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〜最初の一歩とヘリコプター〜

 積田立志郎、高校2年生。

 つい数秒前に、望んでいない春が来たところだ。


「積田くん積田くん! 告白したよ! 返事を!」


 やたらテンションの高い目の前の女子生徒は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら返事を待っている。

 長い髪。大きな瞳。見た目だけなら大和撫子だ。


 しかし異世界に飛ばされて、話したこともない同級生と出会って、最初にやることが告白だなんて、間違いなく正気ではない。


「お断りします」

「うっひょお!」


 後ろで付き添いの別人が声を上げる。


「キョウちゃんでもフラれるか。ヤベーな積田……どんだけ高嶺フラワー愛好家だよ」

「そこがいいんだよ、みっちゃん!」


 みっちゃんと呼ばれた活発そうな女子生徒は、俺の前に立って自己紹介をする。


「ウチは水空(みずから)調(しらべ)な。こっちのキョウちゃんの幼馴染で、あんたと同じ2年生。同級生として、よろしく頼むわ」

「もう学校、無いけどな」

「ごもっとも」


 水空はキョウちゃんとやらの肩を叩き、スムーズに他己紹介へと移る。


「こっちは狂咲(きょうざき)矢羽(やばね)。彼氏としてキョウちゃんと呼んでやってくれ」

「彼氏っ!? さっきのやりとり聞いてたか!?」

「もちろん。彼氏だと思ってないの、積田くんだけだからね。多数決で決まりだよ」

「俺の発言権はどこに!?」


 こっちも話が通じないようだ。常識を日本に置き忘れてきたのだろうか。


 ……しかし、今は彼女らに頼るしかないのも事実。俺ひとりでは行き詰まっていたところだ。

 これだけ余裕がある態度なら、何かしらの打開策を見出しているのだろう。情報が欲しい。あわよくば、生き残るための術も。


 俺は狂咲の方に声をかけてみる。

 まだ告白してきた以外の人となりを掴めていない。お互いを知ることができれば、少しはマシな対応ができるかもしれない。


「2人も神と会ったのか?」

「会ったよ。ちっちゃくて可愛かったね!」


 どうやら同じ幼女神に導かれたようだ。


 狂咲は花柄のステータス画面を取り出し、ぶんぶんと振り回し始める。


「この特大タッチパネルみたいな板、レアものらしいよ。神の加護の具現化なんだって。なんか特別感あるよね!」

「神がそう言ったのか?」

「違うよー。人に聞いた。あっちの町」


 水空が振り向き、来た方角を指差す。

 そうか。逆方向に町があるのか。助かった。


 人間の集落があるなら、ひと安心だ。今後の生活の目処も立つというもの。いざとなれば肉体労働でもなんでもこなして、日銭を稼ぐとしよう。


「ありがとう。良ければ、案内してほしい。ちょうど困ってたところなんだ」

「いいよー。というか、ウチらもみんなを探しに来たんだし、そのつもり」

「先に進んでもいいけど、燃料が不安だし……。積田くん連れて帰るね」


 ……燃料?

 もしかすると、乗り物があるのかもしれない。女性2人の足で森を抜けるなら、確かにそれくらいは必要だろう。


 元のゲームに照らし合わせて考えていたが、思ったより文明レベルが高そうだ。魔法やスキルを生かして高度な文明を築いている世界観なのだろうか。


「何に乗って来たんだ?」

「ヘリ」


 ……文明の利器ではないか。異世界っぽさがかけらもない。

 元の日本と同程度と見て良いのだろうか。機械でできた、あのヘリコプターなら……それ以外の機械も、町にあるのかもしれない。


「乗せてくれ」


 俺はついさっきフったばかりの女とその友達に頭を下げて、命乞いをする。


 〜〜〜〜〜


 ヘリコプターは、ほぼ木製だった。

 高度なつみ木のような、簡素で穏やかな外見。とても空を飛ぶとは思えないが……本当に飛んでいる。


 俺はヘリコプターの中から外を見下ろしつつ、2人をあれこれと質問攻めにする。


「動力はなんだ?」

「たぶん魔法!」

「何処で手に入れた?」

「大雑把に言うとレンタル!」

「運転手の姿が……」

「自動運転!」


 俺は遠回しな質問をやめて、核心に迫る。


「これ本当に大丈夫か!?」


 俺の足踏みで、床板がぎしりと音を立てる。

 木材。木材。何処を見ても木材。機械の類は見当たらない。


 信頼性に欠ける。今すぐにでも落ちそうだ。


「怖い。怖すぎる。でも乗ってしまったから逃げられない」

「怖がりだなー。杞憂杞憂」

「空と違って、ヘリコプターは落ちるぞ」

「元ネタ予習民か。知的っぽい会話ができて、ウチは嬉しいぞ」


 ベンチに座ってからかう水空の隣で、狂咲が両膝を叩く。


「怖いなら、ここ……座っていいよ」

「何が目的だ?」

「よしよししてあげる。もし落ちても、一緒」

「縁起でもない……」


 俺はベンチの端に腰掛けて、固い背もたれに体を預ける。

 森を歩き続けて、疲れているのだ。流石にここで眠るほどの度胸はないが、いつまでも気を張っていても仕方ない。少しくらい休みたい。


 俺は天井にあるよくわからない動力の照明器具を眺めながら、2人と会話をする。


「2人は……あの神の話、どう思った?」

「ウチはクソだなって思った」


 苦虫を奥歯で噛み締めていそうな顔で、水空が答える。


「生まれ変わるなら日本が良かった。そうすれば、オトンとかオカンにまた会えるかもじゃん」

「同じ世界はダメなんじゃないか?」

「ほんとに神様なら、そのへんも何とかしてくれよ。時間巻き戻すとかさあ、生き返らせるとかさあ……」


 水空は口を閉じる。

 泣くのを堪えているようだ。これ以上は話してくれそうにない。


 彼女の気持ちは、俺にも理解できる。家族仲が良かったわけでも、将来の夢があったわけでもないが、あちらに残してきたものは多い。ゲームとか。


「帰りたいよな……」

「あたしはそうでもないよ」


 反面、呑気な口調で狂咲が笑う。


「死んだのに、もう一回人生できる。これってラッキーだよね! 普通に死ぬより、ずっと!」

「まあ、そうだろうけど……そうだろうけどさ……」

「地獄行きなら嫌だったけど、こんな不思議な世界で暮らせるなら、それはそれで濃い人生送れそう。これからいっぱい苦労して、いっぱい充実できそう!」


 狂咲は楽観的で、過去より未来を見ているようだ。前世に悔いが無いということなのか。

 羨ましい生き方だ。明るすぎてまぶしい。


 俺が感心していると、水空が立ち上がり、ヘリの前方に歩いていく。


「キョウちゃんだけがウチの希望。唯一残った日本。こんな世界に降り立って、()()()()()()()()()()()()()()()のに、いつだって明るく笑ってくれる。すごく良い子なんだ」

「お、おう……」

「だから、積田。あんた、仲良くしてやってくれ。付き合うのがダメでも、前向きに考えといてくれ。なんでもするから。お願い」


 重い。尚更付き合えない。付き合いきれない。

 だが、俺は……彼女の想いを無碍にすることもできない。

 日本に戻りたいという願いに共感した弱みだ。


「わかった。これから先、狂咲と行動を共にする。付き合うのは保留だが……どうせアテがないからな」

「ほんと!?」


 狂咲がまた抱きついてくる。

 スキンシップが激しすぎる。もう少し大人しくしていてほしい。勘違い男製造マシーンかお前は。


 ヘリコプターはいつのまにか、街らしきところに降りつつある。

 着地はスムーズで、音も振動も大したことがない。


「ね? 大丈夫でしょ?」


 狂咲は笑って俺と水空の手を引く。

 さっきまで泣いていた水空が、釣られて微笑む。


「(まだ信用しきれないが……それでも、いずれ仲良くなれそうな気配はする)」


 告白されるほどのことをした覚えはないが……今はまだ、聞かなくていいか。とりあえず、森からの脱出はなんとかなったんだ。生き残ったことを喜ぼう。


「助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして」


 こうして俺は、この世界に一歩足を踏み出した。

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