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〜可愛いものと可愛くないもの〜

 宿に皆を集め、脅迫状の件を共有する。


 真っ先に反応したのは、飯田だ。


「学校ぶっ壊すとか終わってんな! あのクソ神といい、そのテロリストといい……!」


 彼は自らの経験によるものなのか、強い共感と怒りを露わにしている。


 正確には、俺たちの学校を破壊したのは幼女神ではなく彼女の祖父だが……黙っておこう。本当に幼女神が犯人の可能性も、まだある。


 続いて、意外なことに工藤が激怒する。


「学校は国の未来を作る場所です。それを閉鎖させるなんて、未来を捨てているのと同じです!」


 彼女は学校という場所への思い入れが強いようだ。学級委員という役目を果たしていたのも、そんな価値観が理由だろうか。


 水空も闇から響くような暗い声を上げる。


「通ってる子供に脅迫状出させるなんて、信じられないねー。道具以下の扱いじゃん。クソ親だね」


 そう言って、彼女は殺意をみなぎらせている。

 怖い。非常に怖い。何故かわからないが、俺の中の本能的な何かが疼いている。まるで猛獣を前にしたかのように。


 ……馬場は沈黙している。


「馬場?」


 俺が声をかけると、彼は外を気にしながら、質問を返してくる。


「学校を閉鎖させたいなら、教師よりも、狙いやすい子供の方に手を出すと思う。8人しかいないし、弱いし……」


 なるほど。最悪の場合を想定したのか。

 流石は馬場。非常事態に慣れている。


 願者丸も、彼の意見に同意する。


「『魔法学校のくせに、弱者を守る力さえないのか。無責任な組織だ。子を預けるに値しない』。そんな風に喧伝することも可能だろう。信頼が地に落ちれば、生徒は減る。今年は無理でも、いずれは滅ぶ」


 ロマンチストとリアリストを兼ねた願者丸らしい、トゲのある意見だ。若干犯人寄りの思考でもある。


 狂咲は皆の意見をまとめ、宣言する。


「では、犯人の捜索と排除。これを目的として、団結していきましょう」


 皆は顔を見合わせ、闘志を滾らせる。

 今回は工藤を含め、全員が敵意に沸いている。


 ……あんな辻斬り事件があった後でも、案外勇気を出して立ち向かえるものなんだな。

 俺は頼もしさを感じ、この集団の流れに乗っていくことにする。


 〜〜〜〜〜


 狂咲と工藤を筆頭に、対策が練られる。


 登下校は複数人で。ステータス画面を持たない他の生徒は、俺たちが迎えに行く。教員を含め、保護者たちとの連携も密にする。


 そのためには、魔法学校と宿の面々の顔合わせを済ませる必要がある。


「というわけで、宴会だ」


 俺たちは復活した宿一階のメシ屋で、合同パーティを行うことにした。

 全員を集めて仲良くなる。円滑に守り守られるためには、好感度の荒稼ぎが必須だ。


 キャベリーは腰まで伸びた長い髪を揺らし、騒がしい皆の前で自己紹介をする。


「お初にお目にかかります。町長の娘のキャベリーですわ」

「お、お嬢様……本物のお嬢様だ」


 飯田は目を潤ませて感激している。

 こういう女性がタイプなのか。意外だ。


 続いて、ピンクと白のドレスを纏ったアネットも。


「あ、アネット……です」


 アネットは恥ずかしがり、キャベリーに隠れる。

 皆はほっこりしている。もちろん、見慣れているはずの俺も含めて。


 最後に、オメルタ。


「オレはサスケのライバルのオメルタだ。今日こそ勝つぜ!」

「そういう会じゃない」


 彼は願者丸に対抗し、土属性を覚えつつある。進度は亀のようだが、卒業までには間に合うと見込まれている。


 ……ジュリアンはいない。願者丸が割り出した住所に突撃してみたものの、留守だった。

 彼を連れ出すことはできなかった。……俺たちができることには、限りがある。悔しいことに。


「うおっほん!」


 呼ばれていない町長も、何故か来ている。キャベリーが話したのだろう。


「この町を担う新世代の若人たちよ。存分に美食を楽しむが良いぞ!」


 そんな音頭と共に、俺たちは食事会を始める。


 〜〜〜〜〜


 異世界の話。日本の話。色々な話題が飛び交い、明るい笑顔で満たされていく。


 工藤とキャベリーは気が合うようで、真面目に仕事の話をしつつ、合間に可愛らしい小物を見せあっている。

 アネットは水空に遊んでもらっている。水空の過剰なスキンシップが、少し鬱陶しいようだ。

 オメルタは飯田たちと相撲をしている。飯田にボロ負けした後、馬場といい勝負を繰り広げている。


 俺はそんな宴会場の片隅で、狂咲と緩く会話している。


「いい会になったな」

「ふふふ」


 狂咲は胡桃入りのパンを食べながら、はにかむ。


「正直、ちょっと心配だったけど……みんな仲良くなれてよかった」


 本当に、その通りだ。これ以上の修羅場は勘弁願いたい。


 俺は具の多いパイを丁寧に切り分けつつ、上の階に気を配る。


「願者丸の監視に、何も引っかからないといいな」

「そうだね。……たぶん、何か来るけどね」


 願者丸はひとり離れて探知している。本当は水空が適任だが、顔合わせをする都合上、どうしてもこうなってしまう。

 まあ、彼なら問題はないだろう。強く、ずるく、そして頭がキレる。


 狂咲は俺に肩を寄せ、ささやく。


「ねえ。あたしのこと、守らなくていいからね」


 やはり狂咲は、そういう考えか。自己犠牲的で、皆を第一に考えている。

 しかし、唯一の回復役がそれでは困る。


「ダメだ。お前の力は生命線だ。最優先で守らせてもらう」

「……あたしって、ずるいなあ。本当は最初から、その言葉が欲しかったのかも。ありがとね」


 狂咲はまた一段と強くなった眼差しで、俺に親愛を送る。

 弱さを見せつつ、強いと思わせる。狂咲は本当に人をたらし込むのが上手いな。


 俺はコップの外側を指でなぞり、内心を整える。

 夢中になっている場合ではない。気を引き締めて、戦う準備を。


 〜〜〜〜〜


 会が終わり、各自帰宅する運びになり。

 アネットの両親やオメルタの父親とも、無事に顔合わせが済み。


 後片付けをしている時に、願者丸から連絡が届く。


「アネットに敵襲」

「そうか」


 俺は応援に向かうことにする。


 狙ってくるとしたら、アネットだろうと予想されていた。

 アネットは最も幼い。そして彼女の両親は、正規の魔法学校を出ている裏儀式反対派。


 俺は願者丸との修業の末に得た忍術を使い、町を駆け回る。

 パルクールじみた動きだが、少し異なる。ステータス画面を壁や床として使い、より素早く柔軟な動きを可能にしているのだ。


 俺は現場に急行し、闇の中に敵の姿を目視する。


「おっと。早かったわね」


 アネットの母親は、何の恐怖心もなさそうに構えている。

 なかなか肝が据わっている。こんな相手を襲う奴の気がしれない。


「アタシは無事だよ。魔道具も着込んでる」

「準備がいいですね」

「ここでアネットを守ってるから、さっさと捕まえてらっしゃい」


 父親と共にアネットの盾になりながら、彼女は俺に指示を飛ばす。


 ……まあ、わざわざ町を出て学ぶほど熱心な魔法使いが、そうそう負けることはないだろう。

 アルバイトの最中、魔物の群れを蹴散らした武勇伝を語っていたこともある。彼女は強い。


 俺は逃げようとしない人影に、正面から突撃する。


「(警戒すべきは飛び道具)」


 師匠の教えを守り、俺は油断なくステータス画面を盾にする。


 案の定、人影は何かを投げてくる。


「(この世界の飛び道具は、だいたい魔道具。いくら警戒しても、し過ぎることはない)」


 俺は地面に転がった飛び道具の様子を見る。

 丸い。音を立てている。質の良くない、簡素な魔道具だろう。


 丸い物体は爆発し、風属性の魔法を撒き散らす。

 突風だ。画面と地面の隙間から、猛烈な風が流れ込んでくる。


「(一番面倒なやつ……!)」


 しかし、裏儀式の魔法ではない。風属性なら学校で勉強してあるため、対応できる。


 奴はこちらが怯んだ隙に、逃げ出す。

 これ以上の攻撃手段を持たないか、あるいはステータス画面を恐れたためか。理由はわからない。


 とりあえず、俺は願者丸に連絡する。


「頼む」

「了解」


 願者丸の声と共に、俺の懐で人形が騒ぐ。

 工藤のスタンガン人形だ。今回は魔力を奮発し、高威力に仕上げてある。


「それっ」


 俺はステータス画面を相手の前に出現させ、足止めする。

 唐突に現れた壁に戸惑っている隙に、人形が電撃を散らす。


「ピリリリリリリ!!」


 警報と共に、スタンガンが猛威を振るう。

 ……ちなみにこの人形、どうやって作ったのかと思えば、元は工藤が日本から持ち込んだ護身用グッズだそうだ。危ない委員長である。


 俺は倒れた襲撃者をステータス画面で圧迫し、地面に押さえ込む。


「逃げられると思うな」

「逃げませんよ。神はどこにも逃げない。この世界に横たわるのみ」

「は?」


 訝しむ俺に向けられる、どこか浮ついた声。


「我らは神ではない。故にただ、恩恵を繋ぐ」

「何を言って……」

「血とは力。我、同胞の垢とならん」


 何かを噛む音。


 爆発。


「がっ!?」


 俺は轟音と爆風により、大きくのけぞる。

 即座に願者流の受け身で壁に手を当て、ステータス画面で守りを固める。


「嘘だろ」


 俺は残った炭と布切れを見て、呆然と呟く。

 自爆した。自ら死を選んだのだ。信じられない。


「今の、魔法は……」

「自爆……か……! 裏儀式……! 気を、つけ……」


 願者丸の発言が、目眩の奥で遠く聞こえる。


 裏儀式を仕切る団体は、予想以上に危険な連中らしい。

 素駆と山葵山が、口を酸っぱくするわけだ……。


 〜〜〜〜〜


 アネットたちを送ってから宿に戻ると、何故か願者丸が狂咲の治療を受けている。


「いてえ……脳がいてえよお……」


 どうやら盗聴石が爆風に巻き込まれたようだ。

 そんな状態で、俺に警告を……。仕事熱心な奴だ。


 俺は意識が朦朧とした状態の願者丸に向けて、謝罪する。


「すまん。通信を切るべきだった」

「……あ?」


 願者丸は俺の唇を凝視して、伝えたい内容を理解したようだ。ニタニタと笑い、強がってみせる。


「そんな余裕なかっただろ。察せなかったオイラが悪い」

「それでも、謝らせてくれ」

「うっせえ。爆音よりうっせえし、くっせえよお前」


 願者丸は無理矢理立ち上がり、俺を転ばせる。


「おい。膝の裏はやめろ」

「読唇術はめんどくせえ。頬骨をくっつけろ」


 願者丸は崩れるように倒れ込み、俺の顔面を胸に押さえ込む。

 なるほど。骨伝導で伝えろということか。


「もう伝えたいことは無い」


 俺は願者丸の真横に顔をつけ、そう告げる。


 彼は珍しく、目に見えて困惑している。


「もっとあんだろ。敵の人相とか、使ってきた魔道具とか、あとは……」

「治ってからでいいだろ。今はお前が心配だ」

「……それもそうか」


 願者丸は気遣われることに慣れていないのか、それとも傷ついて弱っているためか、ずいぶん聞き分けが良くなっている。


 諦めたような顔で、彼は床に倒れ込む。


「おい、バカ弟子」


 狂咲に介抱されながら、師匠は力強くサムズアップをする。


「いい動きだった。実地試験、合格だ。今日から下忍を名乗るといい」


 俺の肩書きに、ひとつ項目が追加された。


 〜〜〜〜〜


 飯田と馬場が、もうひとり仕留めてきた。


「町長も狙いやがった。クソだぜあいつら」


 飯田は焦げた布切れだけを持っている。

 馬場はというと、気絶した状態で彼に背負われている。


「自爆と一緒に歯が飛んできて、壁に跳弾して、このざまだ。刺さらなかっただけマシだけどよ」

「うわー、グロいね」


 特に堪えた様子のない水空に叩かれ、血塗れの馬場は目を覚ます。


「うわっ! またあの世!?」

「この世でーす」

「水空さん。……よかった」


 馬場は安堵している。なんだかんだ、修羅場をくぐり抜けるのが彼の日常だ。


 俺たちはお互いの状況を確かめつつ、襲撃者の情報を精査する。


「神がどうとか言ってたな。あの連中も、あいつに会ったのか?」


 飯田の疑問を、即座に願者丸が潰す。


「いや。この世界にも宗教はある。魔法を与えた神を信じる教えだ。まあ、宗派が色々あるようだが」

「たぶん危険な一派だろうね」


 水空は『鳥籠』を起動しつつ、会話に参加する。


「贄とかなんとか言ってたし、イケニエするタイプのイカれカルトでしょ」

「それについてだが……」


 俺はステータス画面を見てわかったことを、皆に伝える。


「レベルが上がらなかった。経験値を誰かに吸われたみたいだ」

「そういえばそうだ。ろくに殴れなかったし」


 馬場は自分で気づいた可能性に、自分でショックを受けている。


「え? 致命傷でもう助からないならまだしも、攻撃される前に死を選んだってこと?」

「狂ってる」


 工藤が憤怒に燃え、肩を震えさせている。


「狂ってる。許せない」

「……工藤」


 この世界を嫌う理由が、ひとつ増えた。そう思いながら、俺は工藤を見つめる。

 彼女は血が滲むほど歯を食いしばり、俺を見つめ返す。


「この世界にも、可愛いものはたくさんあります。キャベリーちゃんもアネットちゃんも、カラフルキュートでチャーミング……」

「工藤さん?」

「世界が可愛いを許さないなら、私が許します。私が英雄になってやります。そして2人をアイドルの座に据えるのです。聖戦です」


 工藤は立ち上がり、血を吐きながら叫ぶ。


「この町の平和は……私が守る!」

「座れ。頭冷やしてこい」


 度重なる事件により、工藤の正気に限界が来てしまったようだ。


 工藤を寝かせて、俺たちだけで作戦会議を続ける。

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