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〜堕ちますよ〜

 積田立志郎。元高校2年生の異世界人。

 ついでに願者流の下忍である。


 俺は工藤と共に、盗聴石の練習に出かけている。

 願者丸が残した盗聴石。その操作方法を完全にマスターするため、あれこれ動かしてみるのだ。


 俺は町に出て石を拾い、弄る。工藤は石の変化を宿から察知する。そういう修業だ。


「今まで気にしてませんでしたけど、プライバシーの観点では完全にアウトですよね」


 委員長気質の工藤は、そう言いつつも石を使っている。


「生きるためには、犯罪に手を染めるしかありません。彼もきっと、追い詰められた気持ちだったのでしょう」

「そうだな……」


 俺は失踪した願者丸の内心を慮る。

 彼は忍者であり、素行不良だったが……補導歴はなかったはずだ。単なる不良のひとりだった。

 それがこんな手段に出たのは、彼なりに必死だったからなのだろう。


 工藤は石の向こうで紙をめくっている。


「盗聴石は、この世界では犯罪になりません。ここにいる以上、この世界の仕組みに従いたいと思います」

「工藤……」

「町長さんのお墨付きですし、人を探すという大義名分もあります。()()()()()()()()()()()()()()。そういう情けない人なんです」


 工藤は冗談めかして笑ってみせる。

 ……彼女にも、心労を強いてしまっている。そんな気がする。


 俺は盗聴石ごしに、謝罪する。


「すまない。工藤が生きやすいように、もっと生活環境を整えたい」

「別にいいんです。気持ちはありがたいですけど」


 工藤は静かにペンを鳴らす。


 工藤まで消えたら、俺たちはきっと苦労する。人の動向を把握できず、戦いの場にも行けなくなる。人を助けるために、無茶をできなくなる。

 そうなったら、詰みだ。皆を探すことは困難になる。竜や人殺しが跋扈する世界を動き回るには、補助輪が必須なのだ。


 俺は盗聴石を擦り、工藤に尋ねる。


「何をしたか、わかるか?」

「手に持って、指で擦りましたね」


 俺たちは検証を続けて、盗聴石に慣れていく。

 こうして工藤もまた、この世界の流儀に染まっていくのだろう。


 〜〜〜〜〜


 盗聴石の扱いをある程度覚えたところで、俺と工藤は外に出かけることになる。


 工藤は宿にこもってばかりで、あまり外と関わろうとしていない。地図と盗聴石を実際に照らし合わせなければ、何か起きた時に判断に困るだろう。


 工藤はこの世界でも目立つ長身でスタスタと歩きながら、明るく愚痴をこぼす。


「願者丸くんは土地勘も良かったんですね……。私はまだ、まごついてしまって……」


 そう言いつつも、工藤はどこか楽しそうだ。


 これまでの工藤は、異世界の情緒を楽しむ余裕がなかった。森に落ち、生き抜くだけで精一杯で、どうしても周りに目が向かなかった。


 今、彼女が笑えていることに、俺は安堵する。


「一番悩んでいた工藤が笑っていると、俺たちも安心できるよ」

「そうなんですか?」


 工藤はちょっと照れくさそうに、手で口を隠す。

 上品で、優雅な仕草だ。


「最近の俺たちは、危険な場所に飛び込みすぎているからな。感覚が麻痺してしまうかもしれない。お前の反応で自分を戒めている部分が、確かにあるんだ」

「なんだか恥ずかしいですね。でも、悪くない気分です」


 そう言って、工藤はやや子供っぽさの残る笑みを浮かべる。


 ……何らかの原因で彼女が狂ってしまったら。もし篠原や難樫(なんがし)のように、人殺しさえ辞さないようになってしまったら。

 その時はきっと、俺たちも手遅れになっているのだろう。


 そうならないように、互いに見つめ合って、変化を見逃さないようにしよう。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは商店街を見て回り、アマテラスが通っている道場を見学し、キャベリーのお菓子屋に顔を見せ、喫茶店で一息つく。


「後はヘリの周辺くらいか」


 俺が確認すると、工藤は地図を見ながら補足する。


「銭湯の辺りもありますね。せっかくですし、最後に寄っていきましょう」

「えっ」


 俺はかつての経験をもとに、警戒心を抱く。

 クラスメイトと銭湯に行くと、ろくなことにならない。狂咲に誘惑され、水空に抱きつかれ、気まずい雰囲気になってしまった。


 折角の提案だが、俺は断固反対する。


「やめておこう。俺は後で入る」

「じゃあ、私だけですね。お待たせすることになってしまいますけど」


 俺も行く流れになっている。何故だ。

 ……だが、風呂に入りさえしなければ問題ないはずだ。外で暇潰しでもしていよう。


 俺は渋々、銭湯まで同行することにする。

 妙なジンクスに惑わされて、友人の誘いを断るべきではないだろう。


 〜〜〜〜〜


 工藤が入浴している間、俺は番台のアマテラスと話をする。

 ちょうど道場を見てきたので、その感想を伝えてみよう。


「門下生が多そうな道場だったな」

「まほーつかい、少ない。でも魔物、いる。たたかう力は?」

「剣か」

「きみ、いいセンスしてるね」


 隣にある森は、魔物の巣窟だ。わざわざ人間を狙ってはこないものの、たまに迷い込んでくることはある。

 そういう時にものを言うのは、やはり武力。道場が発展しているのも、当然の帰結か。


 俺はなんとなく売店で飲み物を買いつつ、更に尋ねてみる。


「最近は銃や魔道具で対抗する流れなんだろう?」

「そうらしいね。銃、うるさいから嫌い」


 隣町に魔道具専門の訓練所がある。そこで魔道具の使い方を習うのが、ここ数年の流行りらしい。

 ……おそらく、裏儀式が衰退した理由のひとつだ。諸行無常。


 ここまで会話したところで、アマテラスは風呂場から呼び出しを受ける。

 工藤の身に何かあったのだろうか。滑って転んだなら一大事だ。


「おちつけー」


 工藤は相当慌てているらしい。何が起きたんだ?


「あー。シャワーは回数決まってる」


 なるほど。それに引っかかったのか。確かに、日本ではなかなか見ない仕組みだ。


 俺は追加料金を払い、便宜を図ってもらう。


「隣のシャワーをくれ」

「おー。ノッポのおねえさん、いい彼氏できたね」

「違う」


 とりあえず、工藤と狂咲のために否定する。

 ……というか、アマテラスは俺と狂咲の仲を知っているだろうに。どういうつもりだ。


 すると、魔道具の受話器の向こうで、事故のような音が響いてくる。

 転んだようだ。案外そそっかしいな。


「はあ。気が抜けた。お手洗いをお借りします」

「どーぞ」


 俺は気分を入れ替えるため、トイレに向かう。

 廊下を歩いて、風呂の方へ。突き当たりを右に曲がれば、そこに……。


 何故か工藤がいる。

 裸だ。かなり濡れている。


「ひゃっ!?」

「なっ!?」


 俺は目を背けて、廊下の手前に引き返す。

 何故だ。ここは脱衣所より手前だぞ。どうして工藤が立っている。


 俺は誤解を解くため、叫ぶ。


「違う! これは事故だ!」

「ごめんなさい! 電話、ここにしかなくて!」


 本来なら脱衣所に連絡用の魔道具があるようだが、故障中だったらしい。

 そこに置いてあったメモには「故障中。緊急時には外を出て手前の電話をお使いください」とあった。

 工藤は自分の状態をすっかり忘れて、脱いだまま外へ出てしまったらしい。


「あのお湯、魔法で出してるって聞いてたから……故障したまま放置したら、炎とか出てくるかもって思っちゃって……」

「そんなことは無いから安心してくれ」


 工藤は案外抜けているのか。

 本当に盗聴石を任せてもいいのか? 魔法という概念と根本的なところで噛み合わせが悪い気がしてならない。

 ……不安になってきた。


「私が悪いんです! 毛深くて見苦しいものをお見せしました!」


 毛深いのか。知らなかった。そんなものを見る前に引き返したから。


 俺はこれ以上会話をしない方が良いと考え、工藤に動いてもらう。


「そこの隣、お手洗いだ。用があるんだ。湯船に戻ってくれ」

「あ、はい……。後ろ、向いててください。駆け抜けます」


 工藤は俺の背後を通って風呂に戻る。

 ……他のお客さんがいたら、丸見えだったぞ。俺に了解を取れば良いというものではない。


「馬場はこういう面を見てきたから、あの態度なんだな」


 俺はなんとなく、彼と工藤の間柄を察する。


 〜〜〜〜〜


 俺は風呂上がりの工藤を迎え、買い物した荷物を持ち、口数少なく宿へと戻る。


「結局、また気まずくなった。恐ろしいな、銭湯」


 風呂さえゆっくり楽しめない現状を嘆きながら、俺はそっと工藤の様子を見上げる。

 工藤は俯き、しっとりとした髪を弄っている。軽い化粧も纏っているようだ。


 そういえば、ずいぶん長風呂だった。あれは手間取っているわけではなく、化粧をしていたのか。


 ……だからどうした。俺は化粧を知らない。じっくり見ても仕方ない。話題としても、今は少々意味深になってしまう。


「(何を話せばいいんだ……)」


 普段は沈黙が苦にならない……が、あんなことの後に黙られるのはつらい。気まずい。何度経験しても慣れない。


 俺は話題を探して、話しかける。


「工藤……」


 工藤はぴくりと震えて、上気した顔を僅かにこちらに向ける。


「願者丸の跡は……継げそうか?」


 俺は今回の外出の趣旨を取り戻すため、真面目な話を振ることにする。

 工藤も本来の目的を思い出し、冷静さを取り戻して真剣な顔になる。


「はい。まだ全てはわかりませんけれど……やってみせます。必ず」


 俺は先ほどの工藤の醜態を見てしまったため、意気込みはともかく、今ひとつ信頼できずにいる。

 願者丸が異常だっただけで、彼女だけに任せる仕事ではないのではないか。俺はそう思い、提案する。


「ひとりじゃ難しいか? 馬場にも手分けして任せようか」

「いいえ!」


 工藤は俺の両肩を掴み、熊か何かのようにぐっと握りしめ、強引に向きを変えてくる。


「私は……私はやれます。皆さんの力になれない役立たずのままでいるのは……嫌なんです」

「本当に真面目だな」


 俺は心からの感嘆を口にするが、工藤はあまり良い意味に受け取らなかったようだ。


「あなたと、狂咲さんと、水空さん。3人が傷ついて帰ってくるのを、膝を抱えて見てばかり。真面目なのは、あなたたちです。真剣に現実と向き合っているのは、あなたたちの方なんです」


 無力感からの脱却を目指している、ということか。


 俺にもわかる。俺も周囲に感化されてばかりだ。

 師匠や水空の強さ。狂咲の優しさ。飯田と馬場は、まだよく知らないが……集団の一員として努力し続けている彼らを、軽んじることはできない。


「俺は工藤の生き方を尊敬している」

「えっ」

「日本にいた頃の知識や経験を大切にしているのは、それだけしっかりとした土台を築き上げながら生きてきたからだ。日本では適当に生きていた俺とは違う」


 これは本音だ。俺は日本にいた頃の自分を強く保っている彼女を、尊敬している。


 今の俺たちは、日本に戻れないと仮定して物事を進めているが……もし日本に帰ったら、警察や学校とのやりとりは、彼女がすることになるだろう。

 俺にはできないことができる。これを尊敬と言わず何と言う。


「積田くん……ありがとう」


 工藤は微笑み、頬を赤くする。

 少しは友人として仲良くなれただろうか。馬場のように信頼できる間柄になれたら、幸いだ。


 〜〜〜〜〜


 宿に帰ると、狂咲と水空が待っている。


「おかえり」


 水空がいつもより低いトーンで話しかけてくる。

 俺はお土産を渡しつつ、地図を広げる。


「ただいま。早速だが、忘れないうちに盗聴石を」

「積田くん」


 狂咲も話しかけてくる。怖いくらいの笑顔である。


「工藤さん、あんまりレベルが高くないの。3しかないの」

「そう。だから、レベル上げに行かないと。神様からステータスの話、聞いたんでしょ? 魔力を上げるとスキルを使いやすくなると思うよ」


 なるほど。理にかなっている。だが、今から行くのは二度手間であり、体力が保たない。


 俺は石を並べつつ、意見を述べる。


「工藤は俺の付き合いで疲れている。休ませてあげてくれ」

「ふーん。付き合ったんだ」

「はー、クソ男。ウチまでにしとけー?」


 何故こうも責められなければならないのだ。

 いや、まさか。水空のスキルで覗き見して、デートだと勘違いしたのか?

 そんなことはない。必要なことを済ませただけだ。やましい意思は一切ない。


 俺は弁明のため、新品のソファで休んでいる工藤に声をかける。


「工藤。あいつら、何か誤解しているらしい。俺だけでは信用してくれない。何をしていたのか、証言する必要がある」

「……えっ」


 工藤は何故かぽっと赤くなり、目を逸らす。


「歩いてる時、石で聞いたんですけど……私たち、周りからはカップルに見えてたみたいです」

「は?」

「私がお風呂帰りで、ぽかぽかしていたからだと思います」


 通行人からは、熱い関係の2人だと思われていたという。すれ違った者たちは、全員そんな話をしていたそうだ。


 ……なら、離れろよ。いつまでも俺の隣にいるんじゃない。


 工藤は林檎のように赤くなり、呟く。


「言い訳……」

「なんだ?」

()()()()()()()……」


 俺は工藤に背中を向ける。

 これ以上、会話を続けてはならない。


「馬場はどこだ」


 俺が怒りを込めて工藤に尋ねると、彼女は早速盗聴石を活用して、調べてくれる。


「教団の跡地に、2回目の調査……」

「水空と行ってこい。ついでにレベル、上げてこい」

「えっ。いや、疲れて……」


 俺は狂咲の隣に立ち、叫ぶ。


「俺は願者流の稽古を行う! 部外者は近寄るべからず!」

「積田くんが狂った!」


 俺は慌てふためく狂咲を引き離し、ランニングへと繰り出す。

 万が一にも、間違いがあってはならない。俺は狂咲への想いさえ返せていない、ヘタレなのだ。この世界での生活が安定するまで、異性はご法度だ。


「筋肉! 筋肉が喜んでいる!」

「積田くん! ごめんって! 積田くんが、そういう人じゃないのは、わかって……!」

「悪い脂肪を燃やせー! 良い筋肉を作れー!」

「う、うおーっ! ふぁいとーっ!」


 俺と狂咲は、夕陽に向けて走る。どこまでも。どこまでも。

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