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〜悲喜交交〜

 魔法学校に通い始めて、1ヶ月が過ぎた。


 山葵山による授業を受けて、魔法についての理解を深める。キャベリーたちと交流し、町や文化に詳しくなる。そんな日々を過ごしている。


 宿を拠点とする面々も、素駆や山葵山と顔合わせを済ませた。

 工藤はあまりのショックに、数日ほど口を開けなくなった。篠原と串高を見ていなかったため、歳をとったクラスメイトが衝撃的すぎたのだろう。

 狂咲が学校を休み、付きっきりで介護をして、ようやく調子を取り戻したのだが……先行きが不安だ。


 飯田と馬場は森に出て、レベル上げに励んでいる。

 彼らによると、魔物以外の生物を殺しても、ほとんどレベルが上がらないらしい。


 ある日、宿で2人の会話を聞いた時……こんなことを話していた。


「篠原くんを殺した時も、レベルが上がった……。まさか、人間も魔物扱いってこと?」

「うわ、最悪。決めたヤツどんな神経してんだ」

「神に神経なんか無いのかも。同じ漢字入ってるくせに」

「……グロいな」


 2人はこのところ、干からびたイカのような顔をしている。流石に精神的に堪えているのだろう。


 その一方で、水空はほんのりと楽しそうだ。

 自分よりレベルの高い素駆や山葵山に挑み、当たり前のように勝利を重ねている。

 最近ではその実力を見込まれ、素駆から何かを頼まれているようだ。


()()()()()。水空は化け物だな」


 願者丸はいつもより苛立った様子で、そうぼやいていた。

 彼も素駆には勝っているため、強者の側ではあるのだが……山葵山の魔法が相手では立ち回りにくいらしい。

 喧嘩慣れしているだけでは、超常現象の相手は務まらないということか。


 ——そんな事をしているうちに、事件が起きる。


 〜〜〜〜〜


 学校に行く前、俺はアネットの実家にお邪魔して、手伝いをしている。

 要するにアルバイトだ。


 アネットの両親はビニールハウスに似た巨大な魔道具を駆使して、大量の果実を管理している。

 火属性による保温。水属性による保水。風属性による虫や雨風からの保護。土属性による土壌の管理。


「すべての属性が必要だから、大変なんだ」


 アネットの母親はコンソールのような板に向かい、様々な魔法を行使している。

 ステータス画面に少し似ている。製作者が参考にしたのだろう。


「(神の掟……。やっぱり他にもあるんだな、ステータス画面)」


 父親はハウスに入って、様子を見ている。

 日本ではハウス栽培しないようなものも、この世界では別らしい。気候や魔法の違いだろう。


「ふう。朝の分は、これでおしまい」


 アネットの母は太った腹を弛ませながら、こちらに近づいてくる。


「どうだい。参考になったかい?」

「正直なところ、全然です」

「だろうね!」


 魔法は側で見ていても、何が起きているのかさっぱり理解できない。せめて魔力が目に見えれば、話が変わってくるのだが。


 アネットの母も同感のようで、笑っている。


「アタシもぴっちぴちの美少女だった頃に魔法学校出たけど、未だに雰囲気でやってんだよねえ」


 経験者でさえ、これである。


 俺たちが雑談をしていると、アネットの父親が汗だくで出てくる。


「はー。ハウスはあっちぃなー。水くれ、水」

「アンタ……お客さんの前だよ」

「なーにを今さら……」


 アネットの母親は肝っ玉オカンとしか表現できない口調で水魔法を繰り出し、彼に飲ませる。

 慣れた調子の夫婦である。微笑ましい。


 俺は初歩的な水魔法を見て、流れを学ぶ。


「現れる水球は、手の大きさに依存するようですね。担任の先生はもっと小さめでした」

「若くて綺麗な人なんだってね。アタシは農作業でこんなんなっちゃって」


 母親は分厚く土の匂いがする手を見せてくる。


 今のは失礼な発言だったかもしれない。そう思いつつ、俺は雑用を始める。


「では、俺も手を汚してきます」

「いつも助かるわ」


 俺にできるのは、雑草とりくらいである。魔法でもこれは手作業だ。

 俺はタオルを首に巻き、腰を曲げ、湿気の多いハウスの中で仕事に励む。


 ……数分後。

 汗だくの俺の隣に、アネットがやってくる。


「積田くん……これ……」


 今では彼女とも顔見知りだ。すっかり懐かれてしまっている。


 俺は飲み物を持ってきた彼女に、お礼を言う。


「ありがとう」

「うん」


 アネットは牧歌的な作業着の裾を気にしながら、腰を下ろす。

 俺の向かい側の雑草を取ってくれるようだ。ありがたい。


 黙々と作業をしてもいいが、せっかくなので、雑談でもしよう。

 俺は手を動かしながら話題を探す。


「俺の世界でも、農家は大変だったらしい」

「そうなんだ……」


 アネットは口数が少なく、表情もあまり変わらないが、感情豊かだ。俺の話に耳を傾け、ころころと仕草を変える。

 たとえば、そわそわと体を揺らしている時は、何か話したいことがある証拠だ。


「アネット。何か用があったんじゃないか?」

「えっ。えっと……」


 アネットは元から丸い目を更に丸くし、驚く。


「じ、実はね……サスケくんのこと、知りたいの」

「願者丸サスケか」


 俺は師匠である彼の、小さな姿を思い浮かべる。


 アネットは体格が近い彼のことが気になっているようで、たまに話しかけている。

 だいたいは天気のこと。時折、昼食のこと。

 性格は真逆なのだが、並べるとなかなか絵になる。仲良し兄妹のようだ。


 しかし、願者丸から彼女に話しかけることは無い。根本的に人への興味が薄い彼は、他人からどれだけの想いを向けられていても、気にならないのだ。


「この前は、俺の提案でハウスに誘ったな」

「うん」


 彼をここに連れてきた時のことを振り返る。


 ハウスという大規模な魔道具による、多角的かつ多密的な魔法行使を見学する。

 ……という名目で、アネットに会話の機会を与えたのである。


 結果は散々だったが。


「アネット、もっと頑張らないと……」


 彼女は涙目になりながらも、自身の未熟さを認め、決意を新たにしている。

 願者丸は魔法が気になるあまり、アネットの両親にばかり話しかけ、当の彼女をほったらかしにしたのである。


 俺はその出来事を踏まえて、提案する。


「願者丸サスケは、修業が好きだ」

「修業? ……何の?」


 忍者。と言っても、伝わらないだろう。


「強くなりたいらしい。この町の衛兵よりも、ずっと強く」

「将来の夢は、騎士さま?」

「もしかすると、そうなるかもな」


 願者丸の実力を活かせる立場となると、それが一番だろう。

 王族や貴族に仕える護衛騎士の中には、密偵のような役割をする者もいるらしい。実に願者丸向きだ。


 アネットは土から目を離し、天に顔を向け、憧れの彼に想いを馳せる。


「白馬の、騎士さま……」


 白馬には乗らないと思うが、子供のいたいけな夢を壊すのはためらわれる。


 俺は雑草を詰め込んだ袋を担ぎ、アネットの隣に向かう。


「一緒に修業をしてみたらどうだ? 魔法の勉強でもいい。あいつの力になってやれ」

「そっか」


 アネットは空想から戻り、ハッとした様子で俺に笑顔を見せる。


「ありがとう。アネット、やってみるね……!」


 泥だらけだが、美しい顔だ。

 クノイチにでも生まれていれば、きっと願者丸の心を射止められただろうに。


 彼女がせめて安らかにフラれるよう内心で祈りながら、俺は雑草をまとめて魔法の炉に放り込む。


 〜〜〜〜〜


 願者丸とアネットはそれなりに良い調子だ。2人で魔法の練習をしている姿がよく見られる。


「土はこうだ」

「こう」

「違う。こうだ」

「こう」


 アネットは土魔法が得意なようだが、それでさえ願者丸の方が早く覚えた。

 故に、だいたいはアネットが教わる側だ。


 今日も願者丸は庭の土を盛りながら、アネットに英才教育を施している。


「地中に体を隠し、追手を撒く。これが土遁だ」


 そう言って、願者丸は野菜のように半身を埋める。

 まだ全身を覆うのは難しいらしい。海辺の砂風呂のように、横にならないと隠せない。


 アネットも実家の果樹園にある木々のように、足を埋める。


「こう……?」

「うむ」


 2人はしばらく、無言で立つ。

 半身を埋めて、物言わぬ植物のように。


 ……何の時間だ、あれは。


 ぼんやり眺めていると、俺は背後から狂咲の奇襲に遭う。


「積田くん。先生から用事があるって」

「何事だ?」


 俺は突然の呼び出しに警戒心を張り詰める。

 願者丸のような不良行為はしていない。狂咲との不純異性交遊もしていない。呼び出しを受けるような後ろ暗い真似はしていないはずだ。


 俺は抗議の目で職員室に入室する。


「失礼します」


 この世界の面々にも浸透しつつある挨拶を終え、俺は足早に山葵山へ詰め寄る。


「先生。誤解です」

「え? 何が?」


 誤解していたのは俺のようだ。

 俺は着席し、要件を伺う。


「何か頼み事でも?」

「…………まあ、うん」


 山葵山は冷や汗を垂れ流し、紙切れを取り出す。


 脅迫文だ。ひと目見て、そうわかる。

 暴行。誘拐。殺害。営業停止。物騒な文言がずらりと並んでいる。


「学校を閉鎖しないと、殺すって……」


 狂咲は青ざめた顔で手紙に目を走らせる。

 2回。3回。それでも受け止めきれず、呆然と俺の方を見る。


「誰が、どうして……?」


 俺は脳内で心当たりを探してみる。


 篠原の友人。……違う。わざわざ『学校』に目をつける必要はない。

 町長の敵。……可能性はあるが、たぶん違う。もっと利益を出している場所はあるはずだ。具体的には、飯田の宝石。

 学校があると困る組織。……見当も付かない。


「山葵山。心当たりは?」

「あるには、あるけど……」


 彼女はあまり言いたくなさそうに、細い両手を擦っている。

 言いたくないことがあるにしても、覚悟を決めてから呼び出してほしい。緊急時に無駄な時間を過ごしたくない。


 俺はわざとらしく、盛大にため息を吐き散らかす。


「みんなに共有するので、早退していいですか?」

「待って。話すから、ちょっと……」

「小金ちゃん」


 狂咲が、力強い目で山葵山の勇気を促す。


「焦らないで。あたしたちは、ちゃんと聞くから」

「……うん。友達の前だと言いにくくて。ごめんね」


 山葵山は意を決した様子で、背筋を伸ばす。


「たぶん、ジュリアンくんのご両親です」

「え?」


 乱暴者のオメルタや、未だ正体不明のもうひとりではなく……あの大人しそうなジュリアンの家庭か。


 よくよく考えてみれば、彼の実家だけが、何をしているのか不明瞭だ。

 もしかすると、彼も語りたくないため、はぐらかされてきたのかもしれない。


 山葵山は滝のような汗をかきながら、悔しそうに拳を握っている。


「ジュリアンくんのご両親は、この町を守る衛兵でした」

「過去形か」

「はい。先日、任を解かれました。反社会的組織との取引が確認されたためです」


 魔法学校に楯突く、反社。最近耳にした言葉が、俺の脳裏にぽつりと浮かび上がる。


「『裏儀式』」

「どこでその名を?」

「小金ちゃん、自分で言ってたよね?」

「あっ」


 狂咲の指摘に、山葵山は顔を赤くする。

 物知りだが、おっちょこちょいだ。頼りたいのに、絶妙に頼りきれない。

 まあ、俺も似たようなものだが……。


 しかし、話は見えてきた。

 非合法に魔法やスキルを与えている組織が、この街に根付いていた。しかし合法の魔法学校が新設されたことで、その地位を脅かされつつある。故に、学校を閉鎖させようということか。


「だとすると、手紙を出したのは……」

「ジュリアンくんでしょう。きっと頼まれたのです」


 だしに使われたジュリアンが可哀想だ。彼は純粋に魔法を学びたがっていただろうに。


「ジュリアンは悪くありません。巻き込まれただけです。ここ1ヶ月、教室で彼が学ぶ様子を見ていましたから」

「うん。そう信じたいね……」


 狂咲の発言に、山葵山は曖昧だが主観の乗った返答をする。


「彼はもう学校に来れないと思うけどね……」

「そんな……」


 魔法学校を卒業すれば、とりあえず生きていくには困らない。保護者がまともな価値観なら、彼を卒業まで導くだろうが……。


 きっと彼は、裏儀式の犯罪者たちに囲まれて、真逆の価値観を刷り込まれていることだろう。


「他人事ではいられないね」


 奮い立つ狂咲。

 ……俺はまだ、彼女ほどの熱意を持てない。ジュリアンとはそれほど交流がなかったならだ。冷たいと言われても仕方ない。


 だが、魔法学校がなくなるのは困る。せっかく魔法を覚えられる機会を得たのだから。


「俺もやります」


 打算的な考えのもと、俺も裏儀式の連中に立ち向かう覚悟をする。

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