〜破滅の塔〜
決行の日がやってきた。
レベル上げは万全。工藤を含め、全員がレベル8まで到達した。
特に俺のステータスは、幼女神のミスも相まって、強者の片鱗を見せつつある。
積田立志郎 レベル8
【ステータス】 【スキル】
攻撃…11 呪い
魔力…20
防御…10
魔防…12
速度…13
高い。まだレベル8だというのに、もう一桁のステータスがなくなってしまった。
素駆などは、20を超えても一桁の項目が残っているというのに……。
「作戦は覚えているな?」
先陣を着る予定の素駆が、俺に確認する。
俺は伝えられた内容をそのまま返す。
「序盤は俺と素駆が突撃。中盤からは水空も突入し、願者丸の盗聴石をばら撒きながら暴れる」
「よし」
俺と素駆は、塔が見える位置まで接近する。
真っ白で美しい外見だが、ほぼ全面に蔦が巻き付いている。塔という名ではあるものの、天に伸びるほど高くはない。今の俺なら、余裕を持って頂上まで駆け抜けられるだろう。
「弟子。手裏剣を投げるぞ」
「了解」
願者丸の攻撃で見張りが倒れたところで、俺たちは駆け出す。
「突撃!」
俺と素駆は一直線に駆け出す。
〜〜〜〜〜
扉をぶち破りながら、素駆は張りのある声で叫ぶ。
「円卓騎士団だ! 貴様らに違法儀式の疑いが……」
「神の名の下に!」
教団員は、俺たちの襲撃に驚いていない。
それどころか、待ち構えていたかのような陣形を組んでいる。
「未来となれ!」
「贄となれ!」
教団員たちは、黒いローブをまとい、俺たちに特攻を仕掛けてくる。
戦うつもりさえなく、初手自爆だ。狂っている。
俺は左右の敵に向けて、願者丸から受け取った魔道具を投げつける。
「せいぜい苦しめ」
見た目はいつも通りの石ころ。割れると大量の魔力が炸裂し、相手に降りかかる。
ただの魔力であり、魔法を成すわけではないが……相手の魔力もまた、その奔流により妨害される。
つまりは、魔道具による自爆を防ぐ効果がある。
「がっ!」
教団員は奥歯に仕込んだ爆薬を噛み締めている。
しかし、発動しない。
流石は願者丸師匠。効果はてきめんだ。
「おらっ!」
俺はステータス画面を振り回し、彼らの顎をかち割る。
咬合できなくなれば、自爆も防げるだろう。脳震盪も狙える。
殺してしまったら……その時はその時だ。全てが終わった後で、罪を受け止めよう。
俺は2人を無力化し、先に進む。
教団員は次の手に移るようだ。
「銃を持て!」
銃。ろくな魔法学校を出ていない賊らしい武器だ。
ひとりだけ高い位置から見下ろしている白の教団員の指示により、教団員たちは長い銃を構える。
「こっちに寄れ」
倒した団員たちを放り投げながら、素駆が指示を飛ばす。
銃への対処は決めてある。防御だ。
俺がステータス画面を盾にすると、素駆はバイクを取り出して、それも盾にする。
「俺の相棒だ」
飛田のヘリとは違う。金属製で、日本のものよりも更に高級感がある。素材からこだわり抜いた、オーダーメイドの逸品だそうだ。
スキルで生み出したものの素材をこだわる……というのは、よくわからないが……何かカラクリがあるのだろうか。
「撃てーッ!!」
魔法の銃が一斉に火を吹く。
授業で習ったが、この世界における銃とは、風属性の魔法で銃身の物を飛ばす武器だ。魔道具から石礫まで。
彼らは尖った石と金属片を飛ばし、俺たちにぶつけてくる。
ステータス画面には傷ひとつない。素駆のバイクにも。
素駆のバイクは、乗らなくても遠隔で動くらしい。走り回り、団員を牽制している。
「おいおい。そんな石ころ、砂漠で何度も乗り越えてきたぜ」
団員は交代で銃を撃ち、弾幕を張り続ける。
途切れない攻撃。顔を出せない状態が続く。
しかし、焦るべきではない。弾には限りがある。いつまでも続くわけではないのだ。
「所詮は魔道具。魔力が尽きれば、使えなくなる」
やがて、その時は来る。
飛んでくる弾がまばらになり、そして完全に止む。
三段撃ちなど、ろくに訓練されていない邪教徒には不可能だ。
「補充される前に、行くぜ」
素駆は画面を盾にしつつバイクに乗り、発進する。
——空中に向けて。
「なっ!?」
「俺のバイクは、悪路も進む!」
悪路どころか、地面に足をつけてさえいない。
どんなバイクだ、こいつは。お前はバイクをなんだと思っているんだ。
俺がツッコミをいれる暇もなく、偉い教団員に向けてバイクが迫る。
「我、贄と……」
「させるかよ」
素駆は願者丸の魔道具を投げ、妨害する。
教団員は妨害を予想していたのか、奥歯から魔道具を取り出して無理矢理握り込める。
「我は! 神のために!」
「馬鹿が!」
閉じた両手から流し込まれた魔力は、素駆の突撃によって強引に流れを断ち切られる。
バイクの前輪で、教団員の手が千切れ飛ぶ。続く体当たりで、教団員の胸がへこむ。
殺したのか。……そうか。
「来い、水空!」
「あいよ。みっちゃん、登場!」
塔の入口から、堂々と水空が入ってくる。
そして、ステータスを乗せた身体能力で、上階へ続く螺旋階段まで跳躍する。
「(バイクより速いな)」
恐ろしい威力の飛び蹴りを受け、螺旋階段が破壊される。一般人に、もはや逃げ道はない。
ついでに水空は盗聴石を上に投げ込む。これで探知が可能になった。
「じゃ、ここはウチがやっとくから。いってら!」
「任せた」
水空はまた階下に降りて、10人以上いる教団員を蹴散らしていく。あの様子では、誰も逃げられないだろう。
その間に、俺たちは上へと進む。
〜〜〜〜〜
同じ要領で先に進み、大半の教団員を撃破することに成功した。
俺のレベルは1だけ上がった。ひとり殺してしまったのだ。ステータス画面の殴打で。
……あれは夢に出そうだ。
積田立志郎 レベル9
【ステータス】 【スキル】
攻撃…12 呪い
魔力…21
防御…11
魔防…12
速度…14
魔力特化とは言えない高ステータスだ。魔力以外も全てのステータスで願者丸を上回ってしまった。
とはいえ、俺は素の身体能力が高くないため、まだまだ願者丸には及ばないだろう。技術もまるで足りていない。師匠はまだ、俺より強い。
「さて。首魁はここだな」
願者丸の盗聴により、塔の頂上に組織の長が確認されている。
下を全滅させてきた水空が、俺たちに合流する。
「はー。殺した殺した」
……殺したのか。何人も。
水空は闇に染まりきった瞳で、俺に疲れた微笑みを向ける。
「頭砕いて回っちった。自爆されたら面倒だからさ」
地球の爆弾とは違い、魔力がなければ爆発のしようがない。故に、蹴っても暴発する心配がない。
理屈はわかるが、それにしても……乱暴だ。
「生捕りは難しかったか」
「まあね」
水空ほどの実力なら、捕縛もできたのではないか。
俺はそう思いつつも、実際に相手してきた水空を信じることにする。
「それほどの相手だったのか」
「うん。自爆できなくても、捕まる前に自害する連中だ。ウチじゃあんな死に方、絶対に無理だ」
水空の表情は、汚れている。快活な彼女が、ヘドロのように汚れている。
「あったかい家に帰りたいよ……」
「ああ……」
すると、素駆がかっこいいのかそうでもないのか、よくわからないセリフを吐く。
「ホームシックは置いてこい。こっから先は死地だ。幹部と首魁が待ち構えているだろう」
裏儀式を行う組織の上層部は、大半が正規の手段で魔法使いになった者たちだという。
質が悪い裏の商品を、自分たちでは使わないのだ。
その分、魔法への理解も習熟度も、他の教団員たちとは比べ物にならない。
つまり、強い。
「準備はいいか?」
「いつでも」
俺たちは最後の階段を登り、最終階層へとたどり着く。
〜〜〜〜〜
首魁はクラスメイトだった。
「おうおう。水空と積田じゃん。まさかこの2人が付き合うとはねえ。狂咲は死んだ?」
「難樫か。ずいぶん変わったな」
『難樫叶』。不良寄りの女生徒。日本にいた時から、悪い噂の絶えない奴だった。
それが今では、異世界の塔の頂上で、2人の屈強なボディガードを侍らせている。
彼女は派手に染めた髪をかきあげ、ピアスのある舌をべろりと投げ出す。
「あーしのどこが変わったって?」
「強そうだ」
「あーね。そりゃ、こんなんだし」
難樫は自らのステータスを見せてくる。
画面は前衛芸術のようにどぎつい虹色だ。
難樫 叶 レベル25
【ステータス】 【スキル】
攻撃…20 何某
魔力…29 魔力変換
防御…21 黒魔法信仰
魔防…27 混沌纏い
速度…8
「なんだ……このステータスは……!?」
素駆が驚愕している。俺も同じ感想だ。
速度の低さと、それを補って余りあるだろう高水準なステータス。
どうしても速度が必要な場面になったら、魔力変換で何かと入れ替えればいい。
当然のように黒魔法信仰も併せ持ち、更に未知のスキルが2つ。
「何某が神から渡された個人スキルだとして……混沌纏いはなんだ……?」
「見せてやってもいーよ。最終形態だけどね」
難樫は黒とピンクの衣装を纏い、キテレツなフォームで画面を振る。
「さーて。いっぱいやられた分、おかえししなきゃ、ボスが廃る!」
「やるしかないのか……? せめて、なんで教団にいるのか……」
「来るぞ、積田」
「第一形態、やっちゃいますかー!」
難樫の魔力が、塔の頂上で吹き荒れる。
話し合う間もなく。
〜〜〜〜〜
「いでよ、『何某かの奇跡』!」
難樫は曲がりくねった杖を取り出し、天に掲げる。
「『信じる者は、救われる!』」
魔力の嵐は大気を巻き込み、周囲全てのあらゆる物を崩壊させていく。
「魔力が……狂っていく!」
探知スキルで何を見たのか、水空はそう言って距離を取ろうとする。
蹴りが主体の彼女にとって、後ろに下がる意味は大きい。つまり、勘による危険信号だ。
俺たちも一歩下がり、難樫の攻撃に備える。
「くらえ! 魔力ガチャ!」
杖が振り下ろされると同時に……俺は強烈な吐き気を催す。
「ぐっ!?」
攻撃を受けたような気配はなかった。だが、現に何かをされている。
水空と素駆も同じようだ。えずき、そして嘔吐している。
「おぼろろろ……!」
水空の吐瀉物に、カエルのような何かが混ざっている。
しかも生きている。かなり元気に動き回っている。
「あー。ドクガエルか。まあまあだ」
そう言って、難樫はまた杖を構える。
「さーて。次のガチャは、どうなるかなー!?」
……そういうスキルか。ふざけた真似を。
どうやら避けることは不可能らしい。俺は口からカエルを吐き出しつつ、攻撃に向かう。
もちろん『呪い』を当てるのだ。
捕獲が困難なスキルを持っている以上、あいつはもう、殺すしかない。
「(せめて安らかに死んでくれ)」
俺は呪いを腕に集める。
相変わらず、俺の呪いは1発限り。外せば終わりの大博打だ。
水空がゲロを拭いもせず、不気味なほど血走った目で援護に来る。
「遊んでんじゃねえよ難樫!」
水空の凄まじい速度の飛び蹴りを、難樫はステータス画面で受け止める。
彼女の両脇にいるボディガードが、止まった水空に追撃を入れようと振りかぶる。
「遊んで生きなきゃ、楽しくねーし!」
水空はボディガードたちの攻撃を回避し、回し蹴りで首を狙う。
しかし、直前で腕を差し込まれた。腕は折れかけてアザになっているが、それまでだ。完全に防がれてしまった。
「もっかい来いよ!『何某かの奇跡』!」
杖が振り上げられる。
俺の呪いは、まだ溜まらない。そもそも難樫より遅く溜め始めたのだから、間に合うはずがない。
「おらっ!」
後ろで素駆がバイクを繰り出し、宙に舞う。
画面の向こうに回り込み、奇襲を仕掛けるつもりのようだ。
しかし、難樫は魔法で対応する。
「あぶねっ!」
風魔法の竜巻だ。山葵山が授業で使っていた。
しかし、これは……完全なる不意打ちだ。
「やっべ。使っちまったぜ『混沌纏い』」
詠唱なし、魔導書なし、前隙後隙も完全になしの、魔法行使。それが最後のスキルの効果か。
素駆はバイクごと巻き上げられ、塔の外へと落下していく。
「てめえ!」
バイクで飛べるなら、復帰は容易だろう。だが、それまでの戦力低下は如何ともし難い。
水空も風の煽りを受け、空中殺法に失敗する。
2人のボディーガードが、口からカエルを吐きながらラリアットを仕掛ける。
水空は画面を空中に設置し、ぎりぎりのところで避ける。
「『信じる者は、救われる』ってなァ!!」
杖が振り下ろされるのと同時に、呪いが放たれる。
呪いは以前より格段に速くなっている。が、まだ俺の全速力より僅かに速い程度だ。
杖が床を叩く音。
飛び散る魔力。
呪いは杖の魔力に当たり、消える。
「……お?」
難樫はぴくりと震え、杖を手放す。
呪いが魔力を通り、杖まで至ったのだ。
奴がもう少し長く把持していれば、呪いで死んでくれたというのに。惜しいところだった。
奴のガチャの結果は、すぐにわかった。
爪が割れている。手足を合わせて、20本全て。
「ぐっ……あっ……」
根本からびりびりと剥がれ落ちていく爪。
痛い。熱を帯びた痛みが、俺の手足を針のむしろへと変える。
何という面倒な効果だ。
……おそらく、二度と使えはしないだろうが。
「おい、積田。てめえ何しやがった?」
難樫はかつて杖だった残骸を見下ろしながら、長いまつ毛を揺らして怒る。
「あーしの……あーしのスキルがぁぁァァ!!」
動揺した難樫に、爪の剥がれた水空が迫る。
「でえええいっ!!」
「死ねやァ!」
難樫は土の魔法で石の盾を挟み、拳を防ぐ。
「あーしの第二形態、見せてやんよォ!」
属性魔法の力が、難樫の悪趣味な色彩を巻き込み、塔全体へと放出されていく。
……俺はもう、スキルがない。魔法もろくに使えない。
どうする。どうやって戦えばいい?