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〜抜け忍〜

 家族で相談した結果、アミーことアマテラスは学校に通うことになったそうだ。


 3人で訪れて、何を話したのかと尋ねてみると。


「何も話せなかったんです」


 彼女の母はそう答える。


「話題がなくて、続きませんでした」

「それは悲しいですわね」


 キャベリーが率直に言うと、母も悲しげに眉尻を下げる。


「家族の会話さえ弾まない。それがなんだか、切ないことに思えて……」

「なるほど」

「このままでは、私たちが死んだ後、ひとりになった後も……ひとりのまま過ごす子になってしまう。そう思ったんです」


 なるほど。家族愛は、人並み以上にあるようだ。

 魔法学校に通わせないのも、むしろ娘のことを考えた結果の判断だった。非難の言葉は言いにくい。


 アマテラスは俺たちのところにやってきて、嬉しそうに声をかける。


「学校、行けます。行けるんです」

「ふふふ」


 狂咲は嬉しそうに腕を広げる。


「ようこそ。これからは友達だね」

「ともだち……!」


 アマテラスは三つ編みを揺らしながら駆け寄り、その腕の中に飛び込む。

 ……泣いている。声を漏らすのを堪えながらも、嬉しそうに泣いている。


「よしよし。今度は魔法、教えてね」

「おじえまず!」


 こうして、新たな同級生が増えた。


 〜〜〜〜〜


 アマテラスを学校に迎え、クラスの雰囲気が明るくなった。

 ジュリアンがいなくなり、どこか重い空気が漂いがちだった魔法学校。そこに新しい風が吹き込み、再度スタートを切ることができたのだ。


 アマテラスは魔道具頼りとはいえ、魔力を流す感覚をよく理解しており、魔法習得の要になりそうだ。

 とはいえ、彼女は彼女で理論的な部分が不足しており、危なっかしい部分が見られるので、俺たちも支えていかなければなるまい。


 俺はアネットと昼食をとりながら、会話している。


「アミーは今日、願者丸と勝負するらしい」

「絶対勝てない」


 アネットは呆れたように笑う。


「サスケくんは強いもん。アネットも勝ったことないし、先生も最近負けてる」

「そうなのか」


 俺の師匠は山葵山をも超えたのか。魔法なしで。

 流石の向上心だ。弟子を育てつつ、自らも成長していくとは。俺も置いていかれないように頑張ろう。


 アネットは食事の手を止め、もじもじし始める。


「それで、ね……アネットは、サスケくんと……その……」


 わかっている。アネットは願者丸に片想いをしているのだ。

 願者丸も、彼にしてはよく構っている方だが……恋愛という視点には立っていないように思う。


「手紙にして、渡してみようか」


 俺は彼女に告白を促す。

 玉砕にするにしても、想いを伝えることが重要だと俺は思う。キャベリーが言うところの、出会いの重要性というところに似ているかもしれない。


 アネットは前向きな反応がもらえたことに喜びつつも、不安にしている。


「うまく、書けないよ……」

「伝わるさ。心をこめて書けば」


 願者丸は頭が良く、察しも良い。態度はお世辞にも良いとは言えないが、子供を傷つけるようなことはするまい。


 アネットは勇気を得たようで、小さな拳を握る。


「がんばる」

「その意気だ」


 俺はアネットの小さな恋の行方を、こっそりと見守ることにする。


 〜〜〜〜〜


 夏。

 案の定、この世界は日本ほど暑くはないが……冷房が無いため、トントンといったところか。


 俺と願者丸は、窓際で風に当たっている。


「あー……あ゛あ゛……」


 最近の願者丸は調子が悪そうだ。暑さにやられているのだろう。

 外で運動するのが得意なはずなのだが、暑さはまた別ということだろうか。


 俺はなんとなく、尋ねてみる。


「願者丸は、暑いの苦手か?」

「いや。そうじゃない。単にだるいだけだ」


 彼は宿から持ってきた果汁豊富な果物で水分補給をしている。


「食生活が変わって、体が驚いている。近頃はどうにも日本の食いもんが恋しくなる」

「そういうこともあるか」

「弟子。お前も夏バテには気をつけろよ」


 願者丸は間食として自作の兵糧丸をよく食べているが、あれの材料もだいぶ変わっているに違いない。


 そんな世間話をしていると、アネットが声をかけてくる。


「あの、サスケくん。これ……」


 分厚い手紙だ。綺麗なリボンでまとめてある。

 どこからどう見ても、恋文である。事前情報がなくともわかるくらいに。


 願者丸はそれを受け取り、頷く。


「帰ってじっくり読む」

「あ、あんまり見られると……はずかしい」


 文章には自分の内面が出る。魂の一筆なら、尚更だろう。

 願者丸が大切そうに机にしまうと、アネットは静かに去っていく。


「ここでは読まないんだな」

「この量は時間がかかる」


 願者丸は飛脚のような鞄に手紙を入れて、呟く。


「さて。どうフるかな」

「読む前から、そんな……」

「無理だ。あいつは友達だ」


 ……まあ、これまでの交流で手紙以上の体験を経ているはずだ。彼がこう言うのも無理はない。

 むしろ友達という言葉を引き出せただけでも、アネットは凄い。


 俺は今までのノリではできなかった軽口を、願者丸に叩いてみる。


「お前、どんなのがタイプなんだ?」

「今聞くのか!?」


 願者丸は不意を突かれたように目を見開き、焦る。


「オイラは、その……くのいちがタイプだ」

「お前の理想のくのいち……。アネットじゃなれないのか?」

「誰にもなれない」


 願者丸は寂しそうに、鞄の重みを確かめる。


「理想を誰かに課すのは……酷いだろう?」


 彼はストイックであり、向上心が高い。その価値観を相手にも押し付けてしまうということか。

 お似合いの人物は、限られそうだ。


「手紙はちゃんと読む。ちゃんと考えて、ちゃんと流す。真正面から放り投げて、安着させてやる」


 そう言って、願者丸は帰っていく。

 どことなく元気のない、狭い歩幅で。


 〜〜〜〜〜


 翌日、アネットはフラれたようだ。

 放課後に泣いている姿を見かける。


「うう……う、う゛ううう……!」


 動物の唸り声にも似た、本気の号泣。なかなか漢らしい泣き方である。


 そんな彼女に、アミーことアマテラスは肩を貸す。


「いい銭湯、しってるぜ」

「おゆ……あついのに、しといてぇー!」

「おきゃくさんいちめーい」


 2人は狂咲とキャベリーも連れて、いつもの銭湯へと向かう。

 ……まあ、なんとかなりそうだ。


 〜〜〜〜〜


 願者丸が消えた。

 魔法学校どころか、宿にもいない。


 大部屋で彼が使っていたスペースには、こんな置き手紙があった。


「抜け忍になる。10年くらいは探さないでくれ」


 何を言ってるんだあいつは。

 頭領が抜けてどうする。

 俺への稽古は? 魔法学校は?


 盗聴石は置きっぱなしだ。彼による配置図とマニュアルが添付されている。

 一応、俺たちにも使えるようにはなっているようだが……願者丸ほど使いこなせる気はしない。


 飯田は置き手紙を前に、困惑している。


「嫌なことでもあったのか? この前、あいつの分のレモネード飲んじまったのが悪いのか!?」


 飯田の罪はともかく。


 俺は願者丸の意図をどうしても察することができないでいる。

 このところ調子が悪そうではあったが、だからといって消える理由にはならないだろう。恋文を受けて気まずくなったということもなさそうだった。


 わからない。弟子だというのに、不甲斐ない。


 俺は馬場にも心当たりを聞いてみる。


「何か兆候はなかったか?」

「……無い。無いけど、妙に暗い話をすることがあったよ」


 ある日、馬場は宿で願者丸と会話をしたようだ。


「命の重さとか、赦されない罪とか、なんかそんな話をした覚えがある。……なんとなくだけど」

「あいつ、そういう話が好きだろうな」

「まあ、うん。その時は、あんまり変だと思わなかった」


 彼の証言を聞き、工藤が震え声でひとつの仮説を立てる。


「猫は死期が近くなると、姿を消すと言われています。うちのニャーゴちゃんも、そうでした。もしかすると、願者丸くんも……」


 いや、その理屈はおかしい。いくら願者丸が野生動物っぽいからといって、猫の生態がそのまま当てはまるわけがない。


 それでも、指摘する気にはなれない。他にそれらしい理由が見当たらないからだ。


「本当に死ぬかはわからないけど……それくらいのことがないと、こんなことはしないよね……」


 ……馬場の言う通りだ。

 俺は願者丸の捜索を決意する。


「願者丸のことだ。たぶん他の町に移動しているだろう。町長を頼って、追手を出そう」


 皆も賛成してくれる。

 師匠がそう簡単に捕まるとは思えないが……やらないよりマシだ。痕跡くらい掴めると信じたい。


「再会したら、クラスメイトの情報をたっぷり持ち帰ってくれるだろう」


 俺は楽観的な希望を、自分に言い聞かせる。


 〜〜〜〜〜


 願者丸の失踪を聞き、山葵山は呻く。


「そういう意味だったかぁ」


 心当たりがあったのか。馬場と同様に、その場では気が付かなかったようだが。


 俺は山葵山を問い詰める。


「知っていることがあるなら、話してくれ」

「先に言っておくけど、行方はわからないよ」


 山葵山は願者丸の成績表を見ながら、語る。


「願者丸くんは、黒魔法を全属性覚えました。あとは儀式を残すのみです」

「なんだと?」


 あいつ、もうそんな実力を身につけていたのか。

 夏までに3種を覚えた俺でさえ、かなり秀才寄りらしいのだが。


 山葵山は、自分の腕をさすっている。


「以前、彼に決闘を挑まれたことがありました。教師が生徒を傷つけるなんて、あまり良い行いではないのですが……狂咲さんの力を借りて、実現しました」


 願者丸は実践派だ。修業はもちろん、戦いの中でも成長するタイプである。


「1回目はわたしが勝ちました。彼にまだ、魔法に対する知識が無かった頃です」

「手も足も出なかったと聞いている」

「2回目はつい最近です。……今度は、わたしがなす術もなく負けました」


 そうだったのか。

 山葵山はかなり有力な魔法使いだと聞いているが、それを完封したというのか。


「あいつは……魔法を使わせなかったのか?」

「いいえ。わたしは全ての属性の魔法を使い、全てに対処されました」

「尋常じゃないな」

「わたしもそう思います」


 願者丸は、いつだって強さを得るために全力だ。

 しかし、何故こうも焦っていたのだろう。1年もあるのだから、少しくらいゆとりを持って活動してもよかっただろうに。


 ……まあ、これは凡人の感覚なのだろう。


「あいつは天才だ。間違いない」


 山葵山もそれに同意しつつ、俺に釘を刺す。


「でも、彼は強さより皆さんの方が大事でしたよ」


 俺たちのために消えた可能性を考慮しろということか。

 ……誰よりも情報を得ていた彼だからこその気づきがあったのかもしれない。


 〜〜〜〜〜


 盗聴石は工藤が管理することになった。

 情報処理能力が高く、ずっと宿にいるからだ。


「魔道具って、感覚的ですよね……」


 工藤はそれぞれの石を地図の上に並べ、完璧な形で管理しようとしている。


「音量や指向性が、なんとなくで変わるんです。すごく難しいですよ」

「他人のスキルをここまで使えているのも凄いことだけどな」


 俺は盗聴石のイロハをマスターしつつある工藤に、素直な賞賛を向ける。

 魔法を知らず、戦闘経験もない彼女が、これほどまでに対応できているのは……素で感覚が鋭い故だろう。

 多角的な視野を持ち、学習能力が高いのだ。そのおかげで、未知の分野もすぐに理解し、自分のものにできる。


 工藤は簡素な人間をひとつ生み出して、俺に渡す。


「いろんな人形、たくさん作ってきましたから。スキルに関しては、ベテランですよ」


 俺は盗聴石がはま込まれた人形を受け取り、頷く。

 工藤のバックアップなら、心強い。


「これからもよろしく頼む」

「はい。みんなの委員長として、オペレーターを務めさせていただきます」


 工藤は頼もしい笑みを浮かべる。

 様々な騒動を経て、一皮剥けたようだ。


 願者丸がいない寂しさはあるが、彼が抜けた穴を、皆で塞ぐことはできそうだ。

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