇ですし……フフフ」


 主に声が怪しい。裏切って背中を刺してきそうな声をしている。


 俺は金髪の彼に取り入るべく、なるべく穏便な客として会話をする。


「手持ちの限りで、何か買っていきますよ。いい商品があれば、紹介してください」

「フフフ。魔法学校の学生さんなら……お小遣いも多いでしょうね。では、こちらへどうぞ」


 有金の全てを毟ってきそうな彼に案内され、俺たちは青ざめながら店の手前へと戻る。


「趣味の園芸用品などはいかがでしょう?」

「おお」


 俺は見覚えのある品々を見て、どことなく懐かしさを覚える。

 日本のものより僅かに粗雑な外見だが、大量生産のラインに乗っているだろう、型にはまった外見の鉢植えが並んでいる。


 その隣には、袋詰めにされた肥料も。


「知り合いの農家が、こちらの肥料を利用しているそうですよ」

「おや、農家。ということは、隣町の方ですか。ククク……はるばるご苦労様です」


 何故わかった。いや、この街には農家が多くないのか。失言だった。


 探りを入れてくる彼に冷や汗をかいていると、水空が提案する。


「個人的には、あっちの大工用具が欲しいですねー」

「では、ご案内いたします。……おっと。大きな魔道具は、学生向けの仮魔導書では動きませんので、ご注意を」


 牽制のつもりか?

 俺たちは陣形を組んで臨戦体勢になり、少しずつ店の奥へと進んでいく。


 〜〜〜〜〜


 何事もなく、店を出た。


「めっっっちゃくちゃ怪しい人だったけど、何も起きなかったね」


 水空は目に見えて安堵しつつ、買ってきた工具を提げている。

 魔道具の釘。土魔法の使い手なら、刺した後抜けないように溝を掘ることができる。

 要するに、ねじらないネジだ。面白い。 


 他にも、ロープや接着剤も買い込んである。これだけあれば、当分日曜大工には困らないだろう。


 まだ時間があるので、他の店も見てみたい。その思い、俺は提案する。


「時間が許す限り、見て回ろう」

「賛成!」


 テンションが上がってきたらしい狂咲は、嬉しそうに跳ねながら拳を突き上げる。


 〜〜〜〜〜


 仮免で動かせる魔道具はそう多くなく、買い物という意味ではあまり収穫はなかった。

 しかし、魔道具の数々はとても興味深く、地球における中世より遥かに進んだ文明を築いている理由は身に染みてわかった。


「輸送手段以外は、結構発達してるんだな……」


 俺は魔力を蓄積するアイテムと、それに互換性のあるいくつかの日用品を購入した。

 ……要するに電池と雑貨である。クオリティも普通に高い。


 狂咲はアクセサリーや服を。水空は辞典を買った。


「工藤さんが喜ぶかなーと思って」


 そう言って、水空は分厚い束を抱きながらニヤニヤと笑う。

 あの時以来、2人はだいぶ仲良くなったようだ。俺としては、意外な組み合わせに見えるが。


 俺は空を見上げて、呟く。


「暗くなってきたな」

「間に合わないかもねー」


 隣町まではそれなりに距離がある。街灯があまり多くなく、魔物が出没することがあるため、夜道を歩くのは危険だ。

 こんなことなら、ヘリで来た方がよかったか。あんな話を聞かされた後に、使う気にはなれないが。


 俺は2人に向けて、提案する。


「走るか? 今の俺たちなら……」

「いやー。割れちゃうかもよ?」


 割れ物は買っていなかった気がするが、うっかり力を込めたら、電池でも握り潰してしまいそうだ。

 水空の忠告を受けて、俺は考え直す。


「なら、どうする?」

「宿があるよ……」


 狂咲はやけに緊張した顔で、すっと腕を上げる。

 彼女が示す先には、白い石作りの建物が。


「待たせているみんなには悪いが、一晩泊まるのも手か」

「そうそう。その通り。せっかくの観光だし」


 水空も同意したため、俺たちはこの街で夜を明かすことに決める。


「ふーっ……ふーっ……」

「ひひひ」


 狂咲の息が荒い。水空は悪戯小僧のような笑みを浮かべている。

 ただごとではない様子だが、もしかすると、慣れない遠出で風邪をもらったのだろうか。だとしても水空が狂咲の異常に気づかないのはおかしいが。


「……ん?」


 俺はふと、嫌な予感に足を止める。

 なんとなく、このまま宿に泊まってはいけないような気がする。

 罠の気配がするのだ。ただの勘であり、まだ頭の中で整理できたわけではないが。


「狂咲。やっぱり、見知らぬ宿は危険だ。物を盗まれる可能性もある」

「無いよ。無いから」


 狂咲と水空は、俺の背中を押していく。


「行こう。もう我慢できない」

「そんなに楽しみか?」


 俺は宿に入り、人数分の金を出し、部屋に入り、そして……。

 ようやく、ある可能性に気づく。


「おい、まさか」

「ちょっと遅かったね」


 狂咲と水空は、俺の目の前で服を脱ぎ始める。

 こいつら、やる気だ。ちくしょう。まさか水空といる時に仕掛けてくるとは思わなかった。


「おい狂咲。水空もいるんだぞ」

「みっちゃんに押さえててもらうの」

「はあ!?」


 狂咲は日本の精密な下着を露わにし、細く白い体で俺に迫ってくる。


「大丈夫。子供ができるようなことはしないから。これくらい、結婚する前に通過するべき地点だよ」

「いいや、俺は逃げる」


 俺はステータス画面を取り出し、狂咲を押しのけて通り過ぎようとするも……水空に足払いをされ、止められる。


「ざーんねん」

「くそっ! なんで……」

「ウチらは積田くんほどお堅くないんだよねー。ま、これくらいはスキンシップの範囲内ってことで」


 水空は倒れた俺に擦り寄り、頬と頬を合わせる。

 運動に慣れた者に特有の、さらりとした汗。

 そういえば、体も洗ってないじゃないか。不潔だ。


 俺は2人が行為をやめてくれる可能性に賭けて、あれこれ思考を巡らせる。


「やめろ。病気になるかもしれないぞ」

「あたしのスキルでどうにかする」

「ここ、防音なんかできないぞ」

「いいね。ウチ、そういうのもアリだよ」


 2人は怪しい男から買ったロープで、俺の腕を縛り上げる。


「やめろ。おい、やめろ。そういうのは犯罪だぞ」

「積田くん、かわいい」

「犯罪しようぜ」


 断固、拒否させてもらう。初体験は妻になった狂咲と2人、大きなベッドの上でするのが理想だ。告白した時にそう決めた。


「願者流っ!」


 俺は願者流の縄抜けで拘束を解き、床を転がって外に飛び出す。


「あばよ!」

「あっ」

「うっそだろ……忍者かよあいつ」

「そういえば、忍者だったね。願者丸くんの弟子だし」


 俺は下忍として夜の町を駆けながら、水空の探知が届かない場所まで逃げる。


 ……2人を置いていくのは気が引けるので、朝になったら宿に戻るとしよう。

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