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〜呪われし役割とヒーロー〜

 俺たちは怪物と化したジュリアンを止めるため、進路上に立ち塞がる。


「ジュリアン、止まれ!」

「あたしたちのことがわからないの!?」


 必死の呼びかけにも応えず、ジュリアンは牙を剥き出しにする。


「食いたい! 腹一杯、かきこみたい!」


 ジュリアンは逃げ惑う人々に目を奪われている。

 もはや人間が、ご馳走の山にしか見えていない。


 俺は多少乱暴だが、ステータス画面を取り出して彼を殴る。

 見上げるほどの巨躯。脚までしか届かないが、止められればそれでいい。


 しかし、彼は止まらない。ステータス画面を容易に押し退け、突き進む。


「食い放題! 食い放題!」

「やめて!」


 狂咲も立ち向かうが、止められない。


「こっち見ろよ。食い意地より、命が大事だろ!?」


 彼と親交が薄い水空は、ステータス画面を踏み台にして、鱗まみれの体を蹴飛ばす。

 しかし、それでもジュリアンは目もくれない。


 連戦で弱っているとはいえ、水空の攻撃でも通じないとは。……これでは本当に怪物ではないか。


「お前ら、どけ!」


 俺たち以上に容赦のない、密偵の素駆。彼はバイクに乗って追いかけ、ステータス画面を振りかぶる。


「速さは強さ! 俺の一撃は重いぞ!」


 素駆は一気に速度を上げて、すれ違い様にジュリアンを殴打する。


「くらえ!」


 一撃。

 ようやく、ジュリアンが足を止める。


「うっ……ウガアアァァ!!」


 大気が裂けるような咆哮。

 ジュリアンは両足を激しく踏み鳴らし、俺たちを踏み潰そうとする。


 地鳴りのような轟音。舞い散る落ち葉。少しでも擦れば、即死するだろう。


 俺たちはジュリアンの説得を諦め、一度離れる。


「どうすればいいの……? こんなの、どうしようもないよ……」


 珍しく狂咲が弱気になっている。

 敵に回った相手を殺すのは、覚悟できる。しかし俺たちは、彼の悩みや迷いを見てしまっている。


 反面、水空は修羅のような目で巨大な彼を見上げている。


「足、もごうか」

「えっ。……そんなこと、するの?」

「これでも妥協だよ」


 水空は殺しも辞さない姿勢だ。

 積極的に殺したいわけではない。やむを得ない状況なら、迷わず殺すだけだ。彼女にも傷つく心はある。


「……俺がやる」


 俺はステータス画面を見せて、2人に告げる。

 ボディガードと難樫を殺し、レベルが上がった俺のステータスを。


 積田立志郎    レベル12

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…15    呪い(2/2)

 魔力…24

 防御…14

 魔防…12

 速度…17 


 呪いの使用回数が、2回に増えたのだ。


「……そっか」

「……じゃあ、任せる」


 狂咲と水空は、静かに俺のスキルに託す。


 〜〜〜〜〜


 飯田と馬場は、ひたすらちょっかいを出してジュリアンを引きつけている。

 ろくな攻撃手段を持たないため、あまり効果はないようだが……それでも彼らは尽力する。


「止まれ! クソトカゲ!」


 飯田は巨大なジュリアンに追いつけず、徐々に距離を離されてしまう。

 素駆のバイクと水空の走力でなければ、彼とは並走できないようだ。


 俺と狂咲はステータス画面をサイドカー代わりにして、素駆のバイクに乗せてもらっている。


「おいおい。もう住宅街に入っちまうぞ」


 ジュリアンは家々を破壊しながら、食べられる人を求めている。

 老人や子供など、逃げ遅れた者は危険だ。


「願者丸!」


 俺は盗聴石に向けて叫ぶ。

 以前、彼の鼓膜を破ってしまって以降、積極的に使いたいとは思わなくなっているが……そんなことは言っていられない。


「なんだ」


 彼はすぐさま応答してくれる。

 今も他の面々の石を管理しているだろうに。やはり彼はありがたい存在だ。


「逃げ遅れた人はいるか!?」

「いる。進路上には……やばい、すぐそこだ!」


 願者丸の警告と同時に、ジュリアンが喜ぶ。


「いたぁ。おいしそう!」

「いやぁ! ば、ばけもの……!」


 彼の姿を認め、女性の絶叫が響き渡る。

 ……妊婦だ。


 水空はバイク以上の速度で走り、ジュリアンの尻尾を掴む。


「うぎぎぎ……!」


 肉が伸びる音がする。

 しかし、ジュリアンを後退させることはできない。


 もう、やるしかない。


「『呪い』を撃つ。なるべく近づいてくれ」


 俺は右腕に異形の魔力を溜め、即死の一撃を指先に込める。

 素駆はバイクを走らせ、ジュリアンに踏まれないぎりぎりのところまで接近する。


「届くか!?」

「ああ。やるぞ。離れろ!」


 俺は願者丸に頼んで、他のメンバーへ通達してもらう。

 呪いに巻き込まれたら、味方も殺してしまう。手当てする暇もない。


 ジュリアンの爪が、妊婦の夫らしき男を弾き出す。

 割れた水風船のように、飛び散る体液。即死だ。


「くらえ!」


 狙いやすい胴体目掛けて、俺は呪いを解き放つ。

 狙いは正確。速度も上々。当初とは比べ物にならないほど扱いやすくなっている。


 ……当然、巨大な的を外すはずがなく。

 ジュリアンの腰に、呪いが命中する。


「おえ?」


 ジュリアンは妊婦に手の影を落としたところで、目をぐるぐると回す。


「お、お、おお……」


 肉がぐずぐずに溶け、骨が現れ、それさえも消えていく。

 ジュリアンは体重を支えきれず、転倒する。


「おかあ、さ……」


 最期にそれだけ呟き、彼の全身は泡立つ肉塊に変わってしまう。


 ……腐臭。


「うぐっ」

「呪いって感じだねー。はは……は、はは……」


 俺たちは鼻が曲がるような臭いから逃れるため、その場を離れる。

 ……ずいぶんと後味の悪い勝利だ。


 〜〜〜〜〜


 ジュリアンを討伐してから、3時間ほど経過した。


 裏儀式の教団……『マカリ』から現れた、怪物。

 その噂は瞬く間に町中に広がった。


 マカリはかつて、この町に必要な存在だった。正規の魔法学校がいない間、有志のアマチュアが集まって開拓し、安く魔法をばら撒いたのだ。


 しかし、国が大きくなった今となっては、法律という仕組みに従わない組織は邪魔なだけ。

 マカリに世話になった人々は、彼らに国への従属を勧めたものの……彼らは猛反発。魔法学校では得られない魔法やスキルも、裏儀式なら得られる。そう宣伝し、違う方向性を目指すことで生き残ろうと試みた。

 しかし、その先にあったものは……資金難。裏儀式は危険性が高いものであり、時代と技術が進んだ現代となっては、もはや売り物にならなかったのだ。


 ここから紆余曲折あって、町の外からやってきた危ないマッドサイエンティスト集団と合流したり、メンバーが入れ替わったり、見た目と行動力はある難樫に入れ込んだり……。色々あって、完全なる害悪となったのだ。


 ……他にも、裏儀式の出どころや外国の話を聞かされたような気がする。よく覚えていないが。


「もういい。疲れた」


 俺は宿に戻り、寝転んでいる。

 願者丸が仕入れてきた、教団の話を聞きながら。


「もう起き上がる気力も体力もない。重い話を聞くのもつらい」

「だろうな」


 願者丸は椅子の上に立ち、窓の外を見ている。


 怪物騒ぎがある程度落ち着き、事態は次なる騒ぎに移行しつつある。

 怪物を倒した俺たちを英雄視する流れだ。


「あんだけ不審者扱いしやがった癖に、手のひら返しが早すぎる」


 願者丸は宿に集まる野次馬たちを見下ろしながら、いつも以上に不機嫌な声で吐き捨てる。

 忍者が不審者なのは、日本でも変わらないと思う。しかし、今は指摘しないでおこう。面倒だ。


 俺はだらりと寝返りを打つ。


「眠いのに、眠れない」


 何もかも尽き果てているというのに、意識だけがはっきりしている。通り過ぎたはずの死の恐怖が、未だ脳にこびりついて離れないのだろう。


 願者丸は窓から離れ、俺の隣に寝転ぶ。


「ここはもう安全だ。なんなら、オイラが護衛してやるよ」

「それは頼りになる」


 この師匠なら、危険が迫れば叩き起こしてくれるだろう。俺が不甲斐なくとも、尻を叩いて動かしてくれる。


 俺は目を閉じ、頑張って体を休めることにする。

 眠くはない。だが、暗闇に身を任せるだけで、それなりに休めるはずだ。


「他のみんなはどうしてる?」


 俺が尋ねると、願者丸は盗聴石を繋いだり切ったりして、様子を窺う。


「狂咲は町長に報告。水空はその隣に棒立ち。馬場は周辺住民に説明。飯田は教団跡の調査」


 少し間をあけて、願者丸は続きを伝える。


「工藤は……下にいる」

「知ってる」


 工藤は野次馬の侵入を防ぐため、人形を並べてバリケードにしている。

 今のところ、完成度が高い人形たちの見た目に気を取られ、人々は中に入ろうとしていない。危険な魔道具かもしれないため、奪おうともしていない。


 ……俺だけが休んでいて良いのか?


「俺も、何か……」

「お前と水空は休め」


 願者丸は俺を軽く踏みつけ、起きないよう押さえつけてくる。


「今の水空は動く抜け殻だ。お前もたぶん、立ったらそうなる」

「そうか……」


 俺は水空の身を案じる。

 今は狂咲の力で治ったものの、整った顔面を肉塊にされ、一時は生死を彷徨ったのだ。精神的にも弱っているに違いない。


 ……呪いの回数が、やっと2回に増えたのだ。今後は隣に立つ者に、あんな思いを味わわせないように気をつけよう。


 俺は誓いを刻みつけつつ、願者丸に尋ねる。


「魔法学校のみんなは?」

「みんな無事だ。ジュリアンの死を知っているのは、キャベリーだけだがな」


 願者丸は俺の方を向いたらしい。寝返りを打つような静かな音が響く。


「キャベリーは俺たちを英雄として持ち上げるつもりでいる」

「はあ……」

「そうすれば、町に嫌われることはなくなるからな。宿と店の宣伝にもなる」


 正しい判断であり、助かってはいるのだが、少し疲れる。


 俺は徐々に思考が鈍っていくのを感じながら、ぼんやりと尋ねる。


「素駆は……」

「車庫でバイクを押してる。燃料が無いのかもな」

「そうか……」


 願者丸は、俺の顔に濡れタオルを投げる。


「眠いか? 寝てろ。代わりに、起きたらトイレ掃除頼む」

「あいよ……」


 俺は願者丸との約束を忘れないようにしながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。

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