〜様子見のひとり〜
騎士団による調査が終わり、事件は収束した。
全ての元凶は『マカリ』という非合法の教団。数百年の歴史を持つ、かつては民衆の味方だった組織。
それを退治したのは、日本という異界から来た学生たち。神の加護をその身に受けた、勇敢な戦士。
以上が、現在出回っている風評である。
魔法学校の門前。
密偵の素駆は、バイクに跨っている。
「もうお前らを悪く言う奴はいないぜ。せいぜい達者でやれよ」
「はいはい」
やたらと格好つける彼に対し、水空が呆れたように手を振る。
「ウチより弱い役立たずさんは、さっさと国に帰ってくださいねー」
「ひでえ……けど……何も言い返せねえ……」
あの戦闘で彼が場外に落とされていなければ、水空が重傷を負うこともなかった。きっと根に持っているのだろう。
素駆はしょんぼりしつつ、バイクを走らせる。
水空はああ評したが、俺としては彼に感謝したい。彼がいなければ、無事に解決することはできなかっただろうから。
俺は大きく手を振り、別れを告げる。
「バイクに乗せてくれてありがとう。助かった」
彼は背筋を正し、さっきより取り繕った姿勢で帰っていく。
彼の活躍と長生きを、遠巻きに祈るとしよう。
〜〜〜〜〜
さて。
事件が終わったということは、学校生活を再開できるということだ。
あの事件で、俺は何度か土魔法に助けられた。咄嗟に盾を用意できるというのは、想像以上に便利なようだ。
俺たちはより一層の勉学に励むことを誓い、授業を聞く。
山葵山も授業の遅れを取り戻すべく、熱心に教鞭を取っている。
「裏儀式なんかに負けていられません。ガンガン詰め込んで、ガンガン実績出しちゃいますよぉ!」
そう言って、彼女は張り切っている。
不良学生のオメルタは疲れ気味だ。
……しかし、ここで気になるのはもうひとり。
相変わらず空席になっている、最後の生徒のことである。
「(あそこに座るはずだった奴は、どうしているのだろう。ジュリアンのように、親の束縛で命を落としていないといいが……)」
俺はこの町の見知らぬ子供に対し、表現しようのない感情を抱く。
〜〜〜〜〜
「結局、あの席の子は今回の事件の顛末を知らないままというわけだ」
俺はキャベリーと願者丸を相手に嘆く。
初日さえ現れなかった不登校の生徒が、どうしても気がかりなのだ。
「人の死を体験せずにいられるのは、ある意味幸せなのか、それとも……」
「不幸せですわ」
キャベリーはきっぱりと言い切る。
「人はいずれ死にます。けれど、死ぬまでに沢山の人と出会い、様々なものを受け取るのです」
キャベリーはきっと、人と人の繋がりの強さを信じているのだろう。おそらく陽キャだ。
「隣人の死を受けて、何を目指し、何を誓うのか。流石にジュリアンが死んでよかったとは言いませんけれど、避けられないものを真正面から受け止めることも、長い目で見ればきっと良い経験になりますよ」
どこか演説じみた口調だ。
キャベリーはジュリアンが死んだ日に泣いていたそうだ……。これもある種の強がりか。
俺は水筒の茶を飲み、一応それらしいことを言っておく。
「向こうのジュリアンも、自分のことを覚えている人が多いと、嬉しいかな……」
「きっとそうですわ」
無言の願者丸を気にしつつ、俺たちも沈黙を味わう。
〜〜〜〜〜
事件から月日が過ぎ。
俺は水と風の魔法を覚え、仮免を発行。もうひとつ覚えて儀式を経れば、正式に魔法使いとなる。
そんな状態で、夏を迎える。
「この世界の夏は、暑いのか?」
農家のアルバイトの片手間でアネットに問うと、彼女は首をかしげる。
「日本の夏、わかんない」
「それもそうか」
この世界はあまり気候に頓着がない。激しい変化がないということだろう。
俺は草むしりを終えて、ハウスから出る。
すると、すぐそこに銭湯の受付をしている少女がいる。こんなところに何の用だろう。
「まいどー」
「アミーちゃん!」
アネットは彼女の知り合いらしい。確かに、見た目の年齢は近い。交流があってもおかしくないだろう。
俺はアミーと呼ばれた少女について尋ねる。
「知り合いか?」
「うん。学校誘ったの」
なんと、魔法学校の最後のひとりは彼女だった。
銭湯の受付は、マイペースな挨拶をする。
「まいど。本名はアマテラスだよ」
「えっ」
太陽神。なんという豪華な名前だ。
「アマテラス・ケンコーランドだよ」
「えっ」
健康ランド。なんという質素な名前だ。
……彼女は代々銭湯を営む一家の長女らしい。番台を務めているほか、お風呂用グッズの販売も行っている。
アネットとは親同士の繋がりで知り合ったそうだ。子供の歳が近いと、自然と親も知り合いになるものらしい。
「いくつなんだ?」
「11さい」
「若いな」
「おにーさんこそ」
確かに、俺も16だ。大人にはやや足りない。
俺は彼女のペースでのんびりとした会話を楽しみながら、ふと聞いてみる。
「なんで学校に来ないんだ?」
「…………だいたいわかるから」
入学式の数日前に、実家の魔道具を触ってみたところ、土の魔法を使えるようになってしまったらしい。
その後、事件の間に火と水もマスター。家業をこなせるなら、最後の儀式以外通う必要はないのではと、両親の気が変わってしまったそうだ。
「アマテラスは……通いたくないのか?」
アマテラスはぶんぶんと首を横に振り、三つ編みを大きく振り回す。
「学校、いきたい。ともだち、ほしい」
「そうなの!? おいでよ!」
アネットはいつになく大きな声を出す。
よほど仲良しなのだろう。気弱な自分を忘れられるほどに。
……これは一度、アミーの両親に会った方が良さそうだ。
「銭湯に通うたび、妙な顔をしたくないしな」
俺は立ち上がり、アミーのために事情を聞くことにする。
〜〜〜〜〜
狂咲とキャベリーを連れ、銭湯にやってきた。
「ここは……庶民の憩いの場!」
キャベリーお嬢様は、はじめての銭湯にウキウキしているようだ。
「キャベリーちゃん、来たことなかったんだ」
「殿方に裸は見せられませんわ」
ここは混浴なので、良いところのお嬢様ならその考えが普通だろう。
俺でさえ、知らないお婆ちゃんとご一緒するのは好きではない。
ずんずん進むキャベリーの後ろを、俺は従者のようについていく。
「いらっしゃーい」
アミーことアマテラスが出迎えてくれる。
すると、キャベリーは驚愕した様子で賞賛の言葉を口にする。
「み、みみ、店番っ! わたくしでさえ店頭の経験を積み始めたのは最近だというのにっ!」
なるほど。そういう驚きもあるのか……。
のほほんとしたアマテラスは、キャベリーを見た瞬間、何かを察する。
「ここ、割と妥協するとこ。えらい人が満足できるサービス、無理め」
庶民の店とはそういうことだ。客同士のいざこざもあるだろう。本来お嬢様が来るような場所ではない。
しかしキャベリーは、糸目をカッと見開いて、アマテラスの手を取る。
「あなた……その齢にして、自らの家の気風をよく理解していらっしゃるのね……!」
「こわい」
「大丈夫。わたくし、あなたの味方ですわ。だって同じ学校に通う仲ですもの!」
キャベリーは澄み切った瞳をしている。確かにちょっと怖いかもしれない。
アマテラスは俺と狂咲を交互に見た後、腰がひけた格好で頷く。
「いちゃいちゃアベック様の、お仲間なら」
アベック。だいたいは男女の二人連れを指す言葉。ほぼ恋人と同じ意味。
俺と狂咲のことか。スルーしよう。
〜〜〜〜〜
——俺はアマテラスの許可を得て、彼女の両親と話すことになる。
水道工事の時に顔合わせは済んでいるため、これも手早く済んだ。
「この前はありがとうね」
アマテラスの母は、そう言ってお茶を出す。
熱めのお茶だ。ゆっくりしていけということか?
猫舌の狂咲は、カップを持った手で温度を察して、会話を始める。
「実は、アマテラスさんの件でお話がございます」
狂咲はアマテラスのために、説得を開始する。
魔法学校がどれほど楽しい場所か。娘がどれほど学校に行きたがっているか。アネットの様子。事件の収束。
しかし、アマテラスの母は承諾しない。
「学校でなくとも友達はできます。学校は儀式を代行してもらうための役所だと認識しています」
事実、アネットという友がいる。学校の最終目標も理解して、その上で選んでいる。
この理論を崩すのは容易ではない。家庭の事情に首をつっこむのは、究極のアウェー試合なのだ。
俺は自分の経験をもとに、疑問を呈する。
「今、アマテラスさんはご家庭で何をなさっているのですか?」
母は少し考えるような素振りを見せた後、答える。
「仕事の手伝いと、習い事を」
「武芸の教室ですね」
初耳だ。狂咲がいてくれて助かった。
母は頷き、胸の前で手を組む。
「ここだけの話ですが、銭湯は多くのお客様が来場されるので、妙な人もたまにいるのです」
「ふむ」
「普通、相手は素手ですので、魔法さえ使えればなんとかなりますけれど……娘は気弱ですので……」
「なるほど」
確かにアマテラスはおっとりしている。争い事とは無縁に見える。
しかし、ここで狂咲が指摘する。
「そちらで交友関係を広げているのですか? 学校ではあまり話題に上がりませんが」
「……気が強い男の子ばかりで、話が合わないそうです。そんなことでは弱い子になってしまうと言い聞かせているのですが」
まあ、そういうこともあるだろう。話をするための場所でないなら、仲良しだけで固まりやすい。
ここで、キャベリーが動く。
「アマテラスさんは、内向的に見えますが……お話が上手な方です」
「そうでしょうか?」
母は首を傾げる。
俺も一瞬違和感を持つが、考えを改める。
アマテラスはしっかりしている。お世辞も言えるし客の対応もできる。
俺が彼女と接した時間は、決して多くはない。それでも伝わってくるほどに、彼女は利口で饒舌だ。
「もったいないと思いませんか?」
「我々が……いえ、娘が損をしていると?」
「はい。このまま銭湯と道場に通うだけでは、口をきくことさえなくなってしまいますもの。いずれは喋ることさえままならなくなります」
母は一笑に付す。
「流石に大袈裟ではありませんか? 口を塞がれるわけでもないのに……」
「お母様は本日、誰と会話しましたか?」
キャベリーの問いかけに、母親はぴくりと動く。
……まさか、心当たりが無いのか。
そういえば、他に従業員らしき姿はない。ならば対外的な部分を任せていては、話す機会は皆無ではないか?
「いざという時に口が開かないと、詠唱に困るのではありませんか?」
「それは、その時になれば……」
「鍛えなければ、錆び付きます。長い間口をきかないと、咄嗟に声が出ないものです」
かなりきつい言い方だが、俺も同意見だ。
声に出すという行動は、自己主張の一種である。たとえ「魔法を使うため」という理由があっても、慣れていなければおっかなびっくりになる。
腰が引ければ、命に関わる。特にこの世界では。
その時、外で様子を見ていたアマテラスが部屋に入ってくる。
「学校、いけます?」
「うーん……」
母はやや逡巡し、ひとつ提案をする。
「お父さんとも少し、話さないとね」
「何を?」
「いろいろ」
とりあえず、家庭外である俺たちは帰ることになった。