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〜夏の夜とブラザーフッド〜

 夏真っ盛り。

 俺は裏儀式の教団があった場所に来て、騎士団たちによる調査結果を聞いている。


「報告に行ったモトカリさんが作成した資料です。こちらにいらした被害者の方に、無料でお配りしております」


 そう言って、騎士団駐屯部の職員は資料を渡してくる。

 あれだけの事件があったのだから、長編小説のように分厚いかと思ったが……そうでもない。


「詳しい内容は、その……上層部にだけ……。私もあまり知らないので……」

「あ、はい」


 俺は自分の立場をわきまえている。学生であり、まだ少年だ。開示されない情報があるのは仕方ない。


 願者丸がいれば、もっと……。

 いや……他の方法を探そう。


「ありがとうございます」

「君のとこの少年が、何か調べていたけど……新しい発見はなかったらしい」

「そうでしょうね」


 まあ、当然だ。俺たちはまだ、知識も技術も権力も、何もかもが足りていない。


 騎士団の男性は、気まずそうに首の後ろを掻く。


「撤去作業の間は、ここにいますので……。献花などは、あちらの小屋に……」


 犠牲者たちの慰霊碑に参拝し、俺は帰宅する。


 〜〜〜〜〜


 ある夜。

 飯田は唐突に、俺を町に誘う。


「行こうぜ」

「何処へ?」

「何処でもいい」


 彼はラフな格好に身を包み、サンダルのような何かを履いて出て行く。

 ……こんな格好で、願者丸のように消えてしまうことはないだろう。

 そう思いつつ、とりあえずついていく。


 ——前を行く飯田は、星空を見上げている。


「なあ、積田。夏服って、どんなだったかな」


 ぶらぶらとアテもなく歩きながら、彼は喋る。


「俺さあ……この前まで、ずっと制服だった。暑くてやめちまったけど」

「そういえば、最近はずっと薄着だな……」

「冬服しか複製できねえんだよな、俺じゃ」


 彼はブラブラと、風来坊のように、歩く。

 風来坊。……俺も似たようなものだ。


「なあ、積田。バスケ、懐いんだわ」

「やるか?」

「できねえよ」


 彼は背中越しに笑う。

 笑う顔が見たいので、俺は早足で隣に行く。


「なあ、積田。お前ってさ、モテるよな」

「狂咲にな」

「嘘つけ。知ってんぞ。水空が狙ってやがる」


 飯田は夏の郷愁を漂わせる顔で、どこか味わい深い笑みを浮かべている。


「いいなあ。ほしいなあ、彼女」

「お前なら引く手数多だろ」

「買い被りだ。俺より宝石の方がモテる」


 宝石ばかり作っている現状に、彼なりの悩みがあるのだろう。

 俺は自分から振ってみる。


「学校を出たら、俺も働ける。多少は余裕が出るだろう。宝石以外の物、試してみろよ」

「マジ? 俺も魔法、覚えてみてえな。魔導書増やせたら、絶対売れるだろ」


 彼は立ち止まり、遠くの森を見る。

 暗く、見通しの効かない森。


「積田がまだ、あの森にいたら……俺がまだ、どこかで彷徨っていたら……話せてなかったんだよな」


 俺は運良く近くに落ち、運良く助け出された。その幸運に、彼は神秘めいたものを感じているのか。

 ……馬鹿馬鹿しい。


「もしもを考え出したら、キリがないぞ」

「いつもは気にしてねえよ。ただ、お前こそ、こういうこと考えてそうだなって……」


 飯田はこちらを見る。見透かしたような顔だ。

 ムカつくが、その通りだ。俺はいつも考え過ぎる。考え過ぎる割に、大した結果に繋がらない。


 俺は頷く。


「そうだな。俺は心配性だ」

「そういうとこだぜ。だからみんな、不安に漬け込まれて……惚れちまうんだ」


 飯田はくるりと反転し、元来た道を戻る。

 俺も彼に並び、共に歩く。


「こっち来て、あっち気にして、そっち見て。飯田狼太郎の、魂の川柳」

「なんだそれ」

「なんとなくだ。マジになるなよ」


 俺と飯田は、ゆっくりと帰る。


「飯田。お前、彼女いたことあるのか?」

「あるぜ。進学して別れた。アドバイスとか、いるか?」

「やめとく」

「だな。お前はそれでいい」


 鈴虫の声が聞こえてくる。


 〜〜〜〜〜


 ある朝。

 俺はアネットと共に、道場に来ている。

 願者丸の教えがなくなったため、アマテラスと共に通うことにしたそうだ。


「忘れたくないから。弱くなりたくないから」


 休憩時間中に、汗だくのアネットはそう言って水を飲む。

 見学の俺は、願者丸の強さを脳裏に浮かべつつ、静かに頷く。


「師匠は独特で、そして強かった。願者丸がいなくなって、俺も寂しいよ」

「また、会えるよね?」


 アネットは水筒を握りしめながら、見上げてくる。


「恋人にはなれなかったけど……大切な、友達だから」


 フラれた相手を振り切って、糧に変えている。

 前向きで、たくましい生き方だ。


 俺は力強く肯定する。


「必ず会える。俺たちが見つけ出してみせる」

「待ってるよ。アネットも、探すから」


 彼女は稽古に戻って行く。

 集団での型稽古だ。初心者に組み手は任せられないらしい。

 こうして比べてみると、やはり願者丸の教え方は異端であり、そして……生き急いでいた。


「道場破りの旅にでも出たのか……?」


 俺はアネットの拳を見ながら、あり得ない想像をしてみる。

 ……いや、あながち無いとも言い切れない。なにせ彼は、この道場を訪れて、師範を殴り倒して帰ったそうだから。


「今後、あいつよりやんちゃな奴と出会える気がしないなあ……」


 子供の範疇を出ない腕白坊主たちを眺めながら、俺はなんとなくそう思う。


 〜〜〜〜〜


 ある夜。

 俺は馬場とゲーム語りをしながら、再現したボードゲームで遊んでいる。

 金を集めて家を建て、他人を蹴落とし勝ち残るゲームだ。


「積田くん。工藤さんの件だけど……」


 俺は背中に走る寒気と共に、ぶんぶんと首を横に振る。


「誤解だ。俺は何もしていない」

「わかってる。ちょっとずつ、普通の親愛に変えていかないとね」


 馬場は駒を進める。銀行マスだ。金を増やす。


「幼馴染だからわかるけど、僕のことは弟だと思ってるみたい」

「……そうか」

「ん? あ。もしかして、気にしてる?」


 俺の駒は、一回休みだ。出費が無いだけマシか。


「残念。僕は低身長派だ。髪も短い方がいい」

「ああ、そういう……」

「ここだけの話だよ?」


 馬場は投資に金を使う。


「ここって、二次元が無いから……正直暇だよね」

「それはわかる」

「生産性のあるオタクになろうかな。ビキニアーマーの概念を広めたい。消費者いないけど」

「俺がいるだろ」


 俺は土地を購入し、地盤を固める。


「質が良ければ、買うぞ」

「ほんと? ぶかぶかビキニアーマー大剣ドジっ子ロリの良さ、布教しちゃおっかな」

「性癖が先鋭化されてる……」


 俺は内心ドン引きしながらも、この手の会話を懐かしく思う。

 もう少し早く出会っていれば、趣味を共有できたのかもしれない。そんな叶わない夢を想像する。


 資産は俺の勝ちだ。これで5勝3敗。


 〜〜〜〜〜


 いよいよ、夏が終わる。


 俺は四属性全てを覚え、儀式に向けて調整を進めている。

 仮の許可証と魔道具を手に、ひたすら魔法を編み続けるのだ。


「『火の指』から『風の脚』まで……」


 俺は魔法が織りなす結果を思い浮かべつつ、理論を想起する。


 体の一部に魔力を集め、火・水・土・風の属性に変えて解き放つ。それがこの世界の魔法だ。

 他の国には、他の形式の魔法もあるらしいが……とりあえず、この国で魔法といえばこれを指す。


 俺は数々の魔法をひと通り放ち、息を吐く。


「ふーっ……」


 仮免では、極めて低出力の魔法しか使えない。あくまで本物を得るまでの()()()であり、脅威にならない代物だからだ。


 俺は山葵山の言葉を思い出す。


「たった3ヶ月足らずで全属性を覚えるのって、世間だと割と天才扱いだよ。上には上がいるけど」


 山葵山はもっと早く覚えて、もっと高度な魔法も使えるようになったらしい。事実、彼女の魔力は手足のようによく動く。

 願者丸もそうだった。俺より早く、全てをマスターしてみせた。


 俺は才能がある。だが、驕りを抱くほどの圧倒的なものではない。

 努力をやめれば、追い抜かれる。追い抜かれれば、追いつけない。世にいる天才たちは、今も未来も努力を続けるはずだから。


「天才が敵に回れば、ただでは済まない」


 かつて殺し合ったクラスメイトたちを思い出す。

 誰も彼も、強敵ばかりだった。俺も彼らのように、強くならなければ。


「『火の指』から『風の脚』まで……」


 俺はもう1セット、繰り返す。


 〜〜〜〜〜


 秋が間近に見えてきた頃。

 俺はキャメロン町長から呼び出しを受ける。


「うおっほん!」


 初めて訪れる、彼の屋敷。狂咲くらいしか出入りが許されていないはずだが、俺を呼んでよかったのだろうか。


 彼は太っ腹を揺らしながら、堂々と告げる。


「喜びたまえ。素駆くんと連絡がついたよ。願者丸くんを探してくれるそうだ」

「よかった」


 俺は敬う態度さえ忘れて、安堵の声を漏らす。


 彼は俺にとって、師であり、同胞であり、唯一無二の親友だ。このまま別れるのは絶対に嫌だ。

 素駆は頼りないが、フットワークならピカイチだ。きっと見つけ出してくれるだろう。


 俺は取り次いでくれた町長に、深くお辞儀をする。


「ありがとうございます!」

「うむ。やはり、若人の生き様は眩しいものだ」


 彼は俺を応接室に招き、使用人を通じて茶を出してくれる。


「せっかくだから、夕食も食べていきなさい。自慢の料理を揃えているよ」

「夢のようです」


 俺はついに、この世界の美食の頂点と対面できるというのか。

 日本人の肥えた舌を満足させられるかどうか、楽しみだ。ふふふ。


 ……まあ、狂咲から感想を聞いているので、美味いことは確定しているわけだが。


「ところで……」


 町長は俺と同じ品種の茶を飲み、尋ねる。


「狂咲くんは、君のことを好いているようだね」

「はい」


 隠すことなく、真実を言う。


「俺はまだ、狂咲を養うには足りない男です。実力を身につけて、せめて安定した収入を持てるようになるまで……」

「今のところ、彼女と結ばれる予定なのかね?」


 あえて言葉にするのは恥ずかしいが、そういうことになる。

 俺は無言で肯首して、察してもらう。


「そうか……。やはり日本人同士、か」

「異世界人との方が、都合が良いのでしょうか?」


 人生設計を変える気はないが、一応聞いてみる。

 すると町長は、いつもより弱った頼りない表情で、俺に悩みを打ち明ける。


「キミたちを英雄として宣伝し、地位を確保した。そこまではよかったんだ。問題は、キミたちのファンが予想以上に増えすぎたことだ」

「そんなにいるんですか?」


 俺は身に覚えがない。夏の日々でも、特に握手やサインをねだられたことはなかった。背後に不審者、ということもない。


 すると、町長は狂咲の話を持ち出す。


「狂咲くんに求婚者が殺到している」

「なんてこった」


 そうか。狂咲は積極的にこの町の者と仲良くしている。人当たりが良く、美しい英雄。モテないはずがない。


「わかりました。つまり、すぐにでも狂咲の告白に応えた方が良いという意味ですね?」

「ああ。言葉を選ばず伝えるなら……そうだ」


 ならば、話は早い。

 どのみち、俺の心はもう決まっている。狂咲を受け入れてしまえばいい。


「(初対面で告白されて、戸惑いはしたが……今ならわかる。狂咲は俺には勿体無いほど良い妻になってくれるだろう)」


 俺がどれほど不甲斐なくとも、狂咲は隣で支えてくれる。俺が成長すれば、狂咲は真っ直ぐな目で褒めてくれる。


 彼女ほどの伴侶が、この先いるだろうか。いない。よくよく考えてみれば、何人か心当たりがいるかもしれないが、いないことにする。

 俺は一刻も早く、今の複数人から狙われている状況を解消しなければならないのだ。


 俺は町長の後押しをもらえたことを嬉しく思い、机に頭をつけて感謝の意を表現する。


「ありがとうございます!」

「キミのことを地味な子だと思っていたけれど、違うね。キミは天然で、妙なことをする奇人だ。良い意味でね」


 町長は冷や汗を垂れ流しながら、お茶請けを選ばせてくる。


 薄いが、間違いなく高級なサンドイッチ。キャベリーの店で見たことがある、さくさくクッキー。それとは別に、柔らかい生地のしっとりクッキー。


 俺は甘党だが、キャベリーの店で食べられそうなものは省き、ここでしか味わえないだろうサンドイッチを選ぶ。


「おや、甘党だと聞いていたが……」

「この白さから気品を感じたのです。おそらく、ただものではないでしょう」

「お目が高い」


 町長は大喜びで、俺と同じものを手に取る。


 彼に促されて、実食。


「………………!」


 俺は想像を超えるほど洗練された味に、驚愕を禁じ得ない。


 パンは薄いのに、中身が詰まっている。味も白い外見からは予想もつかないほど芳醇で、整っている。


 間に薄く塗られたジャムとバターは、甘い。かなり強い甘さを持っていながら、上品で丁寧な舌触りで舌を包み込んでくる。


 量より質。そう言わんばかりの、芸術品じみた逸品である。


「新たな世界を見ました」

「だろう?」


 俺はこの世界にやってくることができた幸運に感謝したい気分になる。


 つらいことも色々あったが……総合的には悪くなかった。そう言える人生を歩みたい。

挿絵(By みてみん)

アネット・ストロングベルです。

表情に乏しい魔法少女。願者丸との失恋で泣いたのは相当なレアケース。

反面、動きはコミコルです。

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