〜ワンオペ幼女と文系の限界〜
雲の上にいる。
……もう3回目だ。慌てることはない。
「神の間か」
「そうだね」
幼女神は寝転んだ状態の俺を見下ろしている。
……相変わらずの神らしくない容姿だ。
「今回はどれくらい時間がある?」
「あんまりないです」
宿で寝た時から、思考は地続き。疲れが溜まっているのだが、仕方ない。
俺は未来の自分とみんなのために、起き上がる。
「話をしよう。なるべく濃い話を」
「はい。もちろん準備してきました」
神は取り扱い説明書とやらを取り出し、俺にステータスの解説を始める。
「ちゃんと日本語に翻訳しましたよ。たいへんだったから、いっぱい褒めてほしいですよ」
普段は日本語以外の言語を使っているのか。神語か何かか?
ツッコミどころがあるが……今は重要ではない。
「見せてくれ」
「どうぞ」
幼女神から、ゲームの攻略本じみたそれを受け取る。
彼女が描いたのだろう、絵本のようなイラスト。それに不釣り合いな数字とグラフの数々。無機質なフォントの長文。
「読みにくいな」
「うっ」
「責める気はない」
読めないほどではない。頑張って解読しよう。
——ふむ。
とりあえず、ステータスについては山葵山の推測が合っていることがわかった。
俺は彼女による解説を思い出す。
【ステータス】
攻撃…筋力に補正
魔力…魔法やスキルの精度に補正
防御…怪我をしにくくなる
魔防…魔力による攻撃や心の病にかかりにくくなる
速度…思考と動作の速さが増す
具体的には、攻撃時にも防御や速度がほんの少し乗ったり、防御時に攻撃や魔防で補正をかけたりできるようだが……難しい。
「ダメージ計算が複雑だな」
「だって世界が複雑なんだもん」
「それもそうか」
幼女神はふて腐れている。
……まあ、俺が理解できる範疇にないものを、これ以上眺めていても仕方がない。次に進もう。
俺はスキル一覧という項目に移る。
「呪いの効果は……」
俺が自らのスキルについて調べると、ちゃんと記載がある。
【呪い】
直径(魔力)センチメートルの魔力塊を形成し、射出速度{(魔力)×(速度)×……}/{……(霊)}を参考値とし、思念係数(※補遺13)による……
頭が痛い。目が滑る。
「つまり、大きさと速さはだいたい魔力依存。最大使用回数はレベル依存だな?」
「うーん……この際、それでいいです」
幼女神はほんのり不満そうだ。
使用回数が2回に増えたのはレベル10を超えたからだろう。そのようなことが書いてある。
レベル20付近で3回に増えるらしい。先が長い。
「即死の効果を着弾地点に……拡散して……防御や魔防を無視……割合ダメージ……なるほど」
俺は途中で気になる記述を見つけ、質問する。
「使用回数の回復は……思念係数とやらが関わっているんだな。ちょっと解説を頼む」
「時間、かかりますよ」
幼女神は神妙な顔で脅しをかけてくる。
「声の会話なんて情報密度が薄っぺらすぎます。長くなりすぎるから説明したくないです」
「詳細は端折って、ふわっと頼む」
「じゃあ、とびっきり端折ります」
幼女神は俺の返事を想定していたのか、一言で説明してくれる。
「『感情』です」
「感情」
「こうしたい、ああしたいという願望とか……そういうやつ」
「なるほど」
やる気があると回復するのか?
あるいは……そうか。
「誰かを呪いたいと思ったら、回復するのか」
「うーん。もうちょっと、こう、ストレスって感じ」
「割と簡単か」
「そう」
死に瀕した時は勿論、日常のほんの些細な不満でも少しずつ溜まるようだ。
もしかすると、俺が本気で敵を憎んだ時は、連発できるようになるのかもしれない。
そんなことが出来てしまったら、人として終わりのような気もするが。
俺は皆が持つ他のスキルについても、ざっくりとした理解を求める。
まずは、狂咲。
【思慕】
起動中、1人の(防御)(魔防)を1.5×(思念係数)×……
また、体力の[{……%の……細胞に対し……
スキル習得時、任意の1人を選択し、その人物に対してのみ1.5ではなく[{……
うん。
つまり、バフとリジェネだ。予想通りである。
「『狂咲矢羽』は『積田立志郎』に対して、思慕の任意選択を適用しています」
「俺だけ増えてるのか」
「跳ね上がってます」
幼女神がニヤニヤしながら付け加える。
なるほど。流石は狂咲だ。愛が重い。
……それにしても、ステータス画面で体力や魔力を見ることはできないのだろうか。
「なあ。体力は……」
「時間、かかります」
幼女神はまた神妙な顔で脅してくる。
「『掟』に書ききれないってことは、そういうことなんです」
「そうか」
表示限界があったのだろう。なんとなくでもいいので、参考値を載せてほしかったものだが。
……ここで、俺と幼女神の距離が離れてくる。
「もう帰る時間か。早いな」
「ちょっと無理やり呼んだから……。次はいつになるかな……。なるべく頑張るけど……」
幼女神はできる限り便宜をはかってくれているようだ。
俺は素直に感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます。今後も神の使徒として邁進いたします」
「急にどうしたの?」
やや呆れながらも、満更でもなさそうな幼女神。
彼女の顔が、急速に遠ざかっていく。
「あ。そうだ! お告げ、あるよ!」
幼女神は何か伝えるべきことがあったようで、いきなり叫ぶ。
「ステータスは、子孫に受け継がれないからねー!」
割とどうでもいい。
……そして、俺は目を覚ます。
〜〜〜〜〜
目を開けると、いつもの宿だ。
「眠い……」
夢の中でも頭を働かせていたからか、ちっとも疲れが取れていない。
だというのに、寝相だけは過去最大だというのだから、困ったものだ。
「うっかり女子エリアに突っ込んだら、何を言われるかわからん」
俺は窓の外を見る。
夜だ。月明かりが優しい。
時計を見ると、時刻は午後23時。真夜中である。
それなのに、誰の姿もない。どういうことだろう。
「忙しいのか……?」
俺はそばにいるはずの願者丸を探す。
すると、ほどなくして彼の姿が見つかる。
「お前……」
彼はひどく疲れた様子で、立ちっぱなしのままウトウトしている。
「オイラは……寝ないぞ……お前を……護衛……」
「寝ろ」
「おう……」
願者丸は倒れるように自分の布団へと飛び込む。
即座に、最初の寝息。
……寝る前に言われた通り、トイレ掃除をしておこう。
「ん」
俺は共用のトイレに赴き、掃除用具を手に取るも、清潔で非の打ち所がない現状を目の当たりにする。
他に人がいないなら、願者丸がやったのだろう。
「悪い、願者丸」
直接戦ってはいないとはいえ、彼もまた功労者だ。互いに支え合うべきだった。
俺は小柄な彼に毛布をかけ、皆の帰りを待つことにする。
〜〜〜〜〜
日付が変わる頃に、馬場が帰ってくる。
「……ああ、積田くん」
彼はゾンビのような顔で部屋の奥に転がり込む。
「僕、英雄なんかじゃないのに……」
「何があった?」
馬場はごろごろと左右に転がり、悶える。
「警察っぽい人に話聞かれて。怪しい人に話しかけられて。勧誘とか誘惑とか、山ほどされた」
「大変だったな……」
彼は名刺のようなものの束をまとめて放り投げ、寝る態勢に入る。
「工藤さん、下で寝てる。水空さんが守ってるけど、あっちも限界だから、代わってあげて」
「水空のやつ、まだ起きてるのか!?」
俺は彼女の頑丈さに恐れ入ると同時に、底知れない不安に怯える。
絶対に無事ではない。なんらかのリミッターが外れているだけだ。
俺が外へ通じる扉に手をかけると、馬場は半分寝言のように付け加える。
「工藤さん、起こさないであげて……」
「わかった」
俺はそっと扉を閉め、忍び足で階下に向かう。
木造の階段。コツコツと鳴る足音に気を払い、俺は廊下に移動する。
「あ……」
食堂に工藤がいる。
テーブルに伏せて、ぐっすり眠っている。長い髪が鬱陶しそうだ。
その周りには、大量の人形が。……あれを崩さずに工藤を運ぶのは、無理だろう。一階に置いておく方が良さそうだ。
その隣には、異常なほど青白い顔の水空が立っている。
ホラーじみた光景だが、冗談では済まされない。
「水空。いい加減休め。俺が起きてるから」
「積田くん」
水空は俺を視界に入れた直後、幽鬼のようにぬらりとした動きで襲いかかってくる。
「うわっ」
まさか攻撃されるとは思っていなかったので、あっさりと組み伏せられてしまう。
敵と味方の区別がついていないのだろうか。そう思って、俺は呼びかける。
「水空。俺は味方だ」
「知ってる」
そう言って、水空は俺に抱きつく。
やめてくれ。早く休んでくれ。
「いい加減さあ……水空って呼ぶのやめなよ。調って名前があんだからさあ……」
「誰もそっちで呼んでないぞ」
「積田くんだけ、特別。キョウちゃんも、いいんだけどねえ……ははは……」
水空は世迷言を垂れ流しながら、俺の唇を塞ごうとする。
「やめろ」
俺はステータス画面で、それを止める。
「狂咲はどこにいる?」
「あはっ。やっぱり気にするんだー。えらいねー」
水空は何故かステータス画面を撫でているようだ。すりすりと摩擦音を響かせながら、答える。
「キョウちゃんはキャベリーちゃんの家。つまり、町長さんのとこ」
「事後報告か?」
「お泊まり会。人が死んだから、キャベリーちゃんが泣いちゃって。帰るに帰れなくて」
キャベリーは俺たちを英雄として祭り上げていたそうだが、裏では苦労があったのだろう。
なら、仕方ない。狂咲がそばにいるべきだ。
俺は願者流の寝技で水空を引き剥がす。
「寝ろ」
「えっち」
「馬鹿なこと言ってないで、休め」
「はーい」
水空はわざわざ立ち上がり、工藤人形の山に寄り添うように、寝転がる。
「毛布、いるか?」
「いらなーい」
水空はなかなか寝る気配がない。
「お前が入眠しないと、俺が……」
「ウチ、そんなに弱くない。休みなんかいらない。まだ戦える」
俺はあの戦いでの力強い水空を思い返し……それでも首を横に振る。
「今のお前はどう見ても弱っている。俺がそう決めた。だから休め。自己判断で働くな」
「へー。ますます好きになった」
これ以上相手をしていると、調子が狂う。
俺は背を向けて、食堂の冷蔵庫を勝手に漁る。
「腹が減った」
「その冷蔵庫、山葵山せんせーが改良するってさ」
「ふーん」
魔法の達人である山葵山が来たことで、俺たちの周りの生活水準は、きっと上がっていくのだろう。
魔法学校があれば、町全体がそうなる。一部の少数に頼り切ることなく、未来を築いていける。
昼間に葬った人々より、よほど多くの人数が救われていく。そのはずだ。
だから、俺は……明るさを増す未来の中で、苦しみを乗り越えていかなければならないのだ。
「水空。これ、ワインか? それともジュ……」
「ぐごー……」
知らない間に、水空は寝入ったようだ。
そっとしておこう。
俺はひとり、パンをかじる。