〜不審者〜
翌日。
俺たちは学校に集合している。
魔法学校の面々だけでなく、宿のメンバーも全員いる。
「担任の山葵山です」
保護者たちに向けて、山葵山は丁寧なお辞儀と共に挨拶をする。
全員、彼女に否がないことはわかっているようだ。同情的な視線と共に、あれこれ言い合っている。
「危ない連中が町にいるのは、前から知ってたよ。うちのアネットを魔法学校に入れようって時に、勧誘が来たからね」
アネットの母親は、普段着の上に魔道具のベストや爆弾で武装している。さながら軍人だ。
「ほとんど脅しだったよ。ま、そんな連中に従うアタシじゃないけどね」
「うちはもっとヤバかったぞ」
大工らしいオメルタの父親が、筋骨隆々とした腕を組んで語る。
「奴ら、建材に放火までしやがったんだ。切ったばっかのヤツだったから、燃えにくくて助かったけどよ」
どこの家庭も、被害を受けていたのか。
それでいて尚、魔法学校に子供を入学させるとは。よくぞ屈しなかったものだ。
しかし、折れたジュリアンの親を責める気にはなれない。何処の世界でも、ヤの字は厄介なものだ。団結して立ち向かったとしても、危険極まりない。
山葵山は日本的な挿絵のついた、いかにも学級便りじみたパンフレットを配り、皆に告げる。
「脅しに屈するわけではありませんが……本校はしばらく休校とします」
「えーっ!?」
オメルタが嫌そうな顔をして、父親に怒鳴られる。
「バカヤロウ! 今日来るのだって危ないんだぞ!」
「やだよお……サスケに勝ちたい……」
「グズのくせに勝てるわけねえだろ! いい加減にしろ!」
……まあ、彼に関しては後回しでいいだろう。
山葵山は何故か隣にいる素駆にバトンタッチする。
「休校している間についてですが……こちらの素駆さんに、お任せします」
「ふっ……」
何故か格好をつけながら、彼は皆の前に立つ。
素駆が何故この町に居座っているのか、謎のままだったが……今になって明かされるのか。
なんとなく察しはつくが。
「俺は素駆交矢。異世界からの来訪者であり、そして……。ふふふ。聞いて驚けよ、お前ら……」
「密偵だろ」
溜めてから言い放とうとしていた彼は、つまらなそうな顔の願者丸に横槍を入れられる。
「騎士の中には、各地を渡り歩いて情報を運ぶ奴もいる。オイラが知らないとでも?」
「お前……ただの忍者男じゃなかったのか」
師匠はただのオタクではない。実践的な能力を伴った強者なのだ。
俺が内心誇らしく思っていると、素駆は悔しそうな早口で身分を明らかにする。
「そうだ。俺はこの国の円卓会議から派遣された調査員。バイクによるフットワークの軽さを活かした俊足の騎士! スキルの強みを活かして、俺は巨大な敵と戦ってきた……。正体の見えない相手に、雲を掴むような……」
「裏儀式を潰して回ってるんだねー。えらいねー」
茶化す水空を涙目で睨み、素駆は地団駄を踏む。
「なんでいちいち話の腰を折るんだお前らは!?」
「もったいぶるからだろ」
「早いとこ、そこの先生に代わってくれ。武勇伝を聞きたいわけじゃねえんだ」
保護者たちからも呆れられつつ、素駆は退場する。
哀愁漂う背中である。自業自得だが。
山葵山は彼について、もう少し事務的に、かつ端的に開示する。
「彼は校長が呼んだ助っ人です。日本という国から来た異世界人であり、この世界で20年近く騎士として活動してきたベテランでもあります」
「おお。このいかにも道楽に生きてそうなその日稼ぎの露天商が、実は密偵だったとは。信じられんな!」
「はい。わたしもまだ信じられません」
いや、せめて山葵山は信じてあげてくれよ。素駆に味方がいなくなってしまう。
それにしても、素駆は町で露天商をしていたのか。情報収集のためだろうが、実力を疑われるのも無理はない。
俺は素駆に同情しつつ、挙手をして質問をする。
「素駆さんは、どのような任務でこちらに?」
「秘密……と言いたいが、今みたいな状況になっちまったら、言うしかないな」
いちいち持って回った言い方をする彼は、帽子をくるくると指で回しながら答える。
「俺は町長に依頼される前から、各地に裏儀式を広めている集団を追っていた。ある程度潰して、さて次は何処に行こうと考えていたところで……依頼されたのさ」
部屋の隅にいるキャメロン町長は、皆の注目の中、はっきりと肯定する。
「モトカリコウヤ。彼の挙動は明らかに不審者のそれですが、確かな実力を持った騎士です。学校を狙う勢力を一網打尽にし、必ずや平和を取り戻してくださるでしょう」
2人が出会った時系列次第だが、それで素駆のステータス画面を知ったからこそ、俺たちに宿を貸して支援しようと思い立ったのではないだろうか。
その場合、素駆は間接的に俺たちの恩人ということになるが……まあ、感謝する必要はないだろう。
「その通り。我が『円卓騎士団』の名に懸けて、この地の悪を殲滅しようぞ!」
……俺たちは一旦退室し、今後の身の振り方を決めることにする。
〜〜〜〜〜
保護者たちと担任と、素駆と町長。教室には以上の面々が残り、今後の計画を練っているようだ。
その間に、俺たちは俺たちで情報共有を行うことにする。
まず、素駆の戦闘能力と隠密能力について。
俺は素駆と戦ったことがあるという水空と願者丸に意見をもらう。
「今の素駆って、どれくらいの実力があるんだ?」
「強いけど、弱い」
水空は彼の実力に対する興味がないようで、あっさりとした口調で評価を下す。
「速さは大したもんだけど、それ以外がほんとにボロッボロ。根本的にセンスがない。適当にボコるだけで勝てた」
「ええっ!? 騎士さまでしょ!?」
「彼は優秀な騎士団員ですよ!? 適当で勝てるわけないでしょう!?」
ついてきたオメルタが驚いている。
キャベリーもアネットも、皆が驚いている。
当然だ。水空という人物をよく知らないのだから。
「水空は強い。レベルの低さをものともしないほど、素の身体能力が高い。ステータス画面より先に足が出るくらいには体術を信頼している」
「まあねー」
何故強いのかは、俺は知らない。学生時代の水空が何をしていたのか、今ひとつ知らないのだ。
飯田や馬場も、水空が『伝説の女』だということだけ知っている状態だ。つまりは噂程度である。
狂咲なら何か知っているかもしれないが、話してくれない。……水空は本当に何者なのだろう。
次に、不機嫌そうな顔で水空を睨みながら、願者丸が喋る。
「素駆の強みは、本人も言う通り、バイクという移動手段があることだ」
「バイクとはなんですの?」
バイクを知らない異世界人に、願者丸は軽く説明する。
「移動手段だ。自力で動く、二輪の車。それを含めて騎士に抜擢されたのだろう」
「それは、戦闘や捕縛に使えるものなのですか?」
「微妙」
つまり、バイク抜きの素駆は、大したことがない。騎士としての仕事を果たせるかも怪しいほどに。
キャベリーは納得した様子で、会議している教室の方を振り返る。
「なるほど。任せておけませんわね」
「あいつ自身、そう考えてると思うよ」
水空がいつも通りの平然とした口調で、素駆の秘密を暴露する。
「今だから話すけど、だいぶ前に頭下げてウチに依頼してきたもん。力を貸してくれって」
「あー……どんどん頼りなくなっていく」
「その見返りに決闘して、ボコったんだけどね。雑魚かったよ。レベル詐欺」
「オイラはちょっと苦戦したぞ」
願者丸は渋い顔で彼との戦闘を振り返っている。
「速度の補正をよく活かした戦法だった。並みの動体視力じゃ攻撃を当てることさえ難しいだろう。当然逃げることも不可能」
「では、組織の末端くらいなら、捕獲も……」
「無理だ。自爆を防ぐ手段がない。あいつ、身一つで来たから何も持ってないし」
「何をしに来たんですか、彼は!?」
キャベリーは珍しく怒っている。彼女の剣幕に、アネットはたじたじだ。
狂咲は皆の意見をまとめ、方針を出す。
「素駆くんに詰め寄って、あたしたちの何人かを同行させましょう」
「神の加護をお持ちの皆さん、ですか」
「そう。自分で言うのもアレだけど、頼りになるよ」
キャベリーの視線が、俺たちの黒髪に向く。
ちょうどいいので、俺たちは声を掛け合い、一斉にステータスをオープンする。
「一回やってみたかったんだ、こういうの」
俺たちが手をかざすと、ずらりと並ぶ、色とりどりのステータス画面。硬く便利な、神の加護。
キャベリーたちの目に、それが何に見えたのかは、俺たちにはわからない。
神の恩寵を受けた天使の一団。あるいは理解不能な力を行使する謎の戦士団。あるいは……。
「救世主」
オメルタの発言が、やけにすっきりと脳に届く。
どうだ。俺たちは強いぞ。だから、安心してくれ。
〜〜〜〜〜
……さて。
中二病を再発したかのように、ステータスオープンをしてみたところで。
俺たちは会議終わりの素駆に協力を願い出る。
「裏儀式の根絶に協力させてください」
「おお。まさか、そっちから来るとは」
素駆も己の実力不足を感じ、俺たちに助力を要請するつもりだったそうだ。
「この町の組織は、異常だ。長い間魔法学校がなかったからか、予想以上に巨大化している。信者たちの根も深い。改心はしないだろう」
そうか。当初の彼は、信者の改心まで考慮して仕事をしていたのか。
彼自身が、かつて裏儀式に手を出してしまった立場だから。なるべく殺したくなかったのだろう。
「騎士団から応援を呼ぶか、恥を偲んでお前たちに助けを求めるか。どちらかだった」
前者は時間がかかりすぎる。後者は俺たちの身が危ない。
しかし、俺たちはもう巻き込まれている。そして、ひとりも欠けることなく対処してみせた。
だからこそ、裏儀式の集団にぶつけても問題ないと判断した。それが素駆の言い分だ。
「頼む! 俺に力を貸してくれ!」
「いいぜ」
飯田が真っ先に返事をする。
「安心しろ。オメルタに手を出すような輩は、俺が叩き潰してやるからよ!」
「飯田!」
オメルタは頼もしい先輩に守られ、嬉しそうに笑顔を弾けさせる。
続いて、狂咲が素駆に手を差し伸べる。
「組織の情報、教えてください。あたしたちも、戦いますから」
「狂咲さんまで。君は日本にいた頃から、こんなだったか?」
何も知らない素駆に、狂咲は微笑む。
「あたしはいつでも、みんなが大事。そのみんなの範囲がちょっと広がって、あたしにできることがちょっと増えただけ」
これから死地に赴こうというのに、何の悪感情もなしにそう言ってのける。
流石は狂咲。俺たちの主柱。
素駆は少年じみた笑顔と共に、狂咲の手を取る。
「そうか。……よろしくな」
20年の壁を超えて、再び肩を並べる日が来た。
〜〜〜〜〜
素駆はこの町の詳細な地図を広げ、一点を指す。
「ここが例の教団……『マカリ』の本部だ」
この町の隅にある塔だ。……俺は直接見たことがないが。
狂咲と水空は見覚えがあるようで、ため息を吐いている。
「あれかあ」
「周囲に馴染む気がない、あの建物……」
2人の話によると、表向きは森から出る魔物を監視するための拠点として使われている施設らしい。
しかし、実態は『マカリ』の本部。魔物より危険な狂信者たちの巣窟だ。
俺はジュリアンの境遇を察して、歯噛みする。
「ジュリアンの親は、町を守る衛兵だった。その伝手も関係しているかもしれない」
「ああ……。そうだね」
その施設も、衛兵が管理していたのだろう。人間を守るための施設が、人間を蝕む施設に……。
俺たちは気を引き締め直し、より詳細な作戦を詰めていく。